第10話 ふるさと納税が嫌い!!
「ね~ね~、
俺は部屋の玄関を開けるなりテレビを見ていた雅に声をかけた。
「何々!?今日ってなんかの記念日だっけ?今日は外食にするのかな?私が選んでいいなら断然カニだよ!!」
まあ、そう答えるよな。何を隠そう雅ちゃんはカニに目がないのだ。特に毛ガニが好物らしく、毛ガニの甲羅にカニ味噌と日本酒を入れて、混ぜて飲むのが好きらしい。ちなみに俺はカニの身を食べるのは好きだが、カニ味噌はあまり得意ではない。
「いやいや、今日はちゃんと買い物してきたから俺が作るよ。まあ、雅ならカニと答えるとは思ったけどね。でも、俺的にはしゃぶしゃぶも捨てがたいんだよね~。」
と、スマホを除きながら答えると、
「カズ君はお肉好きだからね~、っていうか、カズ君はさっきから何の話をしているんだい?スマホ見ながら」
雅ちゃんの問いかけに俺は
「いや、何、ここの最近テレビで『ふるさと納税』の話してたじゃない?まあ、最近はどこぞの市や町が返礼品について総務省のガイドランを守らなかったから制度対象から外されるという話が多かったけど。で、気になって、少し調べてみたら、これ、なかなかお得そうな制度だなと思って、俺もやってみようかと思ったんだ。」
という俺に対して、
「ん~、そういうことか~。実はあたし、ふるさと納税って制度、どうにも好きじゃないんだよね~。」
なんて言ってきた。なぜだろう?そういえば雅は市役所に努めている。俺よりは余程詳しいかもしれない。
「なんで、ふるさと納税が好きじゃないの?そういえば雅ちゃん、市役所だとふるさと納税ってどこが担当になるの?そっちの部署に手伝いに行くっていう話は聞いたことないね?」
「それはそうよ~、うちの市、ふるさと納税の返礼品って特に用意してないもん。」
雅ちゃんはこともなげに答えたが、俺は実はちょっと衝撃を受けた。ふるさと納税の返礼品って、すべての市役所等が実施しているものだと思っていたのだ。
「ところで和君、外食じゃないなら、今夜の食事当番はカズ君なんだから、作りながらお話しましょうね。ところで今夜は何を作ってくれるのかな?」
うっ。。。確かに今夜の食事の下準備に取り掛からねば。
「りょうか~い、とりあえず食事の準備始めるわ。何を作るかはできてからのお楽しみということで、雅はなんでふるさと納税が嫌いなの?自分の市で返礼品がないから?」
すると雅ちゃんは
「基本的な話として、カズ君はふるさと納税ってなんだか知ってる?」
「あ~、なんかどっかで【官製通販】だとか言ってた人がいたね。よくはわからないけど、自己負担金が二千円で、色々な返礼品がもらえる、としか知らないな。【ふるさと納税】ってくらいだから、税金を納めるの?」
という俺の答えに
「は~、カズ君、そんなことだとそのうち詐欺に引っかかるよ。自分が何をしようとしているのか事前にちゃんと調べなきゃ。誰かが『これお得だからやらなきゃ損だよ』なんて言われてうっかり口車に乗ちゃう、いい投資詐欺の鴨だね。」
・・・なんだかかなり辛辣なことを言われている。
「そもそもふるさと納税なんて言う言い方がよくないんだよね。制度としては寄付控除という税制上の制度なんだよ。もともと寄付控除という制度は前からあったんだけどね。ふるさと納税ができたそもそもの理由は今の日本の社会構造に問題があると考えた人がいたからなんだよ。」
「社会構造の問題?どういうこと?」
俺は思わず口をはさんで質問してしまった。雅の説明によると、
「私たちはまあ、それほど関係ないかもしれないんだけど、今って幼少期には地方で育つけど、就職すると、そもそも育った市区町村とは違う市や町に住むことが多いじゃない?そうするとどうなると思う?」
・・・???
