第4話 高度成長期の秘密

「は~、なんか景気のいい話はないのかな~」そんな言葉から今夜の考察は始まった。

 

 平成という時代が終わった。そのため、平成を振り返るという番組がやたらと多かった気がする。色々なところで「平成最後の~~」といったバーゲンなんかも盛況だたったようだ。新しい時代は令和というらしい。平成が始まった時、もちろん自分は生まれていない。平成になった初期は昭和の時代、戦後の復興がもたらした高度成長期の集大成のような時代で「バブル」などと言われていた。その時代のことをネタにするお笑い芸人もそれなりに人気があるということは、その時代を懐かしむ人が多いということだろう。それに比べてバブル崩壊後の平成は「失われた20年」などと言われていた。確か平成は30年あったよな? 最後の数年は戦後景気拡大期間が最長とか言っている人もいたが、国民の多くは景気が良くなっているとは感じていないという話だ。その大きな理由の一つは、景気が拡大と言っている人は株価の上昇や企業収益の拡大などを理由に挙げているが、国民は自分の収入が増えていないことを肌感覚で知っているからだろう。実感なき景気拡大というものか? 統計資料が示す数値はあくまで一面の見方であり、必ずしも国民のためのものではないということだ。


 そういえば、この前、上司に


「お前らは可哀そうだな~、景気がいい時代を知らないから」


 などと言われた。しかしいまいちピンとこない。少し考えてみたが、その理由はすぐに分かった。そもそも【景気のいい時代】というのを自分が知らないからだ。人間、比較する対象がない場合、『自分が知っているものがすべてであり、知らないものを比較対象に出されても脳が付いていけない』のだ。これは大人が良く【大人になったらわかるから】と言う意味不明な理由で子供を説得するのと同じ構造だろう。もっとも、【大人になったらわかる】の中には実際に大人になるとわかることも多いということはこの年になって何となくわかってきた。それこそ、すしにワサビとかおでんに芥子とか、子供の時は理解できなかったが今では欠かせない。これも大きな意味では「先人の知恵」というものか? しかし時代は変化する。スマホを使っていない大人に「スマホばかりするな」と言われても何の説得力もない。


 そろそろ本題に入ろう。


 「な~、雅。日本が昭和の終わりのころ高度成長期だったのってなんでだか考えたことある?」


 自分だけで考えるのも限界を感じていたので、いつもの通り、雅にも聞いてみた。自分だけで考えても先に進まない場合、とにかく人と話してみるというのは一つのきっかけになる。というか、雅ならすんなり納得のいく意見を言ってくれそうだが。雅は


「ん~、ちょっと待って、今いいところだから」


 と言って何やら手元を見続けている。覗き込むとどうやら漫画を読んでいるらしい。出版不況と言われる今の時代、大好きな漫画が世の中からなくなっても困るため、俺は毎週2冊ほど週刊漫画雑誌を購入している。どうやら雅が読んでいるのは戦国時代の話の様だ。あれは確かに面白い。おとなしく待つことにした。


・・・


 5分ほどして


「は~、面白い! この相手の出方を探る心理戦、たまらないな~。戦国ものと言えば、かっこいい武将が活躍するのが花形だけど、実際にはに至る前に物語は存在するんだよね! 今の世界でも戦争状態の国ってあるけど、戦闘にまで至ることは少ないもんね。で、何だっけ?」


 と、雅は切りがいいところまで読み終わったらしく、こっちへ来てくれた。来たといってもそもそも狭い部屋なので、向きを変えた程度だが(笑)


「うん、ちょっと考えてたんだけど、日本が昭和の終わりのころ高度成長期だったのってなんでだと思う?」


 俺は先ほどと同じ質問をしてみた、


「どうして急にそんなこと思ったの? まあ、景気拡大局面が戦後最長なんて言っている人もいるらしいけど、確かにまったく実感ないものね。そもそも省庁の統計に間違いがあったとか、某首相が自分に言われた言葉を批判していた【印象操作】ってのが、国ぐるみで行われてても驚かないけどね」


 などと、こちらの考えなどお見通しとでも言わんばかりの言葉が返ってきた。ホント、雅の鋭さにはいつもドキッとさせられる。


「・・・よくわかったな。まさにそんなところから考えてたんだよ。っていうか、仮にも公務員でいらっしゃる雅様が国家ぐるみの印象操作って発言は不味くありませんかね~」


 と、少し嫌味に返してみたところ、


「そんなもの、しがない地方公務員の下っ端には関係ないもん」


 と、言われてしまった。確かにそれもそうか。


「まあ、色々な人が色々なこと言っていると思うけど、私の考えを言うとね、経済が爆発的な成長をするのって、いくつかの条件が整う必要があると思うんだよ。まず、日本の昭和時代の高度成長に関していえば『日本が敗戦国』っていうのが大きいよね」


 と、いう雅の言葉に一瞬俺の頭には???と疑問符が浮かんだ。


「戦争に負けると景気が良くなるのか? 普通逆だと思うのだか?」


 と素直な感想を俺が言うと、


「あはははは~、そうじゃないって。『戦争に負けると』ではなくて、重要なのは『社会のインフラや技術が未発達であること、又は壊滅的なダメージを受けること』かな」


 ふむふむ、確かに一理ある。俺はおとなしく続きを待った。


「まあ、経済に限ったことではないけど、何かをする時に、まっさらなところから始めるほうが、中途半端に元の形があるより仕事がはかどったり、いいものができることって多くない? 要はそういう要素が必要ってことよ」


