第3話『本屋への寄り道』 ――千尋&苺side

―― 千尋ちひろside ――


 まるで忍者のような足取りで本屋の店内へと侵入。

 意味もなく、音の出ない歩き方をして漫画売り場を目指した。


 今日は好きな漫画の発売日。

 だから、本当は校則で禁止されているんだけど、本屋に寄り道をして帰ることにしたのである。


 さあ、漫画売り場まであと少し。

 すぐに新刊コーナーから狙いのものを掴み取り、レジへ持っていってすぐさま退散。

 計画では1分30秒のミッションだった。


 けれど、漫画売り場の一つ手前。

 専門書売り場で亜麻色ツーサイドアップのよく見知った姿を見つけた。


「え、どうして赤井あかいさんがここに……?」


 それは赤井さんだった。

 何やら難しそうな本を広げ、うんうんと頷きながら読んでいる。


 さすが成績優秀な赤井さんだ。

 ああして普段から知識を身につけているのかもしれない。

 でも、やっていることは校則違反である。


 あの真面目な赤井さんが校則違反してるって、バレたくないだろうしなぁ。

 よし、ここは気を遣って、気付かないふりをしよう。


 僕は彼女を素通りして目当ての漫画を手に取り、レジへと向かった。

 そして会計を済ませて外へ出ようとした時――


「あれ、白鳥しらとりくんだ!」


 ――赤井さんに声をかけられた。


 あれ、赤井さんの方から声かけてきちゃうんだ。

 と、心の中で苦笑しつつ振り向く。


「あ、赤井さん」


「偶然だね、白鳥くん! 何か買ったの? 漫画?」


 にこやかに訊ねてくる赤井さんに頷く。


「あ、うん」


「へえ! 何て漫画なの?」


「青の錬金術師れんきんじゅつしっていうのなんだけど、知ってるかな?」


「えへへ、知らなーい。どんなお話なの?」


「えっとね……」


 話が少し長くなりそうだったので、店内入口付近にあるベンチに腰かけた。

 そこで僕は好きな漫画のあらすじやキャラクターについて話をする。


 話を聞き終えた赤井さんは、顔を輝かせて僕を見た。


「すごい! 面白そう!」


 意外な反応だった。

 確か赤井さんは漫画をあまり読まなかったはずだから、てっきり流されるかと思っていたのだ。


 そういえば前の学校の友達の影響でイラストレーターさんにも詳しくなったみたいだったし、変わったんだろうなぁ。


 この漫画については周りで話ができる人が一人もいなかったから、もし赤井さんがファンになってくれるなら嬉しい!


「興味があるんだったら、よければ貸そうか?」


「え、いいの?」


「うん! 僕の家、ここからそんなに遠くないから、よければ立ち読みでもして待ってて!」


 ベンチに赤井さんを残し、僕は駆け足で家に帰ると、漫画を抱えて再度本屋へやってきた。

 赤井さんはさっきと同様にベンチに腰かけて待っていた。


「はあ、はあ……お待たせ、赤井さん」


「わざわざごめんね、白鳥くん。走ってきてくれたの?」


「ちょっとだけね」


 戻ってくる時はほとんど全力疾走だったけど、待たせた挙句あげく、赤井さんの気を病ませてはいけないと思ってそう言った。

 すると彼女はまるで花が咲くように頬をゆるめた。


「わたしのためにありがとう、白鳥くん」


 その表情にうっかり見とれてしまったが、ブルブルと首を横に振って気分を落ち着かせ、漫画の入ったトートバッグを差し出す。


「ううん、それより、はいこれ。たくさんあるし、読むのはゆっくりでいいから」


 一応重すぎないようにと考えたつもりだったけど、ストーリーの区切り上、5冊ほど持ってきてしまった。


「わ、本当にたくさん。ありがとう!」


 バッグを受け取った赤井さんは屈託のない笑顔でお礼を言うのだった。



   ◇◆◇◆◇



 翌日の朝、教室の自分の席に着いた僕に赤井さんが声をかけてきた。


「ねえ、白鳥くん! 昨日借りた漫画返すね」


「え、もう全部読んじゃったの!?」


「えへへ、うん」


 まあ5冊くらいだったし一晩で読もうと思えばできないこともない。

 まさかちょっと読んだだけで気に入らず、読んだふりをして返そうとか……?

