第31話 旅行と地元と経済

「なあ、この前の旅行、なんだか慌ただしかったけど楽しかったよな」


 リビングでニュースを見ながら、隣にいる雅にそう声をかけると、


「そうね~、日本酒の試飲ができなかったのが心残りだけどね」


 と、雅の言。俺が楽しみにしていた日本酒の試飲ができなかったのは雅さんが食べ歩きを詰め込みすぎたせいなのでは……


 まあ、そうは言っても色々と食べられたのは良い経験だったし、古い町並みの写真も撮れた。もちろん雅がおいしそうに食べている可愛い写真も撮れたのだから不満はない。


「そろそろ冬も近づいてきて、結構寒くなったよな。年末年始もどこか旅行に行きたいと思うんだけど、どうだろう?」


 それを聞いた雅は、


「う~ん、今度はお好み焼きもいいかしら。寒くなったから鍋というのも捨てがたいわね。秋田のきりたんぽも食べてみたいけど、京都で歴史を感じながら清水寺で日本酒と湯豆腐というのも捨てがたいわね!」


 などと言い出した。おいおい、旅行と言えば食べることばっかりだな。あ、


「ところで、お好み焼きって大阪? それとも広島?」


 ちょっと気になって確認してしまった。雅は嬉しそうに、


「確かに大阪もお好み焼きの本場だけど、折角ならソバ入りの広島のお好み焼きが食べたい!」


 なるほど、その意見には俺も賛成だ。以前修学旅行に行った時に食べた大阪のお好み焼きは確かにおいしかったが、関東で食べるものとそれほど違いを感じられなかったのだ。そして広島と言えば、宮島にも写真を撮りに行きたいな、などと考えていたら思い出したことがある。


「広島は確かにいいな。あまり有名ではないけど、『あなご飯』もうまいらしいぞ!」


 それを聞いた雅は目を見開いてる。またまた雅の反応がかわいらしくて面白い。


「あなご!? 鰻じゃなくて! それは確かに興味があるわね」


 と言っている。


「そうだな、宮島へ渡る船の港の近くに有名なお店があったような気がするぞ。そう言っていると、確かに俺も食べてみたいが、ウナギと言えば、食べてみたいのは名古屋の『ひつまぶし』も捨てがたいな」


 そう俺が言うと、またまた雅は、


「ひつまぶしか~!! 確かに関東では食べられるお店少ないものね! それに名古屋って、意外とグルメが多いのよね! ひつまぶしの他にも『味噌カツ』『きしめん』、それと『手羽先』『てんむす』に『モーニング』!!」


 よくそれだけ瞬時に思いつくなと感心しながら、


「名古屋か~、自分で言っておいてなんだけど、名古屋自体にはあまり観光名所というものは少ないんだよな。行ってみたいのは名古屋城くらいかな? 俺は」


 そういうと雅も、


「そうね~。たしかにカズ君が写真を撮りたくなるようなところは名古屋城くらいかもしれないし、見て回るところというのは、すぐには私も思いつかないわ」


 それから、色々と考えてみたが、どうにも意見がまとまらない。色々とインターネットで調べていると、観光情報というよりも別の点で気になることが出てきた。


「……なんだか、色々と調べていると、今、観光地って結構大変なことになっているみたいだな」


 すると雅も、


「ほんとにね。以前にも京都に外国人観光客が増えて大変だという話を聞いたことがあったけど、色々とみてみると、別に京都に限った話ではないみたいね」


 そうなのだ。旅行先の情報を収集しようとしたら、出てくる情報のなかに、それなりに観光客のマナーが悪いという問題が含まれている。そう言えば、


「渋谷なんかでもハロウィーンの時にすごい人出で、軽トラックをひっくり返したとかの問題まであったものな」


 ちょっと気になったので、そう言ってみたが、雅は、


「まあ、ハロウィーンに関しては、観光地問題ちとはちょっと違うわね。でも、例えば、さっきも話に出た京都なんかだと、ホテルの予約も取りにくくなったりもするし、路線バスなんかも、観光客だらけで、地元の人の通行にも支障が出ることが多いって話もあったわね」


「それに、歩道に人があふれて通行が困難になったから、二車線ある車道を一つ歩道として利用し始めたら、今度は車が渋滞して、交通渋滞が発生したなんて言う記事もあったな」


