第9話 資本主義が国家間にもたらすもの

 鍋のお湯が沸いた。まずは豚バラ薄切りしゃぶしゃぶ用肉を一枚ずつ開きながら、全体の赤みがとれ、白っぽくなるまでゆでる。あまり火を通しすぎないのがコツ。まさに、『しゃぶしゃぶ』という感じにやるのだ。かといって、火を通しすぎてもいけない。肉が固くなっても台無しだ。そして、いいタイミングで氷水へ放り込む。ここでもあまり氷水に浸けっぱなしにしないほうが良い。何なら省略してもいいくらいだ。


 ・・・・


 単純作業なので、思わず違うことを考えてしまう。


 日本は資本主義社会国家である、、、ということになっている。資本主義と対比される考え方には「共産主義」があって、その共産主義の理想形と言われるのが「社会主義」国家らいい。


 そろそろ本題に入ろう。なぜ急にこんな事を考え出したのかと言えば、【日本の高度成長期はなぜやってきたのか】ということに関して、【資本主義的な観点からの考察】ということが気になったからだ。平成の最後のほうでは景気拡大局面が戦後最長などと言われたが、まったく実感がない。まあ、社会人二年目の若造が言っても説得力は無かろうが。


 【資本主義】とは物の本によると、


「商品生産手段が、生産手段と生産資料を持つ【資本家】層と自己の労働力(労働資本)以外に販売できるものを持たない【労働者】層に分かれ、資本家が労働者から労働力を購入(雇用)して、自己が所有する資料(この場合は原材料か?)を利用・加工することにより、より高付加価値の商品を生み出し、その差額を利潤として得る経済活動」


 だそうであり、


「自由競争により利益を追求して経済活動を行えば、社会全体の利益も増大していくという考え方」


 であるらしい。


 ・・・・いまいちわからない。素直に雅に聞いてみることにした。


「なあ、雅。資本主義っていうじゃない。あれについて詳しかったりする?」


・・・うん、自分でも何が知りたいのかよくわからない質問だ。案の定、雅からのの返答も


「ん~、何を知りたいのかよくわからないよ。そもそもその手の話は、経済学部出身のカズ君のほうが詳しいんじゃない?」


  というものだった。はい、ご指摘はごもっとも、おっしゃる通りです。


 とりあえず手元の作業は次の段階へ移る。茄子を輪切りにしてフライパンへ、ごま油を少し多めに入れて中火で軽く焦げ目がつくくらいまで炒める。茄子は油を急激に吸い込むが、根気よく弱火で待っていると油がまたにじみ出てくる。そこがタイミングの見極めだ。茄子が柔らかくなり、味わいが出てきた証拠だ。それと同時にしゃぶしゃぶし終わった鍋の灰汁や油をお玉ですくって取り除き、その鍋へもやしを放り込む。これもしゃっきり触感が残るくらい軽めに火を通すのがコツ。そして、


「いや、確かに質問の仕方が悪いよな。ほら、平成の最後のほうで、戦後最長の好景気なんて言われてただろ?で、少し気になってさ。そもそも景気って何だろうと思って調べたんだけど、本来、景気という言葉は【ものの様子】というものなんだって。そして、経済用語として使われる場合には【商売が活況を呈している様子】なんていう意味で使われてるんだけどね。そこから話が資本主義に飛んでしまっていたからそのまま口から出てしまったんだ。」


 すると、雅が


「そうね~、確かに職場の飲み会でも『景気づけの駆け付け一杯~~』なんて、酔っ払いの禿おやじ達が言うときにも使うものね。あれも【活況を呈しているさま】という意味で使われているのよね。」


 ・・・雅さん、酔っ払いはともかくとして【禿おやじ】はもう、ただの悪口なのでは?・・・と思ったものの口には出さない。父親も祖父も曽祖父も見事に光っている俺にとっては遺伝的不可避な問題だ。完璧な育毛発毛剤が作れればノーベル賞も取れるだろう。俺が生きている間にぜひともだれか完成させてほしいものだ。


 ・・・思考がそれた。


「まあ、そういう意味では普段何気なく使っている言葉でさえ、きちんと理解していないことって多いよね。で、気になったきっかけは【景気】なんだけど、本当に気になったのは【資本主義】のほうかな。どうにも引っかかったのが、【社会全体の利益も増大していくという考え方】というところなんだよね。前に話した【人口問題(少子高齢化)】の話の時もそうなんだけど、以前考えられた理論って今の、というかこれからの時代には適合しないことが増えてきている気がするんだ。」


「それって確かに言えるわよね~。でも、今回の話、、、、えっと、景気と資本主義の話にはどんなところが現代には当てはまらなとお考えなのかな?カズ君は。」


 確かに自分でもよく疑問点すらまとまってない状態で質問してしまったのは社会人として反省すべきかもしれない。まあ、それはそれとして、俺は自分の考えを雅に話してみた。


「気になるのはさ、【社会全体の利益も増大していく】っていうところなんだよね。この点について、気になることが二つあるんだよ。まず一つはさ、【社会全体の利益はどこまで増大できるのか】ってことだな。」


 そう話すと、すかさず


「あ~、そういえばこの前、少子高齢化が問題じゃないって話をした時にも似たようなことがあったね。確かに世界の広さが分からない近代以前の世界なら、発展する社会を受け入れると事ができるだけの世界の広さを前提に考えればよかったかもしれないけど、現代では、世界の広さに限界があることが分かっているものね。」


