第9話『買い物』 ――千尋side

―― 千尋ちひろside ――



 本来であれば部活をしている放課後の時間。

 学校近くにあるスーパーマーケット。


「えーと、まずは野菜類……」


 僕はメモを片手にカートを押していた。

 お母さんに買い物を頼まれたため、帰りに寄ったのである。


 下校時の寄り道は校則で禁止されてるから、なるべく学校の人に見つからないようにしないと。


 そう思いながら入口近くの野菜売り場へ来た時だった。

 カゴを手にげ、難しい顔でニンジンを目利めききするツーサイドアップの美少女がいた。


「って、あれ、赤井あかいさん!?」


 赤井さんはこちらを向き、僕をその目にとらえて微笑んだ。


「やっほー、白鳥しらとりくん! 偶然だね~」


「本当にすごい偶然! 赤井さんも買い物?」


「うん、親が今日も帰り遅いっていうから、自分で夕飯作ろうかと思って」


「自分でご飯を作るなんてすごいね」


「えへへ、すごくなんてないよ~。白鳥くんも買い物なんだね?」


「うん、そうなんだ」


「あ、じゃあさ、せっかくだし一緒に買い物しようよ。その方が楽しいし」


 願ってもない提案だった。買い物は慣れてないし、一人でするのは少し不安だ。

 それに確かに一人で買い物をするより、赤井さんと買い物をした方が断然楽しいに決まっている。


「うん、いいよ!」


「やった! それじゃ、ちょっと失礼するね」


 赤井さんが持っていたカゴを僕のカートの下の段に置き、こちらを見て「えへへ」と頬を緩ます。


「これなら白鳥くんに運んでもらって楽ちん~」


「そ、そうだねっ」


 やばい、今の赤井さんの仕草しぐさは可愛すぎた……!


 ん、というか待って。

 こうして一つのカートで買い物をするのって、まるで同棲どうせいしてるカップルみたいなんじゃ……っ!!


 そのことに気付くと、少しだけ手汗が出てきてしまった。

 僕は赤井さんに気付かれないように服で手をき、カートを押す。

 彼女にこの動揺をさとられないようにしないと。


 ともあれ、はからずも僕は、赤井さんと買い物をすることとなった。

 気を取り直し、二人でスーパーマーケットの中を回っていく。


「あ、今日お肉安いよ」


 肉売り場に差しかった時、赤井さんがそう言った。


「へえ、そうなんだ」


「うん、いつもよりグラム10円くらい安い」


 親の買い物に付きっても、そんなに細かく意識したことはない。

 自分で料理を作らなければ分からないことじゃないだろうか。


「赤井さんって、意外に家庭的なんだね」


「むむ、意外とは失礼な。この前白鳥くんにおかゆを作ってあげたのは誰だと思ってるの~?」


 赤井さんがふくみのある笑みで僕の顔をのぞき込んできた。

 エプロン姿の赤井さんに「あーん」をしてもらったことを思い出し、僕は顔が熱くなるのを感じた。


「え、えっと、その説は本当にありがとうございました」


 僕が頭を下げると、赤井さんもお辞儀じぎし返す。


「いえいえ、こちらこそお母さまにはお土産みやげまでいただいてしまって」


 先日、風邪を引いた時、赤井さんに看病してもらった。

 あの時は熱があったけど、彼女が作ってくれたおかゆは本当に美味しかった。


「赤井さんの料理また食べたいな」


「え~、本当にそう思ってるのかな~?」


「本当だよ!」


「じゃあ、今度白鳥くんのお家に行った時にまた作ってあげる」


「え、今度僕の家に……!?」


「うん、また今度漫画読みに行くことになってるし」


「そういえばそうだったね……っ!」


 そっか、赤井さんは今度僕の家に来ることになっていたんだった。

 きっかけは漫画を貸したことだったんだけど、彼女と家で二人きりで遊ぶなんていまだに信じられない。


「白鳥くんの好きなもの教えてほしいな。その時までに作れるようになっておくから」


 うーんと、好きな食べ物……。

 赤井さんの前だからちょっとカッコつけたい気持ちもあるけど、せっかく赤井さんが作ってくれるなら本当に好きなものを答えよう。


「あ、えっと……オムライスが好きです」


「うふふ、オムライスならもう作れるから、もっと練習しておくね」


 そう言って微笑む赤井さんの表情は、ずるいまでに可愛かった。



   ◇◆◇◆◇



 会計を済まし、買ったものをトートバッグに詰めて外へ。


「白鳥くんと一緒だったから楽しかった~。じゃあ、帰ろうっか?」


 そっか、もうお別れなんだ。

 もっと赤井さんと話していたかったな。

 そういえば彼女は、今日は親の帰りが遅いって言ってたし……。


「あのえっと……もしよかったら家に寄っていかない?」


「え……」


 赤井さんがポカンと口を開けて固まった。


 今の僕の発言じゃナンパ男だと勘違いされてもおかしくない!


 僕はあわてて付け加える。


「あ、いや! 変な意味じゃなくて! もしお家に誰もいないなら、僕の家で一緒に夕飯食べていったらいいかなって。僕の両親も喜ぶと思うし」


「……」


 ぼーっと僕を見つめてくる赤井さん。

 深い色合いの大きな瞳に見つめられ、つい鼓動が早まってしまう。


「赤井さん……?」


「あ、な、何でもないよ! えっとそのあのね」


「う、うん」


 赤井さんは何度か深呼吸をした後、少し震える唇を開く。


「だ、ダメ……」


「え、ダメ……?」


 もともと望み薄だとは思っていたけど、やはり断られるとショックだった。

 そんな僕を見て、赤井さんが慌てて続ける。


「ううん! 違うのっ! 本当言うとすごく行きたいし、白鳥くんと一緒にご飯食べたいんだけど! だけどその何というか……」


「え、えっと、気をつかわなくていいよ」


「そうじゃなくてねっ! その……」


 赤井さんはわずかに頬を紅潮させ、顔を背けて小さな声で言う。


「……緊張、しちゃうから……」


「え?」


 いつも余裕そうにしている彼女からは意外な言葉だった。

 でも、何に対する緊張なんだろう。


「ほ、ほら、わたしこう見えて大人の人とお話するのとか苦手なのっ!」


「あ、そ、そっか」


「だから、ごめんね」


「ううん、僕の方こそ無理言ってごめんね」


「でもいつかちゃんとご両親にご挨拶させてほしいな」


「ご挨拶……!?」


 な、なんだかまるで、両親に恋人を紹介するみたいな言い回しだよ!?


「というわけだから、今日はありがとう、白鳥くん。また明日っ!」


「あ、赤井さんっ…………行っちゃった」


 赤井さんはそそくさと帰ってしまった。


 どうも様子がおかしかったような……。


 もしかして、僕が変な誘いをしたせいだろうか。

 勉強会を開くと言ってくれたり、風邪の看病に来てくれたりするから、てっきり少しは僕のことを仲の良い友達だと思ってくれてると……。


 女の子って、よくわからない。

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