第18話 わからなければ教わろう!(株式投資の話1)

 窓から見える川面かわもがキラキラと輝いている。エアコンがあまり効いてないせいか、額にジワリとかく汗を手で拭いながら、久々に見る風景を楽しんでした。


「もう夏が近いな。」


 俺はぼんやりしながらつぶやいた。


 今、実家に向かう途中である。今日は雅の叔父である税理士の山喜やまき先生、『まことおじさん』に株式投資について教えていただくことになったのだが、山喜先生のご指定で、俺の実家のとんかつを報酬に所望されたのだ。もちろん隣の席には雅も座っている。


「そうだね~、今年の梅雨は蒸し暑い日は少なかったけど、寒いと感じる日も多かったからね。夏は暑い日が多くなるかもしれないわね。」


 雅は天気が専門ではないものの理系大学出身らしい考察をつぶやいた。


「ところでカズ君、今日聞く事はもうまとまった?私は結局よくわからないことが多すぎて、考えがまとまってないのよね~。」


 などとのたまわっている。今日聞く事というのは勿論、山喜先生に聞く株式投資についての質問事項だろう。そもそも、雅はそれほど投資に興味を持っていないから、真剣に考えてもいないようだ。


「ん~、まあ、俺もそれほど考えてはいないかな。例の『株式入門』には一応目を通したけど、やっぱりよくわからなかった、というのが正直な感想だ。簿記的なものや経済学的な話は、理解はできるけど、それと投資についての問題がうまくリンクできないという感じかな。そもそも、それらの話は、投資に際してあまり重視されていないという印象を受けたくらいだよ。」


 そんな、俺の言葉に雅は、


「そうなんだ~、なんか『投資』っていうと、小難しい経済の話がメインなのかと思ったけど、そういうものでもないのかもしれないわね。」


 なんて感想を言ってきた。まあ、そうは言っても、俺が読んだ株式投資入門には、まさに会計や経済の分析の話も多かったのだが、読んだ自分の感想として、これらがうまくリンクしなかったというのが正直なところだ。単なる勉強不足かもしれないが。


 そうこうしているうちに電車は目的地に着いた。つい先週までは全く聞こえなかった『ミ~ン、ミ~ン』というセミの声がやかましい。

 俺たちは待ち合わせの改札脇へ向かい、山喜先生を待つことにした。ここは屋根があり、日陰にはなっているのだが、道路のアスファルトからの反射で、それなりにまぶしく、そして暑い。予定ではあと10分ほどで待ち合わせ時間まであるので、俺は雅に一言伝え、駅前の角に見えるコンビニへ飲み物を買いに行く。暑さを感じるので、水分補給のための飲み物を買いに来たのだ。2~3分で買い物を終わらせて改札口に戻ると、すでに山喜先生が来ていて、雅と何か話しているようだった。俺は慌てて小走りで二人の元へ向かう。


「山喜先生、今日はご足労そくろう頂きありがとうございます。」


 そう挨拶する俺に向かって、山喜先生は軽く額の汗をぬぐいながら、


「いや~。こちらこそごめんね。なんか無理言っちゃったみたいで。今日はとんかつ楽しみにしているから、こちらこそよろしくね!」


「はい、よろしくお願いします。あ、店はここから歩いて数分なので、早速向かいましょう。」


 と、俺たちは三人でとんかつ『俵屋たわらや』、つまり俺の実家へ向かうことになった。因みに買ってきた麦茶を先生に渡そうとしたら、それは丁重に断られた。もう数分だからということであったが、俺たちが飲むようにと気を使ってくれたのだろう。そうであるならば、そのままカバンにしまっては本末転倒なので、雅と二人で麦茶を飲みながら、以前お会いした時のことを軽く話しつつ、店へと向かう。


「こんちは~」


 と声をかけながら店の暖簾のれんをくぐると、奥のほうから聞き慣れた懐かしい威勢のいい声で、


「「いらっしゃ~い」」


 と、相変わらずきれいにハモッた声が聞こえてきた。店内には2組の客がいた。まあ、休日とは言え、お昼のピークは過ぎている。店内の客も1組はすでに食事が終わるころの様だ。因みに店内はカウンターが5席、4人掛けのテーブルが2つと2人掛けテーブルが1つという、こじんまりした設計だ。カウンターが多いのは、お昼に近所のサラリーマンや工場の人が一人二人で来ることも多いからだ。


「親父、今日はよろしく頼む。ところで、今日は客さん沢山来た?」


 俺は店内の奥に積まれたまだ洗われていない皿の山を見て、それなりに客が来ていたであろうとわかりつつ、そう聞いてみた。おそらく少し前に数組が退店したばかりなのだろう。すると、


