第39話 慈悲を乞う奴隷の少女、主人は2019の奇跡を巻き起こしながら罰を下す


ジェフ「クソッタレガッデム!!」


 投げつけられたアイスボックス。湿っぽいロッカー室の汚れた床にぶつかる。

 薄暗い部屋の中で音が響く。荒れる白人男ジェフを尻目に、チームメイトは無言で着替え始める。

 

ジェフ「ファック! ファック! ファック!」


 アイスボックスを盛大に蹴り上げ、ジェフは叫ぶ。苛立ちが止まらない。


アレックス「やめろジェフ。そんなもんアラバマまで蹴ったってヒットは出せねぇよ」


 大柄の黒人選手、アレックスが仕方なく止める。血走った目で睨みつけるジェフ。表情に怒りと焦燥。


ジェフ「打てねぇだと……? 打てねぇだと!? お前だってかすりもしてねえじゃねぇか! 塁に出れたやつなんか一人もいねぇ!」


アレックス「ああそうだ。どいつも役立たずだよ、それで、アイスボックスを死ぬまで蹴り上げると打率が上がるのか? お前の出身のオクラホマじゃそんなおまじないがあるのかよ?」


ジェフ「黙れこの××野郎! 本当ならお前らなんぞが俺と同じチームにいられるはずがねぇんだぞ!」 


 無言のロッカー室がさらに凍りつく。明らかな差別用語。


アレックス「……ジェフ、今のはマネージャーに報告する」


ジェフ「へ、喧嘩一つ買えねぇのか腰抜けが、テメエなんぞメジャーリーガーじゃなくてホットドッグでも売ってるのがお似合いだぜ!」


アレックス「……黙れ!!」


 アレックスが、怒りのままに拳を振り下ろした。


 これがこのチームの現実だ。黒人と白人が別れて争い、インド系やヒスパニック、アジア系がその様子を窺う。マネージャーもコーチもその制御が出来ない。

 打率も振るわず、毎年地の底を這う最低の成績。当然選手の年俸も全球団最低。もはや地元のファンさえも見放して久しい。

 それがここ、メジャー最低のメンバー。最悪のチーム。最弱のプレイ。

 けれど、

 

主人「おっと」パシっ


アレックス「……く、SHUJIN!」


主人「いいパンチだなアレックス。しかし俺たちがやってるのはボクシングじゃなくて野球なんだよ。揉め事ならシーズンオフにやれお前ら。プロとしての自覚がない」


ジェフ「うるせぇぞジャップ! ちょいと良い投げやってるからもう王様気取りか!?」


 けれど、今年だけは少しだけ違った。


アレックス「済まないなSHUJIN……頭に血が上った」


主人「口を出すつもりはなかったが、つい見かねてな」


ジェフ「けっ! 開幕から三戦連続ノーヒットノーランだもんなあ! 調子にも乗るか! まあ俺らだれもヒットを打てなかったからただの引き分け三つで終わりだけどなあ!」


主人「……」


ジェフ「なんだぁ!? なんか言ってみろよ! ちょっとマイナーリーグであちこちドサ周りしてたらあの|オカマ野郎(マネージャー)の目に止まりやがってよぉ。尻でも貸したかおっさん!? どーせこのチームは今季限りで解散だあ! とんでもないところに来ちまったなあ!」


アレックス「やめろジェフ、彼の実力は本物だ。侮辱するな」


ジェフ「こんなオヤジでもやっていけるたあ、日本の野球ってのは老人のスポーツなのか!?」


主人「この際だからはっきり言おう。このチームは最低だ。ここまで最低のチームを俺は見たことがない」


ジェフ「へ、とうとう言いやがったな!」


主人「マネージャーはいかにスポンサーから取った金を懐に入れるかしか考えてない。それより上は投資運用に夢中でうちのチームなどハンバーガーのピクルスほどにも気にしてない、だからシャワー室は今でも壊れっぱなしだ」


主人「そこにいるドミニカからきた3人は恐らくビザを軽く偽造しているな。パスポートの写真と微妙に顔が違うし、それを気にしていつもサングラスをかけている」


主人「インド人のタミル。防御も打率もダメだがカレーだけはやっぱり上手いな。野球よりカレー屋のほうが向いてると思う」


主人「ヒスパニックのカルロス。恋人から1日30回電話くるのはやりすぎだから止めさせろ。試合中断して電話取りにいくな」


主人「アレックス。離婚した嫁についてった娘さんの学費を捻出せねばならず正直プレーどころじゃないだろ?」


アレックス「ぐ……!」


主人「そしてジェフ。お前は膝の故障が再発しかけ、さらに嫁さんの手術代の目処がたたず自暴自棄になっている、そうだな?」


ジェフ「お、お前…!」


主人「2か月もいればチームメイトの事情などイヤでもわかる。野球はチームプレイだからな」


ジェフ「だ、だったらなんだよ、お前に何ができるんだよ!」


主人「このチームは最低だ。こんな酷いチームは見たことがない。ヤンキースやレッドソックスなんてチームと比べるのもおこがましい」


主人「だからこそ、俺はこの最低のチームで勝ちたい」


アレックス「SHUJIN……」


ジェフ「お前……」


主人「才能ある選手を大金で揃え使い回す。試合が終われば10億20億の年俸をもらう選手がニューヨークやラスベガスを我が物顔で遊び歩く。ファンに囲まれサインを書くだけで大歓声。ガムやチェロスを投げつけられることもない。素晴らしいことだな。クソッタレ!」


