第36話 詐欺の被害者は本当に被害者か

「いや~、それにしても今日は寒かったね~」


 家に着くなりエアコンのスイッチを入れながら雅がそういった。そのせそそくさと冷蔵庫へビールを取りにっているところが雅らしい。と言っても発泡酒だけど。


「さて、俺はご飯の準備をするよ。予定通りでいいだろ?」


 そう言うと雅も、


「うん、久しぶりだしね。楽しみだよ。何か手伝うことある?」


「いや、特にないかな。ご飯も炊けてるし。お皿とか準備しておいてくれるか?」


「了解! じゃあ、私はテレビ見てていいかな? 何か手伝うことがあったら言ってね!」


 そう言うと雅はさっさとコートを着たままリビングへ行きテレビを見始めた。お皿は? と思ったけど、まだ出来上がるまでには少し時間がかかるし、部屋も寒いからな。さて、俺はさっさと料理を作ってしまうか。


 まずは食材を準備して順にカットしていく。と、言っても今日の食材はあまり切るものもない。長ネギを斜めに薄くカットするくらいだ。水煮筍みずにたけのこはすでに細長くカットしてある。あとは……そうそう、を忘れてはいけない。アレは半分くらいのサイズに切ればいいだろう。


 さて、次はあんを作らなくては。醤油、砂糖、ケチャップを同量鍋に入れて弱火にかける。お酢は同じくらいの量だけど、先に入れると鍋が痛むので最後に入れる。そして、顆粒の鶏がらスープのもとを使って、醤油の3~5倍程度の量のスープを作り一緒に鍋に入れてしまう。ある程度煮えたら一度火を止める。このというのがポイントだ。少し冷ましている間に水溶き片栗粉を作り、火を止めた鍋の中に入れ、手早く混ぜる。ここでもたもたしてはいけない。片栗粉が固まってしまうからだ。まあ、火を止めているから、あまり心配しなくてもいいんだけどね。


 さて、ここまで準備し終えたらいよいよ本体へ取り掛かろう。まずはボールに卵を二個ほど割って入れ、塩一つまみを加えてよくかき混ぜる。味の素も少し入れるといい感じかな。そして、その中にアレを入れれば今度は温めた中華鍋……はないので、それっぽいフライパンを温めて、油を多めに入れる。どれくらい多めかというと、本当に油がたまるくらいの量だ。そこへ長ネギと水煮筍を入れて、油に泳がせるようにして軽く火を通す。そして先ほどの卵を一気に流し込み、こちらも油の中で泳がせるようにうまくまとめていき、適当な硬さと柔らかさの状態にすれば完成だ。


 そう、かに玉ですね♪


 そして、少し深めのお皿にご飯を丸く盛り付け、その上に先ほどのかに玉を乗せる。先ほど作ったあんかけに、更にお酢とごま油を入れて少し温めたものを、かに玉にかければ完成だ。


 はい、かに玉だと思ったものが、あっという間に天津丼へ早変わり~♪


 などと、痛い解説を心の中でしつつ、軽く鼻歌を歌いながら次のかに玉へ取り掛かる。


 二皿作ったら、テーブルへ運び、いよいよ食事の時間。そのころには部屋も温まっており、雅も部屋着に着替えて、すでにビールを飲みながら待っていた。


「さて、それじゃあ温かいうちに食べようか」


 そういうと、


「うん!」


 という雅の元気な声とともに二人で、


「「かんぱ~い♪」」


 グラスを合わせると、飲むより先にまだ湯気が上がっている天津丼にスプーンを入れる。もちろん、レンゲなどという洒落たものは持っていない。


 すると雅が、


「う~ん、やっぱり天津丼おいしいね♪ お店では塩とか京風とかあるけど、やはり甘酢が一番よね! このカニも…… って、あれ?これひょっとしてカニカマ?」


 そういうので、


「さすが雅だな」


 と、答えると、


「あれ? この前、私が実家からもらってきたカニの缶詰使ったのかと思ったよ」


「あ~、やっぱり忘れちゃってるか。確かに、雅が持ってきてくれた時に、今度これでかに玉作ろうって言ってたのに、お酒飲んでるときに、『おつまみが欲し~』って、雅が言うから、あの時に食べちゃったじゃん」


 それを聞いて思い出したのか、ばつが悪そうに雅は目を泳がせながら、


「……ま、まあ、そう言えばそんなこともあったわね」


 と、きょどきょどし始めた。あまりいじめてもかわいそうなので、


「それにしてもすごいよな、これらのフェイク食品って。カニカマはもちろん、ウナギだとかホタテだとか、勿論本物のほうがおいしいけど、十分それらしく食べられることが多いもんな」


