第23話 規制と緩和と食べ歩き

「さ~着いた! っと・・・よし! 何処から行こうか?」


 先にバスから降りた俺は後ろから降りてくる雅に問いかける。雅はというと・・・


 スマホの画面を噛り付くかじりつくように見ている。どうやら、何処から行くかまだ決めかねているようだ。何を決めかねているかというと、


「決めた! やっぱり近いところから行こう!!」


 急に雅が元気な声で話しかけてくる。今日は連休を利用して、飛騨高山に食べ歩きの旅行に来ているのだ。観光もあまりなく、本当に食べ歩きがメインの安いバスツアーの旅行。昨夜はホテルに泊り、今朝はホテルのビュッフェを少なめに食べて今日の食べ歩きに備えている。


「で、何処から行くんだ?」


 すると雅は、


「まずはここを少し歩いた先にある【五平餅】を食べに行こう!」


「了解、道案内は任せた」


 ちなみに、俺の目的は古い町並みの写真を撮ることだ。何を隠そう、俺は大学時代【写真部】に所属していたのだ。もっとも、当時は、一眼レフカメラなど、高嶺の花過ぎて【コンデジ】、所謂いわゆるコンパクトデジタルカメラというものを使っていた。当時でも、一眼レフを持っている奴もいたが、残念ながら俺には金銭的な余裕がなかったのだ。とはいえ、コンデジだってずいぶん性能が良くなっており、操作が簡単なため、一眼レフより良い写真が撮れることだって勿論ある。しかし、今日は初の賞与で買ったお気に入りの一眼レフをしっかりと抱えてこちらも準備万端だ。


 (カシャ)


 俺は、とりあえず嬉しそうにしている雅の写真を撮る。そんな事はお構いなしという感じで雅がさっさと歩き始めてしまった。


「ほら、カズ君、早くいくよ! あまり時間ないんだから!!」


 えっと、現在10時、集合は2時半、まだ4時間半もあるぞ・・・とか考えているうちにも雅はどんどん歩いていく。仕方なしに俺も早歩きで追いかける。と、本当に直ぐ目的の五平餅屋は見つかった。


「すいません、五平餅2本下さ~い」


 雅が早速注文する。基本作りおいてあるのですぐに食べられる。のだが俺はその前に、


「雅、ちょっとそれを顔の横に持って、お店の前に立ってくれ」


 そうお願いすると俺は、構図を決めてシャッターを切る。写真を液晶画面で確認するとまずまずの感じだ。うん、食べるのをお預けされた雅の顔も可愛い。すると、


「ねえ、カズ君、早く食べようよ! おなかすいた~」


 と、身も蓋もない言葉が。。。まあ、確かに朝を少なめにしたのでお腹は空いている。


「そうだな、食べようか」


 そういって二人で食べる。すると雅は、


「うん、おいし~・・・んだけど、何かに似てる?」


 そういうので、俺は、


「きっと焼きおにぎりじゃないか? このみそ味、何となく味噌焼きおにぎりに似ていると思うぞ」


「あ~、なるほど! いわれてみるとそんな感じだね! さて、それでは次は団子に行きましょう!!」


 そう言って、雅はさっさと歩き始める。歩きながら俺たちは、


「そういえば、今回の旅行、ツアーと自分たちで来るのとどっちが安いか検討したときに、民泊っていいのが見つからなかったな」


 と、俺が言うと雅は、


「そうね~、まあ、民泊も民泊新法ができて、だいぶ辞めちゃった人もいるみたいだし、そもそも民泊ってやはり都市部じゃないと供給がないんじゃない?」


 そうなのだ。通称『民泊新法』、正式名称『住宅宿泊事業法』というが、これが出来たおかげで、小遣い稼ぎで民泊をやっていた人の一定割合はやめてしまったらしい。まあ、そもそも他人の家に泊まるというのは何となく落ち着かないし、治安的にも気になるので、本気で利用する気はなかったのだが、少し前に話題になったので、どんなものか、気になっていたのだ。


「もともとは、グレーゾーンだった旅館業法との関係で、増える外国人旅行客に対応するためにも法整備して利用を促進するつもりだったみたいだけど、結果は逆になっちゃったのかな? まあ、この場合は旅館業法だけの状態から見るとグレーゾーンをなくして【規制の緩和】のように見えるけど、民泊が事実上規制されてなかった状態から考えると【新たな規制の強化】とも言えるから難しい問題よね。まあ、規制と言えば・・・あ! 次のお店が見えたわ! 並んでる!!!急ごう、カズ君!」


