第20話 失敗から学ぶこと(株式投資の話3)

 前回のあらすじ:和也と雅の二人は、雅のおじさんである税理士の『誠おじさん』に株主優待目的で取引する場合の注意点を教わった。



「まあ、株主優待等の選び方はまた今度検討してもらうとして、最後の【③売り時・買い時の目安を決める】についてだ。これは特に短期で売買する投資スタイルの人に必要なことだけど、利確と損切の目安を決めておくことだ。損切という言葉を聞いたことはあるかい?」


「確か・・・損切というのは株価が下落している場面において、それ以上損失を広げない為に株を一度売却して損失を確定させることでしたっけ。」


 すると誠おじさんは、


「うん、正解だ。因みに俺はいくつか試したけど、この損切というのは好きじゃない。これも長期で検討すると、下がった株が値上がることも多かったし、仮に上がらなくても、優待がもらえる以上、他にほしい株がなければそのまま持っていても大差ないしね。もっとも、短期の売買で儲けようと思ったら、損失はさっさと見切りをつけて、他の値上がりしそうな株に乗り換えるのは良い戦略と言える。その代り、最初にも言ったが、短期の売買を繰り返すのは素人の個人投資家にはハードルが高い。」


「そうですね。確かに値下がったところで売却した株がその後値上がりしても、売ってしまったら、そこで損失を取り戻せないということでもありますからね。」


 俺がそういうと、誠おじさんは、


「まあ、そういうことだね。何にしても、とにかく自分で経験してみることが必要だ。そしてこともね。」


 『失敗することが必要』という言葉に雅が反応して、


「ねえねえ、なんで失敗することが必要なの?」


 と聞くと、


「では、逆に聞くけど、失敗しない人間なんていると思うかい?君たちだって、試験で常に満点をとってきたわけじゃないだろう?そして、間違えるからこそ、自分ができることとできないことの判別ができるし、何に気を付ければいいか、何を頑張ればいいかがわかる。それは勉強に限らずスポーツなどでも一緒だよね。んだ。だから失敗しないでなんでもうまくやろうなんて言う人間は、所詮成長できない小さな器で終わってしまうよ。もちろん他人の失敗を見て自分がそれを避けるために学ぶということも必要だけど、実際に自分で体験したことじゃないと、真の意味で物事を理解したとは言えないだろうからね。そして、小さな失敗を繰り返すことにより、より大きな失敗を回避することができるようになる。知識や経験の積み重ねにより、【勘】が働くようになると私は考えている。」


 は~、確かにおっしゃる通りだ。失敗しないに越したことはないが、失敗しなで生きていく事なんてできはしない。そして、世の中を見ていると、子供の時に、自分で判断せず、小さな失敗をしないで大人になった人は、その後大きな事件・事故を起こした人の中に多い気がする。議員や官僚なんかの不祥事もこの部類に入るのかもしれない。


 そんなことを考えていると、誠おじさんは続けて、


「さて、なんだか、株主優待を目的にした投資の考え方が中心になってしまった感は否めないが、そろそろいい時間になってきたから、もう少し話しておきたいことを補足しておこうと思う。まず、先ほどの【②投資する銘柄の傾向を絞る】に関連してだが、これは私の決めたルールなんだけど、一単元が20万円を超える銘柄には投資しないということにしている。もっとも、20万の株を3単元買うということはあるし、買った株が値上がりして20万円を超えたからと言って売却するということもしないけどね。」


 それを聞いた俺は、


「どうしてそういうルールを決めたのですか?」


 と聞いてる横で雅が、


「わかった!!誠おじさんの持っているお金が少なかったからだね!!」


 などと失礼なことを言っている。雅に注意しようと、思ったら、


「まあ、それほど間違ってはいないよ。これはために作ったルールだし、リスクヘッジのためのルールでもあるからね。」


 と、説明を始めた誠おじさんに、


「ほうほう、それはいったいどういうことなんでしょう?」


 と雅が先を促すように聞いた。


「そうだな、一つは、【100万円の株を一つ買うより20万円の株を5つ買う】ほうが多くの優待品をもらうことができることが多いからだ。優待投資であれば、同じ資金ならより多くの優待をもらえるように投資するべきだろう。もう一つはリスクヘッジのため。これはもしも会社が上場廃止等になった場合、100万円の株を一つ持っていれば100万円の損が確定だ。しかし4銘柄のうち1銘柄が上場廃止になるだけなら20万円の損失で済む。」


