第33話 奨学金と進学と大学

 今年は夏が終わっても結構暑い日が多かったけど、さすがにそろそろ寒い日が増えてきた。そして、今日はそんな天候に合わせて、雅のコートを買うのに付き合い、駅前のショッピングセンターに来ている。


 なぜコートかと言うと、今年から仕事を始めた雅が、学生の時に来ていたコートでは少しカジュアルすぎるので、安くてもいいから少し落ち着いたものが欲しいと言い出したからだ。確かに学生の時の洋服って、職場へ来ていくのにはあまりふさわしいとは言えないものが多かったからな。かくいう俺も昨年の冬は同じことをしたのだから気持ちはよくわかる。


 で、定価19.800円+税がなんと半額になっているものを見つけたのだ! もっとも種明かしをすると、単に去年のモデルであるという事。つまり売れ残りだ。しかし、カジュアルなものと違い、フォーマルなものはあまり流行に左右されないのが良いところ。俺も何かいいものがないかとみていたけど、結局去年のものとあまり大差がない奴ばかりだった。


「おまたせ~。さて、買い物も終わったし、何か食べてから帰りましょうか」


 会計を終えた雅がそう提案してきた。


「そうだな~。さすがに昼から飲みに行くというのは、ちょっとあれだし、何がいいかな?」


 あれこれと悩んでいたら雅が急に、


「あ、そうだ! そう言えば、私割引券持ってたんだ。ちょっと待ってね、えっと、確か財布の中に……」


 そう言いながらカバンの中から財布を取り出し、割引券とやらを探している。ところで、どのお店なんだ? と聞こうとしたら、


「あったあった。はい、ここでどうかしら?」


 そう言って差し出した割引券を見るとハンバーガー店の様だ。確かオープン当初に『今度行ってみたいね』と話していたお店だ。


「お~、そう言えば、前に行ってみたいって話したお店だもんな。よし! じゃあ、今日はそこにするか。そろそろ12時が近いから急いだほうが良いかもな!」


 そう言って、急いでお店に向かう。道すがら、どのセットを頼もうかという話をしていたら、後ろから、


「あれ? 和也か?」


 と、声をかけられて。こんなところで誰だろうと振り返ってみると、


「お~! 誰かと思ったら宗次郎ソウジじゃん! 久しぶりだな。」


 そこにいたのは俺の幼馴染である近藤こんどう宗次郎そうじろうだった。彼を見た雅は、


「組長! ご無沙汰しています!」


 と、敬礼しながら挨拶をはじめた。


「おいおい、雅ちゃん、もうその呼び方はやめてくれよ」


 そう言いながら、両手を体の前で振りながら周囲をキョロキョロと見まわしている。そう、このソウジ、俺とのつきあいも長い。高校は別だったのになぜか大学が同じところに通っていたのだ。そのため俺が雅と付き合い始めたころから雅とも面識があるのだ。そして、なぜかというと、そこは歴女の雅さん。勿論『コンドウ』と言う苗字と『ソウジロウ』という名前を見て、【新選組】に結びつけたらしい。


 ちなみに、このソウジ、中学からバスケをやっていて、背が高いのは勿論のこと、やせ形で手足も長い。近藤という苗字からすればのほうがしっくりくるのでは? と、雅に聞いたら、『近藤局長はもっといかついイメージでしょ? 背も高いし手足も長い、どちらかと言えば沖田総司のイメージよ! だから一番隊組長、でも長いから組長ね!』という事らしい。まあ、俺のことではないので、どちらでもいいんだけど。


