第38話 数字は嘘をつく

 ふあ~、よく寝たな……


 って、あれ? なんか頭が痛いぞ……


 そういえば、今何時だ? なんだか2~3か月くらい寝ていた気がするけど。あ、そうか、昨日は予定していた会社の新人歓迎会が中止になって、家で雅と飲んでいたんだっけ。そう思い出してみると、雅はまだ隣でぐっすり寝ている。


 そうそう、昨日は何で会社の歓迎会が中止になったのかというと、世の中、新しい感染症が世界中で流行しているというのが原因だ。最初はアジアの大国の一地方で新しいウイルス性感染症が発症したという程度のニュースだった。そういえば過去にも同じような話はこの国が発信源じゃなかったかな? まあ、当初は世界は一地方の出来事とあまり関心を示していなかった。もちろん俺も同じだ。しかしある時から感染が爆発的に増えた。いわゆるパンデミックというやつだ。日本では卒業シーズンを前にして小中学校を閉鎖するという異例の対策が取られた。正直その時、俺はやりすぎだと思ったが、結果的に今の状況を見るにやりすぎということはなかったのかもしれない。


 で、雅はというと、なんと市役所で感染確認された人が出たらしく、役所を消毒のため封鎖した影響で、結果一日暇になり、我が家で料理の特訓(?)をしていたらしい。以前、てんぷらを見事に失敗した雅ちゃんは、今回はから揚げなどの揚げ物に挑戦していた。調理しているときに俺はいなかったから、調理の過程はわからないが、仕事から帰ってみると、から揚げ、オニオンリング、ポテトフライなどができていた。しかもから揚げはニンニク味とショウガ味の二種類という手の込みよう。本人いわく『時間があったから』らしい。使用した肉は胸肉とモモ肉の二種類を試したそうだ。鶏肉は一般的にモモ肉より胸肉が安い。しかし、味はモモ肉のほうが良いとされているが、その分、皮や筋などが取りにくいなど一長一短だ。胸肉のほうが脂が少なくてヘルシーだという人もいるしね。


 肝心の味のほうだが、これは本当においしかった。俺が帰宅したときには、すでに半分くらいは調理が終わっていたが、それも食べるタイミングを考えてのこと。食べ始めるときには温かいものが食べられるという雅の素晴らしい配慮だ。いつの間にこんなことまでできるようになったのだろうか? 料理では俺のほうが上手うわてだと思っていたが、認識を改めないといけないかもしれない。基本が優秀な奴というのはまじめに取り組むと何でもこなしてしまうものなのだろう。


 で、ここからは昨夜の話になる。


「ね~、なんか日本が急に感染対策の話始めたわよね。これって、タイミング的におかしくない!?」


 と、から揚げはやはりショウガよりニンニクだなと、むしゃぶりついていると、不意に雅がそんなことを言い出したのだ。最近の世の中の閉塞感にうんざりしていたところに、雅が一生懸命作ってくれた料理に感動していたところだったので急に話題が変わったので一瞬何を聞かれているのかわからなかった。


「何のことだ? 急に?」


「うん?! ほら、日本って今まで感染対策について、確かに色々と言っていたけど、それでも感染者数はすごく少ないっていう話だったじゃない? でも、オリンピックが延期という話が決まってから、急に東京都の感染者発表数が増えたのって、すごく意図的なものを感じるのよね」


 なるほど、そういうことか。まあ、その辺については俺も気にはなっていたところではある。


「なるほどね~。まあ、確かに恣意性は感じるわな。日本の感染者は世界的に見て、クルーズ事件の影響で早期に確認された割には感染者の少なさについては海外からも疑惑の目が向けられているらしいよ。あまりテレビなんかじゃ報道されていないみたいだけど」


「ふ~ん、そうなんだ~。まあ、日本の報道の仕方には私も疑問点が多いのよね。まず必ず言われるのが『今日新たに○○人の』なんて言い方するじゃない。でも、全ての人の検査を毎日しているわけじゃないんだから、新たに出た感染者をすべて把握できているわけじゃないと思うのよね」


