第13話『雨宿り』 ――苺side

―― いちごside ――



 下校しかけていたところを突然の雨に見舞みまわれ、驚いて生徒玄関に戻ってきた。

 すると偶然そこに白鳥しらとりくんもいて、一緒に雨宿りしていくことに。


 生徒はもうほとんど帰ってしまったのか、校舎の中がやけに静かで、生徒玄関にはわたしたち以外誰もいない。


 意外なところで二人きりになれてラッキー!

 だけど、ごめんね、白鳥くん。

 実はわたし、折り畳み傘を持ってきてるんだ……!!


 で、でも、これくらいはいいよねっ。

 だって、白鳥くんと少しでも長く一緒にいたいんだもんっ!


 わたしはそのことを悟られないよう、雨音に隠れて深呼吸をして落ち着いてから口を開く。


「なかなかまないね」


「そうだね」


「このままずっと止まなかったりして」


「ははは、さすがにそれはないよ」


「でも、今日中には止まないことだってあるんじゃない?」


「そう、かも?」


「もしそうなったら、一緒に学校に泊まることになるのかな?」


「そ、それは……っ!」


 なぜだか白鳥くんの顔が一気に紅潮こうちょうした。

 顔をそむけつつ早口に言う。


「もしそうなるようだったら、僕のお母さんが迎えに来てくれるよ」


 白鳥くんがどんな想像をしたのか分からないけど、その仕草しぐさはとっても可愛かった。

 もっと可愛い白鳥くんが見たくて、ついいじめたくなってしまう。


「そっか、、楽しそうだったんだけどな~」


「えっ!?」


 お泊りの部分を強調して言ったら、あんじょう彼がびっくりしたような反応を見せた。


 あまりにも初心うぶで可愛すぎる!!

 けれど、言ったわたしの方も鼓動が加速してやばい……っ!

 うぅ、完全に自爆だったよぉ……。


「あ、赤井あかい……さんっ!」


 けれど、なんだか思ったより白鳥くんの反応が大きい。


 え、そんなにお泊りする想像をして緊張しちゃったのかな?

 それとも何か他に彼の心をみだすようなことがあるとか?


「ん、どうしたの、白鳥くん?」


「あ、赤井さん! 寒いでしょ! これ着てっ!!」


 いきなり白鳥くんが自分の学ランを脱ぎ、わたしに羽織はおらせてきた。


 え、え、ど、どどどういうこと……っ!?

 いきなりなんでそんなキザなことしてくれるのっ!?


 待って、落ち着かないと!

 落ち着いてまずはお礼!


「ありがとう、白鳥くん! 白鳥くんは紳士しんしだね」


「そ、そんなことないよっ」


 白鳥くんが照れたような、恥ずかしがるような顔になった。


 よ、よしこの調子……!

 このまま一気に攻めちゃお。


 わたしは学ランのえりを引っ張って口に近付ける。

 ほのかにフローラルな洗剤と男の子の香りがした。


「えへへ~、白鳥くんの香りがするなぁ。落ち着く香り~」


「ちょっ!? な、なに言い出すのっ!!」


 うぅぅん~~、恥ずかしい……!!!!!

 考えてみれば匂いをぐなんて変態みたいだよね……!?


 変な子だって思われてないかな。

 でもこんなとこでやめられないっ!


「うふふ、だって本当のことなんだもん。わたし、白鳥くんの香り大好きだから」


「あ、赤井さん……っ!」


 ふぁああああ! 言った!!

 すごいこと言っちゃったっ!!!


 いくらにぶい白鳥くんでも、今の言葉はしっかりと伝わったみたい。

 真っ赤な顔で落ち着かない様子だ。


「おいお前らー」


「「っ!?」」


 突然の声にわたしたちは振り向く。

 するとそこには、わたしたちの担任の先生が。


「んなところでたむろしてないで早く帰れよー」


 こ、こんなタイミングで先生が来ちゃうなんて……っ!

 でも大丈夫、冷静に返さないと。


「それが先生、傘が無くて」


「傘忘れたのか? まあ、そんな生徒用にそこに傘があるぞ……って、一本しかないな」


 先生が目を向ける先には、生徒用とは別の傘立てが。

 しかし先生の言う通り、そこには傘が一本しか無かった。


「それじゃあ、赤井さんに――」


「じゃあ二人で使います」


 白鳥くんの言葉をさえぎって、わたしがそう言った。

 気遣きづかってくれる白鳥くんには悪いけど、せっかくのチャンスをのがすわけにはいかない。


「そうか、仲良く使えよ」


「はーい」


 先生を見送って白鳥くんの方に顔を向けると、あわあわとした様子だった。

 内心ではわたしも同じ。


 だ、だって! 白鳥くんと相合傘あいあいがさをするって言っちゃってるんだよ!