「で、今日はなんだ和也、雅ちゃんとデートか?」


 と、おもむろに聞いてきた。


「まあ、似たようなもんだ。雅が職場に来ていくコートが欲しいというからさ。ソウジも覚えてないか? 学生の時の雅のコート」


 そういうと、昔を思い出したソウジが、


「あ~! あの真っ赤なコート! 確か『真田幸村リスペクト!』とか言ってきてたやつか!」


「そう、それ! しかもなぜか色は赤いけど、かなりガーリッシュなデザインの奴な! まあ、普段着るにはいいけど、職場に来ていくには目立つだろ!」


 と、俺とソウジが二人で盛り上がっていると、そこへ雅が割り込んできて、


「も~! 二人ともいい加減にしてよ! 恥ずかし~! あのコートは気に入っているから今でも着てるわよ!」


 と、ぷんぷんしている。そこで俺は、


「ごめんごめん、なんか懐かしくなっちゃってさ。あ、ところでソウジ、俺たちこれからハンバーガー食べに行くんだけど、お前も来ないか?」


 そう俺がソウジに問いかけると、


「ちょうど昼飯時だし、久しぶりに会ったのにこのままサヨナラじゃ淋しいものな。二人のデートの邪魔じゃ無ければ一緒に行ってもいいか?」


 そういうソウジに雅が、


「もちろん! いまさら遠慮するような仲じゃないでしょ!? それじゃ、お店が混む前に早くいきましょ!」


 そう言って先頭を切って歩き出した。俺とソウジはそんな雅の後ろを歩きながら、雑談してるうちにお店についた。


「お~! 結構混んでるね! でも、奥のテーブルが空いてるみたいだから、カズ君、席取っておいて。私とソウジ君で買っていくから。」


 そういうので、


「わかったよろしくな。」


 と言いながら雅に、こっそりと『ソウジの分もこれで払っておいてくれ』と雅に耳打ちしながら、クレジットカードを雅に渡す。『オッケー』と雅も俺に耳打ちしてきた。


 一人で、席を確保しながら二人を待っていると、ほどなく各自好きなセットを買って戻ってきた。


「や~、悪いな和也、デートの邪魔したのに飯までおごってもらって」


 と、ソウジが言うので、


「ん、気にするな。前に財布忘れた俺の飲み代、代わりに払ってもらったしな。俺のほうが支払い安いけど、勘弁してくれ」


 などと、軽いやり取りをした後は、


「はい、カズ君のB・L・Tベーコンレタストマトバーガーセットはこれね!」


 と、雅が俺の分を渡してくれた。


「ところで二人は何にしたんだ?」


「私はね~、エビたっぷりのレタス入りバーがセットよ」


 雅がそういうと、


「俺は久しぶりに照り焼きチーズバーガーにしてみたよ」


 と、ソウジが言うので、


「相変わらず甘いもの好きだな~。で、更にチョコパイとか胸焼けしそうだ」


 などと、言いあった後に、三人で近況報告や世の中の動向、昔話などに花を咲かせていたら、その流れでソウジが、


「そう言えば和也、藤堂先輩って覚えてるか? 俺らが中学1年の時に3年だった先輩、この前ばったり駅であってさ、家の方向が一緒だから二人で途中まで一緒に帰ったんだけど‥…」


 何やら深刻そうな顔をしてソウジが話し出した。


「先輩、演劇部の主将で、生徒会長もやってて、一年の俺たちにも気さくに話しかけてくれたよな。成績も良かったから進学校に行ったし、その流れで大学もそこそこのところに受かったから順風満帆だと思ってたんだよ」


 そういうと、少し言い淀んだので、


「つまり何かあった訳だな?」


 そう声をかけ、先を待つことにした。


 しばらく悩んだようなそぶりの後に、


「なんかさ、先輩、本当は大学に行かないで劇団に就職して役者になりたかったらしいんだ。でも、両親も学校も、『成績がいいのにもったいない、とりあえず大学だけは入ったほうがいい』と勧められて、東山大学の文学部に行ったのは知っているか?」


「うん、それは知ってる。でも、そのあと、どこかの劇団に入ったって言ってたよな。俺は見に行ったことないんだけど」


 俺がそう返すと、


「その通りだ。もちろん、劇団だけで生活費をまかなえるだけの収入はないからバイト三昧で大変らしいんだけどな。問題なのは奨学金なんだって」


 そのソウジの話を聞いて、


「え!? 先輩、奨学金借りてたのか?」


 思わず聞き返すと、


「そうらしいんだ。返済自体は毎月3万円程度らしいんだけど、定職についてない所為せいもあり、生活はぎりぎりで返済はかなり重しになっているようなんだ」


 確かにそうだろうと思わず納得してしまった。幸い俺も雅も何とか奨学金は利用せずに大学を卒業できた。また、仮に奨学金があったにしてもちゃんと就職したおかげで、返済があっても生活が大変というほどのこともなかったと思う。


「そうか~、あれ? ソウジは不動産会社勤務だったよな。確か奨学金利用してたよか? 大丈夫なのか?」


 俺はソウジも奨学金を利用していたことを思い出してそう聞いてみた。


「俺はな。今不動産業界景気が良いし、問題なくやれてるよ。まあ、司法書士試験には受からなかったけど、かえって良かったのかもしれないと今は思っている位だ」


 そう、ソウジは法学部で、司法書士の試験にチャレンジしていたんだが、残念ながら合格はできなかった。学生中に宅建の試験は受かっていたので、その流れで不動産会社に就職が決まったのだ。


「やはり宅建とは言え資格持っていると強いな。俺もこれからでも勉強しなおしてみようかな。税理士は無理にしてもファイナンシャルプランナーなら色々な面で役にも立ちそうだし。まあ、俺たちの話はいいとして、先輩は大変だな」


