第8話『風邪』 ――苺side

―― いちごside ――



 白鳥しらとりくんが熱を出して早退した。

 あまりに白鳥くんのことが心配だったわたしは、てもってもられなかった。だから、彼のために何かしてあげられないかと思い――


「――白鳥くんの家の前まで来ちゃったけど、どうしよう……」


 彼のことを考えて下校していたら、いつの間にかここに辿たどり着いていた。

 家の方向は全然違うので、自分でもびっくりである。


 でも、せっかくここまで来たのだから、何もしないで帰るわけにはいかない。


「よし……!」


 わたしは決心してインターホンを押した。


 ――ピンポーン


 間もなくして、40歳くらいと思われる女性が出てきた。

 少しパーマのかかった黒髪で、雰囲気が白鳥くんそっくり。

 一目ひとめで、彼の母親だと分かった。


 女性は気のよさそうな笑顔でいてくる。


「あら、千尋ちひろのお友達?」


「あの、えっとわたし――」


 すぐにお見舞いに来たことを告げようとすると、白鳥くんのお母さんはニヤニヤとした顔になった。


「ひょっとして、千尋の彼女さん?」


「なっ!? か、彼女なんてっ!?」


「うふふ、冗談よ。千尋にこんな可愛い彼女さんがいるはずないものね!」


「か、可愛いですか……っ!?」


 だ、ダメだ……! 顔が熱い。

 完全に白鳥くんのお母さんのペースに乗せられてしまった。


 白鳥くんのお母さんは「変なこと言ってごめんなさいね」と笑いながら言い、仕切り直すようにたずねてくる。


「お見舞いに来てくれたのかしら?」


 わたしは身を乗り出して答える。


「はい! 白鳥くんが心配で……っ!」


「ありがとう。でも、風邪をうつしちゃったら申し訳ないから……」


「あ、それなら……」


 わたしは制服のポケットからマスクを取り出して見せた。


「ちゃんと予防しますので!」


「あら、抜かりないわね」


 白鳥くんのお母さんに感心したような目を向けられ、ちょっと恥ずかしくなった。


 うぅ、気合たっぷりにお見舞いに来た変な子だって思われてないかな……っ!?

 ううん、ここで尻込みしてどうするの、苺!

 白鳥くんのために頑張らなきゃ!


 わたしは追い打ちをかけるようにして言う。


「あの、せっかくですし、何かお手伝いさせてください!」


「え、でもさすがに申し訳ないから……」


「お願いします! 白鳥くんの……千尋くんのために何かしたいんです」


 どうにかお願いします……!

 目でそううったえかけると、白鳥くんのお母さんは何かを察したように目をにやつかせた。


「……ああ~そういうこと」


「え」


「わかったわ。それじゃあ、お願いするわね」


 なんだか分からないけど、いきなり了承してくれ、家に上げてもらうことができた。

 何か困っていることはないかといたところ「本当は栄養のあるものを食べさせてあげたいのだけど、仕事に行かなきゃ……」と返ってきたので、おかゆを作ることにした。


 白鳥くんのお母さんが仕事に行き、わたしは一人キッチンでおかゆ作りをする。


 そういえば、白鳥くんは大丈夫かな?

 なべを火にかけ、あとは待つだけだし、ちょっとだけのぞいちゃおっかな……。


 わたしはそっと二階へ通じる階段を上がり、白鳥くんの部屋のドアを開けて中の様子をうかがった。


 どうやら彼は眠っているようである。


 み、見るだけ……。

 ほんのちょっと見つめるだけ……。


 本当はいけないと分かりつつも、こっそり白鳥くんの部屋に入り、彼の隣に座った。

 そして顔を覗き込む。


 風邪で少しつらそう。

 わたしにうつしてでも、楽にしてあげたいんだけど……。


 そんなことを思いつつ見つめていると、白鳥くんの目がパチッと開いて目が合った。


「あれ、赤井あかいさん……?」


 しまった!! 見つかっちゃったぁぁああああああっ!!!

 今のわたし、白鳥くんからしたら家に侵入して寝込みおそおうとしているようにしか見えないよねっ!? やばいよねっ!!


 う、ううん!! 動揺しちゃダメ!

 堂々とすればきっと大丈夫……!!


「今、おかゆ作ってるから、ちょっと待っててね」


「あえ、どうして赤井さんがこんなところに……?」


 やっぱりそこ気になるよね!!

 ちゃんとお母さまから許可をもらったことを話さないと……!


「あ、えっとね……」


「そっか、夢か……」


 どうやら勝手に納得してくれたみたい?