 雅の話を聞いて俺も気が付いた。


「確かにそうだな。この場合『新たに確認された』または『新たな感染者が把握された』などの表現が正しいね。それで気が付いたけど、最近急に言うようになったのが『若者の感染拡大がみられる』っていう表現だな。」


 俺が続けると雅が割って入ってきて、


「そう! それよ! そもそも日本の報道や発表って、結果しか言わないのよね。だけど、本当はこういう時に重要なのは結果はもちろんだけど、過程が重要なのよ! 理系的にはどのような検証を行った結果どう言う結論が得られたのかが重要なの。今回のケースでは、年代別に、何人の検査を実施してそのうちの何人、つまり割合も重要なのよ」


 そう言うので、


「確かにね。昔、笑い話みたいなこと聞いたんだが、あるインターネットに関するアンケートで『インターネットを利用したことがありますか?』という質問に対して、全員が『利用したことがある』と回答したそうだ。その結果をもって、『ついに全人類がインターネットを利用する世界が到来した‼』と結論付けたんだとさ」


「あ~、わかったわ! それってして行った、っていう落ちでしょ?」


 と、雅が途中で答えてしまった。そう、インターネットでアンケートを行っているわけだから、そのアンケートに回答をした人はその時点でインターネットを使っている人しかそもそもアンケートに参加できない。100%利用したことがあるという結果は当たり前にアンケートに回答する人を操作されて作られた答えなのだ。まあ、ここまで露骨なものは誰でもおかしな手法と結果だと気が付くだろうけど、世の中にはそうでないものが多すぎる。


「うん、まあ、結論はそうなんだけどね。それにしても気が付くのが早いな、雅」


 と、悔しそうに俺が言うと、


「だって、今まさにそういう話をしてるからね。さっきの『若者の感染が拡大している』という話にしても、実は単に『若者に対する検査の件数が増加している』という報道されない事実が裏にあるならば感染が拡大しているわけじゃないわ。確認をするようになっただけ。でも、実際には年代別の検査実施件数どころか検査実施総件数すらまともに公表されていない。つまり、いくらでも結果を報道したいような数値に誘導可能な検査方法と公表の仕方をしている可能性が高い、と私はにらんでいるのよ」


 そういいながら、人差し指一本を天井に向けながらウインクしている。きっと何かのアニメキャラの真似なのだろうが、残念ながら俺の知っているものではない。そのため突っ込みがないことに雅は少し不満げな顔をしながら、


「まあ、数字って、人に説明するときにはすごい説得力を付与するものだけど、その数字の根拠に意図や誤りがあれば相手の印象を操作することができちゃうからね」


 雅の話を聞いていて、


「そういえば『印象操作だ』と野党を非難していたのは今の総理大臣だが、今の総理大臣は平気で嘘や改ざん、書類の破棄や国家予算の私的利用までしている人だからね。ほら、厚生労働省の統計調査でも、その定められた方法を守らないで理論的数値とは違う結果に基づいて手当なんかが支給されて追加で支給するようなことになったしね」


 すると雅も、


「まあ、それでも民間企業等が行っている宣伝文句に比べればなんでしょうけど、今の総理大臣はひどいわよね。あれだけ啖呵切って『私や妻が関わっているようなことがあれば、私は国会議員を辞めます』とまで言い切ったのに、きちんと調査はしない、要求された資料は出さない、じゃ、自分で非を認めているようなものだものね。でも、それでさえ、『証拠は批判している人たちが持っていなければ何とでもなる』とでも思っている節があるし、実際にその通りになってしまっている。今のところは、だけどね」


 お、なんだか話がまたそれてきたぞ。まあ、揚げ物に合うからと言ってさっきからしこたまビール飲みまくっているしな。酔いが結構回っているのだろう。


「まあ、確かにあれは失言だったよな。『かかわっているようなことが』と言っていればまだしも『私が』と言ってしまったからな。あの自由奔放な夫人の行動なんか総理がすべて把握できているはずないのに。あ、そう言えば花見に関してもまたやらかして苦しい言い訳してたしね」