 と、以前の話を思い出して雅が答えてくれた。そこで、俺が引っ掛かっていたことを雅にも話してみた。


「そうなんだよね、世界の広さが有限である以上、どこかで限界が来ることは間違いないんだ。世界の人口推計を見ても爆発的に人口が増え始めたのは1900年ごろからみたいなんだよね。それまでの世界人口は2,000百万人に届いていないんだけど、1950年で2,500百万人、2000年で6,000百万人、2020年では7,500百万人にも達しているんだよ。このまま増え続けると言うのは現実的に無理だ。」


「そう考えると、確かに少子高齢化は生物としての調整機能が働いている証拠とも言えそうだという話を以前したものね。それは確かに資本主義の問題の一つとして、社会全体の利益の限界を考えないといけないと思うわ。でも、それは資本主義とかに限った話じゃないわよね。」


「まあ、そういうことだな。で、一番の問題というのは資本主義が国家間での問題を引き起こすというところだと思う。」


 全く話が変わったように聞こえたのか、雅は


「どういうこと?」


 と、聞いてきた。


「うん、まあ、国家間に限らず、都市と地方にでも起きうる問題だと思うんだけどね、資本主義の問題として【格差社会を生み出す】というのが挙げられてるじゃない?」



 俺の言葉に雅は、


「まさに現代社会で問題視されることよね。【持てる者と持たざる者】だっけ?確かに資本家層と労働者層が生まれるとそういう問題って格差を生み出すものね。」


 と、雅は答えた。しかし俺が気になっているのはそこではない。


「まあ、一般的にはそれが問題視されてるじゃない?それはそれで問題なんだけど、もっと大きな問題が見逃されている気がするんだよ。」


 そういう俺の言葉に、雅は


「どういうこと?」


 先ほどと同じ問いがやってきた。


「俺が気にしているのはまず資本主義経済活動により【搾取】が起きると思うんだ。たとえば先進国がより安い労働力を求めて発展途上国へ産業進出するとするだろ。この段階で先進国側は発展途上国側の安い労働力を【搾取】している状態になっているよね。しかし、そこはこの時点では問題じゃない。実は初期の段階では【搾取】されるよりも、それ以上に発展途上国側にも大きなメリットがあるからだと思うんだ。」


 との俺の言葉に雅は


「そうか!確かに安い労働力として、搾取が行われるとしても、発展途上国にはそもそも先進国が持つもの、具体的には【技術】という資本がないから、新たな労働による収入を確保できるとともに、【技術】を手に入れることもできるということだね!でも、それっていいことじゃないの?」


 さすが雅、俺の考えのいいところまで読んでくれる。


「そうなんだよね~、確かにこの段階ではwin-winの関係ができていると思う。先進国は安い労働力を、発展途上国は労働市場収入と技術を手に入れることができるからね。問題はそのあとなんだ。」


 そういうと、雅は考え込んでしまった。そして、お手上げだという感じで俺の顔を覗き込んでくる。そこで俺は


「つまりね、当初は【格差】が存在するからwin-winの関係が築けたんだよ。でも、労働を繰り返し、先進技術に触れた国は結果どうなると思う?そう、その国自体が技術発展を果たすんだ。その先どうなるか、日本の高度成長期の話の時にもしたけど【国民全体の技術と経済の底上げ】が果たされることになる。それ自体は悪いことじゃない。でも、国民全体の経済が底上げされるということは【安い労働力を提供できない】ということになると思うんだ。つまり、発展途上国が途上ではなくなって先進国の仲間入りしてしまうんだよね。その結果何が起きるか。元々安い労働力を求めてやってきた先進国は、すでに労働力の価額が高騰した国からは撤退する。そしてさらなる安い労働力市場を求めて別の国へ進出していく。日本においてはまず中国、そして中国が先進国の仲間入りをしてからは今ではタイやベトナムを、更に通り越してカンボジア辺りまで安い労働力を求めている状態だよね。そしてそこに新たに中国が、競争相手として加わる。しかし、さっき言ったように世界の広さには限界があることを我々は知っている。その先どうなるか。安い労働力には限界があり、そのうち世界の労働市場は平準化すると思うんだ。そうすると世界中が国レベルでの格差は徐々になくなって【持つものと持たざる者】の格差だけが残る世界がやってくるんだろうね。」


 と、俺は自分の考えを雅に話した。


「そうね~、今や経済規模では中国は日本を抜いたしね。世界には限りあることを知ってしまった私たちは、過去の理論をきちんと見直さないといけない時代に生きてるのでしょうね。でも、変わらないものもあると思うよ?」


 そういう雅に『わからないな』という顔を向けていると


「私たちの気持ちは世の中がどんなに変わってもずっと変わらないでしょ?」


 ・・・これは一本取られました。


 そういう雅に俺は照れ隠しで、


「はい、豚バラ冷やししゃぶしゃぶとなすのごま油炒め、もやし付きだよ。今日はポン酢でさっぱりいこう!夏バテ対策のビタミンBの豊富な豚肉と、体を冷やす効果のある茄子のコンビだよ♪」

 



今日の一言:世界はそのうち平準化するが格差はなくならず、新たな問題が生じてきている

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