第1話『部活動』 ――千尋side

―― 千尋ちひろside ――



 放課後になると、僕は特別棟とくべつとう3階の教室へと移動した。


「お疲れさまです」


 を開けて挨拶をすると、中にいた10名ほどの生徒たちからまばらに返事があった。

 みんな各々机に着き、絵を描いたり漫画まんがを読んだりしている。


 ここは漫画研究部。僕が所属する部活である。


「お疲れさま、白鳥しらとり君」


 黒髪ボブカットで眼鏡めがねをかけた女子生徒が歩み寄ってきた。


「お疲れさま、水瀬みなせさん……ううん、部長さん、三年生になってもよろしくね」


 水瀬みなせ風香ふうかさん。隣のクラスの生徒だが、一年生の時から同じ部活ということもあって僕とは仲がいい。


 小柄こがらで幼い顔付きだからか、どこか日本人形に似た感じの子だ。

 でも、しっかりしていて頼れるから、二年生の終わりくらいから部長を務めている。


 水瀬さんは薄ら笑みを浮かべて僕に訊ねる。


「ええ、よろしく。ところで白鳥君、新年度早々、部長として頼みたいことがあるんだけど、いいかしら?」


「え、何かな?」


「あの子に部活動の紹介をしてあげてほしいのよ」


「あの子って……赤井あかいさんっ!?」


 水瀬さんが手を向ける先には、席に座った赤井さんがいた。


 なんでここに赤井さんがいるんだ……!?


 そのことを考えるより先に彼女と目が合い、にこやかに手を振ってくる。

 その仕草しぐさのあまりの可愛さに、僕は思わず見とれてしまった。


「彼女とは同じ小学校だったのでしょ。白鳥君が最適さいてきだと思うから頼むわね」


 そう言う水瀬さんにポンとかたたたかれたことで我に返る。すると、いつの間にか赤井さんが目の前にいて、にこりと笑いかけてきた。


「よろしくね、白鳥くん!」


 そういうわけで僕は、赤井さんに部活説明をすることとなった。

 僕らは二人で、机を向かい合わせて座る。


 普段の部員たちの作品や、文化祭で出品する合同作品などを見せながら赤井さんに活動内容を話した。


「……というのが、主な活動内容だよ」


「へえ、すごく楽しそうだね!」


 すべての説明を終えると、赤井さんは目を輝かせてグッと身を乗り出してきた。

 好奇心に満ちた子どものような表情。

 その表情に僕は既視感きしかんを覚える。


 小学校の頃の赤井さんもよく、こんな顔をしてた気がする。

 なんだか、この二日間で初めて、目の前の子が赤井さんなんだと実感した。


「どうしたの? わたしの顔に何か付いてる?」


「あ、ううん、何でもないよ。えっと、ちょっと描いてみる?」


「でもわたし、絵苦手だし……」


「え、じゃあどうして漫画研究部に」


「あ、それは……」


 言いよどむ赤井さん。

 絵が苦手ならストーリーを作りたくて部活見学に来たのかな。この部活ではシナリオ担当と絵担当で漫画を描くこともあるし。それとも何か他に理由が?

 そんなことを考えていると、赤井さんが何かを思いついたように手を叩いた。


「ねえね! それより白鳥くんの作品見せてよ!」


「いや、それはダメ!」


 赤井さんが目を向ける先には僕のクロッキー帳がある。

 その中には、今日赤井さんの姿を描いたページが……!

 それだけは見られちゃいけない。


 しかしそこへ水瀬さんが来てにやりと笑って言う。


「どうせ文化祭でたくさんの人に見せるんだし、見せてあげたらどうなの?」


「そうなんだけど……」


 水瀬さんの言う通りだけど、今だけは状況が違うんだ。

 でも、これでは赤井さんにだけ意地悪いじわるをしているみたいで嫌だし、赤井さんが描いてあるページを見そうになったら止めればいいか……!