 いわれてみて頭の中にいくつか思い浮かべてみた。


「確かに仕事してても『途中までやってあるから続きお願い』とか言われても、そこまでの作業を確認する手間があるし、そもそも前の人が何を考えて作業を進めていたかわからないから、自分で全部やるより、かえって手間がかかることって多いな」


 と、俺が言うとすかさず雅が


「でしょ? しかも変に形があるから、それに引っ張られて自分でもっといい考えがあっても、何となくそれまでの作業の延長になっちゃうことも多いし。しかも、苦労して仕上げてみたら上司から『ここはこういう風にできないかな?』なんて自分が考えてたやり方に修正させられたり二度手間三度手間になることも多くない? ちょっとした書類仕事なら、丸ごとやり直せるけど、それが大きなもの、つまり待ちとか国とかの基礎を作るとなると、丸ごとやり直し! って訳にはなかなかいかないよね。これは、過去の歴史においても、経済や都市の発展の前には戦争や災害が発生していることも実際に多いのよ。もっとさかのぼった話になっちゃうけど、江戸も街が当時世界最大の人口を抱え、しかもインフラ整備も高度に進んでいた一つの理由が、火事だという人もいるわ。つまり今でいう『木密住宅街で火事が起きると、街は一度に大きなダメージを受ける、その復興のために前よりもさらにいい街ができる』ということが繰り返されたからだということね。もちろんそれだけではないけど、納得できる理由だと思うな」


 ふむ、これは要件として確かに必要なことかもしれない。ある程度完成したものをより大きく発展させるのは難しい。90点をとれる科目を95点取れるようにするのは大変だが、20点の科目を60点取れるようにするほうがはるかに現実的で楽だろう。しかも総合得点で考えればはるかに効率がいい。


「それでほかにはどんなことがあるんだろう?」


 雅は『いくつかの条件』と言っていた。これだけではないはずだ。すると、少し考えこんでいる俺を見て


「そうね。これは一つの昭和の高度成長期の【肝】だと思っているんだけど、良くも悪くも日本が後進国だったってことよ。と、いうより当時の欧州やアメリカが技術的・経済的に日本を大きく上回っていたことが大きいと思うの。この点に関しては、鎖国政策をとっていた江戸幕府から開国後の明治政府が大きく力を付けたことと共通するところがあるわね」


 そういって、雅はビールを一口飲むとこちらに視線を投げかけてきた。この顔をした時は俺が何か話さないとこれ以上何も話してくれない時の顔だ。まあ、何でもかんでも一方的に話をされるよりは余程為になる。教室の勉強でも、実は先生からあてられたことのほうがただ聞いているだけよりもよく考えるし、印象に残るから身につく。


「つまり【お手本】があったってことか」


 俺は思いついたことを言ってみた。すると雅は少し笑顔になり、


「うん、私もそう思う。さっきの例でいえば同じ仕事をするにしても一から全部自分で考えるより、誰かの仕事を見本にして作業する方が、イメージもしやすいし効率的ってことね。同じように重要だったのは人口増加。人口の増加は需要の増加を伴うからね」


 確かにその通りだ。これは誰でも経験があることだと思う。そして、


「よくわかったよ、ありがとう」


 とお礼を言うと、雅は少しむくれた顔をして、


「勝手に納得して終わらせないでよ、カズ君が始めた話ではあるけど、私の話もまだ終わってないんだけど」


 と、言われてしまった。


「ごめんごめん、すごくわかりやすかったからこれで終わりだと思っちゃったんだ。するとほかにもまだ要因があるってことか」


 そういって促すと、雅は『しょうがないな~』という顔をして続きを話してくれた。


「うん、今までの話はあくまで環境的・外的な要因って所かな。高度経済成長なんて言われるためにはもう一つ重要な要因があると思うんだよ。わかるかな?」


 と、人差し指を立てて鼻の横にあて、ちょっと斜に構えてまるでアニメの探偵が種明かしするような表情で微笑みかけてきた。


 しばらく考えてから


「すまん、わからん」


 と俺が言うと雅は軽く微笑んで、


「なんだかんだ言って大事なのは【人の心】だと私は思うんだな。みんな、日本が戦争に負けたことをわかっていて、欧米に追い付け追い越せっていう気持ちが強かったんだと思う。それに焼野原だった日本に欧米から様々な最新技術、それこそ三種の神器なんて言われた【テレビ・冷蔵庫・洗濯機】でをみんながうらやんで欲しがった。そういうものを手に入れたいと、そのために頑張ろうという気持ちが強かったんだよ。バブルのころにはいいレストランで食事したいとか、エルメスのバックが欲しいとか、夢のマイホームが欲しいとか、高級車に乗りたいとか。多くの人が共感できる○○が欲しいから頑張ろうという気持ちが強かったんだろうね」


 うん、確かに俺もそうだと思う。


「つまり今の世の中、必要なものは手に入ってしまい、無理してでも欲しいと思うような目標になるようなものがない、かつて目標であったものが当たり前になってしまったということか。だからこそ人口が一定以上増えないという面もあるのかもな」


 まあ、雅が例に挙げた夢の○○みたいなもののほとんどが企業の販促活動のキャッチフレーズだと思うけど、そういうものに乗せられるほうが人生楽しいのかもしれない。そして今夜は久々に隣駅のハンバーグ屋さんに【誕生日の人限定!!グラスワイン一杯サービス!】のお店に俺の誕生会と夕食を兼ねて向かうのだった。今日は『チーズINハンバーグ』にするか『和風おろしハンバーグ』にするか悩むところだ。ワイン付きならチーズINかな?



本日の最後の一言:

「そうだね。つまり、【今の時代は物にあふれてすでに十分幸せなのかもしれない】ってことだね」

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