第30話 船での生活
エトピリカ達が全ての戦闘艇をメンテナンスし終わる頃には一日が終わっていた。
「やれやれ、やっと仕事が終わったわい。さぁて、酒じゃ酒じゃ。エトピリカ。今日の仕事は終わりぢゃ。明日の朝までは好きにせい」
翁は工具を箱に仕舞うと、腰をとんとんとしながら去っていった。
「なんだかあっという間に一日が終わった…」
エトピリカは何かを忘れている気がしたが、とりあえずお腹が空いたので食堂を目指した。
食堂は宇宙船の中腹にあった。二、三十人は入れそうな広めの部屋だった。
そこでメイデンが配膳をしていた。
「メイデン!」
エトピリカはメイデンを見るなり叫んだ。
「あっ、エトピリカ。大丈夫だった?」
「僕なら大丈夫さ。メイデンは?」
「メモリーカードからバックアップしたデータを渡したら自由にしてもらえた。エトピリカがここのクルーになるから、お前も手伝えとここに…」
そう言いながら、メイデンは他のクルーにシチューをよそった。
「お仕事任せてもらえたんだ?」
「私、メイドロボじゃないのに…」
「みんなに役立てるなんて、すごいじゃないか!」
アンドロイドの不満はユーザーには伝わらなかった。メイデンを船に置いてもらえることを認められたのは幸いだった。
「なんぢゃい。エトピリカ。お主の連れか。小僧もすみにおけんのう」
翁が酒を片手にそう語る。そばにはベックも居た。
「まぁ、まず坊主は飯ぢゃ。話はそれからになるのう」
エトピリカは食事中でもないのに食堂に居座っているベックを見た。
「ベックさんもお酒を?」
エトピリカが尋ねると、ベックは首を横に振る。
「戦闘員はいつ出番があるかわからない。だから俺達は宇宙にいるときは酒は飲まんのさ」
ベックはレモネードの入ったグラスを軽く振った。中の氷がカラカラと音を立てている。
エトピリカは食事をメイデンから受け取った。
「エトピリカ…私、このままここにいて良いのかな?」
「もう、あの星に僕らの帰る場所はない。ここで頑張ろう」
「エトピリカがそう言うなら、お手伝い頑張るね」
メイデンは配膳を続ける。機械だけあって動作は正確だ。食事待ちのクルーはまだ多数居たが、次々配膳を済ませていく。
「仲がよろしいことで」
ベックは二人のやり取りを見てそう横槍を入れた。
「メイデンは家族みたいなものですから」
エトピリカはベック達のいるテーブルに座った。
エトピリカはまともな食事を目の前にして、心はやる思いだった。
エトピリカは食事のマナーなどどこ吹く風で飯に食らいついた。
「なんでい。たいした喰いっぷりだな。そんなに飯がうまいか?」
ベックが尋ねたが、エトピリカは一心不乱に食事にありついている。温かい飯はエトピリカには貴重なものだったのだ。
少年はパンを齧り、魚に喰らいつき、シチューを飲み干した。
「…食事がこんなに素晴らしいものだなんて…」
エトピリカは放心状態でそうこぼした。
「お前にはまず食事のマナーを教えなきゃだめそうだな…」
ベックは散らかったテーブルの上を見てそう漏らす。
そこにメイデンがさっそうと現れて、汚れたテーブルの上を片付けて行った。
「ベックさん。お話ってなんですか?」
「お前が俺たちの仲間になりたがった理由が知りたい」
ベックの顔は真剣だった。
「理由、ですか」
エトピリカは困った。その場の勢いで申し出たからだ。
「仕事でも志望動機は聞かれる。なんの理由で宇宙海賊なんぞになろうとしたのか」
「…僕はあの星にもう居場所がありませんでした。孤児の僕をマトモな人は雇うとは思わない。だが、あなた達ならもしかしたら、と思いました」
エトピリカは思い出しながら、考えて話した。動機の後付だ。
「誰かに聞いたかもしれないが、俺達は孤児の集まりだった。マムが反対しないなら、俺たちも反対しない。新入りは久しぶりだがな。しかしだな。お前たちの部屋はない。この船は元々ギリギリでやってきていたんだ。倉庫の一角で寝泊まりしてもらう」
それは一番格下の扱いであったが、エトピリカはそんな事は気にしなかった。
ゴミだめの中で暮らしていたのだ。倉庫の一角のほうが遥かにマシである。
「僕はそれでも構いません!」
エトピリカの返事に迷いは無かった。
「随分と従順なんだな。よそでもそうだったのか? それがお前の処世術か。お前とはよろしくやれそうにないぜ」
ベックの反応は冷ややかだった。彼は気骨溢れる男の方が気が合った。エトピリカがヘラヘラしていると感じたのだ。
エトピリカの本質は自分の力だけでは生きられず、周囲に同調することで立ち回るしか生きてこれなかった。
ベックは海賊稼業で生きるか死ぬかの死線をくぐりながら生きてきた。価値観が違うのだ。格下扱いを受けるなら反発するくらいが当然だと考えている。だから、エトピリカの反応に拍子抜けしたのだ。
エトピリカの前途は多難でありそうだった。
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