 いやいや、赤井さんの性格なら、たとえ気に入らなかったとしても読み切りそうだ。


 赤井さんの真意を考えていると、彼女がもじもじとしながら上目遣いを向けてくる。


「あ、それでなんだけど……続きって貸してもらえたり、しないかな?」


「う、うん。もちろんいいよ」


「ほんとに! もうね、とても面白かったの! だからすごく続きが気になっちゃって」


 赤井さんが声をはずませた。

 その表情に嘘はなさそう。本当に漫画を気に入ってくれたみたいだ。


 やった!

 これでこの漫画について話ができる! それも赤井さんと!


 そこで不意に、赤井さんが悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。


「あ、でも漫画重いだろうし、持ってくるの大変だろうから、白鳥くんのお家に読みに行っちゃおうかな~」


「へ……?」


 ちょちょちょちょっと待ってっ!!!


 赤井さんが!! 僕の家に来るだってッ!?!!


 さらに赤井さんは混乱する僕の目をすっと見据えて言う。


「えへへ、どっちがいいか考えておいてね」


 ――キーンコーン……


「あ、予鈴が鳴っちゃった。またこの漫画のお話しようね、白鳥くん」


 そう言い残し、赤井さんは自分の席へ戻っていった。


「じょ、冗談のつもりだったのかな……?」






―― いちごside ――



 今日は白鳥くんの好きな漫画の発売日。

 だからきっと帰りに本屋に寄って帰ると予想したわたしは、先回りして漫画売り場の隣で立ち読みをすることに。


 一文も理解できない難しい専門書を手に取っちゃったけど、どうせ白鳥くんが来てないか常に気を配っている必要があるから関係ない。


 っと、さっそく彼が来店したみたい。

 わたしは専門書に目を通すふりをする。


 しかし、白鳥くんはわたしを素通りして漫画売り場へ行くと、一冊の漫画を手にレジへと行ってしまった。


「あれ……もしかして白鳥くん、わたしに気付いてない……?」


 そのまま会計を済まし、外へと出ようとする。


「帰っちゃう……っ! もう、こっちから声かけるしかないかな……」


 わたしは髪や服が崩れないように注意しながら早歩きで彼のもとまで駆け寄り、声をかけた。


「あれ、白鳥くんだ!」


 その後、どうにか白鳥くんと話ができ、話の流れで彼から漫画を借りることとなった。



   ◇◆◇◆◇



 翌日の朝、登校してきて一段落ついた白鳥くんに、わたしは声をかける。


「ねえ、白鳥くん! 昨日借りた漫画返すね」


 借りた漫画の入ったトートバッグを渡すと、彼は目を丸くして驚く。


「え、もう全部読んじゃったの!?」


「えへへ、うん」


 普段漫画は読まないのだけど、白鳥くんから借りた漫画は面白すぎてあっという間に読み切ってしまった。

 面白い作品に出会った興奮と早く続きを読みたい欲求から、昨晩はあまり寝られなかったほど。


 そう、続き!


「あ、それでなんだけど……続きって貸してもらえたり、しないかな?」


「う、うん。もちろんいいよ」


「ほんとに! もうね、とても面白かったの! だからすごく続きが気になっちゃって」


 せっかく漫画を通して白鳥くんと深く関われそうなのだから、しっかりアプローチをしておかなければ。


 よし、家の鏡の前で練習した色っぽい笑みをして……。


「あ、でも漫画重いだろうし、持ってくるの大変だろうから、白鳥くんのお家に読みに行っちゃおうかな」


「え」


 うわぁぁぁああああ言っちゃった言っちゃった!!!

 すごく恥ずかしいよー!!!!!

 白鳥くんポカンってしちゃったし!!


 でもここでボロを出すわけにもいかない!


「えへへ、どっちがいいか考えておいてね」


 わたしは美少女の表情が崩れそうになるのをぎりぎりで抑えてそう言った。ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴る。


 よ、よかった! これ以上表情を保てなかった。


「あ、予鈴鳴っちゃった。またこの漫画のお話しようね、白鳥くん」


 逃げるようにしてわたしは自分の席へと戻っていった。

 ちなみにもう顔は完全に緩み切っている。


 ああ~、危なかった。

 でも、もし白鳥くんが本当にお家に招いてくれたらどうなっちゃうんだろう……?


 やばい、まったくその時のこと考えてなかった!

 うわぁぁぁあああまだ行くと決まったわけじゃないのに、今から緊張してきちゃったよ!!!


 それから5分ほど、わたしは自分の席で一人、真っ赤な顔を手で隠して落ち着くのを待つのだった。

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