第16話 投資ってみんなしてるよね?

 最近の俺たちは『人生のミチシルベ』、ライフプランについて真剣に考えている。そんな中、気になるWordワードがちらほらと聞こえてくる。それは『貯蓄から投資へ』という言葉だ。更にちょいちょい聞くのが『小額投資』などというもの。投資というと一般的にはお金持ちがするものだという感じがする。もしくは『投資詐欺』や『ギャンブル』というイメージもまとわりつく。


 この前、ライフプランに必要なお金をとりあえず書き出してみたのだが、改めて書いてみるとものすごい金額で、それだけで気持ちが萎えそうになった。やはり、これからの時代は生活のために投資というものが必要なのだろうか。自分にはまだ早い気がする。


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 ・・

 ・・・


 やはり気になる。


「なあ雅、この前、何となくの今後のお金、計算しただろ。あの時の計算で、安いシミュレーションで月4万円の貯蓄、まあ、これはギリギリ今やってる【先取り貯金】で、賄えそうだけど、その上さらにって、結構きついよな。最近【貯蓄から投資へ】って話よく耳にするだろ。俺たちも今後のためには少しは投資って考えたほうが良のかな。」


 キッチンでお米を研いでいる雅にそう声をかけてみた。


「投資か~、その前にカズ君、ちょっとこっち来てお水の量、見てくれない?」


 そう言われたので、俺はキッチンへと向かう。雅の手元には『五目ずしの素』と書かれた箱が置いてある。なるほど、雅がご飯を炊くと、普通~やや軟らかめになることが多い。五目ずしのためには少し硬めに炊くほうがおいしい。コツとしては、お釜に書かれている規定の線の一番下くらいに合わせてお水を入れればいいのだが、どうやらそういうのが苦手らしい。もともと理系なのにと思わなくもないが、理系だからこそ、そういうな調整が苦手なのだと雅は言っていた。


 俺は、お水の量を適当に減らして


「これでいいと思うよ。今夜は五目ずし?」


 すると雅は、


「まあね、でも、これを中に入れてお稲荷さんにしようと思って。お稲荷さん作るときに酢飯作るのってちょっと手間だけど、これ使うと簡単でしょ?」


「なるほどね~、確かに五目ずしも酢飯と言えば酢飯だからね。しかも具も入ってるから食べ応えがありそうだ。じゃあ、錦糸卵は俺が作るよ。」


 良い発想だ。俺は素直に感心した。五目ずしの素だからと言って必ずしも五目ずしにしなければいけない訳ではない。こういうちょっとした工夫と発想の転換で世の中ってずいぶん変わるんだろうな、などと考えていると雅が、


「あ、お願いできる?助かるよ。で、何だっけ?えっと、【貯蓄より投資】の話だっけ?」


「そう、それ。この前計算した今後のお金のこと考えると、やっぱり貯蓄だけだと足りないのかな?そうなると、今よく言われている投資も検討に入れるべきではないかと思って。」


 そう話しながら、俺は玉子をお椀の中に割り入れ、から、カシャカシャとかき混ぜる。すでにフライパンは十分温まっているようだ。そこに軽くサラダ油を入れ、フライパンになじませる。温度が高いとすぐに焦げるし、低すぎるとなかなか固まらないので、この辺の加減は難しいところだ。火加減を確認している俺に雅が、


「まあ、悩むところよね。私も投資については少し調べてみたわ。どちらかというと経済学部出身のカズ君のほうが得意分野だと思うけど。」


「ん~、まあ、一般的には投資というと経済分野の話だけど、さすがに大学では投資の具体的な話はしないよ。そう考えると、大学の勉強って、実社会では直接役に立たないことが多いんだよな。まあ、それらの基礎的な【理論】は大事だけど、実社会においては【実践】のほうが大事だからね。大学の教授が商売やっても成功しないという話はよく聞くもんな。と、いうわけで、俺も実際の投資については、ほとんど素人だよ。」


 とは言うものの、実は俺はネット証券口座を一つ持っている。これについては雅に伝えてはいない。ちょっとしたサプライズを考えているからだ。


「そっか、まあ、私も調べたといっても、具体的にどこに何を投資すればいいという話までは行っていないから、二人でいろいろ考えましょ。こういうのは一人で考えると、思い込みからロクな結果にならないことが多いからね。でも、私が色々と調べた中で面白い話があったんだよ。まずはその話をしていい?」


