終章:彼の夢

第41話 竜王凱旋

 戦いから、3日後。セシル率いる竜人騎士団が、『紫の国』国境砦からアスラハに捕らえられていた『亜人の女性』と『人族の男性』を救い出した後。


——


 未だ瓦礫の山が積まれた『王宮跡地』——の隣に臨時に建てられた簡易執務室にて。

「——その件は後で良いわ。ルクスタシアに回して、配下の子達に持っていってください。家屋に関しては急いでください。未だ市民の20%が仮設住居ですよ。……ああバレッツ大臣、丁度良かった。『紫の国』からの返答はまだかしら。それと食糧。騎士団の3割はそちらへ充ててください。あと——」

 レナリアの座るテーブルの前に、大勢の人が集まっている。皆、経済や産業、建築や魔法など国の主要な部分を担う要職者達だ。竜人族だけでなく、中にはエルフやオーガ、獣人族も居る。

「……!!」

 毎日。

 彼女は『こう』している。玉座とは、悠々とふんぞり返るものなどではない。『国の中で最も働く為の椅子』なのだ。彼女は1日30分の睡眠と9時間に1度、10分間の食事以外は全て、『仮設玉座』にて執務を行い、現状の把握と指示出しを行っている。

「人民大臣は今はどなたですか? 受け入れ市民の種族構成と正確な人数を知りたいのですが。——って、この質問3日前にも2度しましたよね? アウグシア大臣?」

「やっ! 済みませぬ女王。未だ市内は混乱しており……」

「出来ない言い訳を探す前に。部下に任せてここでじっとしていないで、現場に出てください」

「もっ! 申し訳ありませぬ!」

「もう。ライル? ……ライル。居ないの?」

「……女王。ライル様は今、その現場に出て瓦礫処理と住居修繕に尽力されております」

「……そうだったわ。じゃあ、あと3時間後に私も下へ降りて見て回ります。それから戻るまでにこれらの資料を用意しておいてください」

 やることは。考えることは死ぬほどある。国民に対して、生活の安寧を。他国に対して、説明と協力要請を。彼女(政治家)にとっては寧ろ、『戦後』の方が『戦争』なのだ。被害が出ている地域が『竜の峰』とその周辺の町や村だけということが、彼女の負担を大いに減らしていた。

 そして。

「——『ジェラ家』からは?」

「はっ。先程手紙が届きました。……女王に感謝を、と」

「それで充分よ。リルに伝えなきゃ」

「それと、『火の国』からも手紙が」

「読んでおきます。——では一度解散してください」

「女王」

「何ですか?」

 ひとりの大臣が、恐れながら手を挙げた。

「もう、流石に休まれてください。『そのような』大怪我もされているのに。このままでは本当の意味で『忙殺』されてしまいます」

「……ええ。ありがとう。だけど、今でないとできない事が沢山あるわ。ライルのしたことは、当然だけど汚職の一掃にも貢献しているのよ。国にメスを入れるチャンスだわ。大臣の再選定から議会発足、やりたいことはいくらでもある」

「ですが、『女王はひとり』です。それに、今夜は祝勝会もございます」

「あ」

 はたと動きを止めた。

 それを、忘れていた。レナリアは時計を見る。

「危ないっ! 大臣ナイスです。では一時解散ね。良いですね?」

「「はっ!」」

 彼女のひと声で、幕を下ろした。


——


——


「……よう」

「ああ?」

 彩京の中央部にある病院にて。レイジはお見舞いにやってきていた。

 その部屋には、ベッドがふたつある。誂えられたように、ヒューリとシエラが並んで寝ていた。

「……なんでいきなり喧嘩腰に睨むんだ、お前は」

 ぎろりとした視線を向けられ、レイジは可笑しくなった。

「……お前か。なんか用か?」

「夜、祝勝会だろ。シエラ姫の体調はどうだ?」

「——まだだ。俺は良いよ。お前らで楽しんでくれ」

「そう言うと思ったぜ」

 ちらりと、シエラを見る。未だ、起き上がることができない。『翼』をひとつ失うことは、翼人族にとって甚大な被害となるのだ。

「レイジ殿。ご心配お掛けして申し訳ありません。私達に構わず、お楽しみくださいませ」

「あ、酒は持ってきてくれ」

「抜け目ねえなあ」

 ヒューリもヒューリで全身に大きな怪我を負っている。国の医師から治癒魔法を受けても、体力の回復までは行えない。完全快復にはまだ時間が掛かるだろう。

「ラス達は?」

「さあな。俺は見てねえよ」

 この病院には、リルリィも入院していた。彼女の怪我はそれほど大きくなく、すぐに退院したのだ。


——


——


「……ふぅ」

 一息ついた。泥だらけのライルは一旦現場を離れ、仮設住宅で腰を下ろす。

「頑張ってるね」

「うわっ」

 そこにはウェルフェアが既に居た。吃驚したライルは目を丸くする。

「……ウェルフェア、さん」

「ウェルで良いよ」

「…………何か、用?」

 ライルは正直、彼女が少し苦手だ。自分と相対してひと欠片も怯まないどころか、きちんと意見を言ってくる。それに、亜人である彼から見て『混血児』である彼女は、『とても魅力的に見える』。

