第12話 人狩りグレン

「アアアアアッ!」

 その咆哮は魔力を伴い、辺りの煉瓦を剥がしていく。

「……こんな、子供が! 変身魔法だと!? 馬鹿な!」

 飛び退き、距離を取った獣人族。驚愕の色を隠せないでいる。

。ぶっ殺してやる」

 崩れる家々の間から、ラスが怨嗟混じりに歩いてくる。

「くっ!」

 獣人族の男は咄嗟に右手を構え、魔法を使う。風の魔法だ。ファンをずたずたにした魔法。

「お前が死ねば解決だ、家畜!」

「……リルリィ」

「アアア!」

 放たれた風の刃は、ラスを守るように下ろされたリルリィの巨大化した腕に弾かれる。強靭な翡翠の鱗は、魔法を通さない。

「なんだとっ!?」

「捕まえろ」

「!」

 リルリィの腕が伸び、男をわし掴んだ。

「ぐぅぅ! 貴様……!」

 見ると、街の住人が逃げ惑っている。すぐに警備隊や、狩人が来るだろう。今度こそ、リルリィは狩られてしまう。

 だがその前に。

 ラスはリルリィの腕に登り、男の元へと向かう。爆発寸前の爆弾のような瞳で、じっと睨んだ。

「竜王襲撃は『爪の国』のお前らか?」

「……ふん。まだその段階か。家畜の情報力は知れたものだな」

「エルフとも繋がっているのか?」

「何も話さん。殺せ」

「分かった」

 ラスは躊躇なく、短剣を男の首に深く突き刺し、斬り飛ばした。

「ラス!!」

 レナリアが叫ぶ。ラスは彼女の元へ降り、リルリィに変身を解除するよう指示した。


――


――


「……その獣人族の男が無理矢理連れ出そうとし、竜人族の少女が抵抗し変身したと」

「目撃者も居ます」

「被害は?」

「建物のみです。人的被害はありません」

 数時間後。街の牢屋に入れられたラスの前に、街の長が秘書を従え謁見に来ていた。

「…………」

「……っ!」

 ラスはふたりを牢越しに睨み付ける。秘書はその視線にややたじろぎ、息を飲んだ。最弱の人族とは言うが、だがここまで威圧感のある殺気を出せるものかと。

「……彼は、その獣人族を殺害し、事態を収めました」

「ほう、人族が」

 ドワーフと見られるその男は、興味深そうにラスの顔を覗き込む。

「その獣人族は市民かね」

「いえ、外国人です」

「ならばこの街に限れば、彼に殺人罪は無いな」

「……」

「人族の御仁」

「……なんだ?」

 ラスは答えた。強く睨むが、ドワーフは意に返さない。

「竜人の少女とは知り合いか」

「旅の仲間だ」

「ふむ。人族と竜人族がなあ」

「おかしいか? リルリィは子供だ。いくら強かろうと、国へ帰る知識も情報も無い。あまり俺達を見くびるなよ」

「……しかし家屋損壊と殺人は罪だ。市民でなかろうと、死体の処理はウチで負担するハメになっている」

 リルリィの保護者と見なされたラスには、その責任を追及される。

「……結論から言ってくれ」

「国外追放。以降の出入りを禁止する。良いな」

「旅の支度くらいはさせてくれ」

「では明日、日が昇ってからの国の滞在を禁じる」

「話が早くて良い。……寛大な処置に感謝する」

 ラスは釈放された。


――


「市長っ!」

 ラスを見送った市長の元へ、ひとりの狩人が駆け寄る。

「何故釈放を!?あの竜人も、狩るべきだ!」

 彼はオーガの青年だった。

「……今は一刻も早く人族を街の外へ出すべきなのだ。幸いすんなりことが運んだ」

「……グレンのことですか」

「そうだ。『人狩りグレン』。奴が戻ってくる。騒ぎは起こしたくない」


――


 帰り道。レナリアとリルリィは別の宿を取り、待っている。ラスもそこへ向かっている。

「……」

