第14話『家庭訪問(前編)』 ――千尋side

―― 千尋ちひろside ――



 お昼過ぎ。


「お邪魔しまーす」


「う、うん、上がって」


 僕は赤井あかいさんを家へと招き入れた。


 今日は土曜参観があり、半日授業だった。

 給食もなく、午後は休みである。


 そこで赤井さんが僕の家へと来ることになった。

 といっても、この前貸した漫画の続きを読みに来るだけなんだけど。


 女の子と家で遊ぶなんて、中学生になってからは初めてだ。

 それに相手は、あの赤井さん……!


 そう考えると昨晩はほとんど寝られないほど緊張したし、今だって常に脈が少し早い気がする。


 だけど、挙動不審きょどうふしんの変な人だと思われるわけにはいかない。

 ここは何としても、頑張って落ち着いてるように見せなければ。


「あれ、白鳥くん、ちょっと緊張してる?」


 一瞬でバレたぁぁああ!!!

 ま、まあ、一緒に下校する時もほとんど目を合わせて話せなかったし、当然なんだけど……。


「ちょ、ちょっとだけ」


「うふふ、女の子を家に、どうして緊張してるのかな?」


「そ、それは……っ!」


 妙に意味深な質問の仕方……!

 絶対赤井さんは、なぜ僕が緊張してるか気付いてる!

 その上で僕をいじろうとしているんだ。


 だからといってそのまま答えるのも恥ずかしいし、ここは誤魔化そう。


「ほ、ほら、お腹空いちゃったよ! ご飯作らなきゃっ!」


 というわけで、まずは二人でご飯を作ることに。

 メニューは、この前一緒に買い物をした時に約束したオムライスである。

 僕らはリビングに荷物を置いてキッチンへ移動した。


 制服の上にエプロンを着用した赤井さんが微笑む。


「さあ、作ろうっか」


「うんっ」


 赤井さんの制服エプロン姿に、以前風邪で看病してもらったことを思い出し、心臓が大きく跳ねた。

 最初からこんな調子で大丈夫かな……?



   ◇◆◇◆◇



「僕は何を手伝えばいいのかな?」


 赤井さんはあごに人差し指を当て、考える仕草しぐさをする。


「んーと、じゃあまずは調味料とかの準備をお願いしてもいい?」


「了解」


 赤井さんが玉ねぎを細かくきざむ横で、僕は調味料を順番に出していく。

 しかし……。


「あれ、サラダ油ってどこにあるんだっけ」


 調味料のコーナーや戸棚を開いてみるけど、どこにも見当たらない。

 料理の手伝いはあまりしたことがないからなぁ……。


「ちょっと白鳥くん~、ちゃんとしてよ~」


 困ったような笑みを浮かべる赤井さんに注意されてしまった。


「ごめんごめん」


「それならその下の棚の中にあるよ」


 赤井さんが目を向けるたなを開けると、酒瓶や空瓶と一緒にサラダ油のボトルがあった。


「本当だ。って、僕より詳しいんだね」


 すると赤井さんが少し演技がかった口調で言う。


「ふっふっふー、このキッチンは以前使わせてもらった時にしっかり把握済みなのだよ、白鳥くん」


「さすが赤井さんです」


 ともあれ、キッチン周りをしっかり把握してくれてた赤井さんのおかげでスムーズに料理することができた。


「はい、完成~!」


 出来上がったオムライスを前に、僕は息をんだ。


「わぁあ! すごく綺麗だよ!! ねえ、写真撮ってもいい?」


「うん、いいよ!」


 スマホを取り出し、オムライスの写真を何枚も撮る。

 黄金色おうごんいろに輝く玉子の衣。綺麗なナッツ型のフォルム。理想的なケチャップの掛け具合。

 絵画にしてもいいくらいに美しい。


 オムライスをダイニングに運び、二人向かい合って座る。

 そこでまた僕はオムライスを眺めた。


「わぁあ~」


「さあ、冷めないうちに食べるよ、白鳥くん」


「うん、もうちょっとだけ眺めてから」


「もぉ、白鳥くんったら~……うふふ」


 赤井さんが突然クスクスと笑い出した。


「どうしたの、赤井さん?」


「ううん、何でもないよ。ただね……」


 赤井さんは片手で頬杖ほおづえをついてこちらを見て、天使のような微笑みを浮かべて言う。


「新婚生活はこんな感じなのかなぁって考えちゃって」


「なっ……!?」


 し、新婚生活だって……!?

 赤井さんとの新婚生活、きっと楽しいだろうなぁ……って、何を想像してるんだ僕はっ!!!


 赤井さんは何も僕ら二人の新婚生活とは言ってない!

 ただ、ごく一般的な新婚生活の話だ!


「そ、そうかもねっ」


「さあ、食べよっか」


 にこやかにそう言う赤井さんの顔を、僕は直視することができなかった。

 やっぱり今日も、赤井さんには緊張させられっぱなしだ……。

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