第6話『塾の見学』 ――苺side

―― いちごside ――



 今日は朝から白鳥しらとりくんの様子がおかしい!!


 いつもより少し猫背ねこぜで登校してきたかと思えば、休み時間中に絵を描いている時もなんだか楽しそうじゃない感じがする。


 他のみんなは気付いてないみたいだけど、すきを見て常に彼のことを見ているわたしにはすぐに分かった。

 きっと何かあったに違いない……!


 そう思って、いつもより5割増しで集中して彼のことを見つめていると、とうとうその原因が見えてきた。

 白鳥くんは学校近くのじゅくの広告を手にし、深くため息をいていたのである。


 なるほど、恐らく白鳥くんはあの塾へ見学に行くように親に言われたのかも……!


 その考えに至ると、わたしはトイレへ駆け込み、帰りが少し遅くなることをお母さんに電話した。


 放課後になると、せっかくだし白鳥くんを驚かしたいと思って塾へ先回りし、受付を済ませて教室で待ち構えたのだった。



   ◇◆◇◆◇



 狙い通り、塾で白鳥くんと一緒に授業を受けることに成功。

 しかし隣で、白鳥くんは暗い顔で「はあ……」とため息をいた。


 何か悪いことでもあったのかな。授業が気に入らなかったとか?

 わたしは白鳥くんにいてみる。


「授業、どうだった?」


「わかりやすくてよかったと思うよ」


「それなら、よかったね!」


「よかったからこそ、これからここに通わなきゃいけなくなるし憂鬱ゆううつで……」


「そっか、白鳥くん塾に通うことになっちゃうんだ……」


 そうなれば、放課後、白鳥くんと一緒に過ごすのが難しくなっちゃうかも……。

 それはやだ……!


 何か彼が塾に通わなくてよくなる方法があればいいんだけど。

 うーん、例えば、わたしが勉強を教えられたらいいのに。


「赤井さんの方はどうだった?」


 白鳥くんにたずねられた。


「うーんと、わたしはもっと少人数の教室の方がよかったな。例えば、白鳥くんと二人きりとか」


「え」


 白鳥くんが目を見開いた。


 あれ、今わたし何を……あ!

 しまったぁぁああああ!!!!!

 考え事をしていたせいで、思ったことをそのまま口にしてしまったっ!!


 白鳥くんと二人きりなんてそんな!!

 うわぁぁあああ恥ずかしいよっ!!!


 いや、待って! ここまで来たら押し切ろう!

 頑張るぞ、わたし!! ファイト、苺!!


「ねえねえ、どうせなら、わたしと二人きりで塾しちゃう?」


「え!?」


 白鳥くんが固まってしまった。


 さ、さすがにこれは攻めすぎたかな!?

 二人きりで塾っておかしいよね……っ!


「うふふ、ごめん。やっぱり今の忘れ――」


 咄嗟とっさに取り消そうとしたところ、なんと白鳥くんの方が顔を輝かせて身を乗り出してきた。

 不意に彼との距離が近くなったせいで、鼓動が一気に加速してしまう。


「それすごくいいアイデアだよ!」


「へ?」


「成績優秀な赤井さんに勉強を教えてもらうなら、きっと親も許してくれる! そうしたら塾に通わなくてよくなるよ! 赤井さん、教え方上手だし、きっと学力も上がるだろうし」


「え、そ、そうかな?」


 好きな人に褒められて、つい照れてしまう。

 教え方が上手と言われて、ちょっと嬉しかったのだ。


 いけないいけない!

 彼の前だぞ! 完璧な美少女でいなきゃ!


「……でも、それじゃあ赤井さんの勉強にならないよね」


 唐突とうとつに白鳥くんが暗い声になってそう言った。

 わたしは慌てて首を横に振る。


「ううん! 教えるのも勉強になるから大丈夫だよ!」


「本当に? じゃあ、いいの?」


「うん!」


 もちろんいいに決まってる!!

 むしろこっちから頼みたいくらいだよ!!

 どうしよう、嬉しすぎる!


 うっかり頬が緩みそうになるのを我慢してると――


「っ!?」


 ――白鳥くんがわたしの手をいきなり掴んできた。


 え、え、何!?

 どうしたのいきなりっ!


「ありがとう! 赤井さん! 何と言っていいか分からないんだけど、本当にありがとう!」


「う、ううん、全然大したことじゃないよ」


 あぁぁあああダメ、今のわたし、絶対緊張が顔にも出ちゃってる!

 白鳥くんの前なのに~!!

 このドキドキが手を通じて彼にバレてないか不安だよぉ……!


 白鳥くんは掴んでいたわたしの手を見てびっくりし、慌てて離した。


「あ、ごめんっ! 僕、手を!」


「あ、気にしないで!」


 なんならもっと触れていてほしかったくらいだけど。

 あ、やっぱりダメ!

 あのままじゃ絶対もっと大きなボロが出てたわたし!


 あれ、でもどうしたんだろう。

 わたしの手を離してから、いきなり白鳥くんが縮こまってしまった。


 緊張する小動物のようで可愛い。

 ひょっとしてわたしの手を握ったのは無意識の行動だったのかな。


 相手に余裕がないと思うと、少しだけこっちに余裕が出てくる。

 わたしは彼の顔をのぞき込み、にこりと笑った。


「じゃあ、これから放課後に一緒に勉強する日程を立てなきゃだね!」


「うん、お願いします」


 照れたようにそう言う白鳥くんの表情は、ずっと見ていたいくらいに可愛かった。

 さっきの緊張も合わさって、あやうく美少女の皮が剥がれて、だらしない顔をしてしまいそうになる。


 こんな調子で定期的に一緒に勉強するようになるなんて、大丈夫かな?

 ちょっぴりの不安な気持ちと、大きなわくわくをわたしは胸にいだくのだった。

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