第39話 家を買うなら戸建かマンションか?

「ぐあ~!! また負けた~……」


「ふふふ、カズ君、甘いわね。色々と対策を練ってきたみたいだけど、私に勝負を挑むにはまだまだ力不足だわ」


 ……


 何の話かと言えば、ここのところ外出できない日が続いていたので、家でゲームに興じる日が多かったのだ。で、何をやっていたかというと……


 答えは「囲碁」


 なぜか雅が職場の先輩、と言ってもかなり立場も年齢も上の人なのだが、役所内の囲碁・将棋大会に参加者が年々減っているから、是非参加してほしいと頼まれたらしいのだ。もちろん、雅としてはとりあえず断ったものの、「若くてかわいい子がいると盛り上がる」だの、「大会に出てきたら、今度食事をおごるから」だの言われて、当初は渋々参加することを決めたらしい。


 以前そんな話を聞いたとき、子供の時から将棋はそこそこやっていた俺は


「将棋なら雅にも教えてあげられるよ」


 と言ったのだが、雅は囲碁を覚えることを選択した。一つには最初から俺のほうが得意だと解っている遊技ではなく、一緒に覚えたいからという事、もう一つは、特にプロ棋士の世界では将棋よりも囲碁のほうが女性が活躍していることなどをあげていた。


 で、俺も雅と一緒に古本屋で入門書などを買ってきて囲碁の勉強を始めたのだが……


 これがまた、将棋やオセロとは違い、難しいのだ。何が難しいと言えば、将棋は勝敗がかなりはっきりとつく。王様がとられれば(詰めば)それで終わりだ。オセロは置いた駒が盤上から消えることはない。そしてゲームの終わりも盤上に空きが無くなる(お互いにおけるところが無くなる、ちなみに空きがあっても黒白ともにおけなくなるという事はまれに起きる)所まで進めばゲーム終了だ。


 しかし、囲碁はそうならない! もちろん圧倒的に負けが分かれば降参(専門用語で投了という、勝ったほうは中押し勝ちなどともいう)することもある。しかし、どちらも置く場所がないというところまでやることもあるのだが、オセロと違い、この「置く場所がないか」というのが解り難い。厳密には置く場所はあるのだが、勝負に影響しないという状態なのだ。


 まあ、今日は囲碁講座をするわけではないので、かいつまんで言うと、お互い確認した後は相手の「地」を数えるという作業がある。オセロでいうところの黒と白の枚数を数える作業に近いと言えばわかりやすいだろうか?


 で、この「地」というのは陣地の数のことで、これが多いほうが勝ち。


 なのであるが……


「ふふ~ん、また私の中押し勝ちね!! カズ君、私の石を取ろうとしすぎるのよ!」


 などという感じで、俺が中押し負けのパターンが圧倒的に多い。正直「シチョウ」や「打って返し」などの小技は俺のほうが得意なのだが、そう言うことに気を取られているうちに雅に大きく「地」を取られて逆転不能になってしまうのだ。9路盤という小さいサイズの碁盤でやっていた時は俺のほうが多少勝ち越していたのだが、正規の9路盤になると、この「地」という考え方が重要になる。


「そんなこと言ったって仕方ないだろ? 雅は職場の先輩に教えてもらっているけど、俺は独学、せいぜい『ヒカルの碁』のゲームが先生なんだから」


 などと俺も思わず愚痴が口から出てしまう。


 すると雅も、


「まあ、それはそうよね。お互いスタートが一緒だけど、私には先生が付いているからね。でも、感謝しているのよ、先輩に勝てないをカズ君で晴らせるから」


 ……おいおい、俺は単なる不満のはけ口か。まあ、ハンデなしで勝負を挑んでいる俺が悪いと言えば悪い。ハンデというのは実力差があるもの同士が、お互い勝負を楽しむためのシステムだ。今後は変な意地を張らずに、ハンデをもらって勝負するとしよう。


 っと、そうだそうだ。


「なあ、雅。今日の目的は囲碁も大事だが、以前に話した『家を買うなら戸建とマンションとどっちがいいか?』という話を整理することだよな? 囲碁は次から俺が三子置かせてもらうことにして、そっちの話をしないか?」