 あらら、話の途中だが、仕方がない。確かに醤油のいい匂いがしてくる。気が付くと雅はすでに団子を買ってポーズまで決めている。俺は慌ててカメラを構え、設定を変えながら3枚ほど写真を撮る。今度は先ほどより少しおなかが落ち着いたせいか、満面の笑みで団子を嬉しそうに持っている。早速二人で食べてみると、


「んんんっ~、しょっぱ~い!!」


 そうなのだ、ここの団子は【みたらし】とはいっても一般にイメージする甘辛いアンの味付けではなく、醤油で直接味付けされているので、団子自体の甘み以外はすべて醤油の味なのだ。


「ははは、いつも食べている団子のイメージで食べると、違和感半端ないね?」


 俺がそういうと、


「だね~、まさか、こんなにしょっぱいとは思わなかったよ」


 と、言いながら雅は早くも次の店に向けて歩き始めている。そこで俺は先ほどの続きで、


「そうそう、さっき規制と言えばで話が途切れちゃったけど、何を言おうとしてたんだい?」


 俺が問いかけると雅は、


「う~ん、何だったかな。。。えっと、あ! そうだ! 規制と言えば、今回の旅行にも関係するけど、バス旅行!!以前は免許制だったのを、平成12年に許可制に法律を改正したのよ。また、運賃にも事業者の裁量を増やしたのね。これは、競争を促進することにより、サービスの向上と、低価格化を狙ったわけだけど、カズ君もご存知の通り、見事に失敗したのよね」


「ああ、例のスキーツアーバスの転落事故な。多くの死傷者を出して、連日ニュースになっていたからさすがに俺でも知っているよ」


 俺が答えると、雅は続けて、


「あれはまさに【規制緩和】の例だけど、それにより、業者の数が倍増したのよ。そもそもバスの運行なんて、サービスの向上と言っても限度があるわ。すると差別化を図るには値段を下げ、安さを売りにするしかなくなるわよね。でも、収入が少なくなるということは経費もかけられず、最後には法令違反にまで至ってしまったのよね。で、結果が大きな事故。これは事業者を悪く言うけど、真に悪いのは、安易な規制緩和を行った政府の責任よ」


 雅の話を受けて俺は、


「確かにそうだな。競争相手が増えると売り上げが減る。客を増やすために単価を下げる。すると利益率が下がる、経費を削減する、サービスが低下する、というまさにサービスのデフレスパイラルが生じていたんだな。で、結果として、また規制強化をしなくてはならなくなり、その結果、元々安価だったバスツアーの値段も急に上がったんだよな。前に母さんが急にバス旅行が高くなったといって、最近ではあまりバス旅行に行かなくなったよ」


 そんなことを話しながら歩いていると、ついに【伝統的建造物群保存地区】に到着した。俺の本当の目的はここだといってもいい。この古い町並みを写真に撮りたかったんだ。とりあえず小径への入り口手前から数枚写真を撮る。


・・

・・・


 うん、わかってはいたことだが、やはり連休だけあって人出が多い。望んだような写真は撮れないが、何とかうまく人通りがまばらなところを狙って撮るしかないか。それにしても、やはり、こういう古い町並みは歴史を感じるし、何より日本の気候に合っていて美しいな。などと考えていたら、雅が、


「カズ君! 早くいくよ! 次はカズ君も好きなお肉食べに行くんだから!!」


 と、せかしてきた。あれ? 歴史が好きな雅も、この街並みには感動すると思ったのだが・・・そこは花より団子ということか。でも、お肉というのは確かにテンションが上がるな! 今回のルートとメニューは全て雅に任してあるので、何が出てくるのか楽しみにしながら、急いで雅の後を追うことにした。するとほどなく【ミンチカツ】の看板が見えた。辺りには揚げ物のいい匂いが漂っている。雅は迷うことなくお店に向かい、


「ミンチカツ二つください!!」


 と、元気な声で注文していた。確かにこれはテンションが上がるな! うちの実家ではメンチカツは出していないけど、一般的にメンチカツと言えば豚肉だ。しかしここのは飛騨牛。これは期待が高まる。例のごとく店の前でポーズをとっている雅にカメラを向け、数枚とった後、