 現地の生活への影響に関しては雅も、


「そう言えば、中には民家に侵入してしまったり、京都に関していえば、舞妓さんを追い回したりする人もいて、仕事にも支障が出ているというのも問題よね」


 と、追加で話した。そうなのだ。観光地とは言え、それは観光客にとっての話であり、その観光地には日常生活を営んでいる地域の人達が沢山いるのだ。


 こうやってみると京都だけでも問題はたくさんある。そのうえで、


「これは意外だったのは、ある島の飲食店が『日本人お断り』という対応に出たなんて言うのもあったな」


 俺がそういうと雅も、


「たしかに今、観光地の問題と言うと外国人観光客が迷惑かけているんだろうというイメージだったけど、日本人のマナーも問題なんだと改めて知ったわ」


 そう、実は、日本人だからと言って、みんながみんなマナーが良いわけではない。もちろん観光客により地域が活性化するというのは良い面も多いのだろうが、日常生活に支障が出るというのは、地元にとっては大問題だ。外国人観光客の問題が注目される以前から、日本人観光客のマナー違反に悩まされている人も多い。先ほどの飲食店の例では、マナーが悪いのは外国人も日本人も同じなのだが、如何せん、日本人の数が多すぎるので、どうせなら、外国人に絞って営業するようにしたというのが真相らしい。


 そのうえ、地域によってではあろうが、中には地元を離れてしまったという人まで出てきているとのこと。観光立国とかいうのであれば、そう言う地元の人の生活のことも一緒に考えるべきだろう。ホテルの予約が取れないなら増やせばいいというのは、味方によっては観光公害を助長するだけだ。


 更に、有名観光地化すると、パッケージツアーが多くなる傾向にあり、バスで大量にやってきた観光客は、地元で消費する金額はあまり多くないらしいのだ。それどころか少なすぎるといっても過言ではない状況らしい。まあ、バスが何台も押し寄せて、数十分から数時間程度でいなくなってしまうのだ。得られる収益から考えれば、観光客が街へ落としていくお金よりも、ごみの処理、交通渋滞や、バスの駐車場の整備費用などのほうが高いくらいではないのだろうか。


 そうそう、観光客による被害と言えば、俺の趣味に関しても問題がある。


「日本人と言えば、俺、写真が趣味だけど、写真家のマナーもかなり問題視されることが増えたんだよ。よく言われたのは、所謂いわゆる【撮り鉄】と言われるような人が、線路に侵入したり、ホームぎりぎりで撮影するのが危険だという問題もあるんだ」


 それを聞いた雅は、


「まあ、カズ君を見ていても、確かにいい写真を撮ろうとして危なっかしい体勢になって、池に落っこちそうになったことあるものね。ついついやり過ぎてしまうという事もあるのでしょうけど、自分がケガするだけじゃなく、周りに迷惑をかけるような行動は絶対にしちゃだめよね」


 と、俺のことにまで言及されてしまった。


「……うん、確かにカメラを覗いていると足元への注意が散漫になったり危険なことがあるのも事実だ。気を付けるよ」


 まあ、写真を撮る人の問題は何も電車に限ったことではない。


「それに、写真を撮っていて問題になるのが、やはり私有地への立ち入りだな。先日ニュースでやっていたのは、お花畑等への立ち入りだ。地元の人も、良い景色を沢山の人に見てもらいたいという思いはあるけど、畑に侵入されてしまっては、せっかく育てた花が踏み荒らされてしまうこともあるし、結局そんなことなら来てほしくなかったっていう人もいたよ。こういうのはもう、マナーの問題じゃなくて犯罪だからな」


 それを聞いた雅は、


「そうなのよね、私も学生の時実習で色々な場所へ行ったけど、難しい問題として、他人の所有地とは言え、実は侵入が犯罪とされるのは建物へのものなのよね。もちろん、建物の敷地として管理されているところはどう判断するのかという問題もあるけど、例えば、他人が所有している山とか、そう言う所なんかだと、明確に立ち入りを禁止する意思表示がされていない限り、立ち入りを犯罪とするような法律がないみたいなのよね」