 と言うと雅は、


「ふふふ~ん、ついにハンデを認めたわね! まあ、二子か三子かは今度考えるとして、そう言えばその話をしなくちゃいけなかったわ。でも、少しおなかもすいてきたのよね~。囲碁で脳みそが糖分使い果たしたのかしたら? まずはご飯にしない?」


 ……えっと、雅さんは囲碁やっている間にキットカットを10個くらい食べていた気がするのですが。まあ、そんなことを言っても仕方がない。俺も小腹が空いたのは同じだ。


「じゃあ、少し早いけど夕飯作っちゃおうか。今日はスーパーでいい鮭の切り身が売ってたから、ムニエルにでもしようと思っているんだけど、いいかな?」


 そう聞いてみると、雅は


「お~! 鮭のムニエルって、今まで作ってもらったことないよね? すごく楽しみだよ!」


 と、かなり前のめりに食いついてきた。そう言えば雅は魚介系が好きなんだよな。俺はそうでもないけど、鮭のムニエルはそれでも好きな料理の一つなのだ。が、如何いかんせん、安くて美味しそうな切り身がなかなか手に入らないという問題があるので、普段あまり作ったことはない。今日はたまたまスーパーで脂ののった切り身が二切れで398円とお買い得だったのだ。勿論もっと安いのもあったりするけど、それらは身がかたそうだったり脂の乗りがいまいちだったりするので買うことはない。以前失敗しているからね。


 という事で、


「うし、じゃあ、ご飯は炊けているから、30分くらいで食べられると思うよ。でも、今、ワインを切らしているから雅ちょっと買いに行ってくれないか? せっかくだから、魚に合わせて白ワインが良いよな?1,000円以下の安い奴で頼むわ」


「おっけ~! 角の酒屋さんでいいかな? それなら10分くらいで言ってこれるから」


「勿論、よろしく頼むよ」


 と言う間に雅はさっさと玄関を開けて出て行った。


 さてと……


 まずは軽く下処理だ。切り身をキッチンペーパで包み余分な水分を取る。で、両面に軽く塩コショウをまぶしたら、ここで登場するのが茶こし! これに小麦粉を入れ、とんとんと手のひらでたたくと、小麦粉が細かくなり、まんべんなくまぶすことが出来るのだ。


 で、次はフライパンに適量のオリーブオイルを入れて熱したら、切り身を入れ……る前に、オリーブオイルと同量くらいのバターを入れる。バターが半分くらい溶けたところで切り身を投入、中火よりやや強いくらいで表面に軽く焦げ目をつける。その間に、粉末のバジルをまんべんなく振りかける。バジルは100円ショップなどで売っているもので十分だ。これを入れると色味もいいし、香りづけにもなる。


 火を弱めて、両面をまんべんなく二回くらいひっくり返して様子を見ながら焼けば完成だ。


 最後に、これも100円ショップで買ったレモン汁を数滴振りかける。これをお皿に盛り付け、フライパンに残ったオリーブオイルとバターは、レモン汁で風味が増しているので、そのままソースとしてスプーンでムニエルにかける。


 おっと、お皿にはレタスとプチトマトを半分に切ったものを添えて、彩もばっちりだ。


「できたよ~」


 と声をかけると、雅はすでにご飯も盛り付けて、ワインの準備もできていた。


「美味しそ~! カズ君の初ムニエル頂きま~す♪」


 と言うと雅は早速食べようとするので、俺は、


「かんぱ~い」


 と言って雅にグラスを向ける。すると雅も手を止めて、グラスをこっちに差し出して


「ん、乾杯♡」


 と、グラスをカチンと合わせたかと思うと早速食べ始めて、


「うん、おいしいね~。たまにはこういう食事もいいわね」


「だろ? あまり作らないけど、たまに食べたくなるんだよな~。さて、じゃあ、家のことについて話そうか。まずはどうしようか」


「はいは~い、じゃあ、まずは私から話すね。まあ、マンションでいいところは一つは眺望よね。戸建で5階や10階の高さはまずないものね~。あとはセキュリティーの問題も大きいわ、最近のマンションは大抵エントランスにキーがかかっていて原則部外者は入れないようになっているから」