 そういうと、


「まあ、確かにね。中には『これはないな~』っていうのもあるけどね。生レバー蒟蒻こんにゃくはさすがに蒟蒻じゃん! って思ったもん」


 あ~、確かに見た目は似てるけど、食感は蒟蒻そのものだったな。などと思っていると、雅が、


「そういえば、フェイク食材じゃないんだけど、フェイクといえば、最近また特殊詐欺の被害が拡大しているってニュースでやっていたわね」


 と、急に話題を変えてきた。


「特殊詐欺というとあれか? オレオレ詐欺みたいなやつのことだろ。ニュースでやってたな。最近では『騙されたふり作戦』を模倣した詐欺まで出現したらしいじゃん。それに詐欺といえば投資詐欺もいまだに多いみたいだしな」


 そういう俺に、


「そうね、確かに詐欺といっても大きく2種類に分かれるわよね」


 と、雅が言うので、


「2種類? ああ、確かにそういわれるとそうだな」


 少し考えて俺がつぶやき返すと雅は、


「ね、一つ目は、先に私が言った特殊詐欺みたいなもの、もう一つは和君が言った投資詐欺みたいなものね。一つ目は、人間の情に訴えるもの、二つ目は人間の欲に訴えるという感じね」


 雅がきれいに説明してくれたので、


「確かにそうだな。正直、投資詐欺なんか、引っかかるほうも社会に対する加害者だと思っているよ、俺は。何せ、欲をかいて引っかかるやつがいるから、詐欺を働くヤツもどんどん増えるわけだし、今の日本人の風潮って、被害者と主張する人の保護が行き過ぎだとも思う面もあるしな」


 そう俺が言うと雅は、


「行き過ぎってどうゆうこと?」


 と、聞いてきた。そこで俺は、


「うん、だって今の日本って、消費者は基本的に損をしない立場で、何かあれば事業者がすべて悪いみたいな感じになっているだろ? でも、よく考えれば、どんな商売だって、成功するかどうかはわからない、儲かるかどうかなんてわからないうえに、損をすることは普通にあることだ。一度も何も損をしない商売なんてないだろ?」


 そういう俺に、


「そういう意味ではカズ君の言うとおりね。実際に詐欺だといわれる事件にしても、騙したといわれている犯人とされた人も、本人も儲かると信じて騙されたと言い張る人に話をしていた可能性もあるものね」


 と、雅が言うので、


「だろ? 例えば、俺なんかは経済学部で金融の話を勉強しているから、世の中の金利が年0.001%だといわれている時代に毎月5%も配当が出るといわれれば、そんな話がほぼ存在するわけがないと考えるし、もし仮にそんな儲け話があるならば、そもそも他人に話を持ってくるより、自分でもうけたほうがいいに決まっている。月5%ってことは単純に12倍しても年60%だぜ? しかし、そういう知識がない人ならば、善意ぜんいで、あ、この場合の善意というのは法律用語で『知らない』という意味なんだけどね、それが詐欺であると知らないで勧誘している可能性もあるわけじゃん。少なくてもそれに騙される人がいるくらいには、信じちゃう人がいるわけだからさ」


 すると雅も、


「まあ、確かにそうね。某シェアハウスで問題になった件も、うまくいけば普通に儲かったかもしれないし、事実当初はもうかっていたんだもんね」


 というので俺は、


「あの事件は銀行もグルになって、預金残高や源泉徴収票の改ざんをしたから、その意味では悪質で詐欺ではあるけど、そもそも収入は、不動産はおろか預金もに持っていない人が何億円なんおくえんも借金して不動産投資をしようという考えがそもそもおかしいし、それだけのお金を借りて返せない場合のことを考えないのは本人の責任だと俺は思うんだよ」


 それには雅も同調してくれて、


「確かにその意味では、被害者と言っている人たちも社会全体に対しては加害者といえるわね。本人の損はともかくとして、警察や報道関係、それに対して法改正などをするとなれば、国会議員や官僚に払う給料だってその人たちが原因で発生するんだものね。そう考えると、最初に言った『感情に訴える』タイプの詐欺もさらに二つに分けて考えるべきかもね」


 雅がそういうので、


「う~ん、例えば、オレオレ詐欺みたいにご老人をだます詐欺と、結婚詐欺のようなものかな?」


 俺がしばらく考えてそう言うと、


「そうね、大体そんな感じになるかしらね。オレオレ詐欺みたいなものは親が子を思う気持ちがメインでしょ、結婚詐欺は良くも悪くも結婚という自己の利益の追求だものね」


 そういう雅に補足する感じで、


「それにオレオレ詐欺の場合、実際には詐欺に関与していない、被害者(とされる)人の子供や孫が登場するけど、結婚詐欺の場合、利益を受ける(だましている)人が直接登場する点も違うよな」