「はい、たまにはカズ君も映ってよ!」


 と、メンチカツを渡された。雅はスマホでやはり数枚、俺とメンチカツの写真を撮って、


「よし! うまく取れた。さ、食べようか!」


 と、嬉しそうに、そして早く食べたいという強い意志を感じる顔で言ってくる。俺もこれは早く食べたいので、早速雅に一つ渡して二人で食べ始める。


「うん、これはなかなかすごいな。とんかつ屋の息子としてもこれはうまいといわざるを得ない」


 何様だという感じのコメントをする俺の横で雅は、


「ほんとジューシーでうまみが口の中いっぱいに広がるよ~~! ホント美味しいね!!」


 と、満面の笑みを俺に向けてくれる。この笑顔が見れたことも今回の旅行の収穫だな。残念なのは、こういう表情を写真に残すのって難しいんだよな・・・


 と、ミンチカツを半分以上食べたところで、不意に雅が、


「そういえばさっきの話の続きだけど、規制の強化と緩和って本当は微妙で難しい問題なのよね。何かを規制するってことは、物事に一定以上の品質を保証するってことで、社会の安定と安心の面には必要なことよね」


 雅の話に俺は、


「そうだな、さっきのバスの話もそうだけど、以前に弁護士の数が足りないからと、司法試験の合格者を増やしたり法科大学院なんかを作って、数を増やしたら、所謂【食えない弁護士】が増えたらいいしな。更に新制度によって、本来だったら合格できないレベルの人が司法試験に合格したことにより、能力が足りない弁護士が増えたっていう問題も出てきたらしいよ」


 そういう俺の話に我が意を得たりという感じで雅が、


「そうなのよ! まさに私もそれを言おうと思ったの! 規制は一定以上の品質を保持する意味があるのだけれど、規制は反面、供給の制限と【既得権】を生んでしまうのよ。一方で規制を不用意に緩和すると、正にカズ君が今言ったような質の低下をもたらし、その結果、社会の安定と安心に影響が出ちゃうの。で、結果として行きつくのが低価格競争、本来それなりのサービスや物を提供していたまともな事業者も価格競争に巻き込まれれば、きちんとしたサービスを提供できなくなったり、事業から撤退してしまったりするわ」


 うん、確かにその通りだ。雅に続けて俺は最近気になったこととして、


「おっしゃる通り、規制緩和をすることにより、参入事業者が増えると、競争原理により価格が下がる、つまり消費者にとってはいい面もあるんだよな。まあ、その結果、質の低下を招いては本末転倒なんだけど。その意味でいうと、ちょっと前に政府が変なこと言ったな。ほら、携帯電話の費用が高すぎるとか言って、政府が、法律も作らないで大手携帯電話各社に言葉だけで圧力掛けたじゃないか。あれっておかしいよな」


 俺が新たな問題を話すと、


「そうね、あれってはっきり言えば、政府が事業許可権限を盾にとって民間事業者を恫喝しているのと同じよね。しかも、またお得意の【諸外国に比べて】が理由だもんね。実際、景気が良くない中、その高い値段をユーザーが払っても利用しているんだから、そういう意味ではまともな経済原理が働いているのよ。だって、日本にだって格安スマホ業者が複数いるんだもん。もし、大手キャリアの料金がサービスに比して本当に高すぎるのなら、みんな格安業者を利用すればいいのに、そうはなっていないでしょ。また、そんな状況で大手キャリアが料金を下げれば、これらの格安商社の事業を不当に圧迫することにもなるわ。完全に自由経済市場への不当介入でしかないわよね」


 雅の話を聞いて、


「そうだよな~、確かに格安スマホ業者もテレビなんかで沢山CM流してアピールしてるもんな。その選択があるのに、そんなこと言うなら、きちんと法律で整備すべきなんだよ、国会議員なんだから。あれも結局人気取りだったんじゃないかと言われても仕方がないよな。アフターフォローが一切なしだもん」


 そんな話をしてるうちに結構歩いたぞ?


「あれ? 雅。所で次はどこに向かっているんだ?」


 俺がそう聞くと雅は慌てて、


「あ! いけない! 話に夢中で通り過ぎちゃった! 少し戻って口直しのヨーグルトよ!!しかも気が付くと集合時間まであまり時間もないわ! ヨーグルト買ったらその足でラーメン屋さんまで急がなきゃ!!」


 おいおい、なんかラーメン屋とか言っていましたが。聞き間違いですよね? 雅さん。


「おい、雅、今ラーメン屋とか言わなかったか?」


 そういう俺に向かって雅はさも当然とばかりに、


「もちろん、締めはラーメンって決めているもの! そのために朝ごはんも控え目にしたんだから! 本当は利き酒も行きたかったんだけど時間的に難しいから、それはあきらめましょう! さ、カズ君急いで!!」


 ・・・そんな雅の後姿を追いかけながら、俺はラーメンなんか食べられるのか? と心配になるのだった。俺は利き酒のほうがよかったな。




今日の一言:規制は社会の安定のために必要だが利権を生む。規制緩和は価格の低下をもたらすが、品質の低下ももたらしやすい。どちらも慎重な検討が必要なはずなのに最近は政府の人気取りに利用されている気がするな。

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