「なるほど、確かにセキュリティーはいいと思うけど、それが油断につながった事件もあったような気がするな。まあ、眺望は高層階の特権的なところもあるから、低層階では得られないメリットではある」


 すると雅は、


「まあ、それはそうよね。うちも6階だから眺望は良いけど2階や3階の部屋では戸建と変わらないものね。で、後は生活のしやすさというのもあるわ。マンションは、室内は基本平屋なので、階段を使わないで部屋の移動ができるというのは、特に年を取ったら。逆に、構造上、窓をたくさん取れないので、角部屋を除けば採光は一面からしか取れないのはデメリットと言えるわね」


「でも、それに関していえば、戸建でも必ずしも採光が良いとは限らないよ。隣の家と近ければ窓はあってもそれほど光が入ってくるわけじゃないからね。俺の実家なんか商店街にあるから、隣の家との隙間なんてないようなものだからな」


「あと、デメリットと言えば、上と下には他人がすんでいるから、特に子供がいると音に気を使うという点はあるわ。いくら防音がしっかりしていても子供が跳ね回って遊べばやはり音は気になるものね」


「ははは、子供のころのおてんば雅ちゃんには両親も手を焼いたんだろうね」


 そう茶化すと雅はほほを膨らませて、


「も~。カズ君の意地悪!」


「まあまあ、それに音は戸建でも、結構聞こえたよ。もっともうちは古いから余計だろうけど」


「まあ、物的なメリット、デメリットはざっくりとこんな感じかしら」


 雅がそういうので、


「なるほど、あと、これは俺が気になるんだけど、確かマンションって、壁やベランダには占有権はあっても、自分のものではないから使用方法が限られるという話を聞いたことがあるけど、その辺はどうなんだ?」


 話が一区切りと、ムニエルにかぶりついていた雅は、少し上目遣いでこっちを見ると、


「んん、まあ、確かにそんなこともあるわね。部屋の内部のリフォームなどは比較的自由にできるけど、ベランダをサンルーム化したりは基本出来ないわね。あと、うちはそれほどうるさくないけど、ちょっとしたリホームも管理組合の許可を取らなければできないようなマンションもあるらしいわ。そうそう、管理組合と言えば、管理費と修繕積立金が結構高いのはデメリットね、しかも古くなると値上がることが多いし」


 おっと、それは聞き捨てならんな。


「管理費とかって、結構上がるのか?」


 気になって聞き返してみると、


「私も気になって調べてみたんだけど、一部の新築マンションでは当初売りやすくするために、そもそも修繕積立金としては足りない金額で設定して、10年くらいたってから値上げすることを織り込んでいるところが多いらしいわ。管理費については、それほどでもないらしいけど、ここ数年の最低賃金の値上げや定年延長による管理人不足、消費増税等負担が増えることによる値上げというのが多いみたいね。まあ、修繕積立と同じく初めは安くしているところもあるかもしれないけど。これらの負担金って、値上げしたから家を売って出ていくとかっていう人あまりいないだろうから。少額ずつの値上げで慣らしやすいというのもあると思うわね」


 それを聞いて、


「う~ん、なるほどな。これらの負担は個人所有の一戸建てでは確かにないかもしれないな。まあ、修繕自体は必要だけど、やるやらないは自分の判断に任されるし。もっとも積み立てておくに越したことはないけど。最悪隙間風が吹いても我慢すれば済むし」


 俺がそんなことをつぶやいていると、


「あはは~、カズ君面白いね! 今どき雨漏りとか隙間風って!」


 などと茶化してきた。俺は雨漏りまで入っていないぞ……


「でもまあ、そうね。ただ、カズ君、たぶん勘違いしているのは、マンションで徴収される修繕積立金は外壁とか、廊下とか、エントランスとか、所謂いわゆる全体にかかる共用部分に関するものだけよ。各専有部分の給排水とかトイレの修理とかは修繕積立金から支払われるわけじゃないから自分で負担するのよ」


 それを聞いて俺も、


「まあ、言われてみれば確かにそうか。それらの費用をいちいち積立金から支払っていたら、交換したいから壊すやつまで出てきそうだもんな」


 それを聞いた雅は、


「まあ、そう人も出てきそうよね。あっという間に財政破綻だわ」


 などと言っている。


「で、戸建のほうはどうなるのカズ君」


 と、聞き返された。


「ははは、正直、すでに雅が説明してくれたようなもんだけどな」


 そういう俺にムニエルの最後の一口を食べながら、


 ん? ん? ん?


