第15話 ミチシルベの金額
「ふ~、いや~、参った、参った。」
いつもより帰宅が遅くなった俺は、頭のてっぺんから靴の中までずぶぬれになりながら玄関に飛び込んだ。あれ?部屋が暗いということは、雅も今日は残業かな?
まあ、とりあえずこの状態を何とかしなくては。
俺はずぶ濡れの靴とくつ下を脱ぎ、とりあえずサンダルに履き替えると、玄関の外に出て、まずは靴下を絞る。まるでバケツから出した雑巾のように水が流れ出る。そして、その靴下を玄関の中へ放り投げ、今度は靴を手に取り、外でひっくり返すと、こちらもグラスをひっくり返したように水が流れ出る。
・・・まだ本格的な夏前のこの時期、少し寒い。とにかく洗面まで行き、ずぶ濡れのスーツを脱ぎ浴室へ放り込む。タオルで頭をわしゃわしゃと拭き、面倒なので、とりあえず身にまとっているものを全部脱ぎパンイチになってから、体の水分だけをまず軽くふき取る。そのまま部屋へ行き着替えをもってまた浴室へ。あ、ハンガーを忘れた。慌てて戻りハンガーを持ち、再び浴室へ。
スーツの上下を、とりあえず絞れるだけ絞って、ハンガーにかけてから洗面のドアのところへ引っ掛ける。その他のものはとりあえず絞ってから洗濯機の縁へ引っ掛けて、とにかくシャワーを浴びよう。このままだと風邪をひきそうだ。また、親に『夏風邪はバカが引くものだ』と嫌味を言われてもかなわない。
「冷てぇ!!」
シャー、という音とともにシャワーヘッドから飛び出した冷水を体に浴びて思わず声が出る。しばらく待つとだんだんと温かいお湯が出てきたので、とにかく全身を温めるようにシャワーを浴びる。体の芯まで温まるという感じではないが、俺はとりあえず、一息ついた。
部屋着に使っているジャージを着て、部屋でテレビを見ていると、玄関のほうからあわただしい音とともに、
「さむ~い!!カズ君いる!?いたらタオル持ってきて~」
という雅の声が聞こえたので、俺は慌てて、
「お疲れ~、今行くよ!」
と、声をかけて洗面へ向かい、タオルを数本つかんで玄関へ行く。見ると、先ほどの俺と同じように玄関の外で雅が靴をひっくり返している。
「いや~、災難だったね。ほい、タオル」
と、タオルを手渡すと、
「ほんとだよ!!天気予報では何も言ってなかったのに。ゲリラ豪雨って、傘さしても役に立たないから割り切って濡れてきたけど、超寒すぎ!!」
雅が先ほどの俺とまったく同じように靴をひっくり返すのが少し面白かった。
「ハンガーもってくるから、雅も先にシャワー浴びちゃいなよ、とりあえず体温めると落ち着くから。」
「ありがとう~、そうさせてもらうわ」
そう言いながら、あっという間に雅は浴室へ消えていった。
そして、雅が風呂に入っている間に冷蔵庫の中身を確認する。
・
・・
・・・
見事に大したものがない。キャベツが少しとベーコン。玉ねぎが一個とあとは・・・玉子か。
「は~、すっきりした。お互い災難だったね~。今日買い物できなかったんじゃない?」
雅が髪の毛をタオルで拭きながら部屋に入ってきた。
「そうなんだよね。外食にするにもこの雨だし、まあ、大したものがないので、今日はインスタントラーメンでいいかな?」
すると、
「お、いいね~、なんだかこの季節にしては寒いし、ちょうどいいかも。」
確かに、少し気温も低い。
「じゃあ、作るね。その間に、この前のライフプランの資料見て、気が付いたことがあったら考えておいて。」
と言いながら、俺は鍋にお湯を沸かしながら、キャベツをザク切りに、玉ねぎはくし形切りに、ベーコンは一口サイズに切る。フライパンを温め、油を引くと、まずはベーコンを放り込み炒める。続けて玉ねぎ。軽く火が通ったところでお湯が沸いたので、麺を鍋に放り込み、すぐに粉末スープも入れてしまう。俺たちは麺かたが好きなので、茹で時間は2分半、すぐに食べられるように先にスープも入れてしまうのだ。軽く鍋を箸でかき混ぜ、溶き卵もすぐに入れてしまい、蓋をして中火にする。
そろそろフライパンもいいころだ。キャベツを入れ、火が通りすぎないように気を付けながら、炒めていく。フライパンを適度にあおり、キャベツに油を絡ませる感じで、火を通しすぎないのがコツ。
