第6話 人生のミチシルベ

 俺は珍しく自宅の机に向かって頭を悩ませていた。まだまだ自分には関係ないと思っていたことが、意外とそうでもないのではないかと思ったからだ。何のことかというと、これからの人生のライフイベント、まあ、自分にとっての人生設計のようなものを考えてみようと思ったのだ。気が付くと、俺も24歳、ついこの前まで学生だったと思っていたのだが、いつの間にか社会人も2年目だ。自分の親世代はそれほどでもなかったようだが、昔はほとんど20代で結婚して子供を産むのが普通だったらしい。特に女性はクリスマスだの男性は大晦日だの言われることもあったようだ。


 ん?何のことかわからない?そうだよね。今は下手をすると20代で結婚する方が珍しいくらいだ。クリスマスというのは25歳、大みそかというのは31歳、これを過ぎると「行き遅れ」などと言われたらしい。また、出産も出産が30歳を過ぎると「マル高」などと言われ出産すること自体危険だといわれることもあったようだ。今では銀行なんかで配られるライフプラン表も第一子出産年齢が30歳と書かれている位だから世の中だいぶ変わったらしい。確かに江戸時代以前の武家では生まれる前から婚約、10歳過ぎたら輿入れ(結婚)などということも時代劇で見たことがあるしな。


「あれ?カズ君、どうしたの。ご飯食べた後にお酒も飲まないで机に向かうなんて珍しいね。」


 雅が後ろから俺の手元を覗き込みながら声をかけてきた。


「ん~、ほら、俺たちもいつの間にか社会人じゃん。」


「確かにね~、私なんかつい数か月前まで学生だったから たまに先輩から『学生気分が抜けてないぞ』なんて怒られちゃうわ。」


「あ~、それ、俺も言われたことある!確かに気合が入らなかったり、ついうっかりミスしちゃったり、社会人のマナーを知らなかったりってあるけど『学生気分が抜けてない』って言い方はないよな~って思うもん。注意するならきちんと注意してほしいよな。って、話がそれたな。そうそう、今日の昼の話なんだけど、さ」


 と、言いながら、お昼の出来事を話した。そもそも急にこんなことを考え始めたのは、今月の生活費を下すためにお昼休みに銀行のATMへ行ったときに話が遡る。普段は終業後に駅近くのATMを利用するのだが、今日はいつもは混んでる定食屋が意外と空いていたので時間が余り、たまには反対側の改札口側にある銀行まで散歩がてら足を延ばしたのだ。そこで思わず銀行の棚に置いてあるパンフレットを見ていたのだが、その時に目に留まったのが、その名も『これからのライフプランとお金』だったのだ。何気なく、そのパンフレットを持ち帰り、今に至るというわけだ。


 ちなみに、【今月の】という通り、俺は普段の生活費を月に一回まとめておろして、それでやりくりする方法をとっている。もちろん簡単にではあるが家計簿的なものもつけているのだ。だてに簿記二級を持っているわけではない。


「ふ~ん、なるほどね。で、急に思い出して、そんなこと始めたんだ。ライフプラン?それこそまだピンと来ない感じだね。まさに学生気分が抜けていないというか。。。」


 雅は俺の手元を覗き込んでいるが、やはり具体的なイメージはできないようだ。確かに雅はそれこそつい先日まで学生だったからな。しかし、うちは親が自営業というのもあって子供のことから、そういう話はちょいちょい聞かされてた。そのうえで、いい会社に勤めろとか家業を継げとかを強制されたことはない。そこはうちの両親の偉いところだとは思う。ただし、学校を卒業したら一人前の大人として自分できちんと生活しろ、親からの援助は一切ないと思えとは言われていたけど。そのせいもあって、隣町であるにもかかわらず、俺は親元を離れてアパート暮らしをしている。正直この分のお金を貯金出来たらどれだけ貯められるかと考えなくもない。

 その点雅は女の子ということもあり、しつけは厳しかったようだが、そういう面では将来のことを考えろとはあまり言われなかったらしい。勿論今も親元住まい。


「まあ、今どき普通はそんな感じの人のほうが多いんじゃないかな?俺の場合、親があんな感じだから、ついつい先のこと考えないと不安なところもあるんだよ。」


「確かにカズ君のお父さん、いい人だし、仕事も一生懸命だけど、そういうところの割り切りはきっちりしてて厳しいからね。」


 ちなみに、雅と俺はすでにお互いの両親公認の付き合いだ。もちろん、俺の両親とも何度もあっている。まあ、俺のほうは雅のおやじさんには、まだ微妙な距離間での付き合いだったりするのだが。


