第35話 人手不足と退職勧告は矛盾するのか

『ふふ、ふふっ~ん♪』


 なんだか雅が妙に上機嫌だ。その理由はとても分かりやすい。なので、ちょっとカマをかけて、


「その様子だと、結構ボーナス出たみたいだね」


 そんな俺の結構ストレートな問いかけにも、


「そうなのよ~。夏にも貰ったけど、その時はまた勤めたばかりだから少なかったけど、今回は満額だからね~。まとまってこんなにお金貰うことないからちょっとびっくりしちゃったわ♪」


 と、上機嫌に答えてくれた。冬のボーナスのほうが多い会社も多いらしいけど、公務員も同様の様だ。もっとも俺が務める様な中小企業では、ボーナスなんて出るだけましというのが世間の傾向であり、当然俺のボーナスもそれほど多くはない。しかも年末が一年で最も忙しいため、夏の賞与のほうが冬より多い、つまり冬は少ないのだ。そこは貰えただけでもありがたいと思うしかない。そんなことを考えていると、


「そういうカズ君だってボーナス出たんでしょ? 去年はそれでおごってくれたもんね~。まあ、クリスマスデートはできなかったけど」


 と、昨年の出来事をまたもいじられてしまった。話には聞いていたが、クリスマスシーズンは年末出荷の追い込みで、社員総出で工場作業だったのだが、聞いていた以上に忙しく、残業でクリスマスにはデートができなかった。代わりに週末はちょっと遠出して、俺にしては奮発したディナーを二人で食べに行った。まあ、奮発しても街の洋食屋さんというのが精いっぱいではあったが。


 で、今日はと言うと、ご機嫌の雅様がご飯を作ってくれるというので、それを待っている。何を作るのかと思ってみていたら、


(1) 鍋にお湯を沸かす

(2) 玉ねぎ、ウインナー、ピーマンをカット

(3) ニンニクを薄くスライス……したつもりらしい、結構分厚いのが混じっているけど(笑) 

(4) 鍋のお湯でパスタをゆでる(もちろん塩を小さじ一杯程度入れるのは忘れていなかった)


 ……と、これらを見ていれば、作っているのは『ナポリタン』だろうな。そう言えば、去年の(ずれたけど)クリスマスデートでは俺はナポリタンを食べたんだっけ。その時に事をきっと覚えていてくれたのだろう。


『ジュワァァ~』


 と、油で炒める音が聞こえてきた。この辺での塩コショウはあまり入れすぎないのもポイントだが、少なすぎてもいけない。少ないとケチャップを大量に入れなければならないし、濃いのはもちろん問題外だ。しばらくしたところで、


「そう言えば、ケチャップ入れる時に気持ち少なめにして普通のソースも少し入れるといいよ」


 と、後ろから軽くアドバイス。俺は以前テレビで取材していた喫茶店のマスターがやっていた方法で、俺も一度試したが、確かに味にコクが出るし、変化が付いてよかった。すると雅が、


「あ~、やっぱり何作ってるかばれてたか~。ソースも入れるのね、試してみるよ」


 と、軽く返事をしてきたので、


「はじめは薄いかな? くらいの味付けで、味見しながら調節するんだぞ~」


 俺は最後のアドバイスをして、そろそろ出来そうだと考え、お皿、ワイン、グラスなどを手早く準備していく。因みにワインは俺が今日のために買っておいたチリ産の赤ワインだ。それほど高くはないけど、いつもよりは結構お高め。最近は少し渋めのフルボディーがお気に入り。前はボジョレーなどのライトなのが好きだったが、最近はこっちを飲むことが多い。俺も酒の味がわかる男になってきたな、などと一人でほくそ笑んでいると、


「できたよ~、カズ君、ワインの準備を……って、もう終わっているのね」


 という雅の声が聞こえてきた。座って待っていると、雅様渾身こんしんのナポリタンがてんこ盛りでやってきた。その脇にはコールスローかな? サラダも乗っている。俺は結構面倒くさがりだから、二品・三品作ることはまれなので、これはちょっと嬉しいオプションだな。