「そろそろできるよ~」
と声をかけると、雅はすでにビールの準備を済ませて、資料に目を通している。
「は~い」
と返事があったので、俺はゆで上がった麺をどんぶりに入れて、スープを分けたら、その上に先ほどの炒め物をお玉でラーメンの上に乗せていく。
「できたよ~~ん。資料見た?」
「見たよ~。う~ん、いい匂い。お、意外と豪華なラーメンになったね、このキャベツの具合がいいんだよね~、しゃっきり歯ごたえがあって。私が作るとなんかべちゃっとしちゃうからな~。」
「さて、伸びないうちに食べちゃおうか、かんぱ~い!」
食べようといいながら、俺達はビールに手をつける。
「んん~、おいしいね~。そういえば資料見たけど、結構色々とお金かかるね~。」
「だろ?資料を作ったところによって書いてある金額が結構違うしね。とりあえず、先に食べちゃおう。」
俺たちは冷めないうちにラーメンを食べることを優先した。
・
・・
・・・
「ふ~、うまかった。やっぱりラーメンは温まるから、こういう時に買い置きがあると助かるよな。さて、この前の続きだ。いくつか銀行とか回って資料集めてきたけど、さっきも言ったように結構資料によって金額が違うもんだな。同じ銀行の資料でも金額違うし。」
「みたいだね~、とりあえず、カズ君がまとめてくれた資料で確認してみようか。」
そういうと雅は資料を机の上に出してくれた。そこには時系列に以下のようなことが書かれている。
・結婚資金:300万~500万
・出産費用:30万~50万
・住宅購入:3,000万~5,000万 ※これは概ね新築価格。この辺の地価相場で中古だと2,000万~3,000万で購入可(俺の個人調査メモ書き)
・教育資金:大学まで国公立800万~1,200万、すべて私立2,000万~3,000万
・老後の準備資金:2,000万~5,000万
・その他 保険の検討、生命保険、個人年金、投資はしたほうが良い?(この辺も俺の個人感想メモ)
しばらく二人で眺めていると、おもむろに雅が、
「う~ん、実感わかないけど、どれもすごい金額に見えるよね。これだけ見ると逆に生活できるのか不安になってくるくらいだよ。」
と、言い残して急に席を立ってテレビのほうへ歩いて行ってしまう。
「あれ?どうした?テレビ何かおかしいの?」
その行動に疑問を持って問いかけると、
「いや、とりあえず電卓あったほうが便利かと思って。」
なるほど、確かに数字ばかりの話になるから電卓は必須アイテムだな。俺も確かカバンの中に入っていたはずだ。持ってこよう。
「で、とりあえず、書いてある金額全部足してみようか。私は各項目の高い金額を足すから、カズ君は低いほうお願い。」
いいながら雅は早速金額を合計し始めた。俺も遅れずに合計し始める。
「ふ~、できた。とりあえず高いほうの合計は『一億三千五百五十万円』かな。そっちはどう?」
「ちょっと待って、えっと。。。よし!低いほうの合計で『五千百三十万円』だね。そう考えると、倍以上も違うのか・・・」
複雑な顔をしている俺に向かって雅が、
「まあ、あくまで見込みの最高と最低が計算されたというだけだしね。結婚式だってしないかもしれないし子供だってできないかもしれない。家だってずっと賃貸かもしれないしね。あ・く・ま・で・目安よ♪」
なんだか俺が始めた話なのに雅のほうがノリノリだ。しかも結婚式しないかもって。。。そういうの割り切る性格だよな雅は。俺としては面倒くさいが、やはりウエディングドレスは女性の憧れともいうし、結婚式だけはどんな形でもやりたいと思っている。それに結婚式は、掛かる費用も大きいが、ご祝儀で結構補てんできると聞いたこともある。
「まあ、でも、結婚式は雅のためというのもあるけど、俺もやりたいな。あとになって後悔するのは嫌だし、雅のウエディングドレス姿も見たいし。費用もご祝儀で結構
それを聞いた雅はいきなり俺の背中を平手でバンバン叩きながら、
「も~、カズ君ったら~。まあ、そんなに言うなら雅さんのドレス姿を特別にお見せしましょう!って、確かに結婚式しなくて、あとになって後悔する人っているらしいからね。最近ではミニマムな結婚式も流行っているっていうし。ところで、これって新婚旅行費用とかも含まれるのかな?」
