第10話『呼び出し』 ――千尋side

―― 千尋ちひろside ――



 朝、登校した僕が生徒玄関で靴をえていると、上履うわばきの上に手紙があるのを見つけた。


「こ、これは……!」


 まさかと思ってそれを手に取る。

 淡い桃色の紙で、丁寧ていねいにたたまれたそれは、どう見てもラブレターだ……!


 え、でも誰から……?

 僕はそんなに女子との関わりがないし……。


「おぉおお!! やべーじゃん千尋ちひろ! これラブレターじゃんかっ!!」


 いつの間にか真横にいたみーくんが大声でそう言った。


「ちょっ、みーくん声が大きい!」


「ここで読んでくれよ!」


「バカ言わないで。絶対一人で読むから」


 手紙を胸ポケットに入れながらそう言うと、みーくんがねたように口をとがらせた。


「ちぇっ、ケチー」


「はいはい……」



 その後、トイレの個室に籠り、一人で手紙を読んだ。

 送り主は2年3組の金元かねもとれいさん。全く身に覚えのない相手だ。

 しかしその内容は、まぎれもなくラブレターだった。


 その上、今日の放課後、特別棟の空き教室で答えを聞かせてほしいとのこと……。


「どうしよう……」


 ラブレターなんて貰ったの初めてだ。

 きっと相手の子は勇気を振りしぼってこれを書いてくれたのだろう。


 そう考えると心苦しいものがあったが、不思議と僕の心の中には”断る”以外の選択肢が出てこなかった。

 相手のことを全く知らないというのもあるけど、何よりもあの子の顔がどうしても頭の中に浮かんできてしまって――


「――って待って! なんで赤井あかいさんの顔が……っ!?」


 赤井さんとは付き合ってるわけでも何でもない。

 それでもなぜか、このことについて考えようとすると自然と彼女の顔が頭をよぎるのだった。



   ◇◆◇◆◇



 放課後、指定された教室に行くと、西日に照らされた室内に面識のない女子生徒の姿が。

 赤色っぽい髪は中華風のお団子ヘアに。やや切れ長の目が美人な印象を与える。けれども、どこかあどけなさを感じる可愛らしい顔付きをしていた。


 彼女が金元さんで間違いないようである。

 金元さんは僕をルビーのような瞳にとらえると、驚いたように目を丸くした。


「え!? えっと……っ!」


 何やら慌てた様子で言葉をつむごうとするその金元さん。

 僕までつられて緊張してしまう。


 これ以上彼女を困らせるのも悪い。

 僕の方から先に言うことにした。


「そのね、ごめん!」


「え……」


「まずはお手紙ありがとう。ちゃんと読ませてもらったよ」


「うわはっ! 先輩が読んじゃったんですか……っ!?」


 金元さんの顔が一気に赤く染まった。それでもって、なんだか失敗したみたいに目元をゆがめている。

 僕に届けられたのに、読んじゃまずかったのかな……?


