第39話 アナヤと孤島の暮らし

 エトピリカとメイデンが料理屋を出ようとしたところ、アナヤに呼び止められた。

「お仕事終わった事だし、ちょっと私の部屋によっていってよ」

「? いいけど」

 エトピリカは話に乗ったが、メイデンはあまり乗り気ではなさそうだった。しかし、エトピリカをアナヤと二人きりにするのはまずいとばかりについていく。

 アナヤの部屋は食堂の外側に階段があり、その二階に部屋があった。

 テーブルとベッドだけの質素な部屋だ。テーブルの上には野花が挿してある花瓶があった。

「ねぇ、あなた達はどうやって海賊団で働く事になったの? 私もなりたいの。どんな手を使ったか教えてよ!」

 アナヤはエトピリカに質問する。

「どうって、僕らが軍用の車から運び出した機密情報が必要だとかで買われることになったんだけど、その情報がメイデンの中にあって、彼女が連れて行かれることになったんだ。それが嫌で後を追いかけて、僕も仲間にしてくださいと頼み込んだのさ」

「それだけ!? そんなことなら私だって何度もやっているわ! こんなの不公平よ」

 アナヤは憤った。

「本当だよ…」

「なにそれ。どうやってマムの心を動かしたのよ。私だって宇宙船に乗りたいわ。こんな田舎惑星のハズレの孤島なんかで一生を終えたくないの!」

 アナヤも他のこの例に漏れず、外の世界に憧れる子供だった。だが、今いる世界から出られる者は少ない。

「宇宙船は危険だよ。何度か戦闘もあったし」

「だからいいんじゃない。この島にいても何も起きないわ。毎日同じ人と顔を合わせるばかり。やることも同じ。同じことの繰り返しなのよ。私だって他の星を見てみたい。いろんな服を見てみたい。色んな食べ物を知りたい。もう、こんな生活は嫌なの!」

 それは子供らしいワガママだった。変わらぬ日々を送れるということは平穏であるという事なのだ。

「僕は元々町工場で働いていたから、今は翁の下についているんだ。それなりに役割を持って船にいるよ。君は何ができるのさ」

「私は料理のオーダーを取ったり配膳が出来るわ。皿洗いだって手伝っているもの。このアンドロイドができる事なら私にだってできることよ!」

 アナヤがメイデンを指さした。メイデンはなぜか胸を張っている。

「ざんねんでしたー。私はマムの命令で食堂担当なのです。すでに私の領分でーす☆」

 アナヤがメイデンと視線で火花を散らしている。

「何よ、ポンコツ! 私なんて洗濯もできるんだから!」

 メイデンがむふふと笑った。

「私はその上にお掃除もできまーす☆」

「なによ、なによ。それくらい私にだってできるわ! なぜ私は船に乗れないのよ!」

 アナヤは知らない。マムは船に乗せるものの覚悟を見ている。エトピリカは家から宇宙船までメイデンを追いかけて仲間入りを持ち掛けた。もう生まれ故郷に戻るつもりもない事も、居場所が無いことも見破っている。他に居場所がない者の最後に行き着く場所がマムの海賊団である。エトピリカは見事に合格したのだ。

 かたや、アナヤは新しい世界を見たいという願望を見透かされていた。それは他の島の子どもたちも持つ共通の願望である。生きるか死ぬかの瀬戸際を渡るエトピリカとは勝負になっていない。

 メイデンはエトピリカの所有物として乗船を認められた。家事に役立つ事は二の次だった。第一は彼女の中にいまだに軍の機密情報があるのが大きい。

「私、認めない。あんたを認めない! ベックさんが認めているようだけど、私は認めないから!」

 アナヤは半泣きになりながら激昂した。

 エトピリカ達は黙って部屋を出ていった。彼女はなぜエトピリカ達が良くて自分がだめなのかわからず、癇癪を起こしただけなのだ。放置しておく以外にない。

 宇宙船までの夜道を歩くエトピリカとメイデン。メイデンは上機嫌そうだ。

「ねぇ、エトピリカ。いつまであの船にいるつもりなの?」

「僕には居場所がない。行けるところもない。だからどこかへ行こうとは思ってもいないよ」

 エトピリカの現状をマムは把握している。だからこそ仲間入りを認められているのだ。

「わかった。またしばらく倉庫ぐらしだね。あのゴミ山とどっちが良かったかしら」

「倉庫のほうが過ごしやすいね。虫とかいないもの」

「それは言えているね。今のほうが衛生的にはマシだもの。…どっちも人間の居住区としては定義されていなかったけれど。人間にも色々あるんだね。私達のように倉庫で寝泊まりするなんて」

 メイデンのようなアンドロイドは倉庫で待機することもあるのだろう。

「またしばらくはそんな生活さ。今のうちに羽根を伸ばしておかないと!」

 エトピリカはうーんと背伸びをしてみせた。そして空を見上げる。人工の明かりの乏しい島にあっては全天が星空だ。エトピリカの故郷では空中都市が浮いているため、星空など見えなかった。

「…この星の天体観測事情は設定されていないからまるでわからないね。星が変われば星座とかも変わるでしょ。見える星の位置が全然違うの」

「メイデン。世界って広いんだね」

 エトピリカは星空に感動していた。見える景色が変われば感想また変わる。居場所が変われば人も変わることだろう。

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