 すべての準備が整ったところで、


「「メリークリスマース♪」」


 二人で軽くグラスを合わせてから、早速ナポリタンを一口ひとくち食べてみる。


「お! これは美味いな! 味付けもさることながら、玉ねぎにはしっかり火が通っている一方でピーマンの苦みとシャッキリ感ががしっかりと残っていてとてもおいしいよ!」


 素直においしいのでそういうと、雅は少し照れた感じで、


「うふふ、カズ君がそこまで褒めてくれるのって、珍しいね。私もうれしいよ」


 雅もとても嬉しそうに答えてくれた。


「去年俺がナポリタン好きだって言ったから作ってくれたんだろ?」


 そう聞くと、


「まあ、勿論それもあるけど、どちらかというと去年カズ君がおいしそうに食べてたから私も食べたくなったのよ」


 ……さすが雅だ。と、そう言えばそもそもの話なのだが、


「そう言えばさ、公務員の給与って、民間の会社の給与を基準にして決めているんだっけ?」


 すると雅は、


「そうらしいわね、私も詳しくは知らないんだけど。国家公務員は従業員数50人以上の企業等の給与を基準にして人事院勧告で決めるようね。そして地方公務員はそれにならうという感じ」


 それに対して俺は、


「う~ん、でもそれって結局いいとこどりだよな。企業は景気が良いところもあれば、悪いところもある。悪いところはそのうち倒産とかして、その統計から外れる一方で、好調の企業はそこに必ず含まれそうだもんな。更に、聞いたところによると、基本的に公務員の給料って下がらないんだろ? つまり、この先どんなに景気が悪くなっても、今の給料が減らされるようなことはないんだもんな。すごく公平なように見えて、実は物凄く不公平だよな」


 と言うと、雅も、


「まあね、過去には同じ号俸、あ、公務員の給与は階級が決められてるのね。たとえば3級2号俸なんていう風になっていて、これが上がると給料も増えるのよ。で、言いかけたのは、同じ号俸では下がったこともあるんだけど、同じ人で見てみると、結局昇級して号俸が上がるからほとんど変わらないか、まあ、増えることが多かったんじゃないか、という話ね」


 それを聞いて、


「う~ん、そう聞くと、急に給料が増えることはないにしても、基本くびにもならない、給料も増え続けるって、そりゃ公務員の人気が出るのもわかるな。それに、すごく忙しくて過労死しちゃうような部署もあるけど、結構公務員って定時退社で、仕事もそこそこって感じも受けるしな」


 それに雅は。


「まあね~、実際私なんかも今は学生の時の友達とそれほど給料変わらないけど、先の話をすると、絶対私のほうが多くなっちゃいそうだものね。ま、恵まれすぎな感じは否めないわ」


 そんな話をしている最中、テレビのニュースで、


『企業の内部留保額が過去最高だ。それらを従業員の給料に還元すべきだ』


 と、なぜそのポストに居続けられるのかが不思議な某失言大臣が言っているのが聞こえた。それを聞いて、


「あ~、またヤクザな発言してるよ、この人。人が稼いでため込んだお金、使えって、気質の人が言う事じゃないよな~」


 などと俺がつぶやくと、雅が急に、


「あ! 今までの会話で気が付いたんだけど、この人たちの目的って、確かに景気をよくするために給料増やしてもらいたいっていうのもあるかもしれないけど、本音は自分達や、その手駒である官僚の給料を増やすのが目的なんじゃないかな? だって、民間の給料が増えれば、公務員の給料も増えるんだから!!」


 それを聞いて、俺も、


「うん、確かにそれもありそうだな。でも、本当のところ、企業が内部留保を増やしているのは、ちゃんと狙いがあるように思うんだよ」


「え~? カズ君は、留保金を増やすのは良いことだと思っている感じなの?」


「いいか悪いかは、まあ、よくわからないけど、企業の狙いなら何となくわかる気がするよ。まず、日本の大企業って、それなりに長期間存在しているところが多いし、経営陣は少なくてもそれなりの年齢だろ?そうすると、きっとバブルの崩壊とか、リーマンショックとか経験した人が多いと思うんだ」


「それでそれで?」


 雅が先をせかすので、


「つまり、景気がいくら良いといっても、それは一時的なことで長続きはしないという事を知っているんじゃないかな? 今の日本の経営者たちは」


 そこまで言うと、雅も、


「う~ん、なるほど。カズ君の考えはなかなか深いですな~。確かにそういう面もあるかもしれないわね」


 俺はさらに続けて、


「まあ、悪くなった時の備えは、良いときにしか出来ないものだからね。良いときにある程度の蓄えをしておけば、悪くなった時にその蓄えで対処できるかもしれないだろ? それに日本の企業もここへ来て、結構内部留保の有効活用をしている気がするんだよ」


 それを聞いた雅が不思議そうな顔で、


「有効活用ていっても、消費税の増税の影響もあってか、企業の設備投資はよくないんじゃなかったかしら? それに人手不足といっても、新規採用の給料を増やす動きも一部では認められるけど、多くは聞かないし、そもそも人件費の高騰自体は企業にとっては資金の有効活用とは言えないわよね?」