 それは意外だった。何となくのイメージだと、他人の土地への侵入は全て不法侵入として犯罪行為になるものかと俺は思っていた。


「すると、例えば、駐車場なんかだと、【契約者以外立ち入り禁止】などと書かれていなければ、立ち入り自体は犯罪にならないという事なのか?」


 そう質問すると、


「どうやらそうらしいわよ。まあ日本には昔から山できのこたけのこを取ったり猟をすることもあるでしょ。もしこれらの行為についてもいちいち所有者の許可が必要だということになれば、下手をすると移動もできなくなっちゃうからね」


 なるほど、言われてみれば確かにそうだと、納得していると、


「ただ、山なんかは難しくて、かつては入会地といって、林業やきのこその他の収穫の為なんか、集落での所有権の様なものが認められているケースもあったし、海なんかでは漁業権が別途認められているケースもあるから、その辺は注意しないとね」


 そう言われて、


「確かに、ニュースで、海の堤防なんかの立ち入り禁止区域に侵入して釣りをしたり、禁漁期間に鮎を下流でとったりすることが問題になっているのを見たことがあるな。サザエの密猟なんて言うケースもあったし、土地への立ち入りと、そこにあるものを取っていいかというのも、また別の問題として考えないといけないんだな」


 おっと、観光問題から、だいぶ話がそれてしまった。そこで話を戻して、


「ちょっと話が脱線したけど、旅行と言えば、楽しいものだけど、色々な問題があるんだな」


 というと、雅は、


「政府が旗振りして、【観光立国日本】とか言っているけど、観光客が実際にやってくる地元のことって何も考えてはいないのよね」


 などと言うので、


「まあ、それはいつものことじゃん。結局政府や行政が旗振りをして進める事業って、大抵うまくいかないもんな。クールジャパンとか言って海外へ日本のサブカルチャーを普及させるとか言ってたやつも全然収益化できなくて、赤字積み増しているだけらしいよ」


 そうなのだ。大体人はお金を出すと口も出す。口を出されると、一から立ち上がってきた新しいアイディアに、古い考え方がかぶせられて、大抵良いものが失われていく。


 先日の旅行の時に問題にした民泊だってきっとそうだ。東京オリンピックに向けてホテル・宿泊施設の不足を解消するという目論見もあったようだが、果たして本当に宿泊施設は足りないのか? 何も東京オリンピックだからって、東京に宿泊する必要はないじゃないか。周辺の県からだって、毎日多くの人が東京まで通勤しているんだ。十分周辺県の宿泊施設を活用するという事も可能なはずなのに、検討したり広報したりした形跡はそれほど見られない。


 そして、調べているとこんな問題もあった。


「それにしても、日本も色々と問題が多いけど、エベレストの山頂付近で12時間の行列ができたというニュースも出てたな。富士山もマナーが悪い登山者が多くて、2013年から有料化するとかいう話もあったけど、実態として半数位の人が、たかだか千円の入山料を払わないという事だ。自分が好きなものを維持するお金も負担できないんだったら、そう言う人たちは地域にとっては害にしかならないものな」


 などと、熱く盛り上がっていたら、


「あ!」


 と、雅が声をあげた。


「どうしたんだ、雅?」


 怪訝に思って、聞き返すと、


「そもそも今日の話って、今度何処へ旅行に行こうかっていう事だったわよね!? 全然決まってないわ!」


 それを聞いて俺も思わず、


「あ!」


 と、声をあげてしまった。


「まあ、そうだな。それについては、また今度考えるとしようか。色々と話して、世界中でも様々な観光問題が生じていることが分かったのはいい勉強になったしな。俺たちも地元の人に『もう来ないでくれ』などと言われないように気を付けようという意識が芽生えただけでも、今日は有意義な時間だったと思うよ」


 それには雅も同意してくれて、


「そうね、まだ時間もあることだし、今夜のところはこれくらいにして、一杯飲んでから寝ましょうか」


 あ、お酒は飲むのね、雅さん。


 それからお互い缶酎ハイを一本ずつ飲みながら、旅行の話をしているうちにあっという間に時間が過ぎてしまった。



今日の一言:現在問題になっているオーバーツーリズム。もちろん、国や行政の対応が不十分等面も大きいが、そこを訪れる観光客のほうでも、もっと地元のことを考えるようにしないといけない。今はよくてもそのうちもっと大きな問題が起きれば旅行にさえ行けなくなってしまうのだから。




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