6月
幕間③『水瀬さんは描きたい』 ――水瀬side
――
放課後を告げるチャイムが鳴ると同時に、三日間に渡るテストが幕を閉じた。
今なら空すら飛べそうだと思わせてくれるほどの解放感を味わいつつ、特別棟3階の教室を目指す。
その途中、見知った人影を見つけて私は声をかけた。
「あら、
赤井さんはこちらに気付くと、可愛らしい笑みで手を振ってきた。
「あ、
「これならいつも通りでしょうね。赤井さんは……
「え、どうして?」
「白鳥くんから聞いたわ。赤井さんって成績優秀なんですってね」
「そ、そんなことないよっ」
恐らく、“白鳥くんから聞いた”というところに反応したのでしょう。
何とも赤井さんは分かりやすい。
これで私以外には彼女の想いが知られていないみたいだから不思議なものよね。
「そういえば、今日は白鳥くんは一緒じゃないのね?」
「べ、別にいつも一緒にいる関係でもないんだよっ! わたしと白鳥くんはただのお友達だから!」
「うふふ」
あからさまな動揺を見せる赤井さんが愛らしくて、思わず笑みが漏れてしまった。
そんな私に赤井さんが遠慮がちな視線を向けつつ問いかける。
「ね、ねえ
「何かしら?」
「水瀬さんって、どうしてわたしのこと応援してくれるの?」
「さあ、何のことかしら」
何も応援しているつもりはない。
私はただ、私の目的で行動をしているだけなのだから。
「なんだか、カッコいいな……」
ポロッと漏らした赤井さんの言葉に、私は首を傾げる。
「カッコいいって、白鳥君のことかしら?」
「ち、違うよっ! 水瀬さんのこと!!」
「あら、カッコいいなんて言われたのは初めてだわ。主にどのあたりがカッコいいのか聞いても?」
「うーん、言葉にすると難しいんだけど……なんとなく大人っぽいところ?」
「大人っぽい、ね」
「あ、えっと、大人っぽいというかセクシーな雰囲気というか、えーとえーと……っ」
気を遣って、言葉を探す赤井さん。
きっと、私が“大人っぽい”と言われたことを不快に感じたと誤解したのだろう。
そんなことはないと、と安心させるように笑いながら言う。
「いいのよ、私は何も気にしてないから。むしろ嬉しいわ。ありがとう、赤井さん」
それにしても、大人っぽい、ね。
周りの人には、私のことがそう見えてるのかしら。
けっして、そんなことはないというのに。
◇◆◇◆◇
「ただいま」
部活を終えて自宅へ帰り、ルンルンとした足取りで階段を昇る。
「うふふ、やっと描ける~、やっと描ける~♪」
自室に入ると、即興曲『やっと描ける』を歌いながら荷物を置いて学習机に着き、引き出しから描き途中の漫画原稿を取り出した。
テスト期間中ずっと描きたくて我慢していた、漫画のネームである。
ジャンルは恋愛漫画。
両想いの男女がくっつきそうでくっつかない甘々なもの。
実は、誰にも話したことがないが、こう見えて私は昔から恋愛漫画が大好きなのだ。
読んでいてわくわくするし、恋をするキャラクターたちにきゅんきゅんする。
だから私もいつかこんな漫画を描きたいと思って漫画研究部に入ったのだけれど、甘い恋愛漫画がなかなか描けなかった。
なぜなら私には、恋をする感情というものがまるで
恋をすることに対して憧れもしない。
学校じゃ大人っぽいとかなんとか言われるけれど、本当は大人になりきれない子どもなのだ。
しかしそんな時、赤井さんと白鳥君の関係を発見した。
あの二人が作り出す雰囲気と、じれったいやり取りは見ているだけでドキドキ。まさに私が描こうとしていた展開そのものだった。
だから私は、彼女たちから勉強をさせてもらうことにしたのである。
「うーん……ちょっと展開がマンネリ化してきちゃったかしら。何かいいアクションがあればいいのだけれど……」
漫画原稿とにらめっこをしながら、ペンを
赤井さんたちのやり取りや話を聞けば、描くべき漫画の展開がいつもすぐに思い浮かぶ。
そういえば、今日赤井さんが何か言っていたわね。
「そう、テスト後の休みに白鳥くんやお友達と映画に出かけるって赤井さんが言ってたわ」
一緒に行かないかと誘われもしたのだけど、どう見てもダブルデートのその構図に割り込めるほど
かといって、このイベントばかりは後から話を聞いても恐らく
ならば、そうね。
ダブルデートの後をつけて、少し離れたところから観察することにしましょう。
それにしても、映画デート。
うふふ、なかなかいい展開になりそうね。
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