「雅の意見は多分その通りだ。設備投資はあまり見込めないし、人件費の高騰は優秀な人材の採用につながればいいけど、そうは簡単にいかないよな」


 雅はそれには納得した顔で、


「そうよね~。そのほかには試験研究とか広告宣伝、あとは何かしら……」


 考えている顔もかわいらしいが、多分答えは出ないと思うので、


「まあ、最近不思議なニュース見なかったか? これだけ人手不足だといわれているのに、メガバンクなんかが人員削減の計画発表してただろ。まあ、銀行の人員削減はあくまで削減だけだけど、多くの上場企業が早期退職勧告しているって」


 そういうと、雅は更にわからないという感じなので、少し補足して、


「今、人手不足以外も色々と問題になっているけど、結構話題になったのは老後二千万円不足問題ってあったろ? あれだけ政府の人間は火消しに躍起になっていたけど、あの問題が話題になったのをいいことに、定年を70歳にするとか言い始めたじゃん。正直、企業にとってはいい迷惑だと思うよ。国としては社会保障費の負担を減らして、企業に面倒を押し付けているようにしか見えないもん」


 そこまで聞くと雅も合点がいったようで、


「あ~、なるほど、そういうことか。確かにいい時にしか悪くなった時の備えはできないものね」


 そこで俺も、


「そうなんだよ。日本の風習として、終身雇用はすでに維持できないと経団連のトップでさえ匙を投げたけど、40代から50代の皆様は、まだまだ終身雇用が常識の時代、しかも基本的にこの年代はバブル時代に採用されていたりするから、給料も高いだろうしね。実際年を取れば本人の自覚とは別にして仕事の能率も落ちるだろうし、今後IT化が進めば仕事についていけなくなる可能性も高い」


 すると雅が口をはさんできた。


「確かに。うちの課長、決裁文書とかパソコンうまく使えないからって、いつも係長呼びつけて作業させているもんね。そうなると、業務効率化どころか不効率化になっていると私も思う時があるもん。それに職種によっては高齢者になればなるほど、事故が起きやすくなると思うし、そうしたときに会社が責任負わされるというリスクもあるわ。そう考えると、少し景気がいいといわれている今の時期に早期退職勧奨って、よく考えると理にかなっているわね」


「そう、しかもそれなりに高い給料に慣れているこの人たちを継続して雇用し続けるのはかなりの負担になると俺でさえ思うんだ。経営者が同じことを考えないわけないよね。それに、景気が悪くなれば退職金割り増ししてもらっても、再就職の可能性が少なくなるから、今のまま勤め続けようとするんじゃないかな」


 雅も、


「確かにそういう対策をしている企業は内部留保金を有効活用しているといえるわね。それに本人にとっても、60歳過ぎから新しい仕事探すよりは、年を取っても続けられる仕事を選べる可能性も出てくるし。私のお父さんはどうするのかな~」


 そんなことを言うので気になって思わず、


「え!? 雅のお父さんの会社も早期退職募集しているのか?」


 と聞くと、


「それほど大っぴらではないけど、なんか募集はしているみたい。申し込む気はないようなこと言ってたけど、私も仕事始めたし、お父さんもこれからは好きなことできるなら、どっちでもいいと思ってちゃんと聞いてなかったのよね」


 流石さすがは他人に関心が薄い雅さん、自分の父親にまで関心が少ないとは。


「まあ、うちの親父は自営業だから、そういうのとは無縁だけど、確かに俺も就職したし、自分たちの生活のめどが立てば、いつでも辞められる。一方で体さえ丈夫なら、いつまででも仕事が続けられるのは自営業のメリットといえばメリットなのかもな」


「確かに、人生100年時代と言われるようになったら、私達の親もまだ人生の折り返し地点に差し掛かったばかりなのよね。私達も、まだまだ先のことだと思っているとあっという間よね。何せこの前まで子供だと思っていたら、いつの間にか社会人なんだもの。この先もきっとあっという間ね」


 そういえば、話しながらで気がつかなかったが、いつの間にか皿がもう空っぽだ。しかし、ワインはたっぷり残っている。


「さて、ナポリタン食べ終わっちゃったな。ワインは残っているからチーズでも食べながら、今夜のドラマでも見ようか」


 そういって、俺は冷蔵庫に今日のためにこっそり買っておいた、ちょっといいチーズを冷蔵庫の奥のほうから引っ張り出してきたのだった。



今日のひとこと:人手不足と言いながら、早期退職を募るのにはそれなりの理由がありそうだ。企業も政府が言うように一方的に負担を押し付けられるばかりでは、そもそも会社が倒産してしまうからな。

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