「うぅ、わかったよ。練習ばかりで恥ずかしいんだけど、はい」


 僕は渋々しぶしぶクロッキー帳を赤井さんに手渡す。

 最初のページを開いた瞬間、赤井さんの表情がパァアと輝いた。


「わぁ! すごい上手!」


「……そ、そう?」


「うん! 小学校の頃も上手だなって思ったけど、今の方がもっともっと上手くなってるね!」


「~~~~~ッ!!」


 わぁぁああああやばい、すごく恥ずかしい。

 こんなに褒めちぎられると照れくさくて仕方ない。

 あ、でも、赤井さんのこの顔も懐かしいな。


 小学校の頃、何度か赤井さんに絵を見せていたことがあり、そのたびに彼女は今のように笑顔を輝かせてくれた。

 僕はその表情が見たくて、毎日頑張って描いてたんだっけ。


 結構前だからか、忘れてしまっていた。

 当時、赤井さんのおかげで、絵が楽しいと思えてたのかも。


絵柄えがらがどことなくレイブン先生に似てるかな」


 赤井さんが独り言のように言ったその言葉に僕は驚いた。


「え、赤井さん、レイブン先生知ってるの!?」


「うん、すごい好きだよ」


 レイブン先生とは、僕が好きなイラストレーターさんの一人だ。

 まさか赤井さんの口からその名前が出るとは思わなかった。


「でも、小学校の頃は全く絵師えしさん知らなかったのに」


 僕がそう言うと、赤井さんはどこかバツが悪そうに頬をいた。


「えっと、中学校の友達にすごい好きな人がいて、わたしも好きになったんだ~」


「そうだったんだ」


 どうしよう、すごく嬉しい。顔もわからないけど、そのお友達に感謝だ!

 僕はわくわくした気持ちが抑えられず、身を乗り出してたずねる。


「あ、他には! 他にはどんな絵師さん好きなの?」


「うーんとね、Mかわ先生とかイカスコーン先生とか」


「すごい! どっちの先生もすごい好きだよ!」


「そういえば髪のハイライトの入れ方はM川先生っぽいかも」


「おお! わかってくれるんだね! 実はそこはM川先生を意識してるんだ! あ、他にもね……」


 それからしばらく、僕らはイラストレーターや好きな絵柄について語り合った。

 趣味の合う人と好きなことを話す。この時間がいつまでも続けばいいのにと願ってしまうほど楽しいひと時だった。


 チャイムが鳴り、かなりの時間が経っていたことに気が付いた。

 僕は名残惜しい気持ちいっぱいに言う。


「……あ、そろそろ部活終わる時間だ」


「あ~、楽しすぎてあっという間だった~!」


「ほんとに? 赤井さんも楽しかった? 僕、一方的に話しちゃってたけど……」


「うん、もちろん楽しかったよ! またこの話しようね」


 そう言って、にこりと笑う赤井さん。

 よかった。赤井さんも僕と同じ感情だったんだ。

 もし同じ部活になったら、こういうことが毎日できるのかな。


「じゃあ、入部するってことで――」


「ううん、それはやめておく」


「え……入部しないの?」


「うん、入部はやめておくよ」


「ど、どうして?」


 やっぱり僕と話をするのは楽しくなかったのだろうか。

 それとも何か気に障ることをしてしまったのかも……っ!?

 でも、さっきの赤井さんの表情に嘘はないように見えたが……。


 赤井さんは僕のクロッキー帳を開いて見つめ、わずかに頬を赤らめて微笑む。


「わたしは描くより、見てるほうが好きなんだなって気付いたから」


 ん、あれ……。

 よく見れば、それは赤井さんを描いたページだったっ!!


 そんなにそっくりに描けたとは思わないが、制服や髪形かみがたが同じだし、気付かれてしまっても不思議はない。そうでなくても、あらぬ誤解を招いてしまいそうだ。

 何か言い訳をしないと!


「あっ……いや、それはそのえっとあのね……っ!!」


 しかし、赤井さんは言い訳をしようとする僕にウインクする。


「うふふ、今度から描くときは言ってね。白鳥くんのためなら、いつでもモデルになるから。じゃあ、また教室でよろしくね」


 そう言い残して教室を後にしてしまう。


 彼女のそのあまりの可憐さに、僕はしばらく見とれて固まっていた。

 って、待って。今の赤井さんの言葉からすると――


 ――やっぱりバレてたぁぁぁああああ!!!!!


 で、でも、いつでもモデルになるよって言ってくれたよね。

 それってつまり……どういうことなんだろう……?

 少なくとも嫌がっているようじゃなかったけど……。


 ……ああ、分からない!

 けどとにかく恥ずかしいっ。

 明日からどんな顔して話せばいいんだぁぁあああ!

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