「そうよね~、確かに結婚詐欺なんかは、感情に訴えるけど、場合によっては財産を沢山持っていることを行うものもあるから、そういう意味では投資詐欺と同じような側面もあるわね」


「でも、オレオレ詐欺にしても、普段から親子できちんと連絡とっていればその話がおかしいと親のほうも気が付くだろ? 聞いた話だと、子供にその詐欺の内容をなぜ確認しなかったのかと、騙された親聞いたら『そんなこと子供に確認したら子供に怒られるから』っていう人が結構いるのが、そもそも驚きだ。親に怒られるならまだしも、子供のために心配している親が、子供に怒られる心配するってのがそもそもコミュニケーション不足ってことだろ」


 そんな話を続けていたら雅が急にしんみりした顔をして、


「確かに核家族化が進み、夫婦共働きが当たり前になって、高齢者とその子供たちのコミュニケーションが不足しているのが様々な問題を引き起こしている元凶の一つよね。この前、市役所の無料相談にちょっと変わった相談があったらしいのよ」


 なんだか、気になるので、


「変わった相談って? やはり詐欺に関することなのか?」


 そういうと、


「うん、ちょっと長い話になるけどいいかな?」


 そう前置きするので俺は、


「勿論、聞かせてくれないか」


 すると雅は、


「あのね、相談に来たのは50代の夫婦だったの。この夫婦の旦那さんのお父さんは、そこそこの資産家だったらしいんだけど、数年前に亡くなって。その時は多少相続関係でもめたけど、財産の半分をお母さんが、残りの半分を兄弟で半分ずつで相続することで話はまとまったんだって。お母さんは不動産の相続が多くて、今回お母さんも亡くなったから、遺産相続の手続きをしようと思ったら、遺書のような遺言書が出てきたの。その遺書の内容が驚きのものだったのよ」


 ここで雅が一息ついて、グラスに軽く口をつけた。


「その内容というのが、『私がお父さんから相続した不動産はこの自宅以外全部売りました』ってね」


 それを聞いて思わず、


「え!? 全部売ったっていくらになったんだ? それに売ってもお金に代わるだけで、かえって相続しやすくなったりしたんじゃないのか?」


 相続の手続きで、実は不動産って結構厄介だ。財産価値が高いけど、基本的に不動産を分けて相続するのは難しい。そのうえ共有という、一見公平に見える分け方は所有者同士の意見が合わないと後々のトラブルの種にしかならない。そのため、専門家は不動産を共有で相続することは勧めないと聞いたことがある。


「うん、問題はここからなの。不動産を売ったお金はほとんど残ってなかったらしいの。そのことについても説明があって、どうやら一人暮らしの高齢者を狙う詐欺にあってたらしいのよ。いろいろと身の回りの世話とかしてくれたらしいんだけど、そのたびにお金をもらったり、なんか、どう考えてもいらないものを買わされたりしたらしいのね。その行為は客観的に見て詐欺と呼べるものだったらしいわ。でも、お婆さんは、その詐欺とわかっていながら、その人たちとお付き合いしていたらしいの。もっとも、最後のほうはその詐欺師さんたちも、無理に何かを買わせたりということもしなくて、むしろ近所の人からもお世話をしてると認知されてたみたい。そのことについても書かれていて、彼らに渡したお金や彼らから購入したものは自分の意志で行ったことだから、子供達には関係ないので何もしないようにと書かれていたらしいわ」


 そこまで話すと、雅はちょっと切なそうな顔をして、またお酒を一口飲んだ。


「そんなことがあったんだ……つまり、そのおばあさんにとっては、実の子供たちより、詐欺師の人たちでも、そばにいて話し相手になってくれ、世話を焼いてくれる人たちのほうが良かったんだな。仮にその人たちが財産目当てと解ったとしても」


 俺も切なくなって、そう呟いてからお酒を一気に飲み干した。


「そうなると、お婆さんが納得したうえで財産を供与したということになるから、詐欺罪での裁判も難しいというのが弁護士の意見らしいわ。フェイク食材の話がなんだか暗い話になっちゃったけど、私たちも自分の家族との関係をもっと考えなくちゃいけないわね」


 そういう雅に対して、


「そうだな、今度の休みは二人でそれぞれの実家に顔を出しに行くか」


 俺がそういうと雅も『うん』とうなずいてくれた。



今日のひとこと:民法上では「強迫」による意思表示は無効とされるが、「詐欺」による意思表示はとされている。つまり、取り消すまでは有効ということだ。核家族化が進み誰もが忙しい現在、人と人との関係を真剣に見直すべき時が来ているのかもしれない。

 


 



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