 といった顔を向けてくる。


「行ってしまえば、略々ほぼほぼマンションとは逆の話になるかな。メリットはデメリットに、デメリットはメリットに。今の話だと、管理費なんかは戸建ての場合負担する必要はない一方。細かい玄関灯の交換や雑草抜きみたいなものまで自分でやらなきゃいけない」


 それを聞いて雅は、


「まあ、マンションも管理組合によっては当番制で草抜きやるところもあるみたいだけどね。今は少なくなってきているみたいよ」


 などと口をはさんできた。


「ん、ほかには修繕積立金を積み立てる必要はないけど、何かあった時のための準備や対応も自分でしなきゃいけない事が多いってことになる。また、セキュリティーはお金かければ上げられるだろうけど、払えるお金にも限界があるしね。後は町内会みたいなものはマンションよりうるさいことが多いし、結構違うのはごみ捨てじゃないかな? マンションだと、24時間集積時に出せても戸建てでは決められた日に出さなくてはいけないとかもあるしね。一方リフォームなんかは結構自由だからね、場合によっては増築なんかもできる」


 ここまで話すと、


「そうすると、結局どちらがライフスタイルに合うのかという事になるのかしらね?」


 と、雅が言うので、


「それもあるけど、実は【出口戦略】が全く違うと俺は思っているんだ」


 すると雅は、


「出口戦略って?」


 と聞き返してくるので、


「要は戸建てにしろマンションにしろ建物だろ? 今の日本では建物はそのうち取り壊すことを前提に建てられている。その際戸建ては20年~40年くらいの範囲、マンションは40年~70年くらいの範囲かな? これはそれまでの管理・修繕の状況により多少の伸縮はあれ、必ず訪れるものだ。しかし、この時には戸建てのほうが圧倒的に有利になると思う」


 ここまで聞いた雅も、


「あ! そういう事ね。要はマンションはみんなの合意を取らないと建て替えや取り壊しができない一方、戸建てならば、自分のタイミングや費用の程度に応じてこれらを実行できるという事か」


 俺も、


「それに老朽化したマンションは高齢者も多く取り壊し等によって一時的にでも家を出でるのが嫌だとか、今更取り壊しや大規模修繕のためにお金を払いたくないとかね、言う人も結構いるらしいんだよ」


「それは盲点だったわね~。買うときは勿論自分たちが元気で住んでいるうちはそんなこと考えもしないわ」


「だろ? それにここ数年、地震や台風なんかの大規模災害があった時にもこれらの問題は出てくる。戸建てなら、災害には弱い代わりに最悪自分の家だけどうにかすればいいし、土地だけなら立地が悪くなければ、売れることも多いかもしれない。つまり、戸建ての場合、出口戦略は立地と利用しやすい地形じがたの物件を選ぶことが重要で、それが何とかなればどうにでもなるかもしれないけど、マンションの場合にはいつ手放すかという事をしっかりと考えておく必要があると思う。何か問題が表面化してからじゃ売ろうと思っても売れなくなるかもしれないからな」


「そうね~、リゾートマンションなんかは10万円でも売れないとかいう新聞記事を読んだ記憶があるわね。確かに高い買い物だし重要なポイントかもしれないわね」


「そうだな。まあ、生活スタイルや経済的負担について、どっちがいいかは今後よく話をするといて、大体注意点はこんなところだろう」


 俺がそういうと雅が、


「さて、おいしいご飯も食べ終わったし、もう一勝負しますか!」


 とか言い出した。


「よし、ではこれからは俺が三子置くという事でお願いします」


 というと、


「え~、とりあえずは二子からじゃない?」


 という雅の言に押されて、とりあえずは二子からの勝負となるのであった。

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