後ろの側面

矢指 嘉津

第1話 選挙って何のため?

「あ~、疲れた~。ちょっと倒れてるね~」


 金曜日の夜、いつもより結構遅い時間に仕事から自分の家に行かず、直接築30年で、特に快適ではないが生活するのに特に不自由のない俺のアパートの部屋部屋にやって来てドアを閉めるなり、みやびは部屋に上がり込んでいきなりソファーの上に倒れこんだ。


「う~、しかし、ホントたいへんそうだね。ビールでものむ?」

 と、俺は言うなり冷蔵庫へと向かった。


「ありがとう、今日はグラスはいらないから小さいほうの缶をそのまま持ってきて」


 との返事が。どうやらグラスを使うのも面倒なほど疲れているようだ。なぜ雅がこんなに疲れているのかというと、どうやら今週末の選挙のせいらしい。雅は現在市役所に勤めていて、自身はスポーツ文化振興課というところに所属しているらしいのだが、選挙の準備を手伝うために、今だけあちこちの部署から数人ずつ派遣されているメンバーに選ばれたとのこと。まあ、まだ、勤務1年目なので、それは仕方がないことだろう。


「そういえばさ~、選挙って何のためにするんだろうね?」


 そんな疲れ切った雅に缶ビールを開けて渡しながらふと口から出た言葉。


「そんなの議員を選ぶためでしょう?」


 倒れながらまるで他人事のような口調で、返事とも言えないようなトーンで雅の言葉が返ってきた。


「はいどーぞ」


 と声をかけると、もそもそと起きてビールを受け取ると「ありがとう」と小さな声で礼を言い、グビグビ飲み始めた。


「く~、生き返るわ~」


 と、かわいらしい女性の声には似合わないおっさんのようなセリフをいいながら軽く伸びをしている。そんな様子を見ながら、特に普段通りで疲れていない俺はチビチビとビールを飲んでいた。


「どうしたの、急にそんなこと言って」


 ビールを飲んで落ち着いたのか、ちょっと前の俺に質問に対して問いかけてきた。


「いや、雅の疲労の原因である選挙が明後日の日曜日にあるけど、急に町中にポスターが張られたかと思ったら一週間でもう選挙じゃん」


「うん、それで?」


と雅が先を促す。


 「そもそも、選挙って本来自分たちの生活に直結するものじゃないかと思うんだ。国や県や市の行政って、結局は政治家が決めて役人が実行するんでしょ?」


と、俺が言うと


 「そういえば小学校で【三権分立】とか習った気がするけど、あれってちゃんと覚えてる?」


 雅から追加の質問が来た。


 それに対して、少し考えこむ。特に勉強が苦手ということはなかったが、どちらかという理数系が得意だった俺はあまり社会科の教科書的な内容には強くない。


「ん~と、確か司法・立法・行政だっけ? それぞれが何をやってるかの説明まではできないけどね。まあ、雅は公務員だから行政を司どっていることになるのかな?」


「まあ、そうだね。司法は裁判所、そして立法が国会だね」


「あれ? そうすると、三権分立の【立法】が国会ってことは、地方議員はどうなるのかな?」


「うん、きちんとは私も説明できないけど、厳密には立法をつかさどってはいないよね。まあ、地方議会には【条例】を制定して、法律をその地方に合わせて個別に補完する権限が一定の範囲で与えられてるけど、国会議員のように法律自体を自分たちで作ることはできないことになるわ。基本的には市の行政を見張るようなことも仕事の中心ね。ある意味行政官と言えるかもね」


 そうか、同じ議員といっても国会議員と地方議員では意味合いがだいぶ違うんだな。


「で、雅は市役所の職員で、今度の選挙は市議会選挙だから、その手伝いをしているわけだ」


 自分たちの仕事を見張る人を選ぶ選挙の手伝いっていうのも考えてみれば微妙だな。


「でも、そう考えると、同じ【選挙】と言っても国会議員を選ぶ選挙と地方議員を選ぶ選挙ではだいぶ意味が違うものなんだな」


「そうね、国会議員は国全体を動かすための法律を作る仕事だけど、地方議員は一人一人の国民により身近な行政を監視し、よりよくするために仕事をするわけだから、同じ選挙というくくりで考えるのも本来おかしいのかもしれないわね。でも、今は【地方分権】が叫ばれているし、実際に身近な生活のちょっとしたことを変えていくために地方議員の仕事も重要ではあるのよ」