 俺がそういうと、


「本当にな、実際、今の生活考えたら、大学行かないでそのまま高校卒業して劇団に入ったほうが良かったような気がするもんな。奨学金って言ったって、結局借金には変わりないからな」


 ソウジも俺と同じことを考えていたようだ。


「確かにな、そうすれば少なくても奨学金の返済は必要いからな」

 

 俺がそういうと雅が、


「確かにね~。今の日本って、とにかく学歴、大学、いい会社への就職って一本調子だものね。それ以外の人生だって沢山あっていいはずだし、そもそも大学で勉強しないでサークルやバイトしている人が半分くらいはいた気がするもの。まあ、好きなことやるために大学行かせてもらった私が言っても説得力ないかもしれないけど」


 そういうので、


「でも、実際そうだよな。日本の学校って入るまでは大変だっていうけど、学校できちんと学んでいるのかと言われると微妙なところあるよな。もちろんちゃんと勉強している人もいるけど、俺のいた法学部でも資格試験とかを目指している奴とそうでないやつでは全然違っていたし、資格試験目指すやつは専門学校いったりしてたから、大学自体がどれだけ役に立っていたかと言われるとホント微妙だな」


 ソウジが雅に続けてそう言ったので、


「先輩みたいにやりたいことがはっきりしていれば、別に大学に無理に行く必要ないものな。もちろん大学に行って違う道が見つかることもあるけど、奨学金借りて無理して大学に行っても希望した就職ができない人なんかも、考えようによっては必要のない借金背負うことになるものな。まあ、俺たちは少し景気が良くなってきたときに就職できたから、ホントラッキーなだけかもしれない」


 俺は前から考えたことを言ってみた。


「ほら、よく政治家とかコメンテーターが『日本の進学率は欧米に比べてまだ低い』みたいなこと言うじゃない? あれ気になって前に私調べたんだけど、そもそも欧米の大学の卒業平均年齢って28歳くらいなのよ。その理由は基本的に一度就職して、学びなおす必要があると思った人が就職した後に大学に入りなおすケースが多いみたい。だから卒業年齢も高いし、必要だと思って大学に行くから進学率も高くなると思うのよね。日本みたいにとりあえず大学! みたいな状況とは違うのよ」


 雅がそういうと、ソウジが、


「なるほどな~、さすが雅ちゃんだ。目の付け所が違うよ」


 と感心して言っている。そこで俺は、


「ほら、今政府が躍起になってというか、コメンテーターに押されてという感じが強いけど、学費の無償化とか議論しているだろ? あれ、個人的には反対なんだよね。今でさえ、成績が優秀な人には無償の奨学金とか特待生とかもあるだろ? そういう意味ではすでに必要な制度ってあると思うんだ。さっきソウジが言ったみたいに、そもそも大学に行く必要がない人生を希望している人まで無理に大学に行く必要はない。その時間を使うくらいなら、早くから希望する人生に向かって努力するほうが良いと思うしな」


 するとソウジも、


「俺も思ってたんだけど、スポーツで頑張りたい奴だって、大学に行く必要があるかどうかと言われると微妙だよな。もしプロを目指すなら大学は不要だし、現に多くのプロ野球選手なんかは大学に入ってないし。バレーやバスケもプロリーグができた今なら、大学に行くよりは最初からそっちを目指したほうが良いと思うんだ。まあ、俺のバスケットみたいに楽しくやりたいだけなら大学のサークルとかでできるのはありがたかったけどな」


 小さい頃からバスケ一筋だったソウジらしい意見だ。


「確かに芸能人の中にも大学に行っていない人は多いし、高校卒業していない人も結構いるものね。と、いうか、成功している人たちって、大学行ってない人のほうが多いくらいかもしれないわね」


 と、これは雅の意見。


「それに『大学に行くのが人生の成功への道』みたいになっちゃうと、勉強は苦手だけど工作は得意なやつとか、スポーツだけは得意なやつとか、存在価値を否定されるようでなんだか嫌だし。今じゃ学校の運動会ですら音がうるさいとか文句言われちゃうらしいしな。『一億総活躍社会』なんて言ってるけど、今の日本の現状は『一億総没個性』って感じになってるよ」


 うん、ソウジもやはり目の付け所は鋭い。


「まあ、企業を含め、新卒一括採用みたいな社会が変わらないといけない時代に差し掛かってるんだろう。なんだか暗い話になっちゃったから、気晴らしに久々カラオケでも行くか!」


 俺がそういうと、雅もソウジも賛成してくれた。折角だから今日は今やっているドラマの主題歌の練習でもしよう。


今日の一言:教育費無償化を言う前に日本の教育制度の在り方、学歴主義、新卒一括採用などを改めないといけないのではないか?そもそも大学は一度就職した人のほうが良い学び場になるとさえ思う。

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