第30話 貯金が増えない!?

 さてと、空いている席は……


 雅は勤務先である市役所の食堂で、今日のAランチが乗ったトレーを抱えながら席を探していた。いつもはお昼になると直ぐに食堂へ向かいのだが、今日は今度市で行う健康促進のためのイベントの打ち合わせが長引いてしまったのだ。


『あ! あそこが空いてる!』


 急いで席を確保する。そして、早速、お昼ご飯を食べようとしたら、隣の席のおばちゃんグループの会話が聞こえてきた。


『も~、貯金が増えなくて困っちゃうのよね~』


 ん!? ちょっと気になる話をしているみたいだわ。と、思った雅は、何気ない顔で食事を続けながら、しっかりと聞き耳を立てている。すると、


『そうそう、消費税は上がるし、それなりに出費が増えるの覚悟してたけど、キャッシュレスポイント還元っていうやつ? あれ、結構お得だからそんなに支出は増えていないはずだと思うんだけどね』


『それに、いつも気を付けているから、お得なクーポンとか見逃さないし、みんなと比べてもそんなに贅沢しているわけじゃないんだけどね~』


 などという会話が聞こえてきた。



・・


・・・


 と、言うのが昨日のお昼の出来事らしい。今は、久しぶりに雅がご飯を作るというので、俺は邪魔をしないように漫画を読みながら雅のそんな話を聞いていたところだ。


 材料を見たところ、カレーかシチューの様にも見えたが、なぜが豚肉などではなくウインナーが置かれている。まあ、今日はお任せしているので、余り詮索はしないようにしよう。それよりも、


「で、雅としてはその話を聞いて、どう思ったんだい? 話始めたという事は、何か思うところがあったんだろうけど」


 俺がそう話しかけると、雅は、


「そうなのよね~。よっぽどその話に混じろうかとも思ったんだけど、知らない人だったし、若い私が余計なこと言っても角が立つだけだから、それは自粛したんだけど‥…。結果、その話の続きをカズ君としてみたいというわけよ」


 そう言いながら、雅はキッチンで忙しそうにしている。一体何を作っているのだろうか? ウインナーシチューというのもなかなかいいなと思いながら漫画を読んでいると、


「さて、これで良しっと!」


 と、言いながら雅がこっちへやってきた。


「仕込みは終わったから、あとは出来上がるまでもう少し待っててね! さて、それまではこれでも飲んでましょ」


 と、手にはウーロン茶の入ったグラスを二つ持っている。


「いい匂いがしてきたね。さて、それでさっきの話なんだけど……」


 俺がウーロン茶を受け取りながらそういうと、


「うん、その前にとりあえず乾杯ね!」


 そういう雅に促されて、『カチン』と、軽くグラスを合わせてウーロン茶を飲む……


「って、これ、ウーロンハイじゃん!」


 思わず思いっきり飲んでしまったら、まさかのアルコール! すると雅が、


「そうよ、休みの日なんだし、早目に飲み始めなくちゃもったいないじゃない」


 などと言っている。まあ、俺もお酒は好きだから、別に問題ないといえば問題ないが、ウーロン茶だとばかり思っていたから、少し驚いてしまった。


「で、何の話だっけ? そうそう、おばちゃんたちが『節約しているのに貯蓄ができない』と愚痴を言っていた話だったか。まあ、一般的な人たちの感覚だと【節約=貯蓄が増える】と誤解している人が多いもんな」


 俺がそういうと、雅が続けて、


「そうなのよね~。その点については、私もカズ君に言われるまで盲点だったわ。と、言っても私の場合学生の時もほとんどバイトもしてないし、給料もらう前に教えてもらったから、すんなり今の状況に落ち着いていますけどね」


 そう、雅が就職した時に、とりあえずについての話をしておいたのだ。そして俺が、


「そうそう、まず、貯金を増やすため、というか続けるためには

【 収入 - 支出(使お金) = 貯金 】

 という、みんなが当たり前に思っている単純な算式を見直す必要がある」


 俺がそういうと雅は、


「本当にね、算数の答えとしてはどちらも正解なんだけど、人間の行動としては

【 収入 - 貯金 = 使 お金(支出) 】

 という風に、算式を認識し直す必要があるのよね。特にポイントは【使ってしまった残り】を貯金すると考えるのではなく、【貯金した残りが使えるお金】という風に考えるところだもんね」


