第37話 銀行の口座管理手数料の真意

『ガチャ」


 玄関の戸を開けて、誰もいないはずの部屋に向かって、


「ただいま~……って、あれ? 雅来てるのか?」


 なぜか部屋の電気がついているので、思わずそう口をついた。すると、


「カズ君おかえり~。今日は帰り遅かったね~。何かあったの?」


 そう聞いてくる。俺は急いで部屋へ向かうと雅が、キッチンに向かって何か作っていた。俺が部屋へ着き、


「雅こそどうしたんだ? 今日は来る予定なかっただろ?」


 そう、今日はまだ週の半ばの水曜日、雅が来る予定はなかったので驚いて尋ねると、


「うん、特に予定はなかったんだけどさ、先日職場で休みを取って旅行に行ってた先輩がお土産をくれたのよ。で、その先輩が、私にこっそり『これ、みんなには内緒だけど、邑崎むらさきちゃんにだけお土産。なんだか、〈真野鶴〉っていう金賞受賞したこともあるおいしい日本酒らしいわ』って、くれたのよ。新潟に行ったらしくて、そのほかにノドクロの干物も部署の人たちに配ってくれてたの。せっかくだから、カズ君と一緒に味わおうとおもって。で、それだけだと食べ物がちょっと足りないから、マグロの赤身とタイの切り身を買ってきたから、お刺身にしてたの」


 なんだかとてもうれしい。でも、この事を雅のお父さんが聞いたらきっと悲しむだろうな……と、思いながら、


「お~、それは豪華だね! 何か手伝うことあるか? ご飯は……もう炊けてるんだな。ということは結構早く来てたんだね、じゃあ、ぐい飲みと氷の用意しておくよ」


 そういって俺はさっそく準備を始める。そうはいってもぐい呑みと片口かたくちをテーブルに出して、お茶碗にご飯を盛るだけだ。ちなみに、片口というのは酒器の一つで、小鉢に注ぎ口がついている感じをイメージしてくれればわかりやすいと思う。これは以前、雅と二人で飛騨高山へ旅行した時に見かけて、こういう和風でお洒落な器でお酒飲んだら美味しいだろうね~と買ってきたものだ。


 そうこうしているうちに雅が支度を終えてやってきた。


 テーブルを見て、


「あー、この前の旅行で買ってきたやつだね! やっぱり素敵な器よね!」


 と、気づいてくれた。


「だよな。雅が折角いいお酒持ってきてくれたんだから、いい器で飲まないとな」


俺も上機嫌で、そう言うと、雅は早速ぐい呑にお酒を注ぎ、


「では、か〜んぱ〜い!」


 と、言ってすぐにお酒を飲み始めた。すると、


「ん~~! これ美味し~!! なんて言うのかな? すっきりと飲みやすい! さらっとしているのに、雑味があるわけじゃないけど、複雑な味というか深みがあるというか」


 それを聞いて俺も一口飲んでみる。


「なるほど、確かにうまいな。個人的には大吟醸より本醸造くらいのほうが俺は好きなんだが、これはすっきりとしてうまい。さて、刺身も頂いてみるか」


 それを聞いた雅は、『私はやっぱり大吟醸のほうが好きだけどな』などと言っている。


 とりあえず、のどくろも魅力的だが、脂がのった白身の刺身も捨てがたいので、そちらから箸をつけてみる。


「うん、鯛もうまいぞ! 脂がのって、歯ごたえも良い!」


 すると雅はのどくろから手を付けたようで、


「このノドクロも小ぶりだけどしっかり脂がのっておいしいよ! やはりノドクロは一味違うね~」


 と、ほっぺたが落ちそうな顔をしている雅を見て、俺もすぐさまノドクロに手を付けてみる。


「うん、確かに美味い! ノドクロって初めて食べたけど、なんていうのかな、キンメダイとあじ秋刀魚さんまのいいとこどりしたみたいな味だな!」


 ちょっと興奮しながらそう言う俺に雅が、


「なるほど! カズ君うまいこと言うね! 確かにそんな感じがするよ!」


 と、さっそく二口目を食べている。このままなら俺の分も食べてしまいそうだ。まあ、元々雅のものだから問題ないのだが。そんなことを思っていると、


「あ、あまりに魚もお酒もおいしくて忘れてたけど、カズ君、今日は何で帰りが遅かったの?」


 と、思い出したように聞いてきた。


「ああ、そうだな。この前ニュースで銀行口座に手数料がかかるようになるって話してただろ? まあ、今のところ、2年以上一定期間取引がないとか、口座残高が1万円以下とかの口座に限るみたいだけどさ。それで思い出したんだよ」


