第34話 行政の対応ってそれでいいの?

『きゃはは~』


 子供がはしゃぐ声がする。滑り台やシーソーで遊んでいて楽しそうだ。今日は天気もいいし、結構な数の親子連れが公園で遊んでいる。最近では少子高齢化だというので、ちょっと意外だった。


 今日は特に予定もなかったが、雅が駅前にできたタピオカミルクティーを飲みたいというので、散歩がてらいつもは行かない公園へ来てみたのだ。最近では公園に来ることもあまりないので、ちょっと新鮮な感じがした。この公園は真ん中に池があり、自然公園のような感じなので散策するのは意外と気持ちいい。たまには来てみるのもいいかな、などと思っていると隣で雅が、


「あ、飲み終わっちゃった。これ、意外と甘かったね~。タピオカって昔は小さくなかった? 子供の時に何度か食べたけど、あの時はココナツミルクだった気がするな~。でも、今は黒くて触感はグミみたいだね」


 そういうので俺も、


「確かにな。昔のココナツミルクも甘くておいしかったけど、今のミルクティーも悪くはないね。でも、おれ、甘いものあまり得意じゃないから、一度飲んでみればいいかな~」


 すると雅が、


「私は結構好きかな。でも、態々わざわざ買いに行くというほどじゃないかも~。出かけたついでに飲むくらいがちょうどいい感じ」


 などと言っている。そこで俺は、


「そう言えば、結構小さい子供が遊んでたな。少子高齢化だっていうから少し意外だったよ」


 そう話題を変えると、


「まあ、ここの公園は良いわね。周りには木が多いし遊具のコーナーも住宅街からは比較的離れてるから」


 なんだか気になる言いかたをするので、


「それって、この公園は特殊だってことなのか?」


 思わず口に出てしまった。すると雅が、


「実はそうね。私たちが子供の頃って、普通に公園で遊んでたけど、今は周囲の人が『子供の声がうるさい』とか苦情を言って、公園で遊ぶ行為に禁止事項を設けているところが増えているの。そして、この問題の特殊なところは、文句を言う人に比較的高齢者が多いってことかな。そのくせ自分たちのための健康促進用の設備は作ってくれという人が多いのもどうかと思うんだけど。」


 なるほど、確かに昔に比べて公園での禁止事項が書かれた看板が増えている。つまり、そういう【近所の子供の遊び場】が奪われた結果、この公園に子供が集まり、結果、あの賑わいを演出していたという事か。ちなみに健康促進器機に関しては雅も文化スポーツ振興課として都市計画課の公園担当などへお願いに行ったり、逆に意見を求められたりする関係で詳しくなったとのこと。


 そんなことを教えてもらいながら子供たちが遊具で遊ぶ姿を見ていたら雅が、


「それに、この公園の良いところは【遊具】があるところね。私たちが子供のときってブランコとか滑り台とか普通にあったし、その他にも箱型ブランコとかグローブジャングル、雲梯うんていなんかも結構置いてある公園が多かったけど、今、これらが撤去されているところが多いの。一つには遊具の安全管理の問題で、設置から数年~数十年たつと老朽化の問題は避けられないわ。仮に安全点検に問題は無くても、最近では遊具を正しく使わないことが原因でけがをした子供の親が苦情を言ってくることもあるの。更に予算の問題ね。そこへ近隣住民からの苦情と重なれば遊具を設置しようという動きもなくなってしまうのは当然かもね」


「なるほどな~、昔は問題にもならなかったことを問題にする人が増えているのも現代社会の問題だな」


 雅の話を聞いてなかなか問題は簡単ではないのだと思った。そういえば、子供の声と言えば、


「以前テレビのニュースで見たんだけど、保育園の建設も周囲の住民が反対することがあって実現できないという問題が多発しているらしいな」


 俺の言葉に、雅も気になっていたようで、


「それも市としてはかなり問題になっているみたいなのよ。少子高齢化なら保育所かなんかは余ってもよさそうなんだけど、実際には待機児童の問題は度々ニュースでも大きく取り上げられているしね。それにしても子供がうるさいというのは、まあ、普通であれば夕方くらい、延長保育をしても夜7~8時くらいまででしょ。夜中に騒ぐわけじゃないどころか、夜中は人がいなくてすごく静かになるのよ。そこまで来ると言いがかりもいいところと思うんだけど、これも文句を言うのが高齢者というのはある意味少子高齢化の問題よね」