 確かに、税金や建築、年金問題から、最近だとマイナンバーなどという制度も法律で決められていることだし、道路交通法なんかも、国全体の決まりとして統一されていないと混乱をきたすし、不公平なことも生じる。一方で、道路の整備や、雅の担当であるスポーツイベントや市民祭りなどは国全体で一律に決めるよりその地方ごとの実情に合わせて運営する方が現実的だし、良いものもできやすいだろう。


「ありがとう、国会議員と地方議員の役割はよくわかったよ。そして、選挙っていうのは自分たちの代わりに代表を選んで、それらの仕事をやってもらうために必要な行為なんだね」


「お、さすがカズ君、そういうことだよ。最近は選挙へ行かない人が増えているっていうけど、それだと自分の生活をすべて他人任せにしていることになるんだよね。そもそも選挙権って、昔は国民全員が持っていたものではないのよ。それこそ女性が選挙権を得たのは1945年、つまり戦後でまだ100年もっていないのよ。さらに言えば、男性の選挙権だって昔は全員に与えられたものではなく直接税、まあ、今でいう所得税と思ってもらっていいと思うんだけど、その直接税を一定額以上納めた人だけしか投票すらできなかったんだから」


 雅は選挙準備の手伝い中に色々と聞いた話を和也に披露してくれた。


「確かにそう考えると、今とはだいぶ違うな。それってつまり、ちょっと前まで【お金持ちが国の法律を決めて行政を仕切っていた】ってことだろ? まあ、より多くの税金を納めた人がその使い道を決めるというのもある意味公平ともいえるかもしれないが、現在の【基本的人権の尊重】という考え方とは合わないものな。それはそれで恐ろしいことかもしれない。それに比べれば、今は国民全員、とはいっても18歳以上だけど、すべての人に選挙権があるということは、国(国会議員や行政官)が本当に国民の意に反したことをやり始めたら、選挙で落選させて、別の人を議員にすることにより、自分たちの考えを実現できる可能性があるってことだもんな。でも、投票したい人がいないって声もよく聞くよね。その一つが、俺がさっき言ったみたいに選挙の一週間前にば~~っとポスターはって街頭演説していって、誰がいいか選べといわれても難しいよな」


 そういう俺に


「確かにそこは問題があると思う。結果、誰が何をしているかよくわからないからどうせ選挙へ行っても無駄、みたいなこと言い出す人が増えちゃうのよね。でも、選挙に行かないということは、『考えたけどいい人がいないと判断した』人と、『ただ単に関心がなくて選挙へ行かなかった』人の区別もつかないから、結果当選した人たちが好き勝手始めちゃうって面もあるとは思うわ。どうせ関心がない人のほうが多いなら、多少自分たちの好きにやっても誰も問題視しないだろうと考え、ひどい人になると不正に手を染める議員なんかも出ちゃうのかもね」


 確かに雅の言うとおりだ。人間、自分たちが期待されていると思えば頑張って仕事もするが、誰も興味がないと思えば手も抜くし、甘い誘いにも乗ってしまうかもしれない。


「そう考えるとやはり選挙って大事だな。だけど、今の政治家の活動方法や選挙・議員にかかわる法律も見直さなきゃいけない気がする。最近選挙公約を守らないことも増えているのに、また与党が過半数の議席をとるようなことが続いているから、どうせ自分達が公約を破って好き勝手しても、国民は何も言わないと思われているかもしれないもんな。例えば、【政治に関心は持っていますが、投票したい人はいません】みたいなジョーカー的な投票の仕方も作ればいいのにね」


 と、俺が思い付きで言った言葉に雅が反応して、


「お~! カズ君冴えてるね! 確かにそういう投票の仕方ができれば『選挙に関心がないわけではないよ』という人がどれだけいるのかもわかるし、そういう人たちがたくさんいれば政治家の人達ももっときちんと仕事するようになるかもしれないわね!」


 なんだかうれしそうに雅が言った。


「だな、まあ、いずれにしろ白紙投票でも選挙へは行くべきということだね。さて、お疲れのみやび様に、今日はお好み焼きの準備をしてあるよ。今から焼いてくるからテレビでも見て待っててね。今日はエビ入りだよ」


という俺の背中に


「ありがとう、本当に疲れているときに私の好きな食べ物を用意してくれるなんて、カズ君最高! 愛してるよ~」


 という背中に向けられた白々しい言葉に思わずながら、俺はお好み焼きを焼くべくキッチンへと向かった。明後日の選挙、誰に投票しようかと考えながら。




今日のまとめ:投票したい人がいない人のための投票制度を作ってほしいな。

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