「なるほど、確かに利益の拡大とリスクの回避が同時に図れていますね。」


 俺は心底感心しながら聞いていた。


「あとは、これも株の格言名だが【卵は一つのかごに盛るな】というのがある。分散投資という用語は聞いたことあるか?」


 誠おじさんが聞いてきたので、


「何だろ?聞いたことある気はするけど、具体的な内容話わからないかな~。」


 と、俺より先に雅が答えてしまった。まあ、俺も似たり寄ったりだから別にいいけど。そんなことを考えていると誠おじさんは、


「まあ、分散投資には実は二つの意味があり、その二つをバランス良く実行することが重要だ。一つは、もう一つはだ。そして、先ほどの【卵は一つのかごに盛るな】は主に銘柄分散の話。同じかごに卵を入れておくと、籠を落とした時に卵がすべて割れてしまうだろ。この場合玉子は資金で籠は投資商品の事を指す。つまり、一つの銘柄だけに資金を集中するなという話。これはなるべく多くの銘柄に分散投資すればそれだけ全財産を失うリスクが少なくなるということだ。さっき話した100万円を20万円ずつ5銘柄に投資する話もこの部類に入るね。」


 その話を聞いて俺は、


「そう考えると全金融資産を預貯金で持つというのもリスクがあるということですか?」


 と聞いてみたところ、


「まあ、そうとも言えるね。過去にあった例ではハイパワーインフレがそれにあたる。毎日パンの値段が倍々に高騰し、パン一つ買うのにバケツ一杯のお金が必要だったという話も残っている。まあ、それは戦争という特殊な状況での話だから、今の日本を取り巻く社会情勢じゃ考えにくいけど、第二次世界大戦後は日本でもかなりのインフレがあったことは間違いないらしいよ。その時は価格調整政策がそれなりに機能したらしいけど。」


 いかん、墓穴を掘ったか。話が難しくなりすぎてついていけないぞ・・・


「と、まあ、話が横道にそれたけど、日本人は金融資産のほとんどを預貯金で持っていることが問題視されているようだけど、実はデフレ下においては有効な資産保全策だ。これは今回のテーマじゃないから、興味があったら自分で調べて考えてみてくれ。そのうえで、何か聞きたいことがあったらまた連絡くれればいい。私もまたが食べられるかもしれないし。」


「ええ、そうしてみます。」


 ほっ、話が何とか元に戻りそうだ。それにしてもまた、考えることが増えたな。


「で、銘柄分散において重要なのは投資する銘柄の【業種を分散させる】ことだ。前に笑い話のようなこと聞いたんだが、退職金1千万円を持って銀行で投資信託の購入に来たお客がいたんだと。その人は『分散投資』をするという気はあったらしく、100万円ずつ投資信託を10銘柄購入した。しかし、その買った銘柄が問題。日本株式で資金運用する銘柄ばかり10本選んだんだって。これは結局ほぼ同じ値動きをするので分散投資をしている事にならない。投資信託であれば、例えば国内株以外に、債権、外国株、外国債券、REIT(不動産投資信託)それも外国商品は先進国と新興国程度に分散するのがいいだろう。分散割合は別途検討する必要があるがね。」


 なるほど、つまり、


「例えば僕たちであれば、基本日本の株を買うので、例えば【食品】、【機械】、【医療】、【薬品】、【外食】、【アミューズメント】、【通信】、【物流】、【金融】、【自動車】・・・・」


 と俺が考えていると、


「まあ、そういうこと、様々な業種に投資することにより、例えば今言われているみたいに『消費税が増税されるから外食を控えて節約しよう』などという場合、外食関連銘柄が軒並み暴落することがあるかもしれない。でもその反動で家庭用食料品販売業者は株価を上げるかもしれないとかね。その辺は個別に自分で調べるほうが勉強になるし面白いと思うからね。ある程度自分なりの意見が出てきたら、そのうち私にも教えてくれ。」