 俺も少し考えてみて、


「なるほど、それに核家族化の問題もありそうだな。昔みたいに孫が祖父母と暮らしているような某国民的人気漫画のような世帯なら、そんなことに祖父母世帯が苦情を言うこともなさそうだ。結局、社会的な交流がないのに加え、家族との交流もなくなった人たちがそういう苦情を言い出すケースっていうのが多いのかもな」


 さらに続けて雅が、


「それも大きいわよね。祖父母世代の人にすると、子供を送り迎えする親たちに関しても苦情があるらしいのよ。園の近くでいつまでも道に広がって大きな声で話したり、駐車禁止のところに車を長時間停めて茶飲み話で騒いだりね」


「それはそれで問題だな」


 すると雅は、


「そもそも保育園って、本来仕事をしたいのよ。たとえば、今問題になっているシングルマザーや低所得者世帯の子供が、そのシングルマザーや両親が働かないと生活が困窮するような場合に、そういう家庭環境にいるなのよね」


 雅は保育園が児童福祉法に基づいて設置されているもので、幼稚園は学校教育法に基づいて設置されているものであること、両者は似たようなものとして考えられているが、そもそも根拠とする法律や目的・理念が異なることまで教えてくれた。


 あ、思い出した。


「そういえば、これも前にニュースでやっていたんだけど、都心の公園で、学習塾の生徒が長縄跳びをしながら暗記する方法で休憩時間に勉強してたら近所から苦情が出たって言ってたぞ。急に縄跳び禁止の看板が設置されたとかって」


 そういうと雅は、


「うん、あれも私たちの部署でも話題になったわ。確かに苦情を言った人の意見は『夜中にうるさい』だとか『学習塾が公園で営利活動をしている』だとかもっともらしい事を言っていたみたいだけど、夜中とは言え7時くらい、場所柄繁華街も近く、それほど問題にする程うるさくはないらしいのよ。確かに近隣へのアンケートではうるさくて気になるという意見もあったけど、まったく気にならない人も多数いたようだし。しかもやっているのは15分程度だったらしいわ」


 それを聞いて俺も、


「確かに苦情が出たから禁止というのも一つの方法かもしれないけど、それを言い出すと道路を自動車が通るのもうるさいって話だよな」


 なんて言っていると、雅が驚くべきことを言った。


「ちなみにそのらしいのよ」


 なんと! それはすごいな。


「それ、本当か!? こう言っては何だが、一人が苦情言っただけでその役所は公園を利用していた多くの、それも学生たちの勉強の場を奪ったっていうのか? もし、それが本当ならその役所って、今後誰か一人でも、もっともらしい理由を付けて苦情を言ってきたら全部対応してくれるって事のかね? そういう前例作っちゃったんじゃないか?」


 そういうと雅も、


「まさにそこが問題なのよ。行政って結局法律や条例で決まっていることを決まっている通りに業務を執行することが求められている、というよりはそれ以外はやってはいけないのよね。今回も問題の一つとなった【営利目的】に使用しているかどうかという点も、果たして数分間の縄跳びが営利目的と言えるのかというのも疑問よね」


 雅の話を聞いて、


「たしかにな、それを言うと、旅行会社がツアーで公園なんかに行くのも営利目的と言われれば営利目的になるしな」


 そんな俺の話はとりあえずスルーして、


「さっきカズ君が言っていた【前例を作った】っていうのもかなり問題なのよ。私たちの部署でも何かあった時、その苦情や意見を聞いても聞かなくても、次に同じようなことがあった時にどういう対応に苦慮するだろうという話が出て、今回みたいに一人の苦情で対応はできないだろうって話しているところよ。」


 と、教えてくれた。行政の在り方と言えば、最強官庁とか言われてた財務省でさえ、忖度して書類の破棄や改ざんしたっていうのは行政としては大問題だよな。そのうえ、国のトップにいる人たちにも口頭で法律や自分たちで決めたような定義までひっくり返しちゃう政治家がいるんだから、前にも話した三権分立に基づく国会や行政の在り方を、もう一度襟を正して考え直す必要があるかもな。そんなことを考えていたら、俺はふと思い出し昔からしていた話をしてみた。


「ところで雅の仕事にも多少関係するかもだけど、前からおかしいと思っているのは小学校の運動会なんかも近隣から音がうるさいって苦情が出て、音楽やめたり、放送のボリューム落としたりもあるらしいじゃん。花火やお祭りなんかにも結構苦情が寄せられているという話もたまに聞くけど、あれって、そこへ新しく引っ越してきた人たちが苦情を言っているんじゃないかと思うんだ。でも、元々そういう学校やイベントがあることは知っていて、そこへ住むことにしたんだから、それに対して後から苦情を言うのっておかしくないか」