 そこまで言うと雅が、


「あ~、あれね。でもカズ君、そんなに給料振り込みとか以外で口座持ってたっけ?」


 と、口をはさんできた。


「うん、俺もすっかり忘れてたんだけど、子供の時に作った口座があったんだ。お年玉もらったときとかに貯金するようにって、小学生の時だったかな? 母親に連れられてね」


 それを聞いた雅は、


「あ~、なるほど。私の場合、その口座を給料振込口座にしたからね。わざわざ新しく作るのが面倒だったから。で、その口座どうしたの?」


「まあ、俺の場合、実家の近くには支店があったからいいんだけど、この辺には店舗がないのと、就職したときに給料の振込銀行指定されたから、新しく口座作ったんだよ。で、そのまま2年近く忘れていたと」


 それを聞いた雅は、


「カズ君おっ金持ち~♪ 口座丸ごと忘れるなんて~」


 と茶化してきた。


「まあ、学生まで使ってた口座だから残高もあまりないけどな。そうはいってもバイト代で積み立てた定期預金があったから、そのままあきらめるのは、そこそこもったいない」


 この銀行の便利なところは、総合口座があるところだった。普段普通預金にお金を入れておくと、うっかり使いすぎてしまう恐れもある。そのため、ある程度まとまったら定期預金にしておきたかったのだが、そうすると、急にお金が必要になったときに手続きが面倒になる。その点この総合口座の場合、定期預金があると、その一定額までATMでお金をおろすことができるのだ。まあ、勿論もちろん利子は取られるけど、急に必要になった場合、カードローンなどを利用するよりよほど安い。もっとも貸越を利用するような事態には陥らなかったけど。そのため、かえって口座の存在自体を忘れることとなったのだ。


 そんなことをつまんで雅に説明すると、


「まあ、そういうこともあるかもね。でも、折角ならそのまま積み立て用の口座にすればよかったんじゃない?」


 そんな疑問をぶつけてくる雅に、


「勿論それは俺も考えたさ。っていうか、そのつもりで解約しないでおこうと思った面もある。でも、生活圏に支店がないんじゃ使い勝手が悪すぎるだろ? だから忘れちゃってたんだし」


 そういうと雅も思い出したように、


「まあ、それもそうね。で、解約してきたのね」


「そういうこと。さすがに口座解約の手続きは窓口が開いている時間に行く必要があったから有給使っていこうと思ったら、上司が『抜けた時間分戻ってきてから仕事してもいいぞ』って言ってくれたので、そうさせてもらったんだよ。結局昼休みも使って往復3時間かかっちゃってさ、結局2時間半余計に会社にいたからこんな時間になっちゃった訳さ」


 それを聞いた雅が、


「……それって普通に有給とってゆっくりしたほうが良かったんじゃない?」


 と、御尤もなことを言ってきた。こんなに時間がかかるとは思わなかったが、よく考えれば、実家のほうまで行くんだから、往復に時間はかかるし、折角行くなら、実家に顔出して来ればよかったのだ。


 雅は続けて、


「それにしても銀行もついに始めたって感じよね」


 急に話が変わったので、


「うん? ついに始めたってどういう事だい?」


 俺の質問に対して、


「ほら、ここの所、銀行って政府と日銀にいじめられまくっているじゃない? 今まではお客のためにとおこなってきたサービスが維持できなくなってきてるんだと思うわ」


「確かに、数年前の話になるが、『休眠預金活用法』とかいう変な法律もできたもんな。正直あれはやりすぎだと思ったもん。そもそも預金って、銀行が預金者から預かっているお金で、預金者から見たら、銀行にお金を貸している状態だろ? そして、貸しているお金ということは、預金者にとっては債権で、この債権は当然に民法上、『消滅時効」の対象になる。預金者は銀行に請求することにより、基本的にいつでも債権を回収できる反面、そのまま放置していれば時効で債権が消滅してしまうのはある意味当然だ。まあ、権利の上に眠るものは保護せずという理念のもとにね」


 すると雅も、


「まあ、つまり、銀行としては、何年もお金をおろしに来ない人の預金は時効により債権が消滅、つまりは銀行の収入になるってことなのよね。でも、銀行って、基本的に休眠口座であっても、手続きすればお金返してくれたものね。あくまで法律上は銀行のお金にすることができるものを政府が急に新しい法律作って、活用するとか言い出すんだから、そりゃ銀行も怒るわよね」


 俺も続けて、


「まあな、いずれ返すつもりがあるにしろ、返金請求されるまでは銀行が運用できるわけだし、そのまま手続きに来ない人も多いだろう。預金が少額の人とか、まったく完全に忘れてしまう人もいるだろうしな。実は雅も完全に忘れている口座あったりして」