 風邪の時にわたしが傍にいると思ったら負担に思っちゃうかもだし、夢だと思ってくれた方がいいのかな。


「そ、そう! 夢だよ! うん、夢! だから遠慮なく何でも言っていいんだよ!」


「そう……そっか」


 そう言って白鳥くんは目をつむり、また眠りの世界に入っていった。


 ふぅ、どうにかなってよかったぁ。

 さあ、鍋を火にかけたままだからすぐに戻らないと。


 わたしは若干名残惜しく思いつつも、白鳥くんの部屋を後にしてキッチンへと下りた。



 おかゆが完成する頃には、すっかり外は暗くなってしまった。

 一応家に連絡を入れたから大丈夫だけど、帰る時はちょっと不安だ。


 でも、白鳥くんのためになることができたのならそんなことどうでもよくなる。


 わたしはおかゆを茶碗によそい、ぼんに乗せて白鳥くんの部屋へと運んだ。

 白鳥くんの部屋のドアをそっと開けると、彼はちょうど起きたところのようだった。


卵粥たまごがゆが好きって、お母さんから聞いたから作ってみたよ。起き上がれそうかな?」


 白鳥くんの隣に腰を下ろし、盆を置きながらそうたずねると、彼はうなずいて起き上がろうとする。

 しかし、まだ具合が悪いのか少しよろけてしまった。


 こ、こういう時だし、仕方ないよね……っ!


 わたしは白鳥くんの身体を手で支えた。

 ほぼ抱き締めるような体勢に、鼓動が一気に加速する。

 緊張で頭が真っ白になってしまう。


 お、落ち着けわたし!

 そうだ、おかゆを食べてお薬を飲んでもらわないと!


 彼が起き上がると、スプーンでおかゆすくって口に運ぶ。


「はい、あーん」


 白鳥くんはぼーっとしながらスプーンをぱくり。


 こ、こんな時に不謹慎ふきんしんなんだけど、すごく可愛い……!

 それにわたし、今白鳥くんにあーんって……っ!!!

 もうドキドキでどうかなっちゃいそうだよぉ……。


「美味しい……」


 白鳥くんが口元にかすかな笑みを浮かべてそう言ってくれた。

 風邪で本当は味なんてほとんど分からないと思うのにそう言ってくれる彼の優しさが、わたしは大好きだ。


 たったその一言だけで、頑張って作った甲斐かいがあったなと思うのだった。



   ◇◆◇◆◇



 おかゆを食べさせてキッチンに戻ると、白鳥くんのお母さんが帰ってきたところだった。


「あ、お母さん」


 マスクを外してそう言うと、お母さまにクスクスと笑われてしまった。


いちごちゃんにお母さんって呼ばれるの、なんだかとってもいい気分」


「あ、いや! 今のはそのっ!」


「ふふふ、ごめんなさいね、変なこと言って」


「あ、いえ……」


 やっぱり白鳥くんのお母さんにはかないそうにないな……。

 それからお母さまは、わたしが持つぼんを見て言う。


「そうだ! おかゆを作ってくれてありがとうね。あの子、喜んでたでしょう」


「えっと、たぶん?」


「きっと喜んでるわ」


 そうだったら嬉しいな。

 白鳥くんのために何かできたというだけで、すでにすごく嬉しいんだけど。


「あ、帰りはお家まで送っていくわね」


 お母さまにそう言われ、わたしは慌てて答える。


「そんな! 申し訳ないです!」


「こんな暗い時間に女の子一人を帰らせるわけにいかないわ。お願いだから送らせて」


「で、ではお願いします」


 逆に頼まれてしまい、わたしは断ることができなかった。

 勝手に申し出て手伝ったのに、なんだか申し訳ない。


 そして帰り際、家を出たわたしにお母さまが紙袋を差し出してきた。


「あ、はいこれ。お土産みやげ


「え、悪いです!」


「いいから持って行って、手ぶらで返す方がいけないわ」


 それからお母さまはにやりと笑い。


「あ、それと、これからも千尋のことを頼むわね。色々と」


 と、付け加えてから先に車に乗ってしまった。


「い、色々と……っ!!」


 色々とってどういう意味だろう……っ!?

 普通に友達として? でもそれじゃ色々とって言い方はしないし、もしかして恋人的な意味合いっ!? ま、まさかそんな――


「――くちゅんっ」


 ぐるぐると回るわたしの思考は、一つのくしゃみによってさえぎられた。

 顔も少しだけ熱い感じがする。


 ひょっとしてわたしも、風邪引いちゃった……?

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