第19話『ダブルデート?』 ――千尋side

―― 千尋ちひろside ――



 日曜日。

 僕とみーくんと黒鐘くろがねさん、そして赤井あかいさんの四人は、電車で隣町の映画館へと来ていた。


「お、今日はすげー混んでるみたいだから、四人並べる席はねーな。けど、二人ずつならいけそうだぜ」


 発券機を操作していたみーくんがそう言った。

 館内ロビーは多くの客で込み合っている。発券機にも長い列ができるほどだ。

 むしろ満席でなかっただけラッキーだったかも。


「じゃあ、どうしようか?」


 僕の問いかけに、黒鐘さんが元気よく手を挙げた。


「はーい! あたしいちごちゃんと一緒がいい!」


 すると赤井さんもニコッと笑って黒鐘さんの腕を掴んだ。


「うふふ、わたしもさきちゃんと一緒がいい!」


 どうやら決定したみたいだ。


「んじゃ、男女で別れることにするか」


 そう言いながらみーくんが席を取り、チケットの購入ボタンを押す。

 発券機から出てきたチケットを赤井さんが取り、みんなに配った。


「はい、チケットどうぞ。白鳥くん」


「あ、ありがとう」


 赤井さんの姿はまさに天使だった。

 いつも天使だと思うけど、今日はなおのこと天使だ。


 白い半袖ブラウスに淡い桃色のフレアスカート、低めのヒール。

 私服姿の赤井さんはいつもよりさらにキラキラと輝いて見えた。


 どのくらい可愛いかと言うと、とにかく可愛い!

 ただでさえ少ない語彙ごいが完全に消失してしまうくらいだった。


 変に自分を着飾らず、本人の可愛さを強調している。


 ……っと、いけない。

 見とれてないで、早く赤井さんからチケットを受け取らないとっ。


 チケットを購入した僕らは、発券機から離れて時間を確認する。


「ちょうどあと少しで入場時間だね」


 僕がそう言うと、みーくんがニカッと歯を出して言う。


「ならオレ、ポップコーンとジュース買ってくるな」


 すると黒鐘さんと赤井さんも口々に、


「あたしはグッズ見てきたい!」


「わたしはお手洗いに」


 と言い出した。

 それなら僕も一応トイレに行っておこうかな。


「じゃあ、一度別行動して館内で落ち合おうか?」


「いいぜ~!」「賛成~!」「うん!」


 僕の声に三人が頷いてくれた。

 というわけで、僕らは別行動をしてから入場した。


「えーと、I列の25番……っと」


 チケットに書かれた席に来た。

 しかし、その隣に座ろうとしていたツーサイドアップの少女を見て驚いた。


「って、あれ、赤井さんっ!?」


 赤井さんは真ん丸くした目で僕を見る。


「あれ? 白鳥くんっ!? ――あっ! わたし間違ったチケット渡しちゃったんだ!!」


 チケットをみんなに分けたのは赤井さんだ。

 本来は男女別に分けるところを間違えてしまったんだろう。


 館内を見渡せば、ずっと前の方の席にみーくんと黒鐘さんがいて、ニヤニヤしながら手を振っていた。

 僕は苦笑しながら振り返し、赤井さんは申し訳なさそうに謝罪のジェスチャーをする。


 ふとみーくんがスマホを取り出して操作したかと思えば、ポケットのスマホがバイブした。

 取り出して開いてみると、それはみーくんからのLINEだった。


みーくん『なははは!どうやら間違っちまったみたいだな~! 席遠いしこのままでいこうぜ!』


「緑川くん? なんだって?」


「うん、このままでいこうって」


「うぅ……緑川くんと隣が良かったよね……。間違っちゃってごめんねっ」


「ううんっ! 全然大丈夫だよ! むしろ……」


「むしろ?」


 むしろ赤井さんの隣で嬉しい。

 せっかく一緒に来たなら、赤井さんの傍が良かった。


 って、そんなこと言えるわけないっ!!!


「な、何でもないよ! さあほら、映画始まっちゃうよ! 座ろう!」


「あ、うん! 楽しみだね!」


 席に座り、時々他愛のない話をしながら待つこと10分。

 ブザーが鳴り、館内が暗くなった。

 そして注意事項や某映画泥棒の映像、新作映画の予告が流れ始める。


 暗い館内で赤井さんと隣同士。

 ただそれだけなのに、なんだかドキドキしてきてしまった。


 彼女と勉強会をする中で、密着して座ることだって何度かあった。

 今は指一本も触れてない。それでも緊張してしまうのはシチュエーション効果かも。


 映画は派手なアクション映画なこともあり、本編が始まると自然と内容に集中。


 しかし、エンドロールに差し掛かり、ふと隣の様子が気になった僕は、こっそり赤井さんを盗み見た。


 すると、ちょうど彼女もこちらに目を向けたところだったらしく、偶然にも目が合って心臓が飛び出そうなほどドキッとした。


 咄嗟とっさに視線を逸らしてしまった僕の肩をポンポンと叩き、赤井さんが耳打ちしてくる。


「映画、面白かったね」


 耳に赤井さんの息がかかってこそばゆい。

 でも全然悪い気はしなかった。


「うん」


 たぶん声は届いてないだろうから、頷いて意思を示す。

 続いて赤井さんは耳元で囁いた。


「今度は二人きりで来よっか?」


「え」


 二人きりでっ!?