「えっと、うん、ちゃんと読んだ。君の気持ち、よく伝わってきたよ。ありがとう」


「ん~~~~~っ!」


 金元さんが頭を抱えてうなりだした。

 ちょっと……いや、だいぶ変わったリアクションだけど、たぶん恥ずかしがってるのだろう。


 僕はあらかじめ用意していた答えをべる。


「その上で、ごめんなさいっ! 君のこと全然知らないし――」


「あ、あのですねっ!」


 金元さんに言葉をさえぎられた。


「間違い! なんです!」


「え、何が?」


「その、本当は他の人に手紙を渡すつもりで……」


「他の人に…………あぁ……」


 今の一言で、おおよその事情が分かった。


 他の人に渡すつもりだった。

 つまり、あのラブレターは僕宛てではなく、誰か別の男子に渡される予定だったのだろう。


 どうりでこの教室に入ってきてから金元さんの態度がおかしいと思ったよ。

 それにしても、何かの間違いで僕が彼女にオーケーを出していなくてよかった……。


 金元さんが風を切る音が聞こえてきそうなほど勢いよく頭を下げる。


「ごめんなさいっ! 先輩のことは名前も知らないし何なら今初めて見たくらいです! そんな人に間違ってお手紙渡してしまって、本当にごめんなさいっ!」


「うっ……なぜか僕がフラれたみたいに……」


 あれ、謝られてるだけなのに、なぜか心が痛い……。

 しかし、それならそれで、誰も傷つけなくていいと分かってほっとした。


「僕の方こそ早とちりしちゃってごめんね! あははは」


「え、えへへ」


 僕ら二人はぎこちなく笑いあった。

 お互いに安心したところもあるけれど、おかしな間違いがあっただけにやっぱりどこか気まずい。


 金元さんからしたら、自分の愛をしたためた文章を僕に見られてしまったわけだし、気まずさはより強いんじゃないかな。


 ――バタッ


「っ!?」


 そこでふと、廊下の方から何かの音がした。

 人が倒れるような音に不安を覚え、僕は急いで廊下に通じる戸を開ける。


 するとすぐ目の前に、赤井さんがぺたんと座り込んでいた。


「あ、赤井さん、大丈夫!?」


 その場にしゃがみ込んで赤井さんの様子を見る。

 外傷はないみたいだけど、どこかぶつけたのだろうか。

 彼女は放心状態のようにぼーっとした顔で僕を見つめたかと思うと、急に目をうるませて呟く。


「……んでもない」


「え?」


「何でも……ないよ」


 とうとう赤井さんの目からボロボロと涙がこぼれはじめ、彼女はそれをそでぬぐう。


「で、でも泣いてるじゃん……! どこか痛いの?」


「わたしに優しくしちゃダメ! その子が悲しむから……」


「え、悲しむ? どうして?」


「だってその子と白鳥くんはお付き合いすることになったんでしょ!」


「え……いやいやいやいや!」


 赤井さんはとんでもない誤解をしているようだ!


 しかし彼女は、泣きながら湿った声を発する。


「だって白鳥くんラブレターで呼び出されたと思ったら、今ここで相手の子と仲睦なかむつまじく話してたもん!」


「いやだからそれは誤解があって!」


 なんでラブレターで呼び出されたこと知ってるんだ!?

 と一瞬思ったけど、差し詰め、みーくんあたりが言いふらしてしまったのだろう。


 赤井さんは泣いて赤くなった目で僕を見上げた。


「誤解……?」


 赤井さんに今回の事情を簡単に説明することに。

 すべて話し終えると、赤井さんはポカンとしたまま呟く。


「あ、そういうことだったんだ……」


「うん」


 どうやら納得してくれたようである。

 何があっても、赤井さんだけには誤解してほしくなかったからよかった。


 ん、赤井さんには誤解されたくない……?

 そう思うってことは……もしかして僕は、赤井さんのことが――


「よかったぁ」


 唐突に赤井さんが、肺の中の空気を全部吐き出すようにしてそう言った。


「何もよくないんだけどなぁ……」


「ううん、よかったよ」


 赤井さんは立ち上がり、僕との距離をぐっと詰めてきた。

 至近距離に赤井さんの綺麗な顔が迫り、ドキリと心臓が飛び跳ねる。


「だってもし白鳥くんが誰かとお付き合いしちゃったら、もう放課後にわたしと過ごしてくれなくなっちゃうもん。そんなのやだよ」


「あ、赤井さん……っ!」


 そ、それはどういう意味なんだろう……?

 普通に遊び友達が減ることを嘆いているのか、それとももっと深い意味が……?

 うぅ~分からない!!


「だから、これからもよろしくね、白鳥くん。それじゃ、また明日」


 そう言ってにこりと微笑み、くるりと回れ右。

 そのままその場を去ってしまう赤井さん。


「……あ、う、うん。また、明日……っ」


 彼女の背中を見送りながら、僕はそう呟くことしかできなかった。

 そんな僕に歩み寄りポンと肩に手を乗せ、八重歯を見せて笑う金元さん。


「お互い頑張りましょうね、先輩」


「が、頑張るって何を!?」


 なぜか共に戦う同志のように、うんうんと頷く金元さん。

 なんだかよく分からないけれど……ただ、金元さんが勇気を振りしぼったように、僕も少し頑張りたい。

 そう思うのだった。

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