プロローグ『再会』 ――苺side

―― いちごside ――


 中学三年の始業式。

 わたしは新しい学校へと足を踏み入れた。

 仲良しのみんなの中に、転校生のわたしが入っていけるか不安はある。


 でも、元々わたしはこの町に住んでいたし、同じ小学校だった人が半分くらいいるから大丈夫だよね……。

 それにこの学校には“あの人”がいるはずだから。


 担任教師から合図され、わたしは教室の中に入った。

 そして黒板の前に立ち、身体を正面に向ける。

 すると、およそ40人の生徒たちが自分に注目しているという状況に、一気に緊張してしまった。


 一つ小さな呼吸をして心を落ち着かせてから、自己紹介をする。


赤井あかいいちごです。教室の半分くらいのみんなとは小学校まで一緒だったんだけど、覚えてますか?」


 一斉に教室中がざわついた。

 この反応を見る限り、みんなは最初わたしが赤井苺だということに気が付かなかったようである。


 まあ、無理もないよね。

 中学校に入ってからわたしは、色々頑張って外見も中身も明るくて可愛い女の子になったのだから。


 意外そうな顔をする生徒たちを見回していくと、ある一人の男子生徒を見つけてわたしは鼓動こどうが高鳴るのを感じた。


 あ、あ……っ!

 白鳥くんだぁぁああああああああああ!!!!!!!!!!


 ――白鳥しらとり千尋ちひろくん!


 清潔感のある程度に切りそろえられた黒髪に、フチなし眼鏡をかけた地味な印象の男の子。

 彼を確認したわたしは、デレェ、とだらしない顔をしそうになるのをぎりぎりのところで抑えた。


 まさか白鳥くんと同じクラスになれるなんて……!!


 ついさっきまであった不安な気持ちなんて一気に吹き飛んでしまった。

 きっと楽しい一年間になる予感がする。



   ◇◆◇◆◇



 休み時間になると、一斉にわたしの周りには人だかりができ、質問攻めにあった。

 そのすべてに笑顔で対応しながらも、わたしの頭の中はある一人の人物のことでいっぱいだった。


 白鳥千尋くん。

 彼はわたしと同じ小学校だった生徒の一人だ。

 優しくて、クールで、とっても絵が上手。


 わたしはそんな彼のことが小学校の頃から好きで、いつか再会できることを心から願っていた。

 今日その夢が叶い、本当は今すぐに嬉し泣きしたいくらいなのである。


 みんなの質問攻めの合間をうまく抜け、わたしは白鳥くんの席へと向かった。

 小学校の頃と同じように、自分の席で黙々と絵を描く白鳥くん。

 いざその彼を前にすると、どう声をかけるべきか言葉を見失ってしまった。

 それになんだかドキドキして手汗が。


 こんな状態で白鳥くんに話しかけて大丈夫かな……!?

 ううん、やっと会えたんだもの。頑張らなきゃ!

 わたしはブレザーのポケットから手鏡を取り出し、前髪を少し整えた。


 よし、大丈夫! わたしは可愛いっ!

 そして小さく咳払いをして、白鳥くんに笑みを向けた。


「久しぶり、白鳥くん」


 驚いた顔でわたしを見上げる白鳥くん。


「ひ、久しぶり、赤井さん」


「あれ、白鳥くん、なんか緊張してる?」


「しょ、そんなことないけど!」


 ごめんなさい、ほんとは緊張してるのわたしの方です!

 でもそこに気付かれたら恥ずかしいから、頑張って平気なふりをしなきゃ。


「ふふ、また同じ学校になれて嬉しいな~。いっぱい仲良くしてね」


「うん、もちろん」


 ああもうだめ、緊張の限界……!

 感情を抑えるようににこりと笑い、わたしは自分の席に戻る。


 白鳥くんと話せた、白鳥くんと話せた、白鳥くんと話せた!!


 この二年以上ずっと夢見てきたことがやっと叶ったのだ。

 そして今日から毎日、白鳥くんと顔を合わせることができる。

 そう思うだけでわたしは、天にも昇るような気持ちになるのだった。



   ◇◆◇◆◇



「ここが図書館で、こっちに続いてるのが二年生の教室だよ~」


 昼休み、わたしはさきちゃんたちに学校を案内してもらうことに。

 咲ちゃんとは小学校の頃から仲良しで、この二年間も時々会ったりしていた。


 案内してくれる他の子とは初対面だったけど、咲ちゃんが間に入ってくれたこともあってすぐに打ち解けられた。

 咲ちゃんには感謝してもしきれない。


 ちなみに学校の案内役は最初、白鳥くんにお願いしたのだけど、そこへちょうど咲ちゃんたちがその役目を買って出てくれたおかげで、なんだかんだこんなかたちになった。


 たぶん白鳥くんは、わたしが咲ちゃんたちと気まずくならないようにと配慮して、わたしたちで行くよう言ってくれたのだろう。

 やっぱり白鳥くんは優しいな。

 胸の辺りが熱い。わたしは白鳥くんのことが好きなのだと再認識した。


「ねえ、苺ちゃん、聞いてるの?」


「え、あ、うん! しらっ、咲ちゃん、聞いてるよっ! ばっちり!」


 突然咲ちゃんから声をかけられ、わたしは思考を中断して応答した。

 危うく“白鳥くん”と言いそうになっちゃったけど、咲ちゃんは特に気に留めた様子もなくにこりと笑ってくれた。


「そう? ならよかった! じゃあ次は特別棟とくべつとうの方に行くよ?」


「うん、お願い~」


 わたしは咲ちゃんたちの背中を追って廊下を歩いていった。

 移動の途中、わたしはまた考え事をする。


 それにしても、この二日間、白鳥くんはわたしに対する反応が悪かった。

 久しぶりに会ったせいもあると思うけど……あっ。


 わたしのばか! 昔から白鳥くんは教室で注目を浴びるのが嫌いだったんだ!

それなのに、転校したばかりで視線を集めることの多いわたしが話しかけたら迷惑に決まってる。


 ああ、もう、わたしの考えなし。

 ならば、方針変更である。

 これからは人目の付きにくい時間や場所を選んで、彼にアプローチを仕掛けよう。


 そう例えば、放課後とか。

 うん、そうしましょう。

 今日の放課後からさっそく実行よ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る