第2話『委員会活動』 ――千尋side

―― 千尋ちひろside ――



「じゃあ、やりたい委員会のところに名前を書いてください」


 ずらりと委員会名が記された黒板。

 それを背にしたクラス委員長の男子生徒がそう言うと、クラスメイトたちがざわざわと席を立ち始めた。


 一部の生徒は真っ先にその下に名前を書きに行った。残りは悩んだり、友達と相談をしたりしているようである。


「なあなあ千尋ちひろ、お前はどの委員会にするんだ?」


 そう言って声をかけてきたのは、友人の緑川みどりかわとおる君。

 サッカー部に所属する彼は、日焼けした肌でスポーツ刈り。


 陽気でマイペースな性格で、誰とでも仲良くなれるタイプだから僕とは違って友達も多い。

 そんな彼とは家が近所で、赤ん坊の頃からの仲だったり。

 だから僕は昔からみーくんと呼んでいる。


「僕は図書委員会にしようかなって思ってるよ。誰かから楽だって聞いたし」


「おっし、なら一緒の委員会になろうぜ!」


「ダメだよ。委員会は男女ペアが基本だから」


「あちゃー! そういやそうだった! 悔しいからオレはその隣の美化委員会にするぜ!」


「いやいや、みーくん。別に隣に名前があるからって、一緒に活動できるわけじゃないからね?」


 僕がそう言い終わるより前に、みーくんは黒板へ名前を書きにロケットのごとく出発してしまった。

 みーくんはいつもこうだ。

 人の話を聞かず、自分の信じた道をただ突き進んでいく。

 でも困ってる人がいたらすぐに立ち止まって、全力で助けようとするとても優しい人なのである。


 さてと、僕も名前を書きに行かないと。


 僕は黒板の図書委員会の文字の下に自分の名前を書いて戻ってきた。

 すでにその隣には“さき”と書いてあった。

 確か赤井あかいさんの友達の名前だ。

 他にやりたい人がいなければ彼女がパートナーになるだろう。


 他の生徒たちが名前を書き終わるまでの間、僕は自分の席で絵を描いて待つことにした。


「同じ図書委員会だね。よろしくね、白鳥しらとりくん!」


 絵に集中し、すっかり周りの声が聞こえなくなった頃、可愛らしい女の子の声で意識が引っ張り戻された。

 顔を上げると、目の前に赤井さんが立って微笑みかけてきている。

 全思考が停止してしまうほど美しい笑みだ。


 ……ん、待って。今、赤井さんは何と言った?

 同じ委員会だって?


「え、赤井さん。でもさっき違う人の名前が……」


 黒板に目を向ければ、僕の名前の隣には赤井さんの名前が書かれている。

 あれ、いつの間に……?


「あ、なんか咲ちゃん気が変わったみたいだよ」


「え、そうなんだ」


 事情はどうであれ、赤井さんと委員会が一緒なのは嬉しいな。


「よろしくね、赤井さん」


「うん!」


 赤井さんは軽快な足取りで自分の席へと戻っていった。


 委員会は今日の放課後からさっそく行われる。

 なんだかその時間が少し楽しみになった。



   ◇◆◇◆◇



 放課後、委員会の時間。

 図書室に各クラスの図書委員が集められ、委員長から当番活動の説明を受けた。


「……という仕事で、当番活動はクラスごとに、朝、昼休み、放課後にこのカウンターに来て行います。といっても、朝や放課後はあまり人来ないと思うので静かで楽ですよ。じゃあ、一度席に戻ってください」


 委員長に言われた通り、カウンター前からぞろぞろと席に戻る。


「当番活動楽しみだなぁ」


 赤井さんがひとり言のように言葉をらした。


「どうして? 休み時間が潰れちゃうのに」


「つまり、休み時間はずっと白鳥くんと一緒に過ごせるってことでしょ?」


 ドキッとして、一気に顔が熱くなった。

 いきなり何を言い出すんだ赤井さんは……!!


 彼女は「うふふ」と笑って付け加える。


「だってそうしたら、昨日みたいにいっぱい楽しいお話できそうだし」


「そ、そっか! そうだねっ、うん」


 な、なんだそういうことか。

 昨日――漫画研究部でお喋りをしたような時間がたくさん過ごせるから楽しみだと言ってくれたんだろう。


 まったくもう赤井さんは……!

 平気な顔でこっちが照れるようなことを言ってくれるから困る。ううん、もちろんすごく嬉しいんだけど。


 席に戻り、もう二つ、三つほど説明を受けた後、解散となった。

 しかし、赤井さんは帰り支度したくをすることなく僕にたずねる。


「ねえ、白鳥くん。不安な人は今から残って実際に仕事やってみてもいいらしいんだけど、一緒に付き合ってくれないかな?」


「うん、僕も不安だったし、いいよ」


 さすがは赤井さん。

 真面目まじめな性格は小学校の頃から変わってないんだな。

 そういうわけで、僕ら二人は図書室のカウンターに入り、パソコンの前で当番活動のおさらいをすることに。


「えっと、まずは本のバーコードを読み取って……パソコン画面に表示された本と間違いなければ、えっと、どこを押すんだっけ?」


 バーコード読み取り機を手にあたふたする赤井さんに言う。


「確かエンターキーだったと思う」


「あ、そっか」


 赤井さんがキーボードのエンターキーを押すと、画面に“貸し出し完了”の文字が表示された。


「できた~!」


 喜びの声を上げた赤井さんだったが、すぐに次の仕事の確認に切り替える。


「それで返す時が……あれ?」


「その上のところをクリックして返却画面にするんだよ」


「え、どこ?」


「えーと、マウス貸して」


 戸惑とまどう赤井さんの前から手を通してマウスを操作しようとする。


「あ、わかった!」


「っ!?」


 赤井さんが唐突とうとつに、マウスを操作する僕の手に自分の手を重ねてきた。

 すべすべとした感触で、若干ひんやりとした手が僕の手のこうおおう。


「ご、ごめんっ!」


 ドキリと胸が高鳴り、咄嗟とっさに手を引っ込めた。

 しかし赤井さんと至近しきん距離で目が合い、頭の中が真っ白に。

 すぐさま一歩距離を開けて視線をらす。


 あぁぁああ変な反応取っちゃった!! それに絶対今の僕の顔真っ赤だよっ!!


「うふふ」


 最初は驚いた顔をしていた赤井さんだったが、徐々に嬉しそうな笑みを浮かべ始めた。


「ど、どうしたの、赤井さん?」


「白鳥くんの手って、ずっと触っていたいくらい温かいなって思って」


「なっ!!?」


 だから赤井さん、こっちが照れるようなことをそんな簡単に言わないでよっ!

 もちろん! 嬉しいんだけど!


 ともあれ今からこの調子では、当番活動の間この心臓がもってくれるかちょっと心配なのだった……。


「ねえ白鳥くん、もう一回触っちゃダメ?」


「ダメだよ!!」

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