 さすが雅、よく覚えている。


「そう、所謂先取り貯蓄というやつだね。ところで、そろそろお腹も空いてこないか?」


 良いにおいに誘われて、お腹がかなり空いてきてしまった俺はそう言った。


「そうね、そろそろいい感じも知れないわね。じゃあ、準備するから手伝ってくれる? カズ君はパンとマーガリンやジャム、あとワインをお願い」


 そういう雅に、


「おっけー、今日は洋食か。楽しみだね」


 そう返事をして、早速準備にとりかかる。そして雅が作ったものは……


「じゃ~ん! 雅さん特製、【ポトフ】スープでございま~す!」


 そういいながら雅がお皿を二つ持ってきてテーブルに置いた。それを見て俺は、


「おっ! 美味そうじゃん。それに本当にいい匂いだ。早速食べようよ」


 そして雅が、


『それでは』というのに合わせて、


「「いただきま~す!」」


 と、早速ひと口食べてみる。うん、確かに


「これは美味いな! どうやって作ったんだ? 基本の味付けはケチャップ!?」


 などと、俺は思わず質問攻めにしてしまった。すると、雅は満足そうに笑みを浮かべて、


「ふふふ~ん、私もなかなかやるでしょ♪ まあ、赤い色を見てわかる通り、基本はケチャップ、という感じだけど、実はコンソメよ。ケチャップは色付けみたいなものね。そして、野菜は見ての通り、ニンジン、ジャガイモをまず、カズ君に教わったように、ほぼ一口大に大きさをそろえて乱切り、玉ねぎはくし形切りにして、お鍋の中で軽く塩コショウとオリーブオイルで炒めたわ。そして、ここがポイントなんだけど、炒めるときにニンニクも入れたのよ」


 そういう雅に対して、


「なるほど!! 確かにニンニクの味もするよ! これがさりげないポイントだね!」


 スープというととかとかのイメージがあるけど、ポトフ風なら確かにニンニクも合う。そういえば、シチューやカレーもスープといえばスープだしな。などと考えながら俺は二口目を食べてみる。野菜の火の通りもいい感じで煮崩れしているわけでもなく、しっかり中まで火が通っていて食べやすい。パンと一緒に満足げに食事をしていると雅が、


「いつもカズ君においしいもの作ってもらってばかりだからね。単に本のレシピを真似るだけじゃなくて、自分なりにいろいろ試して練習してみたの。これなら、冷蔵庫の余りものなんかでも作れるし、色々なアレンジもできそうでしょ? 今日はウインナーを入れたけど、これも煮込みすぎないのがポイントね。あまりに込むと食感が悪くなっちゃうのよ。前に家で作った時、翌日食べたらウインナーの食感が柔らかくなりすぎちゃったの」


 なるほど、いつの間に雅はそんなことをしていたのかと感心していると、話題を変えて雅が、


「そうそう、そういえば、話の途中だったわね。どこまで行ったんだっけ? えっと……」


 そう言い始めた。俺のお腹もそこそこ満足していたので、


「先取り貯蓄の所だな。これは『ミチシルベ』の話の時にもしたけど、毎月決まった金額を先に給与天引きの様に、普段使わない銀行や貯蓄口座に移してしまえという話。これ、ホント優秀で、これをやっておけば、普通預金に残ったお金は、基本的に使ってしまっても大丈夫という一つの目安になるし、今貯蓄がどれくらいあるかの目安もわかりやすい。また、目標の貯金額までどれくらいの期間かかるのかとか、まさに四則演算で把握できるというものだ」


 そういう俺は再度説明した。


「ほんとにね、私なんかはまだ就職したばかりだけど、きちんと計画通りに貯蓄が増えていくのはわかりやすいし気持ちがいいわね」


 と、話がそこで止まりそうなので、俺は


「で、今回の話は【節約と貯蓄】の話だよな?」


 話を戻した俺に対して雅が、


「そうそう、忘れるところだったわ。昨日のお昼に聞き耳に挟んだ話をしてたんだ!」


 おいおい、忘れてたのかい。まあそういうところが雅らしいといえば雅らしいのだが、などと考えていると、


「私が思うには、【節約志向】の強い人って、逆に貯蓄は苦手なんじゃないかと思うのよ」


 と、雅が言ってきた。俺も無駄遣いをするほうではないが、無理に節約をしたいというほうでもない。ただ、欲しいものを買うために借金したりしない代わりに、安いからと言って衝動的に買ってしまうこともない。そんなことを考えながら、