 と、少し茶化すと、


「そんなものがあったら逆に教えてほしいわよ。私銀行口座一つしか作った記憶ないんだから。カズ君が、こっそる作ってくれてでもない限り」


 と、やり返されてしまった。いや、しかしそれを聞いて、


「うん? それを聞いて思いついたんだが、俺ではないにしても、雅の親父さんとかが作っているかもしれないから、そのうち確認したほうがいいかもな。まあ、それはそれとして、いずれにしろ、銀行のもの、またはほぼ銀行の資金として活用できるお金を急に法律作って政府が有効活用しようとか、憲法に保障されている財産権の侵害に当たるんじゃないかと俺は思うんだ」


 すると雅がまたもや話を少し進めて、


「確かにその点も大きな問題ね。でも、ほかにも政府が銀行へしていることってまだまだあるわよ。例えば、保険や投資信託の販売情報を開示しろとかね。まあ、この前の詐欺の話じゃないけど、銀行の人が勧めるんだから安心って思い、よく知らない金融商品を買っちゃう人も結構いるらしいからね。」


 それを聞いた俺は、


「でも、それこそこの前の詐欺の話のときにもしたけど、どんな金融商品でも損をしないものは預貯金くらいだし、利益を得ようと思ったらそれなりのリスクを背負わないといけないのは当然だ。それを自分で調べもせずに銀行に騙されたとか、信用してたのにとか、あとから言い出されても、それこそ自己責任で何とかしろっていう話だろ? 欲をかいたのも自分なんだし、勝手に銀行を信用したのも自分だ」


 続いて雅は、


「あと、やはりここ数年一番辛いのは日銀の異次元緩和政策とかよね」


 それを聞いて俺も、


「あー、確かにあれは前にも話したけど雅の言う通りまさに無策の代名詞だな。景気を良くするために利率を下げているのに、ちっとも目標のインフレ率は達成できない。利率が上がらないから預金も増えないで、皆んなが老後資金を不安に思い、さらに貯蓄を増やし、景気が後退する」


 俺がそこまで言うと雅が引き継いで、


「そして不安が不安を呼んで、『貯蓄より投資』なんて言う、まさに政府が詐欺のように旗振りして、投資信託なんかを買わそうとする一方、売った銀行は適切に販売していないのではないかと、文句つけられたらたまらないわよね」


 そして今度は俺が、


「極めつけが『キャッシュレス』だな。これが進むと銀行がインフラとして担ってきた資金流通システムが大きく変わっちゃういそうだろ。そうなると、銀行って八方塞がりだな」


 改めて口に出してみると、確かにここ数年の政府の政策は酷いものだと思う。よく考えたら、例のシェアハウス問題だって元をたどれば、日銀の低金利政策が生み出したものともいえる。老後資金に不安を持った個人と、低金利でも資金需要が増えず、さらに低下した利率が銀行の収益を際限なく圧迫している。そこへ個人への不動産需要が増えたのだから、銀行がそこへ資金を回すのは当然の流れだ。そして、低金利に踊らされて、さらに個人のマンションブーム。最近ではマンション価格はばパブル期の価格を超えたという。一方で販売量は不振となっている。これは不動産価格の暴落を示唆しているのではないだろうか? そもそも給料が増えないのだ。買える人間には限りがあるし、今は高い給料をもらえている人たちだって、今後も同じ状況が続くとは限らない。住宅ローン破産も増えてきていると聞く。


「まあ、口座管理手数料を取るって言うのは、銀行が最後にとれる手段だったのかもしれないわね。これは収益力の強化というより、本来銀行の財産であったものを政府に奪われるのを防ぐ目的だと思うけど、ここまでしなきゃいけないほど銀行も追いつめられているということね。業界全体で」


 今は日本のみならず世界中が低金利時代だ。キャッシュレス化の流れは日本というより世界全体の流れ。そして、先進国が寄り集まって政府が仮想通貨を取り扱う可能性が出てきている。ひょっとしたら近いうちに産業革命の経済版が世界で起きるかもしれない。銀行はすでに敗戦を見込んで行動しているかもしれないのだ。



今日の一言:銀行はすでに将来は自分たちの役割が今とは全く異なるものになる、ひょっとしたらなくなるかもしれないということを視野に入れて、なるべく今ある財産を減らさないような行動に出ているのかもしれない。我々個人はより、自らの財産は自ら守るような判断と行動をより心掛けなければいけない時代が来そうだ。政府はもはやあてにならない。世界的な経済戦争もう始まっているのかもしれない。

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