主人「そういう俺たちとはなにもかも違うやつらを、このクソみたいなチームで叩きのめしてやりたい。ほかのどれでもない、このチームのやつらで勝ちたいんだ」


主人「抑えは全て俺がやる。一点でもいい。一点だけでもお前らが入れてくれれば勝てる。俺もできる限り打つほうもやる。お前はできるか?」


アレックス「SHUJIN、それはいくらなんでも……」


ジェフ「……全部ひとりでしのぐつもりたあ、ずいぶんなデタラメ吐きやがったなジャップ!」


主人「これが野球メジャーってもんだろジェフ?」


ジェフ「……やるよ、死ぬ気で一点入れりゃ勝てるっていうんだな!? やりゃいいんだろ!!」 


アレックス「SHUJIN、いくら最初はうまくいってもここはメジャーリーグなんだぞ。最後まで無傷で終わるなんてできるわけがない! そんなものは奇跡だ!」


主人「アレックス、俺は人種差別はしない主義だ。すくなくとも、白人だろうと黒人だろうとバッターボックスに立てばどいつもこいつも案山子と変わらんよ。奇跡? いいだろう、奇跡のバーゲンセールをやってやる」


主人「いくぞ最低のクズども。最上エリート共に野球を教えてやる!!」



 △ △ △


主人「今帰ったぞこのクソ奴隷があああああ!! よくも人をアメリカマイナーリーグにたたき売ってくれたなあああ!! しかも最低リーグのルーキーリーグからだとおおお!!? 全米をバスでドサ周りして尻の肉が取れる夢みたぞおおお!!!

それからなんだ年俸は1日一回ハッピーセット食えるってのはよおおおお!! 来る日も来る日もマクドナルドマクドナルドマクドナルドマクドナルドおおおおお!!! おもちゃもういらないよおおお!!」


奴隷少女「お帰りなさいませ御主人様! まさかマイナーリーグから這い上がってメジャーまでいくなんて! 全米優勝おめでとうございます! 決勝戦の一点先制取られたのを終盤必死に二点取り返した展開は激アツでした!! さすが御主人様です!」


主人「うるせえええぞ! 俺の肩が消える魔球な投げすぎで限界だったけどジェフが必死にツーベースヒット打ったんだよおお!!」


奴隷少女「まさか日本時代はストレート154キロだったのが164キロにパワーアップ、六種の変化球が消える魔球も覚えて十種になるなんて! 打率三割一分に通算出塁率0,361のホームランや長打は少ないがバッターボックスに立てば確実に塁にでるコツコツ型なのがファンにも好評でしたね!」


主人「野球はチームでやるもんだからな! あと優勝しないと日本に帰れないと言われたから死ぬ気で鍛え直したわ! ほんとお前マジで許さねえからなあああ!!」


奴隷少女「お許し下さい御主人様!」


主人「もう今日という今日こそはマジで後悔させてやるからなあこのクソ奴隷があああああ!!」



 △ △ △


主人「やれ」


奴隷少女「う、うぅ……」


主人「はいカメラスタート!」


奴隷少女「みんなー! 奴隷男の娘ちくわ農家鯖缶ハンターネットアイドルユーチューバーチャンネルを見てくれてありがとー!」


奴隷少女「今日はー、私の最近ハマってる趣味! みんな大好きな大流行のタピオカを作ります!」


奴隷少女「まず材料は!」


奴隷少女「新鮮な豚の臓物」ドサッ


奴隷少女「墓場から取ってきた土」ドサッ


奴隷少女「ミズトカゲの骨を焼いた粉末」ドサッ


奴隷少女「トリカブトの汁」コトッ


奴隷少女「山羊の血」ドポッ


奴隷少女「これを真夜中のうちに山羊の血で魔法陣を書いて、中心に豚の臓物など他の材料を置き、般若心経を唱えまーす!」


奴隷少女「それで次の朝になるとですね! ほら! 捧げた生贄が! こんな美味しそうなタピオカに替わってるんですよ! ほらほら!」


奴隷少女「みなさんも作ってみて下さいねぇ!」




主人「おい見ろ! コメントすごい延びてるぞ! 真剣にカウンセリングを勧めるコメントがめっちゃ多い! やったなクソ奴隷!」


奴隷少女「もうやだぁ……」


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