第26話 宇宙海賊
「たしかにあのとき居合わせたよ」
エトピリカは素直に答えた。老婆は頷く。
「ほぅ、やはりね。で、なにか荷物は持ち去ったのかい? 何、あたしらは責めている訳じゃない。むしろ良くやったと褒めてやりたいくらいさ」
「メモリーカードを、見つけた」
老婆は満足そうに目を細めた。
「そうかい。金なら払う。そいつを渡しな。なに、アタシらは貧しいものからは奪わない。危険を犯してまで手にした物を無碍に取り上げたりはしないよ」
エトピリカは困り果てた。
「…なんでも屋に売り渡した」
「なんてこったい! しっかりしてやがるねぇ。換金してしまっているなんて。で、どこの店だい?」
「テッドさんのお店。…だけどテッドさんはつい最近何者かに殺された…お前たちが犯人じゃないのか?」
「バカをお言いでないよ。アタシらはブツの行方すら知らなかったんだから。なるほどねぇ。少し見えてきたよ。犯人は軍の暗部さ。機密情報を知るものは抹殺する。中身を知った可能性を考慮して、テッドとやらは殺されたのさ」
エトピリカはようやく涙を流した。自分が危険なものをテッドに渡したからテッドは殺されたことに気がついたのだ。テッドはエトピリカのかわりに死んだようなものだ。エトピリカは自分だけが助かり、テッドを死に追いやったことを激しく後悔した。
「僕が、僕があんなものを持ち帰らなければ…」
「エトピリカは悪くない。私が見つけたのがいけないの!」
エトピリカの涙にメイデンが叫んだ。
「お涙頂戴は後にしな。しかし困ったねぇ。メモリーカードは軍の手に戻ってしまったのかい」
エトピリカは事件があったときのことを思い出す。
「…そうだ。メイデン。君、中身をバックアップしてなかった?」
「うん。大事なものかも知れないから保存しておくって、暗号化された情報を丸ごと保持しているよ」
老婆は目を見開いた。
「でかした! 良くやったよ。さっきはポンコツと言って悪かったねぇ! その情報を譲ってくれないかい。さっきも言ったが、金は弾むよ」
「譲るって、メイデンを連れて行くっていうこと?」
「データ抽出をする為にそうなるね」
「それは嫌だ!」
エトピリカは拒絶した。そうなるのだけは嫌だった。
「わがままをお言いじゃないよ。こちらも譲歩して善意で言っているんだ。優しくしていられるうちに手を打ちな!」
老婆は語気を荒げて言った。
「ううぅっ…」
老婆は電子マネーカードをピラリと投げ払った。
「こいつで商談は成立だよ。…お前たち、そのアンドロイドを連れていきな!」
メイデンが男達に拉致されて連れられていく。
「エトピリカ、エトピリカぁ!」
メイデンは叫びもがくが、数人がかりで捕縛されて身動きは取れないようだった。
メイデンはその場からいなくなった。
「おい、ジャリガキ。アタシの話をよく聞きな。今回の一件は誰にも言わないほうが身のためだよ。テッドとやらの後を追いたくなければね」
老婆は淡々と告げた。組み伏せられたままのエトピリカは顔を地面に突っ伏して動かなくなった。
「あああぁ…」
エトピリカは呻くばかりだ。
「ベック。そのガキを離してやりな」
老婆がエトピリカを押さえつけていた男に指示を出した。そこでようやくエトピリカは開放された。
「マム。アンドロイドの持つ情報を確認できるまでは、こいつを連れて行ったほうが良くないですか?」
「ベック。アタシらには時間がない。これ以上この星に長居しては軍に見つかる。お荷物を増やすわけには行かないねぇ」
「わかりやした」
そう言うと良いベックはその場を去っていった。
「さて、エトピリカといったかい。孤児のお前ができることはない。お前はお前の日常に帰りな」
老婆もまた立ち去っていった。
その場が静寂に包まれる。エトピリカには何も出来なかった。大の大人に囲まれ組み伏せられ、相手の言うがままになるしかなかった。
弱者はどこまで行っても弱者でしかない。
「うっ、うっ、うっ…」
エトピリカは嗚咽を漏らす。頬を伝わる涙が止まらなかった。
エトピリカはそのままぐったりして横になっている。彼はひとりきりになってしまうことを恐怖した。
誰かがそばにいることの楽しさを知ってしまった。孤独の静寂に耐え難いものを感じた。
だが、頼れるものはもう誰もいない。
ふと、テッドの言葉を思い出す。強くあれ、賢くあれ、と。
「…そうだ。思考放棄してないで、自分で自分の意思を示さなきゃ…」
エトピリカは立ち上がった。そしてそのまま町中に駆け出す。
宇宙海賊達を探す。彼らが潜伏していそうな場所を考える。星の外からやってきたのなら、母船があるはずだ。そこからエアバイクでやってきていることを考えた。軍属のエアカーを襲っている時はエアバイクに乗っていたからだ。だが、今回はエアバイクを使っているフシはない。潜伏箇所から徒歩できたのだろうか。それならば離れた場所から来たとは考えにくい。
だが、宇宙港は軍の監視下にある。そこにいるとは考えられない。
近くでなおかつ宇宙港以外に母船を置く場所はあるだろうか…。
知恵を出せ、知恵を出せ、知恵を出せ…。エトピリカは自分自身にそう言い聞かせた。
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