 でもちゃんと白鳥くんはそのこと理解してるのかな……?


「あ、赤井さん……っ! 二人で使うって……!?」


「あ、うん、もしかして嫌だった?」


「ううん! 大歓迎! じゃなくて喜んで! でもなくてえっとえっと……赤井さんはいいの?」


「何も悪いことなんてないよ? 


「じゃ、じゃあよろしくお願いします……!」


 はっきりと言った……! 言っちゃったよ!!

 わたし、白鳥くんと相合傘をするんだ……っ!!!


 だけど本当にごめんね、白鳥くん。

 わたし、折り畳み傘を持ってきてるんだ。


 どうしても白鳥くんと相合傘をしたいから、内緒にしておくことを許して。



   ◇◆◇◆◇



「白鳥くん、そっち濡れてない?」


「う、うん、大丈夫だよっ」


 白鳥くんが持つ傘の中にわたしが入り、通学路を帰る。


 折りたたみ傘の存在を黙っていた罪悪感もあるから、白鳥くんの家から先に行くと提案したけど、どうしても彼がそれを許してくれなかった。

 やっぱり白鳥くんは優しい。


 ありがとう、そしてごめんね! 白鳥くん……!

 ん、よく見れば白鳥くんはしっかりと傘に収まっていない。

 わたしに遠慮してるのかな。


「うそ、濡れてるじゃんっ。ちゃんと寄ってよ……えいっ」


「わあ! あっ赤井さんっ!!」


 白鳥くんの服のすそを引き寄せ、ぐっと密着した。


 しゅ、すごく積極的なことしちゃった!!!

 雨音を掻き消すほどの勢いで心臓がバクバクと鳴り出しちゃったよ!!

 白鳥くんに聞こえてないかな……?


 そっと彼の顔を覗き見ると、赤面して下唇を噛んでいた。


 どうやら白鳥くんの方も動揺してるみたい……!

 よ、よし、もうちょっと頑張っちゃおう……!!


「このまま腕も組んじゃう?」


「じょ、冗談で言ってるんだよね?」


「冗談と本気、どっちがいい?」


「困ることかないでよっ!」


「えへへ」


 そんな話をしながら歩いている内に、わたしのマンションの前に着いてしまった。

 白鳥くんと相合傘はドキドキしたけれど、すごく楽しくて下校が一瞬だった。


 そういえば、なんだかんだでわたしの家を教えることになっちゃったな。

 この辺の道は複雑だから申し訳なかったんだけど、傘が一本では「ここまででいいよ」と言うわけにもいかなかった。

 なおさら、折り畳み傘の存在を黙っている罪悪感がすごい……!


 だけど、白鳥くんとこうして帰れたことやわたしの家を知ってもらえたことは嬉しい。


 わたしは白鳥くんの顔をにこやかにのぞき込む。


「わたしのお家ここなんだけど、温かいお茶でも飲んでく? シャワーを浴びてってもいいよ?」


「え、遠慮しますっ」


「えー、遠慮しなくてもいいのに~」


 ひとまずマンションのエントランスに入る。

 これで彼とはお別れ。

 なんだか一気に寂しい気持ちになる。


「送ってくれてありがとう、白鳥くん」


「ううん、僕が無理に言ったことだから」


「あ、上着もありがとう、すごく温かかったよ」


「そ、そっか! それならよかった!」


 わたしが学ランを脱いで白鳥くんに差し出すと、彼は戸惑いつつ受け取っていた。


 なんだかよくわからないけど、お礼を言われて照れてるのかな。

 白鳥くん可愛い!


「また明日、バイバイ白鳥くん」


「うん、またね、赤井さん」


 雨の中、白鳥くんが帰っていくのを見送った。


「はぁあああああ緊張したぁぁあああああっ!!!」


 白鳥くんの姿が見えなくなったところで、肺の中の空気をすべてき出した。

 明日また彼と普通に顔を合わせることができるのかもすごく不安だ。


 彼には悪いことをしちゃったけど……だけど、男の子と初めて相合傘をして帰った今日のことは、きっと一生忘れないだろうな。

 わたしは温かい気持ちとともに、マンションのエレベーターへと乗り込んだ。

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