 すると雅も、


「そうなのよね~。市でのスポーツイベントなんかにもうるさいって苦情が来ることあるけど、確かに新しく引っ越してきた人が多い感じね。でも、そこにもやはり昔から住んでいる高齢者も一定数いるの。こっちとしても、多くの市民が参加してくれている毎年のイベントだからと説明して、何とか事を荒立てないようにっていう対応しかできないのよね」


 確かにそういう対応が基本だろうな、窓口で対応する人は大変だろうけど。あ、雅もその一人か。ホント雅もお疲れ様だ。


「結局、全ての人が納得できる方法なんて存在しないのよね。たった二人の夫婦でさえ、お互いが納得できなくて離婚するわけでしょ。しかも3組に一組の割合で」


 などというので、


「俺たちは結婚してもそうならないようにしないとな。まあ、3組に一組というのは同じ人が何度も離婚と結婚を繰り返すケースも含まれるから3人に1人が離婚するというわけじゃないんだろうけど」


 そういう俺に対して雅が感心して、


「お~! 確かにそういわれればそうね。テレビなんか見てても同じ人が離婚結婚したしないのニュースって結構あるものね」


 などと、二人の関係はまたもやスルーして変なところに感心されてしまった。


 【公僕】ともいわれることがある公務員だが、あくまでおおやけの奉仕者であり、苦情を言ってきた個人に対して個別に対応してしまえばそれはもはやおおやけのものではない。世間では声が大きい人の意見が通りがちだが、ラウドマイノリティーという事もあり得る。ラウドマイノリティーとは『声が大きい少数派』という意味だ。実際に現状に不満がない人はわざわざ声高に『私たちは現状に不満はありません』と叫ぶことはない。少数の意見を無視していいというわけでは決してないが、ラウドマイノリティーの意見によりその他多数の権利が侵害されてしまいがちな今のような社会の在り方は問題だろう。


 そんなことを考えていると雅が、


「結局世の中すべての人が納得いく結論なんて、不可能なのよね。綺麗ごとばかり言う人はいるけど、じゃあ、あなたが皆を納得させてください! って思っちゃうもの。結局公務員っていう行政官は、どんなに相手に同情しても法律の通りにしか行動できないし、逆に法律に違反して同情した行為をすると、自分が罪の問われてしまう。そうなると、その先どんなにいいことが出来る可能性があっても何もできなくなっちゃうのよね」


 そこで俺も、


「そうだな、結局そういう行動規範は法律で決められて、法律は国会議員が作るんだものな。そして、法律を作るときには必ず【何かをる】判断が必要なんだ。皆で楽しく過ごしたいというニーズがあれば、他人に邪魔されず静かに過ごしたいというニーズもある。だからこそ双方に一定の受忍義務が必要だし、ある程度の受忍義務を強いられる人は悪く言えば社会の中で切り捨てられることにもなる」


 と、今までの会話から思いついたことを言った。


「そうね、結局政治家の本当の仕事って、どこを・誰を・何を切り捨てるのかという判断をする必要があるのよね。そう考えるとやはり大変な仕事よね」


 そう雅がつぶやいた。だからこそというわけではないが、


「そう、だから国会議員は自己の利益や保身のために行動してはいけないんだ。その他大勢の人の何かを切り捨てる以上、その結果として自分が利益を受けるようなことがあってはならない。今の政治がらみのニュースは不正や汚職、保身が透けて見える者ばかりだものな。何だか暗い話になっちゃったな。気晴らしにカラオケでも行くか!?」


 そういうと雅も笑顔で、


「うん! この前ソウジ君と言ったカラオケ面白かったものね!」


 と、賛成してくれたので、


「せっかくだからソウジも呼び出すか! 今日はこの前見たアニメの主題歌も練習したいしな!」


 そう言いながら、俺はソウジにLINEを送りながら雅とカラオケに向かって歩き始めた。急に冷たい風が吹いてきたので雅の手を握りながら。


今日のひとこと:行政としては、国民市民の意見を聞くことは大事だが、特定の誰かの意見を聞いて行動してはいけない。結局国民全員が納得できる社会などは作れないのだから。政治家にはラウドマイノリティーの意見に惑わされること無く、ましてや自己の利益や保身を図ること無く行動してほしい。

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