「おう、なんだ、和也か!まあ、ぼちぼちだな。そこの奥のテーブル、今片づけたところだから、そっちに座って待っててくれ。もうすぐ揚がるところだから。」


 奥の調理場からは油のいい音が聞こえてくる。俺たちの食事の分はすでに注文を通してある。素直に親父の指示に従って、奥の席を山喜先生に勧め、俺たち二人は手前側の席に座り、出された水に軽く口を付けながら、今日来ていただいたお礼を改めてしている。


「山喜先生、今日はご足労頂きありがとうございます。これ、つまらないものですが。」


 と言いながら、以前雅と相談して買ってきたお礼用のお酒を渡す。山喜先生は、


「いや、気を使わなくていいのに。ほら、雅に話した通り、報酬はこちらのお店の食事でいいという話にしたんだから。でも、まあ、せっかくだし、いただくことにするよ。今度からは気を使わないでいいからね。あ、それと、私のことは「先生」ではなく『誠おじさん』と呼んでくれて構わないよ。雅の彼氏なんだしね。」


 そう気さくに話しかけてくれた。そんなやり取りをしていると入店から数分と経たず、


「へい、お待たせしました。こちらが、山喜先生です。あと、雅ちゃん、ご無沙汰だね。確か雅ちゃんはヒレカツで良いんだったよね。」


 と、言いながら、それぞれの前にお盆を置いていく。それを見た誠おじさんは


「あれ?私はロースカツを頼んだと思うのですが、もう一つ乗っていますよ?」


 俺の分のロースカツ定食を運んできた母さんに向かい、誠おじさんは、そう疑問を口にした。すると、母さんは、


「あ~、それ、サービスです。先生はロースカツのほうがお好きだと伺ったのですが、一口ヒレカツも味見してもらいたくて。こればっかりは好みだから、何とも言えませんが、ヒレカツもおいしいですよ。あ、あと、うちのカツは下味もしっかりついているので、ソースをかけすぎないようにね。隣の小皿に入ったソースにつけながら食べるくらいがおすすめですよ。」


 そういう母さんに向かって、誠おじさんは


「ありがとうございます。せっかくなので遠慮なくいただきます。」


 と、お礼を言った。そんなやり取りの後に俺は、


「さあ、せっかくですから、熱いうちに食べちゃいましょう。」


「そうだな、じゃあ、いただこうか。」


 誠おじさんが言うのに合わせて、


「「「いただきま~す。」」」


 三人で声を合わせていうと、早速食べ始める。すると誠おじさんが、ロースかつのを食べながら、


「う~ん、美味い!!このロースの脂の甘みがすごいですね!!しかもさりげなくごま油の香りですかね?これがまたすごく食欲をそそりますね!!」


 うん、なんだかグルメレポーター張りのコメントが飛び出したぞ。すると店内最後のお客さんのお会計を済ませた親父がが、こっちへ向かって、


「そういってもらえると嬉しいね~。芥子からしが嫌いでなければ、ちょこっとつけて食べてみてよ。また、鼻に抜ける辛い刺激ががうまいから。」


 そうなのだ。うちのとんかつは本当に芥子が合う。先ほど母さんが言ったように下味もしっかりしているから、ソースがなくてもいいくらいだ。それを聞いた先生は早速、芥子を少しつけて、


「うん、確かにうまい。これはご飯何杯でも行けちゃいそうですね。まあ、そうは言ってもとしのせいか、昔みたいには食べられませんけど。」


 と、言いながらみんなで、食事を楽しんだ。途中で誠おじさんが、


「ヒレカツもうまいけど、やはり私は脂ののったロースのほうが好きだな。」


 そういう誠おじさんに対し、雅は


「男の人ってそういう人が多いよね~、私はやっぱり脂に抵抗があるから、ヒレカツのほうが好きだな~。」


 などと返しつつ、あっという間にみんな食べ終わった。すると誠おじさんが、


「おじさん、ごちそうさまでした。とてもおいしかったです。」


 とお礼を言うのに返して、親父は


「そうですか、ありがとね。今日は、和也がお世話になります。」


 そんな親父に軽く挨拶しているうちに、母さんがテーブルを片付けてくれたので、早速、俺はカバンから、先日からとりあえず読んでいた『株式投資入門』やメモをを取り出して、話を聞く準備をする。そんな俺の手元を見て、誠おじさんは