「うちのおやじも基本的に昔の人(と言ったら怒られそうだが)だから、若い女の子には甘いところもあるし、雅は本当の俺のおやじはまだ知らないと思うけどね。」


「え~、そうなんだ。まあ、どんな人にも得手不得手があるように表の顔と裏の顔があるか。」


「・・・裏の顔というと、とても悪く聞こえるから不思議だな。まあ、それはいいとして、このパンフレット見ていると、大きなライフイベントはこんなところみたいなんだ。


 俺はパンフレットの該当ページを雅に見せながら


 ①結婚


 ②出産


 ③保険


 ④住宅購入


 ⑤教育資金


 ⑥親の介護費用


 ⑦老後の生活費準備資金


 ⑧自分たちのための介護費用


「と、こんなところが多くの人に該当する内容みたいだな。そのほかに人や地域によっては車両にかかる費用なんかもあるだろうし、高額な趣味や目標のための費用を考えないといけないような人もいるかもしれない。また、家を買わない人もいるだろうから、大事なのは自分の生活、今後予測される自分の出来事に合わせて考えることが必要だってことだとは思うけどね。出産費用なんて、このパンフレットでは50万円って書いてあるけど、住んでいる自治体や勤めている会社の制度によってはほとんど自己負担なしで済む場合もあるらしい。」


 すると雅がにやにやしながら、


「あれれ~、カズ君、出産費用についてやけに詳しいね~。そんなに早く子供が欲しいのかな?私たちまだクリスマスにも大晦日にもまだ余裕あるけど♪」


 などとからかわれ、俺は自分の顔が赤くなるのを感じて、照れ隠しでパンフレットへ向き直る。


「まあ、カズ君は子供好きだから気になっちゃうよね~」


 と、さらに追い打ちをかけてくる、俺は努めて冷静なふりをして、


「まあ、今は少子高齢化の時代だし、子供はいらないって割り切る夫婦も多いみたいだしね。そうすると教育資金も必要なくなる項目だね。そういうことも含めて、それぞれが自分に合ったライフプランを考えることが重要なんだよね。」


「そうよね~、さっきカズ君も言ってたけど、家を買うか買わないかという問題もあるし、買うにしても戸建なのかマンションかによっても必要なマネープランは変わってくるだろうしね。」


「そういえば、俺の実家は戸建、と言っても店舗併用だけど、雅はマンション住まいだもんね。今度お互いの親にもどういう点が問題になったりするとか、メリットにはどういうことがあるのかとかも聞いてみよう。自分たちがどうするかの参考になるだろうしね。」


 さて、色々と考えてたら、なんだか頭が疲れてきた。小腹も空いてきたしな。


「じゃあ、雅はもう少し気になることをまとめておいてよ。そっちに関してはまた今度考えるとして、今日は俺がおつまみ作ってくるから軽く飲んで寝よう。」


 と、いうことで、今夜のおつまみは【揚げワンタン】にするか。種はひき肉、長ネギ(ないときは玉ねぎ使っちゃうけどね)、あとはショウガを入れてコネコネする。人によっては軽く混ぜるだけという人もいるようだが、俺はしっかりこねる。そのほうが味に深みが出て、具材同士の味もなじむ気がするからだ。まあ、その辺は好みでいいんだろうけど。


 種ができたら、ワンタンの皮にスプーンで少しタネをのせ、皮の縁に水を付けて閉じ、形を整える。ここでの注意点は二つ、一つは具を入れすぎないこと、たくさん入っているほうが好きな人もいるだろうが、俺竜はやや少なめ。そのほうがワンタンの皮の触感が楽しめて好きなんだよね。また、揚げワンタンだと意外と皮が焦げやすいので具に火が十分通るようにする意味もある。あとはこれは当たり前だが包んだ口はしっかりとじる。


 ワンタンを揚げながら甘酢ダレの作成だ。こっちは鶏がらスープ、しょうゆ、砂糖、酒(あれば紹興酒)を軽く煮詰める。大体スープが4~5に対し醤油と砂糖は1くらいでいい。軽く煮詰まったら先に水溶き片栗粉を用意し、鍋の火を止めお酢で味を調える。その後に水溶き片栗粉を適量、気持ち少なめに入れるのがコツ。十分混ぜたら鍋に火を入れ、弱火~中火でとろみがつくまで。


 揚げワンタンとは別のお皿にたれを入れ、食べる時につけるほうが、揚げワンタンのカリカリを楽しめる。


 さて、


「おつまみで来たよ~、って、雅、まだ考えてるの?俺よりはまっちゃいそうだね。でも、色々と考えなきゃいけないことはいっぱいあるけど、こういうことは一度に結論出すことじゃないし。とりあえず今夜は乾杯しよう。」


「だね、給料も不動産の値段も結婚式の費用も年金の額や定年まで、時代とともにどんどん変わってきているみたいだからね。具体的なことはまた今度一緒に考えましょう。では・・・。」


「「今夜もかんぱ~い!!」」




今日のひとこと:人生のミチシルベは自分で探さなければいけない

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