第11話 恐怖のリボ払い

 玄関を開けるとなんだかいい匂いとともに油がはぜる音が聞こえてきた。どうやら雅が揚げ物をしているらしい。あれ?あまり揚げ物は得意じゃなかった気がするのだが。。。そんな軽い疑問を頭に浮かべながら、


「ただいま~。いい匂いだね~。今夜は揚げ物?珍しいじゃん。」


 俺は部屋に入りながら雅に声をかけた。すると雅は


「お帰り~、待ってたよ~。カズ君が最近天ぷら食べてないって言ってたから、今夜はてんぷらにしようと思って作り始めたんだけど。。。やっぱりうまくいかなくて、カズ様のお帰りをお待ちしていました。」


 そういう雅の後ろから覗き込むと。。。


 確かに素敵なきつね色・・・を通り越した若干黒くなりかけの物体を発見した。よく見るとその脇には、こちらは反対に真っ白という感じのべちゃってした塊がある。


「ははは・・・相変わらず揚げ物は苦手か。とりあえずコンロの火を消して待っててよ。着替えたら俺が揚げるから雅も手伝って。」


 そう声をかけて、俺は部屋の奥へ行きネクタイを緩め、スーツの上着をハンガーにかけると、軽く伸びをした。


「さてと・・・」


 と、つぶやきながらキッチンに戻る。軽く経過を見て取ってから、俺はおもむろに衣に使うべく用意されている水溶き小麦粉の入ったステンレスボールに指を突っ込みんだ。そして冷凍庫から氷を取り出しステンレスボールに放り込み、さらに棚にあるアジシオを取り出し、軽く一振り。そのうえで水と小麦粉を少々足して軽く菜箸で混ぜる。


 その一連の行動を見ながら雅は、


「ほえ~、今なにしたの?」


 と問いかけてきた。



「ん~、まあ、てんぷらにはいくつかコツがあるんだけどね。よく言われるのがと衣をよく冷やす、衣はあまりかき混ぜすぎないというのがあるんだ。本当は氷を入れるのはよくないらしいんだけど、まあ、今回は応急処置としてね。普通は冷水使ったり冷蔵庫で冷やしたりするのがいいのさ。かき混ぜすぎは水と小麦粉を足してごまかしただけ。塩は・・・まあ、衣の味付けだな。あとで天つゆや塩を付けるからあまり濃くならないように隠し味的な?」


 俺は手を動かしながら雅に説明した。


「なるほどね~。一応作り始める前に調べてからやったんだけど、素人には難しいね~。」


 と、雅が言うので


「いや、単なる慣れだよ。俺の持論は『一番おいしい飯は自分が作った飯だ』だからね。プロが作った飯は美味しいけど、味覚は個人個人で違うから。因みに俺も素人な。」


 まあ、素人とは言え実家はとんかつ屋だ。子供のころからそれなりに料理は手伝わされてきた。一通り下準備をやり直したところで俺は


「さて、ところで今日は俺に何をしてほしいのかな?」 


 軽く雅を振り返りながら俺は問いかけた。雅は俺の手元から顔に視線を移し、


「さすがカズ君、なんでわかったの?」


 ・・・・丸わかりである。苦手な揚げ物を作って機嫌をとろうとしているのだ。何かお願いごとでもあるに違いない。すると雅はおもむろに話し始めた。


「いやね、ちょっとやらかしちゃったかな~・・・と、言うのもど~~しても目が離せなくなっちゃったの!!」


 少しうつむきながらぼそぼそと話す。とりあえず続きを話すまで、俺はせっせと天ぷらを揚げ続ける。すると


「いや、今度バトミントンの大会があるじゃない?一応、ガットのメンテナンスをしようと思ってショップに行って、お店の中でプラプラしてたら、新品のラケットが、と言っても少し型落ちなんだけど、特売してたのね。それを買って、うれしくてと帰ろうと思ったら。。。前から欲しかったブランドの財布も特売してたのよ。こんなチャンスは二度とないと・・・」


「二度とないと?」


「そう思ったら思わずカードで買っちゃったのよね。まあ、もちろん買えない値段じゃないんだけど、今月の予算大幅にオーバーしちゃったのよ。で、カードに支払いの明細とかによく【リボ払い】って書いてあるじゃない?毎月の支払いを同じ金額でしかも低額にできるから支払いの管理が楽になりますよ~。って感じで説明されているんだけど、あれってお得なのかな?って思って。でも、詳しいことはよく書いてないから、経済学部出身のカズ様のお知恵を借りようと思って。。。」