 やはりすごいな、誠おじさんは。自分が教えている相手に教えてくれなんて、俺だったらなかなか言えそうもないセリフだ。続けて誠おじさんは、


「さて、分散投資のもう一つ、【時間分散】だけど、これはわかりやすいよね、先の退職金おじいさんの話では一度に退職金全額投資してしまったよね。これは大変危険だね。購入時期が景気のピークだったりすれば、あとは値下がりする一方で、追加投資のための資金もなければ、損を取り戻すための投資も行えないことになる。でも、例えば毎年100万円ずつ10年に分けて投資していれば景気のいい時、悪いときがそれなりにある可能性が高い。景気がいいときに高値掴みした銘柄は下がるかもしれないが、景気が悪いときに安く拾えた銘柄は儲かる可能性が高い。要は購入時期も一度に買うのではなくて、ずらしながら定期的に購入しなさいということだね。有名な方法では【ドルコスト平均法】みたいなものがあるけど、それについても後日自分で調べてみるといい。」


 今日は色々な話を聞かせてもらった。専門家に個別に質問しながら教われるなんて、そうそうないことだろう。


「こういう事態を避けるためにも、小さなことから始めて、失敗から学ぶことが必要なんだよ。まあ、は、そもそもね。さて、大体これから株を始める人たちが知っておくべきことはこれくらいかな。まあ、テクニカル分析とかファンダメンタルズ分析とかもあるけど、そういうのを勉強しだすといつまでたっても株を買えなくなるから、まずは先程言ったルールをしっかり決めて、その範囲で株を買ってみることだね。必要だと思えばその時また勉強すればいい。最後に一点だけ注意しておくことがある。それはということだ。信用取引については、今日は話していないけど、機会があったら、これらも自分たちで考えてみて、必要ならまた質問してほしい。それだけとんかつを食べられる機会が増えると私もうれしい。」


 などと言っている。しかし、とんかつ好きなんだ。まあ、しかし、それはこちらにとってもありがたい話だ。なので、


「はい、その時はよろしくお願いいたします。今日は本当にありがとうございました。」


 という俺の言葉を聞いて、


「お、終わったみたいだな。今ビール持っていきますので、お待ちくださいね。」


 と、親父が声をかけてくれた。しばらくして母さんがビールと何か揚げ物を持ってきてくれた。その揚げ物を見て、誠おじさんはなんだかわからないという顔をしたが、すかさず雅が、


「あ!!ポテトフライだ!!私これ大好きです。おばさん!!」


「あらそう、それはうれしいわ。ら食べてね♪」


 と、母さんが嬉しそうに言った。因みに【フライドポテト】ではない。【ポテトフライ】である。これは、皮をむいて一口大に切ったジャガイモを下茹でして、とんかつやエビフライの様にパン粉のころもをつけて揚げたもの。とんかつソースをつけて食べると滅茶苦茶うまいのだ。コロッケより手間がかからず、おやつに丁度いいい。子供のころにはよく作ってもらったもんだ。

 

 それから俺たちはしばらく歴史の話や最近の政治と経済の話など、普段雅と話していることを誠おじさんも交えてお互いの意見を交換し合った。この前の選挙で一世を風靡した政党、某新選組について誠さんと雅が異常に盛り上がっていた。さすが歴史オタク同士だ。


 夜の営業の準備もあるので、そろそろ帰ると、親父と母さんにお礼を言ったところ、


「はい、和也、今日のお代だ」


 と言って何か紙を渡された。よく見ると、そこには……


「領収書?金3,500円也……って、親父おやじ!金とるの!?」


 びっくりして聞き返す俺に、親父は


「そりゃそうだろ、今日はお前が先生に教わるための報酬なんだろ?そりゃ、自分で払わなきゃいかんだろ。場所代とビール代はまけておいてやるからよ。あ、ポテトフライもな。」


 ・


 ・・


 ・・・


 まあ、言われてみればその通りだ。親父に場所貸してくれとお願いしたのも、俺の都合だ。頼んだ時に『ダダで頼む』と伝えた記憶もない。そういえば母さんもさっきポテトフライはといっていたな・・・そんなことを考えていると誠おじさんが、


「いいお父さんじゃないですか。なんでも甘えてたら身につくものも身につかないからね。」


 と言うので俺は、


「はい、そうですね。誠おじさん、今日は本当にありがとうございました。」


 そういって会計を済ませてから、雅と三人で少し傾いて日差しが緩やかになった夕日を浴びながら駅まで向かった。



 今日の一言:投資は分散投資が大事。あと、自分のための費用(今回はとんかつ代)はきちんと自分で負担しよう。

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