「ちょっと待って、玉子やっちゃうから。」


 俺は答えて溶き卵を手に取る。


 なんだか思わせぶりなことを雅が言う。もちろん俺の返答に否はないのだが、とりあえず、先に錦糸卵だ。俺はフライパンの上に卵を薄く伸ばした。とフライパンを回しながら玉子を均一に広げていく。そして、ある程度固くなったところで、卵の縁をまんで裏返す。これが意外と難しい。薄い玉子はすぐに破れてしまう。今回はうまくいった。で、軽く火が通ったところでフライパンをまな板の上にひっくり返して一枚目の出来上がり。うん、上出来だ。


「すまん、お待たせ。で、面白い話って何かな?」


 俺は二枚目の卵に取り掛かりながら雅に話の先を促す。


「投資っていうとカズ君は何を思い浮かべる?」


 雅の質問に俺は、


「えっと、まず思い浮かぶのは株かな?ほかには不動産?賃貸アパートとかマンションとか?あとは投資信託なんて言うものもあったっけ?まあ、投資信託が何かはよくわかっていないけど、大学で習った限りでは、投資家から集めたお金をプロが運用して、その利益を分配する金融商品だろ。」



「そうね、投資信託は幅が広くて、債券に投資するものや、国内株、外国株に投資するもの、そのほかにこれらをミックスしたものがあるみたいね。また、アクティブ型やインデックス型、バランス型とか、あるらしいし、そのほかにも金や原油とかの商品に投資している投資信託もあるみたい。今言った不動産でもREITリートと言って不動産に投資する投資信託もあって、調べると奥が深そうだったわよ。まあ、私もそれほど細かいところまでは調べていないんだけどね。」


 そう謙遜するが、さすが雅、こういうこと調べ始めるとんだな。そんなことを考えていると雅は続けて、


「でもね、私たちって、よく考えたらほとんどの人が『投資』を行っているのよね。」


 雅が謎かけのようなことを言ってきた。


「どういうこと?」


 俺が疑問をぶつけると、雅が答えてくれる・・・


 と、思ったら鍋を取り出しお湯を沸かし始める。その足で冷蔵庫へ。。。ビールでも飲み始めるのかと思ったら違った。取り出したのは『稲荷揚げ』だった。これは本当に便利だ。すでに味付けされているので、お湯で温めるだけですぐにお稲荷さんの味付け油揚げが出来上がる。それを鍋に放り込んでキッチンタイマーを合わせながら、


「まあ、私が偉そうに言うより、カズ君のほうが詳しいはずなんだけどね。そもそも銀行にお金を預金すると利息がもらえるのはなんでだっけ?」


「そりゃ、銀行は預金者から預かったお金を。。。って、あぁ、そうか!銀行は預金者から預かったお金を更に事業者へ貸付けて、その貸付金から生じる利息を銀行の収益とし、その収益の中から、預金者へ利息を払うのが基本的な仕組みだ。だから、広い意味でいうと、銀行へ預金するということは、銀行から資金を借り入れている企業へ投資していることと同じなんだ。もっとも、銀行の収益は最近のマイナス金利政策のせいで、投資信託や生命保険の販売手数料などにかなりシフトしてきているみたいだけど、それでも根幹は変わらない。」


 確かにそうだ。銀行の仕組みについては大学でも簡単に学んだ。一般的に我々の預金というのは銀行に【預ける】という風に言われているが、銀行はその資金を更に企業へ貸し付けることにより利益を得ている。その資金を預金という形で銀行へ提供しているということは広い意味では投資である。もっとも、銀行への預金は【元本保証】というではあるが、それでも銀行が事業に失敗し倒産した場合には、その預金を失う恐れは0%ではない。とはいえ、預金保護機構(通称ペイオフ)のおかげで預金は1,000万円まで保証されている。一般国民の預金としては十分だろう。


 そうしたことを考えていると雅は続けて、


「つまりね、預金者に払われる利息は、企業が銀行から資金を借りて、その資金で事業を行い、その結果としての利益が利息の原資になるわけじゃない?つまり、銀行の金利が低いということは、その銀行からお金を借りている、つまり景気が悪いということよね。まあ、言ってみれば、銀行からお金を借りている企業って、仕事のプロ達なわけでしょ?で、今は昔に比べて銀行からの借り入れ利息は相当低いわけ。それでも企業は銀行からお金借りないのよね?つまり、お金を借りてもそのってことじゃないのかな?」


