第7話『下校』 ――千尋side

―― 千尋ちひろside ――



 かたむく夕日が照らす通学路を僕は歩いていた。

 今日は風邪で欠席したみーくんこと緑川みどりかわ君の家に寄って、連絡物を届けなければいけない。


 しかしその途中、僕は背後に気配けはいを感じた。

 学校を出た時から何となく誰かに見られている感じはしていたのだけど、いよいよその感覚が確かなものとなってきたのだ。


「……誰かついてきてる……?」


 もしかしたら誘拐ゆうかい犯……?

 いや、でも、僕のような中学生の男子をねらうとは思えないし……。

 いやいや、だけど、最近は変わった趣味の人もいるって言うし……。


 背筋をこおらせながらも、ちらりと後ろをうかがうと電柱の陰から何者かの体がはみ出しているのが見えた。

 誰かがそこに隠れている……っ!


 あれ、でもどこかで見たことのあるような影だ。

 僕より少し低いくらいの身長で、赤茶色の上着にチェックのスカート、亜麻色の髪。

 見覚えがあるなんてものではない。毎日見ている相手だった。


「……ひょっとして赤井あかいさん?」


 僕がそう言うと、正解と言わんばかりに笑みを浮かべた赤井さんが電柱の陰から出てきた。


「やっほー、白鳥しらとりくん!」


「ど、どうしてこんなところにいるの……?」


 電柱の陰に隠れていたのも謎だけど、確か赤井さんの家はこっちの方角じゃなかったはずだ。


「ちょっとこっちの方に用事があるんだ。白鳥くんのお家はこっちの方なの?」


「うん、そうだよ。まあ、今日はちょっとみーく……緑川君の家に寄り道しなきゃいけなんだけど」


「そういえば帰りの学活で先生に頼まれてたね。あ、じゃあ、せっかくだし一緒に行こうよ?」


「え、どうして?」


「一人より二人でお話しながら歩いた方が楽しいじゃん」


 そう言って、えへへ、と笑う赤井さん。

 こんな可愛い顔をされちゃったら断れるわけがない。


「そう、だね。うん。よし、じゃあ一緒に行こうか」


 こうして僕らは一緒に下校することとなった。

 小学校の頃も帰る方向が真逆だったから、これが初めてになる。


 赤井さんと二人きりで帰るという状況に初めは緊張したけど、しばらく漫画や学校での話をしている内に徐々に落ち着いていった。

 そして通りを抜けて住宅街に入った時、赤井さんが独り言のように言葉を漏らす。


「あ、この辺りは小学校の頃に何度か来たことあるかも。お友達の家に行く途中で通った気がするな~」


「そういえば、赤井さんって小学校の時とは違うところに住んでるの?」


「うん、そうなんだ。ここからはちょっと遠いかな」


「え、じゃあ、帰り遅くなってお家の人心配するんじゃない?」


「うふふ、今日はお父さんもお母さんも帰りが遅いから大丈夫だよ」


「だからって大丈夫ってわけじゃないと思うんだけど」


 思わず苦笑してしまう。

 赤井さんは無防備というか、ちょっと危険に対する意識が薄い気がする。

 心配だし、帰りは送っていった方がいいかも。


 そうこうしている内に、僕の家の前を通りかかる。


「あ、ちなみにここが僕の家だよ」


 僕が赤井さんにそう言うと、彼女はすっとスマホを取り出し、何かを打ち込み始める。


「ふむふむ、白鳥くんのお家はあそこなんだ」


「……どうしたの、赤井さん?」


「ううん、何でもないよ! えへへ」


 スマホを仕舞しまい、赤井さんは太陽のような笑顔でそう言った。



   ◇◆◇◆◇



 みーくんの家に連絡物を届けている内に赤井さんも用事を済ませ、僕らは再度合流をした。

 もうだいぶ暗くなってしまった。

 どんな道かにもよるけど、女の子が一人で帰るのは少し不安な時間である。


「じゃあ、帰り送っていくよ。家に着くころには暗くなってると思うし」


 そう言うと、赤井さんは少し驚いたように目を丸くした。


「白鳥くんって、時々すごく頼りがいがあるよね」


「時々は余計じゃない?」


「あはは、ごめんね。でもそれじゃ今度は白鳥くんが危ないし大丈夫だよ」


 逆に心配をされてしまった。

 これでも僕も男なんだから、もっと信頼してほしいんだけど。


「いいから僕を頼って」


「白鳥くん……うん、わかった! お願いするね」


 僕は家に寄り、親に一言残してから赤井さんを送っていくことになった。

 ついでに自転車を出した。これで帰りも安心である。


 僕らは来た道を学校方面へと戻っていく。

 しかしその途中、部活帰りの同級生たちと何回かすれ違い、その度に意外そうな眼差まだざしを向けられた。


 しまった……!

 赤井さんが危ない目にってはいけないとばかり考えて、こうして誤解されてしまうことを考えていなかった。

 男女が二人で歩いていれば、付き合っていると思うのが普通じゃないか。


「ごめん、絶対誤解されちゃってるよね」


 僕が謝罪すると、赤井さんはニヤニヤとして答える。


「別にいいんじゃない。誤解されちゃっても」


「え」


「そうだ、いっそ本当のことにしちゃおっか?」


「え!?」


 そ、そそそれってつまりはそういう意味だよねっ!?

 本当にお付き合いしちゃおうっていう……っ!!!


 いや、でも本当にそうなのかな……っ?

 こんな僕に!? 赤井さんが……っ!?


 戸惑いと混乱が頭を支配している僕に、赤井さんがクスクスと笑う。


「うふふ、冗談だよ」


「え……冗談?」


 な、なーんだ……!

 やっぱりそうだよね……ふう。


 安心すると同時に、少しの残念な気持ちがふっと湧いてくる。

 あれ、残念?

 なんで僕、残念がってるんだ!?


「うふふ、ごめんね。驚かせちゃって」


「あ、ううんっ!」


 赤井さんがにこりと微笑む。

 僕の思考は、赤井さんのその可愛い表情によってはばまれた。


「さあ、もうここまでで大丈夫だよ。わたしの家はすぐそこだから」


「いや、せっかくここまで来たんだし、念のため家の前まで送るよ」


 赤井さんが悪戯いたずらっぽく目を細める。


「あれあれ、もしかして送りオオカミになろうとしてるのかな? わたし、今日親の帰りが遅いって言ったし」


「そんなことないって!」


 お、送りオオカミだなんてそ、そんなっ!

 僕にそんな度胸どきょうはないよ!


 慌てる僕に追い打ちをかけるようにして赤井さんが言う。


「だけど、もしオオカミになってもいいよって言ったら、送ってくれるのかな?」


「ちょっ!? それも冗談っ?」


「うふふ」


 赤井さんはまた楽しそうに笑っていた。


 彼女にまたやられてしまった……!!


「もう、赤井さん意地悪だよー!」


 赤井さんは「ごめん、ごめん」と言いながら、くるりと方向転換して僕を向いた。


「とにかく、もうここで大丈夫だから。今日は本当にありがとうね、白鳥くん」


「ううん、こっちこそ楽しかったよ。また明日学校でね」


「うん、また明日~!」


 帰っていく赤井さんの背中を見送り、僕も自転車に乗って、熱くなった頬を風でましながら帰路へとついた。


 あんなことを言いつつも、まったく笑みを崩さない赤井さんはさすがだなぁ。

 やっぱり彼女にはかないそうにない……。

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