第28話 アウトサイダー
少年の言葉にあたりが静まり返る。老婆の他にも艦橋には人が居た。彼らも作業を止めてエトピリカを見入っていた。
やがて、老婆が大声で笑い出す。周りの海賊たちも大笑いし始めた。
エトピリカはどうして良いかわからず、ただ黙って成り行きを見守るしか無かった。
やがて、老婆が口を開く。
「いい度胸してるじゃないかい…オマエはアタシらの仲間になりたいというのかい。そのためにここまで来たと?」
そうではなかった。咄嗟に出た言葉だった。だが、エトピリカは頷いた。
「そうです。僕は孤児で、メイデンだけが家族のようなものです。だから、連れてゆくなら僕も連れて行ってください」
老婆が真顔になっていた。先程までの雰囲気とは違う。エトピリカを値踏みしていた。
「オマエ、何が出来る?」
それは思いもがけない言葉だった。話し次第で受け入れると言っているのに等しい。
「工場ではんだ付けの仕事をしていました。仕事を教えて頂ければ、この船の整備などを手伝えます」
エトピリカは船に乗って最初に気がついた点に賭けることにした。使い込まれた船だが整備は行き届いている。そういう仕事を専門にするクルーもいるはずだ。
老婆は館内電話の受話器をとった。誰かに連絡しているようだ。やがて電話がきられる。
「アンタ、ちょうど整備員の人手が欲しかったとよ。だが、覚悟しな。アタシらが相手にするのは、横暴な軍であったり、私服を肥やすばかりの富豪共だ。場合によっては命を落とす!」
老婆は脅すように語った。
「誰かが傷付いたり、死んでしまうのは好きではないけれど、このまま何も出来ずにこの星で朽ちていくのはもっと嫌だ!」
エトピリカは怖気づく事なく返した。軍用機の犠牲者を思い出す。場合によってはあのような犠牲者も出すのだ。宇宙海賊なのだから、正しい事をするわけではないのだろう。だけど、これまで真っ当に生きてきてもろくな目に会わなかった。正しい事が必ずしも良いわけではないのかも知れないという少年の疑問が、宇宙海賊への仲間入りを後押しさせた。
悪の道。貧困層の多くが突き進んでしまう道筋に、少年も歩を進めた。
唯一の救いは、宇宙海賊達が義賊の性質も持ち合わせている事くらいだ。
「何でもやるという覚悟の目だねぇ…お前のような目をする男は何人も見てきた。野放しにするほうが危ないようだね。だが、今日からアタシらの一員となるからにはここの流儀に従ってもらう。まずは下っ端から下積みをしてもらうよ。わかったかい?」
老婆は尋ねる。最後の意思表示を。
「はい!」
エトピリカははっきりと意思を通した。
「アタシのことはマムと呼びな」
「はい、マム!」
「さて、あんたのアンドロイドの処遇についてだが…」
「彼女は料理や洗濯が出来ます。役に立つはずです!」
「そうかい。ならあんたと共にこの船の一員になることを認めよう。さぁ、グズグズするんじゃないよ。翁と呼ばれている爺のところへ行きな。機関室あたりにいるはずだ」
エトピリカは艦橋を追い出された。メイデンに会いたかったが、まずは言うことを聞くしかない。少年は船内を歩き、機関室を探した。
と、館内放送が流れる。声の主は老婆だった。
「目的のものは手に入れた。それと、今日からガキが一人仲間になった。見かけたらあれこれ教えてやりな。それでは出港だ! 衛星軌道上の駐留部隊と交戦になるだろう。お前達、気を引き締めてかかりな!」
ゴゴンと大きな振動。船が動くのだ。
エトピリカは窓の外を見た。船が高くまで飛び立ち始めている。
「おい、ガキンチョ。こんなところで何をしている?」
エトピリカは呼び止められた。ベックと呼ばれていたエトピリカを組み伏せたことのある男だった。
「今日からここの一員になります。エトピリカです」
「仲間入りしたガキとはお前のことかよ。こんなところで油売っていたらマムにどやされるぞ。さっさと与えられた仕事に行きな」
「すみません、機関室はどちらですか?」
「この通路を船尾に向かって真っ直ぐだ。たどり着けばすぐにわかる」
「ありがとうございます!」
エトピリカは言われたとおりに通路をまっすぐ進んだ。
…通路にも荷物が置かれていて、通路の天井付近にはロープが張られて洗濯物が干してある。生活感がある、混雑した船内だった。
物資の木箱を避けながら通路を進む。船が傾いても木箱が揺れ動かないように、鎖などでがんじがらめにしてあった。
やがて一つの扉の前に立つ。傍らには機関室と看板が付いていた。
この先に翁がいるはずだ。
エトピリカは深呼吸をした。ふと、廊下の反対側を見る。窓があった。
窓の外は宇宙となっている。星の重力を振り切って、空の彼方へと飛び出したのだ。少年は勢いだけで宇宙海賊に付いてきたが、いつの間にか夢を果たしたことに気がついた。ふわふわした足場に慣れず、居心地の悪さを感じている。
あれだけ憧れ続けた空の向こうに今はいる。実感は無かった。そうせざるを得ない状況に置かれていただけだ。目標を達成した感覚はない。日常は劇的に変化し、少年の状況は一変した。
「僕、この先どうなるんだろう…」
一抹の不安を感じながら、少年は機関室の扉を開けるのだった。
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