 そこまで聞いて俺は大学で習ったことを少し思い出した。


「そういえば、昔大学で習ったことの中にさ、【流動性の罠】っていうのがあったのを思い出したよ。」


 そういう俺の言葉に、雅はきょとんとした顔をして、


「流動性の罠?なんだかR P Gロールプレイングゲームにでも出てきそうなひびきだね?なぁに、それ?」


 というので、俺は簡単に説明した。


「まあ、流動性の罠っていうのは、通常資金調達には【利息】という形で調達費用が掛かるんだけど、ある一定割合以上に金利が下がると、その調達費用がほぼゼロ、無視していいくらいになるんだ。今なんかまさにゼロ金利時代だしね。そうすると資金需要は無限に拡大することになるという理論。その場合には通常の金融政策が無効になるという状態なんだよね。」


「ふ~ん、なるほどね。確かに無利息でお金が借りられるなら、みんなお金借りたがるわよね。この前、中央銀行政策で話した【無策】話の続きって感じだね。でも、今は利息がゼロに近くても企業がそれほどお金を借りない、つまり有効な投資先がないってことよね。そうすると、政府が言うよな【貯蓄より投資へ】なんて言うのは疑問に思っちゃったのよね、私。あ、ご飯炊けた~」


 雅はそういうと、キッチンへと向かった。俺もあとをついて行く。


「じゃあ、カズ君、錦糸卵切って~。私はとりあえずお米とすし酢とか混ぜて、揚げのほうを出してくるよ。」


「おっけ~」


 俺は答えて錦糸卵を切っていく。ちなみに、この錦糸卵、卵が少し冷めてから切るほうが綺麗に切れるのだ。そして、稲荷揚げに酢飯と具を混ぜた五目ずしを詰めていく。ここのポイントは通常の稲荷のように口は閉じないで、こちらを上向きにしてお皿に並べていく。そして仕上げは


「じゃじゃ~ん!」


 と言いながら、雅がその稲荷の上に山盛りに錦糸卵を積んでいく。最後に紅ショウガをその上にのせれば完成だ。


「さぁ、完成だね!!」


 嬉しそうにしている雅に


「で、なんだか今日も話が中途半端になっちゃったけど、結局、雅は投資についてはどう思うんだい?」


 すると雅は、


「ん~、まあ、投資は個人的にはある程度してもいいと思うけど、少なくても政府が言うような【貯蓄から投資へ】っていう話は眉唾まゆつばかな?だって、銀行預金もさっき言ったように広義の投資だもん。それ以外の投資はさっきカズ君が挙げてくれたような株式とかだけど、それはリスクの幅を広げるってことだよね。預金以外で元本保証の投資はほとんどないから。まあ、国債なんかはほぼ元本保証だけどね。それでも償還時期まで保有した場合の話だから、償還前に売買すれば損することもあるしね。また、特に景気がいいときは儲かるかもしれないけど、一度景気が悪くなれば投資金額の何割か、下手すれば全部を失うこともある。要は【貯蓄から投資へ】っていうのは【安全資産からへ】と言っていることだよね。」


 なるほど、確かに預貯金も投資だと考えるなら、多くの国民はすでにある程度の【投資】を行っているとも言えるしな。雅の意見と、今の世の中の投資に対する流れなどを比較しながら俺は、


「確かに雅が言う通り、預金にも利息が付くし、その意味では投資をしているといえるんだな。今でこそゼロ金利の時代だけど、俺の親父なんかに昔の話を聞くと、昭和の終わり頃は預金利率が5~6%とかいう時代もあったらしいし。運用利回り5%って、今実現しようと思うと相当なリスクを負わないと無理だもんな。でも、そういうの調べていくと、逆に投資にも興味が出てきたよ。」


 そんな俺に雅は、


「そうなると、もうちょっと色々考えなきゃいけないんだと思うよ。リスクの許容度についてをね。それこそ万人に共通した基準はなくなると思うんだ。年齢とか保有資産の額とか収入とか、その他に影響されることを考えなきゃいけなくなるからね。」


 そういって俺のことを見つめると、さらに続けて、


「だ・か・ら、今日はここまでにして、ご飯食べよ!!おなかすいちゃったよ。」


「だな。この稲荷、見た目にも豪華でかわいいよね。それじゃ、食べよう。」


「「いただきま~す!!」」




 今日のひとこと:政府が言う【貯蓄から投資へ】っていうのは【安全資産からリスク資産へ】の移転を促しているだけだね

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