なんだか難しい話になってきた。
「いや、よくわからない。どうなるんだ?」
俺は素直に降参して雅ちゃんに質問した。おっと、手が止まっている。今夜のメニューは生姜焼きだ。生姜焼き用の肉って、綺麗にスライスされているものも売っているけど、俺は豚小間を使って作る生姜焼きが好きだ。しかも豚肉だけではなく、玉ねぎをくし形切りにして一緒に炒めるのが俺なりのこだわりポイント。ステンレスのボールにお肉と玉ねぎを入れて、醤油、酒、を入れ、更に砂糖とみりんを少々、そして忘れてはいけないのがショウガだ。これをたっぷりと入れて、あとは味の素を少々振りかけ、軽く揉み込んだら、少し寝かすのが俺のやり方だ。本当はすりおろしのリンゴなどを少々加えるとおいしいのだが、そこまでの贅沢はできない。俺が適当に調味料を振りかけている間に雅の説明が始まった。
「いい?、例えば、保育園や小学校、公園や道路、公民館や児童園なんかも基本的には自治体が費用を負担して作るじゃない?でも、そのお金って基本的にはその市区町村の予算、その中でもそれなりの割合を占めるのが住民税なわけよ。でも、今みたいにそれらを使って育った子供が大人なったら都会へ行ってしまうと、どうなると思う?」
雅ちゃんの話を聞いて俺にも合点がいった。
「そうか、確かに子供の間はそんなこと考えないけど、そういう公共施設や子供のためにかかるお金って多くは自治体が負担するもんな。でも、そのお金をかけて育てた子供は就職すると都市部へ生活拠点が移ってしまうことが確かに多い。そうすると地方の自治体としては子育てにお金はかかるけど、その子供が実際にお金を稼いで納税者となるころには育った自治体に納税してもらえない、という状況になっちゃうのか。」
そう、だから、『お世話になった故郷の財政のために自分の住民税を自分が現在居住している市区町村等以外へ寄付をした場合に、その金額(限度額あり)から二千円を超える部分を自分の納める所得税・住民税から控除する』制度を作ったのだ。所得税はその年の、住民税は翌年納める分の税金から控除することにより、実質的に納税先を選べるような制度設計になっている。
「そのほかにも、今は都市部に住んでいるけど、引退したら自分が生まれ育った故郷に戻って生活したい、という人が利用することも制度設計時には期待されていたのよ。現役世代においては納税するだけの収入があっても、年金暮らしになると、担税力は格段に少なくなるから、収入がある間に将来引っ越したい町やふるさとの財政を応援したいという人がいるかもしれないでしょ。」
と、雅が補足してくれた。
さて、その間にも俺は付け合わせのキャベツの千切りを忘れない。キャベツの千切りには結構自信がある。何せ実家がとんかつ屋だからな。
「でもね、ある時から、寄付に【返礼品】をすることにした地方自治体が出てきてね、それが受けて爆発的に寄付が集まっちゃったのよ。そうしたら多くの人が制度設計の趣旨通りの思惑ではなく、返礼品目当てで寄付をするようになっちゃったのよね。そもそも、欧米では寄付をするという行為が社会に根付いているらしいけど、日本には寄付をするという行為が社会に根付いていないでしょ?だから寄付という行為に慣れてもらうというのもこの制度を作った時の思惑にはあったらしいわ。その思惑は一部で成功して、大規模な自然災害があった時には返礼品がない市区町村や都道府県にもふるさと納税がかなり集まったというニュースも聞いたしね。しかし、多くの人が目的とするのが返礼品であるとすると、これは社会制度として多くの歪みをもたらしたのよ。」
「それってどういうこと?」
俺の疑問に対して雅は
「さっきカズ君【官製通販】って言ってたじゃない?」
確かに前にニュースで聞いたことがあったので、思わず口から出た言葉だ。おっといけない、そろそろ生姜焼きを炒めなければ。
「でも、ちょっと考えればわかることだけど、そもそも今のふるさと納税って【通販】ですらないのよ。だって、通販って商品の代金は自分で払うでしょ?でもふるさと納税の返礼品は一度は自分で寄付という形で払うけど、結局そのお金って寄付控除という税金の仕組みで自分のもとに返ってくるんだもん。実質的にお金を払わないから通販ですらないわ。しかもその結果、自分がいま住んでいる地域の財政が悪化するのであれば本末転倒よ。まさにモラルハザード※1だわ。」
確かにその通りだ。
「どこかの町の人が言っていたけど【地方の努力に国が口出すな】みたいなこと言っていたけど、返礼品で寄付を募る行為はそもそも努力にもなっていないのよ。だって、寄付する人は自己負担なしなんだから【絶対に儲かる】という、本来であれば詐欺師のセリフのようなことが現実に法律上できてしまっているんだもの。そもそも寄付というのは反対給付を伴わない行為なんだから返礼品をもらう時点で寄付じゃないのよ。だからうちの市がふるさと納税の返礼品をしないのは良いことだと私は思っているもん。」
という雅の話に対して俺も昔から気になっている話をしてみた。
「そう考えると確かにおかしな制度だね。そもそも税制の優遇制度って、俺もおかしいとは思うこと多いんだ。たとえば多くの人が確定申告の時に利用する【医療費控除】※2だって、制度としてはかなり歪んでいると思うんだよね。確かに自分の体のメンテナンスにかかった費用だから経費みたいに税金の計算上控除するっていう考え方もあるかもしれないけど、そもそも国民皆保険をうたっている日本において、医療費控除として税金で更に優遇してあげる理由はそもそもない、と俺も前から思っているんだ。それに寄付控除も医療費控除も、所得が多い人ほど、より多くの恩恵が受けられるという制度設計がゆがんでいると思うしね。【税と社会保障の一体改革】なんて言っていたけど、【改革】なんてたいそうなことはされていなくて【小手先】でごまかしているだけな気がするんだよ。ほら、俺一応、税金のこともそれなりに勉強したしね。ふるさと納税についてはよく知らなかったけど。さて、そろそろご飯食べられるよ。」
と、俺が言うと雅は
「お~、おなかペコペコだよ。何か炒めてたけど今夜は何だろう?」
テーブルに乗せたお皿を見て、
「お!生姜焼きか~、おいしそう!!豚肉やショウガは夏バテにもいいっていうからね。これからの季節を乗り切るためには最適の料理だね。ショウガの味付けで食欲も進むし。あ、私マヨネーズもつけたいから持ってくるね~。」
と、いいながら、ちゃっかりビールも持ってきた。俺の分も持ってきてくれているから、まあ良しとするか。
それにしても、やはりカニやしゃぶしゃぶなどのおいしいものは、自分で頑張って稼いだお金で食べに行くほうがおいしく食べられそうだ。
※1 モラルハザード:倫理観の欠如した状態。社会全体の損失になるような行為でも自分の利益のために行うことをこの場合は意味する。
※2 医療費控除:所得税、住民税の計算において、本人及び生計を一にする家族が一年間に要した病院での治療費、薬の購入などの費用が10万円又は所得の5%を超える場合に、その超える部分の金額(200万円を限度)をその年の課税所得から控除することができる制度。
今日のひとこと:日本の税制で最も歪んでいるふるさと納税はモラルハザードの温床
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