 なるほど、理由は理解した。ちなみに俺たち二人はそれぞれ家計簿的なものを付けている。貯蓄もそれなりに計画的に、というか単にで無計画に貯めているだけだが、それでも、もらった給料をその月にすべて使い切ってしまうということはないように心がけている。それらの貯金を含めてある程度の程度の予備予算が常にとれるようにはしているのだが、そこには手を付けたくはないということなのだろう。


「リボ払いか~、まあ、確かに便利そうなうたい文句が並んでるよね。でも、結論から言わせてもらえばやめたほうが良いな。」


 と、俺が言うと雅は


「やっぱり和君はそういうか~、で、その心は?ぜひともわかりやすいご説明をお願いいたします。」


 雅はまるで神社にお参りするように柏手をたたきながら、上目遣いにかわいらしくお願いポーズで催促してくる。まあ、別に話をするだけなら天ぷらの準備まですることはないのにな~、てっきり金を貸してくれというお願いかと思った。よく考えたら、さっき言った予備予算があったからそれは必要ないか。それから、


「まあ、わかりやすいデメリットから伝えよう。」


 少し偉そうに俺は雅に言った。もちろん天ぷらを揚げる手は休めない。と、そこで気が付いた。


「雅ちゃん、とりあえず大根おろし擂ってもらってもいいかな?」


「あ~、そうだった!忘れてた。」


 と、言いながら雅は戸棚から大根おろし器を取り出した。そういえばこのおろし器もそろそろ買い換えないといけないかな~、などとぼんやり考えていると


「で、まずはそのわかりやすいデメリットってやつ教えてもらえますかな?」


 雅ちゃんに督促されてしまった。


「そうそう、最もわかりやすいのはということだね。だいたいどこのカード会社を利用しても年利換算で15%もの手数料がかかるんだよ。今の普通預金利息が0.001%ということを考えると実に15,000倍もの利息になる計算だ。」


 俺が少し大仰にそういうと、雅は目を丸くして、


「ほえ~、そんなにかかるの!?」


 と、本当に驚いているようだ。


「まあ、これもずるいところだとは思うんだけど、リボ払いについての会社側の解説には『月々の支払いをに、しかもで設定できます』としか書いていないところがほとんどだからね。例えば、あるカードで100万円のお買い物をした場合にリボ払いにして、毎月3万円の支払いにすると返済が終わるまでに4年くらいかかるんだと。トータルで払う利息は30万超えるらしいよ。でも毎月5万円ずつ元金を返済したとしても2年で約16万円くらいの利息になるんだったかな?。まあ、ネットで検索するとしシミュレーターがすぐにヒットするからそれ使うと簡単に計算してもらえるけどね。」


 と、俺が言うと雅は


「すごいね!!ってか、なんでそんなことまで知ってるの?まさか・・・実はカズ君すでにリボ払い経験者とか!?」


 雅が疑いのまなざしを向けてくる。


「ははは、そんなわけないじゃん。って、言いたいところだけど、実は俺も昔カード作ったばかりのころ、よくわからなくてついつい調子に乗って、飲み会代とか立て替えてたことがあるんだよ。ポイントたまるし~とか思ってさ。もちろんその分の会計は割り勘にしてもらうからお金は足りてるはずなんだけど、これまた割り勘のお金回収して、財布に現金持っていると、怖いのはついついどれくらい使ったのかの感覚がルーズになるんだよね。で、もちろん仕事始める前のことだから普通預金の口座残高が足りなくなって、リボ払いにしようかと思って調べたことがあるんだ。


「なるほど~、で、その時はどうしたの?」


「まあ、その時は調べてみてあまりの利息の高さに馬鹿らしくなって、仕方がないから定期預金崩して一括払いしたのさ。あれで痛い目見たからね~。それ以来は気負つけているんだよ。」


「そうか~、その頃も家計簿はつけてたんだよね?それでもそんなことになっちゃうんだね~。さて、わかりやすいデメリットはよくわかったわ。それではわかりにくいデメリットについても教えてもらえるのかな?」


 と、雅がまたまた催促してくるが俺は、


「っと、その前に天ぷらが上がったから、とりあえずあったかいうちに食べちゃおうぜ!!話は飯食いながらにしよう。」


 そういいながら、俺たちはテーブルへ揚げたての天ぷらを運び、雅が作っておいてくれた油揚げの味噌汁とあったかご飯、天つゆと大根おろしを並べたところで、


「「いただきま~~す」」


「ん~~、やっぱりあげたては美味しいね、カズ君いつもありがとね~」


「まあ、てんぷらは俺の好物だからね、下準備は終わってたから直ぐにできたし、こちらこそありがとな。」


 しばらく揚げたてをハフハフいいながら天ぷらを一通りほおばると、


「さて、さっきの続きだけど、本当にリボ払いが怖いのは【手続きが簡単】、【一回当たりの支払いが低額に設定できるから負担が少なく感じる】、そして【繰り返し利用できる】という点かな。」