「お願いがあるの」

「……?」

「戦い方を。教えて欲しいの」

「?」

 彼女のお願いに、彼は一瞬理解が追い付かなかった。

「……僕より、強い人も。教えるのが上手い人も沢山いるよ」

 元『輝竜王』ライル。王としても騎士としても、歴代で『最も未熟』であったと既に世間では噂されている。何も咎められずにいることに自分が我慢できなくなり、こうして泥にまみれているのだ。

 落ち着いてから、改めて罰を受けたいと、彼は彼の姉に申し出るつもりだ。

「『気』と『魔法』。私と同じ戦闘スタイルだと『最強』は貴方でしょ?」

「…………。いや、ルクスタシアが居るよ」

「変身したら貴方が強い」

「変身したら、戦闘スタイルが変わってくるよ」

「でも、貴方はしなかった」

「!」

「ヴェルウェステリアもレイジも私も。変身したら一瞬だったのに。しなかった。何もない草原なのに、あの魔法も使わなかった」

「…………それは」

「……えっとね。ごめん。特に根拠とか理論は無くてさ。その……駄目かな」

「…………」

 ウェルフェアは気付いていない。

 彼が『断れない』ことに。

「……分かった。僕で良ければ」

「ありがとう。【ライル君】」

「!?」

 彼女は少し嬉しそうにして彼を呼んだ。

「よろしくね」

「……はは……」

 ライルからは、渇いた笑いが出た。


——


——


「……おい、あれ」

「ああ……あれか」

 基本的に、人族は目立たない。だからこそ、異様だった。彼は最も目立っていたから。


 【竜人族の子供を連れて歩く人族】


「……ねえラス」

「ん?」

 リルリィはぴこぴこと、彼に付いて歩く。街を復興している様子を見に来ていたのだ。

 雪の降る都。街の霧も濃くなり、少し幻想的に見える。

「彩京って、『泉竜』の人が多いんだね。私の家の周りとは違うや」

「そうなのか」

「うん。『地竜』と『赤竜』が多かった」

「……もう怪我は大丈夫なのか?」

「大丈夫だよっ。治癒魔法とポーションでばっちり!」

 リルリィはラスの前へ出て、がっと拳を握って見せた。そして元気をアピールするように跳ね、瓦礫に躓いて尻餅をついた。

「わっ!」

「おいおい……」

 ラスが手を差し伸べる。


——


「ラスっ!」

「!」

 呼ばれた声に振り向く。少し慌てたようなその声は、『やはり』いつ聞いても耳に心地好く感じる。

「レナ」

 白金の髪。黄金の片角。虹色の瞳。だが旅の時のボロボロのマントではなく、その姿は。

 『一国の主』たる威厳が見える服装であった。

 ティアラを乗せ、装飾に包まれたきらびやかな衣装——【ではなく】。

 清潔感のある——いつでも動けるように、機能性を重視した白いワンピースを着ていた。

「……寒くないのか」

「いえめっちゃ寒いです。リル、悪いけどお願いできる?」

「うんっ」

 リルリィは彼女に熱魔法を掛ける。

「で、どうしたんだよ」

「……こっちに降りていると聞いて、呼びに来たんですよ」

「何にだ?」

「今夜の祝勝会です。貴方が居ないと、始まらないでしょう」

「ああ……そんな名だったか?」

「え? そりゃ、爪の国やアスラハに『勝った』お祝いですから」

「俺が聞いたのは凱旋祭だ」

「っ!」

「あんたが無事に、ここへ『帰ってきた』お祝いってな。街じゃ皆そう言ってるよ」

「…………」

 街を見る。まだ戦闘の傷跡が深く残っている。

 だが人々は活気に満ち、俯いている者は居なかった。

「……良い国だ。皆、あんたの事が好きなんだよ」

 女王さま、とこちらへ手を振る子供も居る。

「…………ラスの、お陰ですよ」

 帰ってきた、と。

 彼女は今初めて実感した。


——


 その夜は精一杯、街は飾り付けられた。色とりどりの灯りが点り、正に祭りの様相だった。

 家族を亡くした者も居る。住む所を失った者も。だが。

 まずは。

「乾杯だ」

 我らが女王の生還を喜ぶのだ。不意に始まったが、戦いの終わりを喜ぶのだ。

 死者に弔いを。生者に祝福を。

「……【和】」

 それがこの国の風土だった。

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