「それは俺も気になったけど、数日~一週間程度の旅行なら、海外でも二人で50万あれば結構いい旅行できるんじゃない?それを踏まえて含まれていると考えてもいいかもね。っていうか、まだ日取りどころか結婚することも正式に決まってないのに、なんだかおかしいね。」
「あれ?カズ君は私と結婚する気はないのかな?」
雅が小悪魔のような顔で俺のことを斜め下から覗き見てくる。
「いや、そういうわけじゃないけど・・・なんか照れるよね。」
「ま、いいじゃない。もし私と結婚しなくても次の機会に役立つよ、きっと。」
という雅に、うっかり
「それもそっか。」
と言った途端、今度はグ~パンチが肩のあたりに飛んできた。続けて、
「そこは、『俺には雅だけだよ』とかいうところでしょ。」
「ごめんごめん、もちろんそのつもりだし、それ以外のことは今は考えていないけど、そういう考え方もあるのかなと、感心しただけだよ。その時はお互い様だしね。まあ、お互い機嫌損ねる前に、続きを考えようか。どうせ今日で終わる話でもないけど。」
「それもそうね、でも、だんだん全体像が見えてきたわね。そうしたら、今夜は雨にも濡れちゃったしあと一つだけやって寝ようか。」
「あと一つって何やるの?」
この問題、俺が始めた話だけど、完全に主導権は雅に持っていかれたな。と考えていると、
「ふふ、こういう問題で最強のツールは何と言っても四則演算よ!とりあえず、必要そうな金額の合計は出たんだから次は割り算よ!まず、今の世の中、60歳で定年という時代ではなくなってきたわ。70定年とか言われてるけど、とりあえず、今のところは65歳ね。今、カズ君が25歳になるから、実働40年、今までの貯金はとりあえず無視して、40年で割ってみましょう。
そういって早速雅が電卓をたたきだす。
「えっと。。。高い見込みで年約339万円、月にすると約28万円、安い見込みで年約128万円、月約11万円になるわね。」
「それで平均は年約234万円、月約20万円ってことか。・・・普通に考えてこの金額毎月ずっと貯金するのは無理だな。」
俺がげんなりした顔をしていると、雅は
「そりゃそうよ~、だって、家のローンとかって、家賃との比較も考えなきゃいけないし、毎月支払うんだから、その金額を貯金するわけじゃないわ。家賃=ローンと考えて金額を6~8万円くらいと考えれば、毎月は安ければ大体4万円程度になるわ。それに、老後資金は65歳までに貯めればいいわけだから、それだけ取り出せば……安いほうで4万2千円、高いほうで10万5千円ってことになるわね。まあ、それにしても簡単に貯められる金額じゃないけれど。そこには退職金なんかも含まれるから、実際はもっと少なくて済むはずよ。逆に結婚を来年するとなると、安いほうでも一年で300万円貯めるのは正直一人では無理だと思うわ。でも、すでに多少貯金もあるし、ここまでなら私も確実に仕事してる。私は公務員だから、よほどのことがなければ今のところ解雇にはならないと思うし。それに、さっきカズ君も言っていたけど、結婚資金とかは、お祝いでそれなりに補填される見込みもあるから、もっと安く済むはずよ。」
「そうだな、まだ子供もいないわけだし、子供が一人とも限らない。今からその金額を丸々貯金する必要があるわけじゃないものな。それに、今後の社会・経済情勢が今のままとも限らない。年金なんか70歳で支給されないかもしれないしね。そうすると、いろんなパターンを考えて、更に数年ごとに見直す必要があるって事だ。」
俺が難しい顔をしていたのか、
「さ、とりあえずの方向性が見えてきたわね。これ以外に保険とかのことも考えなきゃいけないだろうし、今日はこの辺にしましょ。」
「だな」
なんだかもやもやしたものが残るが、それはまたこれから考えればいいだろうと思い直し、俺たちはとりあえずビールをとりに冷蔵庫へ向かった。
今日のひとこと:お金はライフステージに合わせて見直し・検討することが大事。一度に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます