第13話『雨宿り』 ――千尋side

―― 千尋ちひろside ――



 雨はあまり好きじゃない。


 ジメジメするし、画材がれたら最悪だし。

 その上、なんとなく気分が暗くなるからだ。

 今日のように急に降ってきた時なんかは特に嫌いになる。


「わっ……すごい雨だ……っ!」


 部活を終えて外に出たところで突然の雨に襲われ、すぐさま校舎へと引き返した。

 夏服への移行期間に入ったとはいえ、この時期の雨はまだ冷たい。

 濡れながら帰れば風邪を引いてしまうだろう。


 生徒玄関に入り、雨が止むのを待つ。

 今日は天気予報を確認せずに家を出てきてしまったから、傘を持ってきていないのだ。


 傘や雨合羽あまがっぱ持参じさんした生徒たちが下校していくのをうらやましく思いながら立っていると、隣に誰かの気配けはいを感じた。


「いきなり降ってきちゃったね~」


「そうだね、って赤井あかいさん……っ!」


 透き通った綺麗な声に振り向けば、そこには赤井さんがいた。

 彼女は屈託くったくのない笑みを浮かべる。


「やっほー、白鳥しらとりくん! お互い災難だったね」


 赤井さんも僕と同じ目にったのだろう。

 亜麻色あまいろの髪がしっとり濡れていた。なんだかその姿はいつもよりつやっぽく見えて、変にドキドキしてしまう。


「雨宿り、ご一緒してもいいかな?」


「う、うん、もちろんだよっ」


 赤井さんから目をらしつつ答えた。

 そういうわけで僕たちは、二人きりの雨宿りをすることとなった。



   ◇◆◇◆◇



 生徒たちはもうほとんど帰ったのか、生徒玄関には僕と赤井さんだけとなった。

 閑散とした校舎に、ザァーザァーと雨音が響き渡る。


「なかなかまないね」


 ぽつりとひとり言のように赤井さんが呟いた。


「そうだね」


「このままずっと止まなかったりして」


「ははは、さすがにそれはないよ」


「でも、今日中には止まないことだってあるんじゃない?」


「そう、かも?」


 雨の勢いは弱まるどころか増していっている。

 夜になっても止まない可能性はかなりありそうだ。


 赤井さんが子どものように笑って言う。


「もしそうなったら、一緒に学校に泊まることになるのかな?」


「そ、それは……っ!」


 いけない……っ!

 今一瞬だけ、赤井さんと一緒に学校に泊まる想像をしてしまった……!


 そもそもそんなことはあり得ないじゃないか。


「もしそうなるようだったら、僕のお母さんが迎えに来てくれるよ」


「そっか、、楽しそうだったんだけどな~」


「えっ!?」


 ぼ、僕とのお泊りが楽しそうだって!?

 赤井さん的には僕とお泊りするのありなのっ!?


 びっくりして赤井さんに顔を向けた時、とんでもないことに気付いてしまった。


「あ、赤井……さんっ!」


 あ、赤井さんの下着が……っ!!!!!


 夏服への移行期間ということもあり、今日の赤井さんはブレザーを着ていない。

 そのせいでワイシャツが濡れ、ピンク色の下着が透けてしまっていたのだ。


 いや落ち着くんだ僕! はっきりとは見えてない! 色が分かっただけだ!!

 なのに……なのにどうしてこんなにもドキドキしちゃうんだっ!?


 急いで視線を逸らす僕に、赤井さんが首をかしげた。


「ん、どうしたの、白鳥くん?」


 まずい、怪しまれてる!

 もし下着を見たことに気付かれてしまったら、軽蔑けいべつされちゃうかも……っ!!


 いや、それ以前に、こんなあられもない姿の赤井さんが誰かに見られちゃったら大変だ!

 ここは学校内だし、すぐに何とかしないと!

 よ、よし……!


「あ、赤井さん! 寒いでしょ! これ着てっ!!」


 僕は自分の来ていた学ランを脱ぎ、赤井さんに羽織はおらせた。

 すると彼女は少し驚いたような目をしつつも、すぐに嬉しそうな表情を浮かべる。


「ありがとう、白鳥くん! 白鳥くんは紳士しんしだね」


「そ、そんなことないよっ」


 紳士だったらたぶん下着の色を見てドキドキしたりしないよね……。


 赤井さんが学ランのえりを口元に寄せ、深く息を吸い込む。


「えへへ~、白鳥くんの香りがするなぁ。落ち着く香り~」


「ちょっ!? な、なに言い出すのっ!!」


 あ、あああ、赤井さんが僕の匂いを……っ!!!

 ど、どどどし、どうしよう!! どうすればいいの!?


「うふふ、だって本当のことなんだもん。わたし、白鳥くんの香り大好きだから」


「あ、赤井さん……っ!」


 ダメだ……今日の赤井さんは完全に僕をノックアウトしにかかってきてる……!


 脈が加速し、頭がまともに働かない。

 だけどどうしようもなく嬉しかった。


「おいお前らー」


「「っ!?」」


 不意に背後から声を掛けられ、僕らはそろって振り向いた。

 校舎の方に僕らの担任教師が立っていた。


「んなところでたむろしてないで早く帰れよー」


「それが先生、傘が無くて」


 赤井さんがそう言うと、先生が困ったような顔になった。


「傘忘れたのか? まあ、そんな生徒用にそこに傘があるぞ……って、一本しかないな」


 先生の視線の先には、生徒用とは分けられた傘立てがあった。

 先生の言いぶりからして、傘を忘れて帰れない生徒のための予備だと思われるが、一本しか入ってない。

 一本しかないなら、赤井さんに譲ろう。


「それじゃあ、赤井さんに――」


「じゃあ二人で使います」


 僕の言葉をさえぎって、赤井さんがそんなことを言い出した。


 って、え!?

 二人で一本の傘を使うって、それってつまり相合傘あいあいがさ……!


「そうか、仲良く使えよ」


 先生は特に気にめた様子もなく、そう言い残すと去っていった。


「はーい」


 先生の背中に向かって返事をする赤井さんに向く。


「あ、赤井さん……っ! 二人で使うって……!?」


「あ、うん、もしかして嫌だった?」


「ううん! 大歓迎! じゃなくて喜んで! でもなくてえっとえっと……赤井さんはいいの?」


 正直に言えば赤井さんと相合傘は僕だってしたい!

 だって、なんというか、仲良くなった証明のような気がするから。


 いや、待って。一本の傘を二人で使うからって、相合傘と決まったわけじゃない。

 順番に使うとか、一人が傘を使って外に出て、どこかで傘を入手してくるとか。色々と方法は……。


 そんな思考をはばむようにして、目の前の赤井さんがにこりと笑って言う。


「何も悪いことなんてないよ? 


 や、やっぱり相合傘なんだ……!

 どうしよう、赤井さんとの相合傘……すごく嬉しいけど、緊張しすぎて変なことをしちゃわないかと心配だ……!


「じゃ、じゃあよろしくお願いします……!」


 そういうわけで、僕らは一本の傘を二人で使って帰ることになったのだった。


 雨はあまり好きじゃない。

 ジメジメするし、画材が濡れたら最悪だし、なんとなく気分が暗くなる。


 だけど、今日だけは少し、雨もいいなと思えた。

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