「あれ?その本読んだ?」


 と聞いてきた。俺が、


「はい、読んでは見たんですけど、よくわからなくて、今日は誠おじさんに教えていただこうという話になりました。」


 誠おじさんは、『ふ~ん』、と言いながら


「それ、読んで分かればかなりのものだと思うよ。正直、私も、その本の解説をしてくれと言われたら、それなりに予習をしてこなくてはならないからね。」


 意外な意見だった。あの後、古本屋でいくつかの本を探してみたが、どれも似たり寄ったりだったので、このあたりが入門のレヴェルだと思い、購入はしなかったのだ。


「まあ、証券アナリストとか、機関投資家、えっと、証券会社やファンドにでも勤めようっていうんなら、もちろんそれじゃ足りないけどね。個人が趣味や資産形成の一環として投資をしようというのであれば、そういう知識は、必要だと思ったときにあらためて勉強すればいいと思うよ。さっきも言ったように、私も予習しないと説明できないくらいに普段は気にしていないから。」


 誠おじさんはそう言って、話をつづけた。


「とりあえず今日は、これから投資を始める君たちに対して、どのようなきっかけで投資を始めようと思ったのか、何を目標にしたいのかについて、まず確認してもいいかな。」


 その問い掛けに、俺たちは、先日から考え始めた『人生のミチシルベ』についての話から、将来に備えて投資もしたほうが良いのではないだろうかという考えに至った経緯を、と、簡単に説明した。すると誠おじさんは、


「なるほど、君たちの年齢で、そこまで考えているとは正直驚きだね。私が君たちの年齢のころにはそんなことまでは考えなかったからね。まあ、家を買うべきかとか、どれくらい貯蓄すればいいかとか、そういうことは考えていた。でも、投資するとかまでの考えには及ばなかったな。もっとも、今と色々違うこともある。たとえば証券会社についても今とは違う。私の時はインターネットがようやく普及し始めた時代で、もちろん今みたいな『ネット証券』なんて言うものは存在しなかった。今でもそうだと思うが、窓口対応の証券会社は手数料が高い。それに日中しか事実上取引できないため、サラリーマンには証券投資はなかなかハードルが高かったんだよ。しかし、今はネット証券を利用することにより、少額の手数料で、早朝や夜にも取引注文ができるから取引に参加しやすい。更に取扱手数料が安いということは少額の投資が可能ということでもある。昔みたいに、一取引で5千円も1万円も手数料がかかってしまうと、それ以上の儲けを求める必要が出てくるから、当然少額の取引というのは実行しにくくなるからね。」


 誠おじさんの説明はわかりやすい。確かに取引手数料というのは大きな参入障壁になりえる。そこを気にしながらでは思い切った取引や小幅な値動きで利益を拾うような投資は難しくなる。俺のそんな考えを見透かしたように誠おじさんは続けて、


「まあ、とは言え、手数料が高いのは必ずしもんだよ。どんな投資もそうだが、私個人的には投資は『一定期間以上』行うことにより、有効な効果が得られる場合が多いと考えている。そうすると、手数料が高いと参入しにくいのと同じく、手数料が高いことにより、退という面が生まれるからね。」


「なるほど!確かに手数料を気にしなければ、チョイチョイ取引を繰り返すことが容易になる。そうすると必然的に投資サイクルが増えるというわけですね!」


 誠おじさんの説明に俺がそう答えると、


「和也君は経済学部だっけ?なかなかに頭の回転が速いね。理解が早くて私としては助かるよ。まあ、ここまでの話で大事なのは、基本的に投資は長期間行う必要があるということだ。その点、君たちの年齢から計画的に投資を行うのは良いことだと私は思うよ。それではそろそろ、もう少し具体的な投資についての話をしようか。とはいえ、どの銘柄がおすすめだとかいう話はしないよ。話の過程でいくつか銘柄の話はするかもしれないが、それもこれから話す事を聞いてから、自分で探すべきだと思うし、株式等の投資においては、どの銘柄に投資するかということが一番の醍醐味だいごみだし、ポイントになるからね。」


 一気に話したせいか、誠さんは少し咳ばらいをしてから、すっかり氷が解けて、びっしりと汗をかいたグラスの、ちょっと微温ぬるまった水を口にすると話を続けてくれた。


「まあ、いずれにしろ投資を始めると、今まで聞き流していたニュースも急に身近なものに感じられる。そういう意味でも、投資を始めるなら早いほうが良いと言えるね。さて、そろそろ具体的な話に入ろうか。」



・・・続く

 




今日の一言:とんかつは脂たっぷりのロースがうまい!!っじゃなくて、投資は長期間行うことが重要。

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