 思わず赤井さんを振り向くと、彼女はにこにこと笑い、口の動きだけで「考えておいてね」と言うだけだった。


 ふ、二人きりで映画って……完全にデートだよね!?

 冗談で言ってるのかな?

 いや、でも冗談っぽくないというか。


 すでに赤井さんはスクリーンに顔を戻していた。

 やっぱり冗談のつもりだったのかな……?



   ◇◆◇◆◇



 映画館を後にした僕らは、“M”のマークがシンボルのハンバーガーチェーン店で遅めの昼食を取ることに。

 それぞれ注文したものをトレイに乗せ、店内二階へと上がっていく。


 映画の話で盛り上がる黒鐘さんとみーくんの後ろを、僕と赤井さんがついていく。


「あのシーンかっちょ良かったね~!!」


「だよな! 自爆覚悟で起動ボタンを押すところとか最高だったよなっ!! ……ん」


 階段を上り切ったところで、突如みーくんたちが立ち止まった。

 一段下から前を覗き見ると、そこには赤色っぽい髪を中華風のお団子ヘアにした少女が立っていた。


「あっ……先輩」


 それは以前、誰かと間違って僕にラブレターを渡して呼び出した後輩。


「あ、金元かねもとさ――」


れいじゃねーか! 偶然だな~!」


 僕より先に、みーくんが金元さんの名前を呼んだ。

 彼女はポカンとした顔で小さく会釈をした。


「どもです、緑川みどりかわ先輩」


「え、みーくん、金元さん知ってるの?」


「うちのサッカー部のマネージャーなんだ。千尋ちひろこそどういう繋がりだ?」


「えっとそれは……」


 正直に話せば、金元さんが可哀想だ。

 かといって、僕と彼女には繋がりという繋がりが思いつかない。


「い、色々とあったんですっ! 色々と!!」


 金元さんが焦ってお茶をにごそうとすると、みーくんが茶化すような笑みを浮かべる。


「なんだ~? ひょっとしてそういう仲か~!?」


「違いますって!! 絶対にありえないですからっ!!」


 ぜ、絶対にありえないって……そこまで強く否定されると傷付く……。


 そこへ赤井さんが一歩前に出て口を挟む。


「そうだよ、緑川くん。白鳥くんとは放課後ほとんど一緒に過ごしてるけど、そんな感じはないよ?」


「あ、赤井さんっ!?」


 まるで僕と赤井さんがずっと一緒にいるみたいな発言なんだけどっ!?


 「そうだよ!」となぜか黒鐘さんまで便乗してくる。


「白鳥君は赤井さんと諸々もろもろあって、そんな暇ないはずだもんっ!」


「ちょっ、黒鐘さん! なんか意味深な言い方っ!!」


 というか、諸々って一体なんのことだろう……っ?


 そこで赤井さんに気付いた金元さんが、思い出したように口を開く。


「あ、この前廊下で――」


「どうも~」


「ど、どうも……!」


 すごい、すべてを言わせなかった……!

 にっこりとした赤井さんの笑顔はちょっと威圧感を感じる。

 金元さんもそれを感じ取ったのか、背筋をピンと伸ばしていた。


 あの時赤井さんは、金元さんの前で尻もちをついて泣いていた。

 それを掘り返されるのが嫌だったのかも。


 そこでふと、僕たち四人をぐるりと見回した金元さんがはっとした表情になる。


「あっ……ということは、先輩たちはその……ダブルデートとかですかっ?」


「ち、違うよ! 普通に遊びに来ただけだって!」


「そ、そうなんですか。なんだ……」


 僕が否定すると、金元さんはどこか安心したように胸を撫で下ろしていた。

 なぜだろう、と考えるより前に、


「えっとでは、お友達が待ってますので」


 と言って一礼し、金元さんがその場を後にした。

 みーくんがその背中に手を振る。


「おう、また部活でな~!」


 そして僕ら四人は、座れそうなボックス席を探して移動を再開。


「ねえ、白鳥くん」


 赤井さんに呼び止められて立ち止まる。

 みーくんたちは気付かず先に行ってしまった。


「え、ちょっ、赤井さん……!?」


 いきなり赤井さんが顔を近づけてきて、心臓が飛び跳ねる。

 女の子特有の甘い香りがほのかに鼻を撫でた。


 そのまま彼女は小声で囁く。


「わたしはダブルデートのつもりだったんだけどな~」


「えっ」


「うふふ」


 赤井さんはクスクスと笑って続ける。


「それと、うやむやになっちゃってるけど、二人きりで映画に行く話のお返事。あとでね」


 やっぱり冗談じゃなかったんですね……っ!!


「わ、わかりました……!」


 くすりと笑ってみーくんたちの後を追いかける赤井さん。


 みーくんたちの前で返事すると変な誤解を招きそうだし、今夜LINEで返事しよう。

 それにしても、赤井さんにはやっぱり敵いそうにないな……。


 その後はみんなで、映画の話に花を咲かせつつ昼食を楽しんだのだった。

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