第16話『倉庫』 ――苺side

―― いちごside ――



 倉庫から脱出したわたしと白鳥しらとりくんは、教室へ向かって廊下を歩いていた。


「なんだかよく分からないけど、とにかく鍵が開いてよかったね」


 安心したような顔でそう言う白鳥くんに相槌あいづちを打つ。


「うん、そうだね!」


 つい1分前まで、わたしたち二人は何者かによって倉庫に閉じ込められ、そしてまた何者かによって解放された。


 ――ということになっているが、実は違う。


 本当はわたしが、白鳥くんと二人きりになりたかったがために、鍵がかったふりをしたのである。


 でも、白鳥くんはたぶん部活に行きたかったよね……。

 すごく申し訳ないことしちゃった……。

 何かおびをしなきゃだよね。


「あら、二人とも」


 正面から歩いてきた女子生徒に声を掛けられた。


水瀬みなせさん、お疲れさま」


 白鳥くんが笑顔で応答し、それからすぐに疑問の眼差しになってたずねる。


「あれ、部活は?」


「もうすぐテストでしょう? だから早めに終わりにしたのよ」


「そういえばテストあったね……」


 水瀬さんの言葉に、白鳥くんの表情があからさまにくもった。

 いかにも、嫌なことを思い出した、と言いたげな顔だ。


 白鳥くんのために少しでも力になりたい。


 わたしは白鳥くんの肩をポンポンと叩き、耳元でささやく。


「また一緒に勉強しようね」


「うんっ」


 若干頬を赤らめた白鳥くんがうなずいた。


「ところで、二人は日誌を届けに行った後かしら?」


 水瀬さんの問いに、白鳥くんが頭を掻きながら答える。


「えっと、それが、日誌はまだ届けてなくて」


「あら、じゃあ何を?」


「先生に頼まれて荷物を倉庫に届けたら、閉じ込められちゃってね」


「へえ、そんな漫画みたいな出来事、実際にあるものなのね」


 み、水瀬さんがなんか意味深な目で見つめてくるんだけどっ!!

 鋭い水瀬さんのことだし、一瞬で真相に気付いちゃったのかも……!?


 わたしは冷や汗たらたらの笑顔で何とか口を開く。


「ねえ本当に! そんなことあるんだね~!」


「けれどそれなら、よく倉庫から出られたわね? 窓から出たのかしら?」


 水瀬さんの問いかけに、白鳥くんが首を横に振る。


「ううん、そうしようと思った時に、ちょうど鍵が開いて出られたんだ」


「へえ、そんな偶然もあるものなのね?」


 水瀬さんがまたにやついた眼差しを向けてきてる!

 絶対わたしの仕業しわざだって気付いてるよ……!


「ねえ本当に~!」


 またもわたしは冷や汗を流しながら返した。

 今度はぎこちない笑みになってしまったかもしれないから、白鳥くんには見えないように顔の角度を調整する。


「まあいいわ。それなら私は先に帰るわね。さようなら、二人とも」


「うん、水瀬さん、また明日」


「バイバイ、水瀬さん~!」


 水瀬さんは必要以上に詮索せんさくするつもりはないみたいだった。

 やっぱり一応は、わたしのことを応援してくれてるみたい……?


 水瀬さんを見送ったわたしたちは教室へ戻り、帰り支度じたくを整えて学級日誌を持ち、校舎外へと出た。



   ◇◆◇◆◇



 グラウンドで野球部の指導にあたっていた担任教師に学級日誌を届け、校門の前まで来たところで白鳥くんが口を開く。


「じゃあ、僕らも帰ろうか?」


「あ、そうだ! あのね、白鳥くん」


「うん?」


 今日は鍵が掛かったふりをしたせいで、白鳥くんに迷惑をかけてしまったと思う。

 だから彼にお詫びがしたい。


「白鳥くんって、何か欲しいものある?」


「欲しいもの……絵を描く時間かな?」


「ほんとごめんなさいでした……」


「え?」


「ううん、何でもないよっ! それより、他に欲しいものは?」


「他に……えっと」


 白鳥くんはちゅうを見上げて考える仕草しぐさをすると、少し照れくさそうに目をらして言う。


「また、赤井さんの料理が食べたい……です」


 え、ほんとに?

 本当にそう思ってくれてるのかな!?

 もしそうだとしたら、えへへ~! すごく嬉しいなぁ~!


「へえ、わたしの料理が?」


 にんまりと緩みそうになる頬をおさえ、かすかな笑みを浮かべるまでにしてたずねた。

 こくりと白鳥くんは頷く。

 小動物みたいな動きですごく可愛かった。


「お料理を持ってくるのは難しいから、明日クッキーを作ってきてあげる」


「え、本当に? じゃあ、僕も何かお返しを――」


「ううん、これはわたしのお詫びだから」


「お詫び? でも何の?」


 ポカンと首を傾げる白鳥くん。

 今日時間を奪ってしまったお詫びです……。


「いいから、お返しとか考えずに受け取って」


「わ、分かったよ」


「あ、でも」


 せっかくならば、ちょっと攻めないと。

 わたしは人差し指を唇にそっと当てて、ウインクしながら言う。


「もちろんこれは校則違反になるから、みんなには内緒だよ?」


 白鳥くんがゆだったように真っ赤になった。


 このポーズすごく恥ずかしかったけど、この顔が見られたのならやってよかった……!


 すぐ近くを女子テニス部が走り抜け、急いでわたしは姿勢を正す。

 そして白鳥くんは、ぎこちなく首を縦に振った。


「うん……!」


 やった!

 頑張って今日の内に、白鳥くんがびっくりしちゃうくらい美味しいクッキーを作っちゃうんだから!


 そう気合を込めながら、にこやかにわたしは白鳥くんへ手を振る。


「それじゃ、また明日ね。バイバイ」

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