第9話『買い物』 ――苺side

―― いちごside ――



 休み時間、わたしが自分の席で友達とおしゃべりをしていると、ふと教室入口に立った水瀬みなせさんが目に入った。


 何か用事があるのかもしれない。

 わたしは友達との話を一度中断し、彼女のもとへと歩み寄る。


「こんにちは、赤井あかいさん」


「水瀬さん、こんにちは~。白鳥しらとりくんに用事?」


「いいえ、今日はあなたによ」


「わたしに?」


 委員会も部活も、何も共通点のないわたしに何の用だろう。

 水瀬さんはたくらむような笑みを浮かべて言う。


「これはちょっとした世間話として受け取ってほしいのだけど、今日白鳥くんは部活を休むそうよ」


「そ、そうなんだ」


「なんでも、親に買い物を頼まれたとか」


 ど、どうして……!

 なんでそれをわたしに言ってくるの……っ!?


 いえ、落ち着きなさいいちご

 動揺を見せてはダメ。


「へえ~。でも、どうしてそれをわたしに……?」


「さあ、どうしてかしら。ただ何となく、知りたいかと思って」


 水瀬さんは最後に静かに笑い、


「頑張ってね、赤井さん」


 と言ってその場を後にするのだった。


 み、み……!!

 水瀬さん、絶対にわたしの想いに気付いてるー!!!


 え、え、いつから……?

 どうして分かったの!?

 というか、どうして協力してくれるの!?


 そんなことはどうでもいいわ! いやどうでもよくないけど!

 ちょうど白鳥くんと関わるきっかけを探してたの!


 さっそく放課後の作戦を立てないと。

 確か今日は親の帰りが遅い日だったし……よし!



 放課後。

 そういうわけでわたしはスーパーマーケットに先回りし、偶然をよそおって白鳥くんに近付き、一緒に買い物をしている。


 これって、よく考えてみれば夫婦みたいだよねっ!?

 周りの人たちからはどう見られちゃってるのかなっ?

 うぅ~嬉しいけど緊張するー!


 だけどせっかくだし家庭的アピールしないと……!

 何か、何かないかな。


 ちょうどそこで、精肉売り場に通りかかった。


 よし、ここだ!


「あ、今日お肉安いよ」


「へえ、そうなんだ」


「うん、いつもよりグラム10円くらい安い」


「赤井さんって、意外に家庭的なんだね」


「むむ、意外とは失礼な。この前白鳥くんにおかゆを作ってあげたのは誰だと思ってるの~?」


 白鳥くんが恥ずかしそうに赤面し、頭を下げた。


「え、えっと、その説は本当にありがとうございました」


 か、可愛い……っ!

 今の白鳥くん可愛すぎでしょ!!


 にやけ顔になるのをぐっとこらえて、わたしはお辞儀じぎを返した。


「いえいえ、こちらこそお母さまにはお土産までいただいてしまって」


「赤井さんの料理また食べたいな」


 作る作る! 白鳥くんのためならいくらでも作っちゃうよ!!

 え、ものすごく嬉しいんだけどっ!!

 でもここは、完璧美少女として返しておかないと。


「え~、本当にそう思ってるのかな~?」


「本当だよ!」


「じゃあ、今度白鳥くんのお家に行った時にまた作ってあげる」


「え、今度僕の家に……!?」


「うん、また今度漫画読みに行くことになってるし」


「そういえばそうだったね……っ!」


「白鳥くんの好きなもの教えてほしいな。その時までに作れるようになっておくから」


「あ、えっと……オムライスが好きです」


 オムライス! 可愛いよ白鳥くん! 可愛すぎるよっ!!


「うふふ、オムライスならもう作れるから、もっと練習しておくね」


 こくりと頷く白鳥くんに気付かれないように、さっと後ろを向き、わたしは顔をにやけさせるのだった。



   ◇◆◇◆◇



 買い物を済ませて外に出た。

 名残惜なごりおしいけど、もうお別れの時間である。


「白鳥くんと一緒だったから楽しかった~。じゃあ、帰ろうっか?」


 しかし白鳥くんは何か悩むような顔になると、決心したように口を開く。


「あのえっと……もしよかったら家に寄っていかない?」


「え……」


 家に寄っていかない?

 家に? 寄って? いかない?


 ダメ……何度頭の中で繰り返しても、白鳥くんのお家にお呼ばれされてるようにしか捉えられない。


 え、ほ、ほんとに……?

 その意味で合ってるの!?


 戸惑うわたしに白鳥くんが焦った口調で付け加える。


「あ、いや! 変な意味じゃなくて! もしお家に誰もいないなら、僕の家で一緒に夕飯食べていったらいいかなって。僕の両親も喜ぶと思うし」


「……」


 本当に……本当にお呼ばれされちゃったんだ、わたし……。

 ど、どうしよう、頭がぽわわぁってなって何も考えられないよ……!


「赤井さん……?」


 白鳥くんが首をかしげた。


 い、いけない!

 白鳥くんの前だぞ、わたし!


「あ、な、何でもないよ! えっとそのあのね」


「う、うん」


 わたしは何度か深呼吸をした。

 そうして気分を落ち着かせてから、しっかりと答える。


「だ、ダメ……」


「え、ダメ……?」


「ううん! 違うのっ! 本当言うとすごく行きたいし、白鳥くんと一緒にご飯食べたいんだけど! だけどその何というか……」


「え、えっと、気をつかわなくていいよ」


「そうじゃなくてねっ! その……」


「……緊張、しちゃうから……」


「え?」


 あぁぁああ、言っちゃった!! つい口から出ちゃったよっ!

 白鳥くんのお家で、白鳥くんとお食事。

 そんなの緊張しないわけがないじゃん!!


 わたしは完璧な美少女でなきゃいけないのに!

 ううん、今からでも誤魔化ごまかせるはず……!


「ほ、ほら、わたしこう見えて大人の人とお話するのとか苦手なのっ!」


「あ、そ、そっか」


「だから、ごめんね」


「ううん、僕の方こそ無理言ってごめんね」


「でもいつかちゃんとご両親にご挨拶させてほしいな」


「ご、ご挨拶!?」


「というわけだから、今日はありがとう、白鳥くん。また明日っ!」


「あ、赤井さんっ」


 も、もうダメ……っ!

 自然と顔がにやけちゃうし、頭もまともに働いてくれない!


 ちょっと不自然かもしれないけど、わたしはその場を逃げるようにして去った。


 しかしその帰り道、冷静さを取り戻してくると、ものすごい後悔の波が押し寄せてきた。


 どうして断っちゃったのわたしぃぃぃいいいい!!!!!

 うぅ……でも緊張でおかしくなっちゃいそうだったし、これでよかったのかも……。

 そうね、もう少し彼と一緒にいても緊張しなくなった時に。


 でもそんな日、来るのかな……?

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