「ふむふむ、と言いますと。」


 雅は話半分な感じで天ぷらをほおばりながら続きを促した。そんな様子に軽く顔を顰めながら俺は


「まあ、今言ったところが理由のほとんどだよ。まず、最初はみんな警戒するんだ、リボ払いって結局借金だろ?誰も進んで借金したがる人なんてそうそうはいないよ。まあ、それこそバブルのころには『借金も財産だ!!』なんて話もあったけど、今ではほとんど通用しない考え方だね。って、いかん、話がそれた。でも、さっき言ったように手続きが意外と簡単なんだ。今はカード切った後で決済前にパソコンやスマホの画面で簡単にリボ払いに切り替えができるしね。」


「確かにそうか~、私も次の支払いについての連絡メールの中で【リボ払い】についての話を見てちょっと考え始めたんだし、そこで簡単にできそうだったもんな~。」


「そういうことだね、今は便利な時代だから、手続きは比較的簡単なものが多いんだ。それこそスマホでかなりの事ができる。国も一生懸命電子申請を進めているけど、あんなのは手続きが煩雑なものが多すぎて、所詮お役所仕事だと思う、利用も率も想定ほど伸びていないみたいで、最近は手続き強制させるような法律も作ってるしな。そういうのは本当は勘弁してほしいよ、選択できるのは良いけど強制はダメだろ。。。って、また話がそれた。次の理由はわかりやすいよね。『いきなり10万払えって』言われたところで『月々5千円で支払いが済みますよ~』、って言われると、『それくらいなら払える!!』って飛びつきたくなるのもわからなくはない。」


「ほんとだよね~、私だってそんな気持ちが起きたから、わざわざカズ先生に教えを請いに来たんだもん。」


 ・・・教わりに来た人ががつがつとエビの天ぷらばかり狙って食べるものじゃあないですよ。ちゃんとピーマンも食べなさい。まったくそういうところは子供なんだから。。。


 などと思いながら


「で、最後に大事なのは、リボ払いは、今言った二つの理由から『繰り返し利用してしまう人』が多いんだ。一回の支払いが5千円だと思えば、以前使いすぎたと思った金額でも、にすれば大丈夫という感じで気が緩んでしまうんだろうね。でも、もしも毎月同じことを一年間も繰り返せば、そのうちリボの支払いだけで5千×12月でなんと6にもなってしまうんだよ。これじゃあ、貯金はおろか毎月の生活費の支払いまで困ることになりかねない。そして、どうせ5千円だからなどと考えているから、いつの間にか毎月の返済額が増えていることにも気が付かず、金額が増えると一回のリボ支払額を減額して、更に借金を増やして・・・気が付いたら返済元本が数百万に膨れ上がるということが多いらしいんだ。元本が増えて一回の返済額を減らせば、それだけ返済額の中に占める利息の割合が増え、結果元本の返済額が減るから、いつまで返済していっても元本がなかなか減らない、ついには自己破産しかなくなるというわけさ。」


 それを聞いた雅は


「ムムム・・・それは確かに怖いね。しかも多くの人がやってしまいそうだ。特に流行りものが好きな人とか、ファッションに敏感だと思っている人ほど、そういう傾向がありそうだね。」


 と、冷静な分析をする雅に


「そうそう、そういう意味では等身大の雅ちゃんにはあまりそっち方面の心配はないと思う。でも、こういうのはきっと麻薬なんかと同じで、最初から手を出さないことが肝心だと思うよ。雅も今回は涙を呑んで定期預金解約してみれば、次はこんなことはしないという気持ちが強くなるかもね。まあ、お金って結局使うためにためるんだし、そういう楽しみも必要だよ。問題は定期預金をあてにして買い物が止まらなくなるようなことには気を付けなきゃだね。そういう話はまた今度しよう。」


 などと話しながら食べているうちにあれだけあった天ぷらの山がかなり小さくなっている。明日は天ぷらそばにしようと思っていたが、こりゃぎりぎりだな。おいしい天ぷらも、食べ過ぎて止まらなくなることには注意しよう、と、心に誓った。




 今日のひとこと:リボ払いを利用するくらいなら、定期預金を解約しよう。それで足りなきゃ恥を忍んで親に借りよう。

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