第20話 奴隷の少女は今日も慈悲を乞い、主人は今日も苛烈な罰を下す


主人「おのれこのゴミ奴隷がああ!!」


主人「よくも俺の死亡届を勝手に役所に出してくれたな!

ご丁寧に医師の死亡届まで偽造しおって!

なんだこの『死亡理由・2ちゃんで煽られて憤死』って! 俺は周瑜か!」


主人「今度という今度は許さんぞ! ……おい、どこ行った?」


主人「どこだー隠れてるのかー」


主人「今夜はお前の好きなすき焼きだぞー」


主人「ほんとにいないのか」


 △ △ △


メカ奴隷商人「ふははは!! やった! やってやったぞ! リベンジ成功だ!」ウィーン


鉄の檻<ガタガタ


メカ奴隷商人「多数の犠牲を出したが、あの悪魔を生け捕りに出来たなら安いもの!

さあお前の新しい主人に会わせてやる!」


鉄の檻<ガタガタ


メカ奴隷商人「金だけはあるサディストのド変態だ! きっとお前を気に入るだろうよ!」


鉄の檻<ギュイイイイイイイイイ


メカ奴隷商人「」


メカ奴隷商人「な、なにをやっている!」


奴隷少女「携帯型ダイヤモンドカッターを使用しています」ギュイイイイイイイイイ


メカ奴隷商人「そんなの見りゃわかるわ!」


奴隷少女「もう夕方です。お夕飯の時間に遅れては御主人様に怒られてしまうんですよ。人質の身体検査さえしない三流の方?」ギュイイイイイイイイイ


奴隷少女「よっと」ガコッ


メカ奴隷商人「こ、ここは高速道路を走る車の中だぞ!」


奴隷少女「それは結構。あら外は綺麗な夕焼けですね。それでは皆様」ピンッ


奴隷少女「今度こそ永久にさようなら」ポイッ


メカ奴隷商人「ひ、手榴だ」


 ド ガ ン ッ


 △ △ △


 ドサッ ゴロゴロゴロゴロ ムクリ


奴隷少女「ふぅ、メイド服に耐衝撃繊維を仕込んでおいたのは正解でしたね。暑いのが難点ですけど」


青年「……君は、一体」


奴隷少女「おや、こんなところで奇遇ですね、お客様」


青年「君がさらわれてる所に出くわして、助けようと追跡してたんだ」


奴隷少女「それはそれは余計な手間をかけさせてしまい申し訳ございません。しかしこの程度はお客様の手を煩わせるほどのことではありませんよ」


青年「あれから、調べなおした……あの男がやっていたと思っていたことは、全て君が」


奴隷少女「ええ、その通りでございますお客様」


青年「エベレストから突き落としたのも、僕の車に爆弾をしかけたのも、南米マフィアの本拠地に置き去りにするのも、全ては」


奴隷少女「その程度は、戯れのようなものですよお客様」


青年「家を何度も燃やしたり……」


奴隷少女「誰にでも失敗はあるものです」


青年「大統領暗殺計画の冤罪も」


奴隷少女「トランプは想定以上にチョロい方で楽だったです」


青年「男の娘アイドルとしてデビューしたり、ちくわが栽培できるといって土に埋めたり」


奴隷少女「握手会の時は来て頂いてありがとうございました……あとちくわの件は忘れてくださいお願いします」


青年「まずいカレーを作ったり」


奴隷少女「カレーは私が作ったのではありません」


青年「なぜだ、なぜ君がそんなことをしなければいけない! 誰かに無理やり命令されてそんなことを……?」


奴隷少女「そうではありません。全ては私の意志で行ったことですよお客様」


青年「ちくわも!」


奴隷少女「ちくわの件は忘れてくださいお願いだから」


青年「実は男の娘なのも!」


奴隷少女「それも忘れて……」


青年「カレーも!」


奴隷少女「だからカレーは違うって言ってるでしょ!」


青年「なぜだ! なぜ君がそんなことをしようと思うんだ! 納得できる理由を聞かせてくれ!」


奴隷少女「そう、ですね。例えば……食事は生きていくために必要不可欠なものです。

そして必要不可欠なものならば、楽しめるほうがいい。お客様はそう思いませんか?」


青年「それは……僕もそうだと思う」


奴隷少女「では、もしも食べる必要なく生きていける体になったとして、お客様は食べるという行為を全て止めますか、それとも続けますか?」


青年「続ける、と思う。習慣として続けたことを、頻度は落ちるかもしれないが止めることはないだろう」


奴隷少女「私も、そう思います」


奴隷少女「初めは、自由になるためだった。でも気づいてしまったんです。私は初めから自由だった。あの人は、私を不自由にするつもりはなく、そして、私もまた自由がそれほど必要とも思っていないことに」


