第6話 スカベンジャー

 エトピリカとメイデンは温泉を後にし、ゴミ山の家へと帰った。

「水道? 僕の家には無いよ?」

 少年は家に帰るなりそう答えた。メイデンが少年の服を洗おうとしたからだ。

「困ったね。手洗いもできないんだ」

 メイデンにも予想外の生活環境だったようだ。衣食住がきちんと揃っていない環境で稼働する想定など、なされているわけが無かった。

「飲み水は少し歩いた先の川まで汲みに行っているよ」

 メイデンはデータ照合を行った。近くのゴミ山をサーチする。

「ねぇ、エトピリカ。浄水貯水タンクを作ろうよ?」

「えっ、何それ」

 メイデンは家のそばのゴミ山からドラム缶と玉砂利とパイプなどの資材を運んでくる。また、家事にあった家の木材も大量に投棄されていた。それも拾ってくる。

「これらの資材を使って、雨水を貯めるタンクを作っちゃうわけ」

「スゴイや。作り方がわかるの?」

「データベースに照合したらあったよ。溶接器さえあれば可能」

「それはヒゲ爺に借りれば大丈夫かも」

「作ろうよ!」

 メイデンは自己学習で確実に経験値を貯めていた。エトピリカの生活工場のために動き始めている。製品欠陥により、おそらくはメイデン以外は廃棄されたであろう製品モデルが、元はいかに高価な製品だったかがわかる。

 エトピリカ達は溶接機会をヒゲ爺から借りて、ドラム缶同士をパイプで繋ぎ、貯水タンクと濾過タンクと雨水貯水タンクの3つを作った。

 雨水貯水タンクは上部の蓋を切り開き、雨水が貯まるように作る。雨水が濾過タンクの上部に入るようにパイプで繋がれる。

 濾過タンクにはよく洗った玉砂利と木炭を入れる。濾過タンクの底に行くほどにきめ細かな資材を敷き詰めるように配置した。

 濾過タンクのそこからパイプを引き、貯水タンクに入るように繋いだ。

 貯水タンクには投棄されていた蛇口を取り付けられる。また、水が貯まりすぎて濾過タンクまで逆流しない様に、貯水タンクの上部にはオーバーフローが組み込まれる。貯まり過ぎたらその分を予備の貯水タンクに排水する。

 半日がかりでアナログな浄水システムの貯水タンクが出来上がった。

 作り方を指示したのはメイデンだが、エトピリカも器用に作業をこなす。

 エトピリカはこの手の物を修理したり加工するのは得意だった。出来ねば一人では生きてこれなかっただろう。

「出来た!」

 少年にも驚きだった。知識、情報さえあれば、ある程度の物は自作可能なのだ。

「やったねエトピリカ! これで飲水はいつでも確保できるよ」

 メイデンは大喜びしているように振る舞った。エトピリカの生活レベルが向上したのは間違いない。それを喜ばしい事として喜んだように仕草したのだ。

「メイデンは何でも分かるの?」

「何でもは無理だよ。知っている事しか知らないよ」

 それは人間もそうだろう。

 メイデンは本来はネットワークに繋がっていて、外部リソースを利用する事ができるはずだった。CLOUD化された部分のサービスは、彼女の製品モデルが販売禁止になり、製造分も廃棄されるとともに停止となった。

 これでもメイデンの機能は全盛期の4割にも満たない。

「それでも凄いや。僕にはこんな物の作り方も知らないから」

「もし知りたい事があったらなんでも聞いてね。答えられる事なら教えてあげる」

 メイデンにとって、エトピリカから高評価を受ける事は重要だった。

 自らの商品価値を高めるプログラムがされている。褒めることは彼女の自己学習の方向性を決めることになる。

 過ちや間違いを正すだけでは新たな価値は作られない。是正されるだけだ。活躍を認められる事は、彼女が集める情報や判断の基準を新たに設けることになる。

 メイデンは少しずつ成長している。会話のロジックも適宜エトピリカに望ましいものへと変わっている。

 立ち振る舞いが変わる。それは彼女の個性や目に映る性格というものが変わるという事だ。メイデンはエトピリカだけのセクサロイドへと変わっていく。

 学習と成長。個性と性格。それは人間のそれと大して変わりないレベルで形作られるように出来ていた。

「早くこのタンクを使いたいな。雨はいつ降るんだろう」

 少年は疑問を口にする。メイデンはネットワークを使って一週間の天気を調べようとする。だがネットワークが使えないのでわからない。

「…ごめんね。私には天気はわからない」

 メイデンには本来はできるはずの事ができない。それはサービスを提供できない事として、彼女自身の悲しみの表現となり、謝罪の言葉として現れた。

「メイデンは悪くないよ! あー、早く雨が降らないかな!」

 少年はワクワクしながら空を見上げた。

 どこまでも続く青空。しばらくは雨は振りそうにはない。

「きっと、そのうち雨は降るよ!」

 メイデンはエトピリカのワクワクを阻害しないように言葉を選んだ。

 機械のエモーションは完成された気遣いだった。どこまでもユーザーの事を考えて行動が決められる自律思考。

 それが自然な雰囲気のコミュニケーションの形成に繋がっていた。


 少年とセクサロイドの関係は良好だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る