「確かにそうかもしれないね。貯金できない人の口癖で多いのが【自分へのご褒美】らしいからね。【節約した】から、【これくらいは自分へのご褒美】とか【ちょっとくらいなら】とか思ってそうだもんな」


 俺が何気なくつぶやくと、


「まず、一番問題なのは【節約したお金をどうしたか】という事だと思うわ。もしも【貯金が目的】で節約したなら、そののよ。もしそれをしないで、普段のお財布に入れっぱなしだとしたら、それは【使うお金が増える】だけで、貯金が増えることにはつながるはずがないものね」


 そういう雅の話を聞いて俺も気が付いたことがある。


「そうか、そうすると、【節約は浪費家を生み出す】という事になるかもしれないな」


 俺がそういうと雅は、


「それってどういう事?節約するという事は支出が減るから浪費にはつながらないんじゃない?」


 うん、おそらく普通の人はそう考えるだろう、しかし、


「これは、大学にいたころに何かの授業で聞いた気がするんだけど、人の記憶は【お金をいくら使ったか】という事より【自分が実際に何をしたか】という事のほうが記憶に残りやすいんじゃないかという話だ。特に理論として確立されている話じゃなくて、行動経済学の教授の考えだったと思うんだけど、『なるほどそういうこともあるかもな』と思った記憶がある」


 それを聞いた雅が、


「そうか、確かに

【節約 → その時の支払いが減る → 手元にお金が多く残る → 次に使えるお金が増える】

 というサイクルにはなるけど、人が覚えているのは金額じゃなくて、何をしたか、具体的にはおいしいものを食べたり、どこかに遊びに行ったりなど、それをすると、することが当たり前になってしまい、結果使うお金の量が同じなら、節約していない人よりも、より多くの消費をしている事と同じになるのね」


 さすが雅だ。俺の考えをすぐに読んでしまう。


「そうなる可能性は高いよな。そして怖いのは、そういう節約をしている人たちはいつも同じように節約できるわけじゃないってことだ。たとえばクーポン使ったり特売で購入しても、いつもその方法で消費行動ができるわけじゃない。今やってるポイント還元だって期限付きだしね。でも、消費行動が当たり前になると、その行動を減らせなければ、支出が増えるだけだ」


 続けて雅が、


「それに、例えば家で料理するときでも、今日のスープに使った人参が『1本50円』と、『3本120円』だった場合、多くの主婦が3本120円を購入するけど、料理に必要なのが1本だった場合、残りの2本をうまく使えずに、もしも廃棄するようなことになれば、結果は1120ことになっちゃうのね」


 と、わかりやすい例を挙げてくれた。


「そう、今の雅の例だと、もし頑張って2本の人参を消費しても、1本当たりの価額は60円、結果、50円の人参を2本買ったほうが得だったという事になる。更に、残った人参を消費できたとしても、そのために外に高額なものを購入して料理を作るようでは本末転倒だ。追加の消費が増えるだけになるからな」


「そして、その人は追加の【消費】をした記憶が積み重なっていくのね」


 そういうので、


「そう、実は家計が苦しいと相談に来る人や、老後資金が足りないと訴える人には年収がそこそこ高い人が多いらしいんだ。自分の収入が高いと思っているから、とか、自分にはことか思っちゃうんだって。それがほかの人から見れば十分な贅沢品だとも気が付かなく、必要なものと思い込んじゃうんだと」


 それを聞いた雅は


「確かに年収1,000万円で生活している人もいれば年収300万円で生活している人もいるんだもんね。もしも年収1,000万円の人が年収300万円の人と同じ行動しかしなければ700万円貯金ができそうだもんね」


 というので、軽く


「まあ、税金とか社会保険とかあるから単純にそうはならないけどね」


 と突っ込んでおいた。


「いずれにしても【節約 = 貯蓄が増える】と思い込んでいる人はいつまでたっても貯蓄は増えなそうだという事がカズ君と話してより理解できたわ」




今日のひとこと:

【節約 = 貯蓄が増える】

わけではない。

貯金をするコツは頭の中の算式を

【 収入 - 貯金 = 使 お金(支出) 】

にすることが必要だ。

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