奴隷少女「必要の無い、必然のない空虚な行為に過ぎなくても、私はそれを止めることができない」


青年「君は、あの男を……君の主人を殺したいのか、それとも」


奴隷少女「自分でも、それがわからないんです。おかしいですよね。きっと、私は人として当たり前な機能が無いのかもしれません」


奴隷少女「それでも、あの人を殺した時に、その瞬間に抱けたなにかで、それがわかると思うんです。これが憎しみなのか、殺意なのか、別のなにかなのか」


奴隷少女「でもこんな私に、それでもいいと、御主人様は言ってくれたのです。それでも生きるべきだと。あの人しか、私を受け止められない」


青年「君は……自分の心がわからないのか、それを確かめるために……でも、もし殺して、そのときに抱くものが後悔しかないとしたら、悲しみしかないとしたら、君はどうするんだ! もうそのときには取り返しはつかないんだぞ!」


奴隷少女「大丈夫ですよ。その時は私も死ぬだけですから」


 △ △ △


――染み込むような夕暮れの光の中で、無邪気に笑う少女は、僕の少ない人生のうちで最も美しい笑顔だった。

 壊れそうなほどの狂気が、あの儚い笑顔の中にある。彼女の華奢な体の中に、渦巻く狂気が詰まっている。

 彼女は、幸せの中にいるのだろう。一杯の幸福を、飲み干すものだけがあんなふうに笑える。

 彼女の人生に何があったのか、何を失い、何を得て彼女はああなったのか。僕には知ることができない。

 ただ、そうなってしまった彼女を、今目の前で見ていることしか僕にはできない。


 僕は彼女を救おうとした。でも、彼女はもうとうに救われていたのだ。

 

 僕は、ただの道化に過ぎなかった。


主人「おい、こんな所にいたのかバカ奴隷!!」


 車から肥満体の男が降りる。こちらへ走ってきた。


奴隷少女「ああ! 怖かったです御主人様ぁ!」


 彼女が主人の元へと駆け出す。延ばされた手が膨れた腹に触れる、と思った瞬間に主人に掴まれた。


主人「だからどさくさ紛れに隠しナイフで刺そうとすんじゃねーよこのゴミ奴隷がああ!!」


 カランと乾いた音を立ててナイフがアスファルトを転がる。


主人「ん? なんだ若造か。こいつを助けにきたのか……まあ色々迷惑をかけたな。あとで礼はす」


奴隷少女「今です先生!」


 少女の声と同時に、主人の車のトランク外れた。板ごと大きく宙を跳ね上がる。中心には、巨大な拳の痕。

 立ち上がるは、鍛え上げられた筋肉の塊。上気した肌からは湯気があがる。顔には覆面。上半身は裸。下半身はレスラーパンツ。尻には『Sクラス腹パン職人』文字。


奴隷少女「よろしくお願いします!」


 巨人が踊る。弾丸のように一直線に主人の元へ。


主人「ひ」


腹パン職人「おおおおおおおおっらっしゃあああ!!!」


 赤の空に、くの字に曲がった主人の肥満体が舞った。


 △ △ △


 本業が忙しくなってきたせいもあるが、あれから僕はあの男の屋敷にいっていない。

 結局は僕のできることなど初めからなかったのだ。


 少女は、殺すことでしか自らの心を理解できないといった。そしてあの男はそれでもいいと言っていたと少女は語った。

 少女の殺意を受け止め続け、それでもなお死なないことが、あの男の愛なのだろうか。

 彼女を、死なせないため。


 壊れている。狂っているといってもいい。


 あの二人は、どうしようもなく二人で完結しているのだ。

 最初から僕が、なにかをしてやれるわけがない。


 どこかで、あの屋敷で、まだ二人は生きているのだろうか。

 そしてまた、いつものようにあの少女は慈悲を乞い、主人はそれを怒鳴りつけているのだろう。

 ずっと ずっと



「ご主人様お許し下さい!」


「いいや許さんぞこのゴミ奴隷が!」


 終わり

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