「いずれにしても、日本人って、人が言うことを鵜呑みにしちゃう人が多いし、基本的に数字に弱い人が多い印象があるわね。昔から『分数の割り算ができない大学生』が増えているという話があったらしいけど、最近では『パーセントが分からない大学』が増えているらしいわ。いずれにしても前にカズ君が言っていたかもしれないけど、日本で一番信用しちゃいけない職業は【議員】と【公務員】かもしれないわね。まあ、公務員の私が言うのも自虐的でなんだけど、そででおも、%&$’ムミャムニャ……」


・・

・・・


「何言ってるかわからないけど…… って、あれ? 雅? 」


 気が付くと雅はいつの間にか酔いつぶれてテーブルに倒れこんでいた。まあ、最近では市役所の施設も軒並み閉館で雅の仕事も例年とは異なり、先輩もどうしていいかわからないといっているような状態だったらしい。初めのうちは仕事が暇でいいなどと言っていたが、それも続くときついのだろう。俺の仕事は、まあ、今のところ大きな影響は受けていないが、それでも企業向けの注文が減っていて、パートの人たちはだいぶ休みが多くなってきているのは間違いない。


 政府は『今回のウイルスによる影響はリーマンショックの時とは違う』と言い張っているが、【違う】ことは間違いないが、その意味するところは全く違う。たとえるなら、リーマンショックの時は『道を走る車はあるけどガソリンが足りなくなる』というのが心配事であった。ここでいうガソリンとは金融、つまりお金だ。しかし、今回の場合は『ガソリンがあり、車もあるけど車を動かそうとする人がいない』という状況だ。また、外出自粛は『走ろうとする車を通行止め』にしているのと同じ。つまり、お金はあるけど使う人がいないということ。使いたくても使う場所がないという事。状況は全く違う。しかし、社会的にはどちらが深刻な影響をもたらすかと言えば、明らかに後者だ。きっと、政府に提言している専門家をする人たちは、古い経済学にとらわれているからそんなことにも気が付かないのだろう。ガソリンがないだけなら、ガソリンが調達できれば車はそのうち動きだす。しかし、車の運転をしなくなった人は、次に車を動かすようになるためにどれくらいの時間を要するのだろうか?


 この期に及んで社会保障としての生活支援策と経済対策としての景気刺激策を別々に考えられない政府にはあきれるばかりだ。


 そういえば、気になって国税庁の電子申告の手続きについてみてみたが、かなりの数が政府が推進するe-tax、いわゆる電子申告を利用していることになっているが、これも以前、雅のおじさんである誠さんに聞いた話では、主に手続きをしているのは税理士で、国税庁のごり押しによって利用している面も大きいし、一番ひどいのは税務署へ申告相談に来た個人を、半分無理やり電子申告をさせて数字を稼いでいるらしい。それらの人たちは自分が電子申告をしていると認識すらしていない人が大半だそうだ。


 数字は確かに話に説得力を持たせる。そして、どんな形であれ、数字には根拠があるはずだが、その根拠の説明が間違っていれば、何の意味を持たないどころか、間違った方向へ、それこそ印象操作が可能となってしまう諸刃の剣だ。


 などと考えていたら、俺もいつの間にか眠くなり、雅を先にベットへ運んで、シャワーを浴びたところまでは覚えているのだが……


 で、冒頭へと戻るのであった。


今日の一言:数字は確かに重要で話に説得力が出る。しかし、多くの人はその数字の根拠にまで詳細に検討する人は少ない。以前話した詐欺に引っかかる多くの人もそうだろうし、知らずに詐欺に加担している人もそうであろう。しかしどれも義務教育レベルの知識があれば判断できることばかり。問題は、事の本質を見抜ける洞察力をどう養うかにかかっているのだろう。

 



 

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