 ラスを見たオーガやドワーフ、街の住人は、恐怖の視線を彼へ向ける。

「……いい気分じゃねえな。亜人が俺(人族)を怖がるのは新鮮だが……」

 と、そこへ。

 1台の車が通った。そう、車だ。

 車は、人が引いている。人力車だ。

「ハァ……ハァ……っ!」

 裸の人族が数人がかりで、家くらいある巨大な車を引いていた。

「…………」

 ラスは驚きながら、そして怒りながら山車を睨む。上にはオーガの男が、人族の女性を侍らせて座っていた。

「ん?おい止めろ」

 男の声で、車が止まる。男はラスに気付いたようだ。

「やあ。珍しいな。俺にそんな眼を向ける人族は」

 男は山車の上から語りかけた。

「……」

 ラスは無視して去ろうとするが。

「まあ待て。俺は人族が好きなんだ。貢献もしてるぜ? 雇用とかな」

「……そうだな。彼らを路頭に迷わすわけにはいかない」

 その台詞の意図を、男は正確に読み取った。

「おいおい、俺を殺す気かよ」

「どけ」

「……ふん。良いだろう」

 ラスの怒気を感じ取り、男は道を空けた。その去り際。

「……竜人と旅してるって?」

「……人違いだ」

 男は鋭い視線でラスを見送った。


――


「ラスっ!」

 開口一番、リルリィが抱き付いてきた。受け止めたラスの心境は複雑だった。

「……あれ? 早くない?」

 ややあってリルリィは疑問を投げ掛ける。ラスの処遇は決まり次第、ふたりに伝えることになっていた。役人ではなくラス本人が来るとは思っていなかったのだ。

「ああ。街を出るぞ。迷惑かけちまった」

「ラス」

 リルリィを優しく振りほどくと、今度はレナリアが、腕を広げてラスを迎えた。

「……?」

 近付いたラスは、レナリアに頬を張られた。

「っ!」

「…………!」

 それから、レナリアは力一杯ラスを抱き寄せた。

「レナ……?」

 唖然とするラス。

 レナリアは泣いていた。

「……私は、貴方しか頼る人が居ないのですよ」

「…………」

 あの時。何が正解かは誰にも分からなかった。ラスの技が効かない相手に、リルリィが捕まっている。放っておけば、恐らくレナリアとの交換を提示してきただろう。

 主導権は獣人族が握っていた。どうすることもできなかっただろう。

「貴方の『怒り』は、大切なものです。忘れてはいけません。だけど、所構わず怒っていては、戦っていては。目的を達することなく死んでしまいます」

 亜人に会う度戦っていては、いずれ要らぬ所からも恨みを買う。そうするともう収拾が付かない。ラスが釈放されたのは奇跡と言うほか無い。

「……悪かった」

「ラス。聞いてください」

 レナリアはラスを抱き締めたまま語る。

「『虹の国』の政治基盤は崩壊しつつあります」

「!?」

 彼女はずっと情報を集めていた。ラスの狩猟で得た報酬を殆どそれに充てていた。

「どうやら……私の国は、『要らぬ所から恨みを買っていた』ようなのです」

 部屋に散らばる新聞。ラスには亜人の文字は読めない。だがどんな事が書かれていたかは、レナリアの様子を見て理解できる。

「最早一刻の猶予もありません。こんな所で、敵のひとりに時間を取られている場合では無いのです」

 虹の国が崩壊する。それは、レナリアの権力の瓦解を意味する。そうなると奴隷解放など泡と消えてしまう。

「……私の家は?」

 リルリィが不安そうに訊ねる。

「……新聞には書いていません。ですが、大規模なクーデターはあったようなので、王政に準ずる貴族家も無事かどうか……」

 そこで、レナリアはようやくラスを離した。

「一度森まで戻り、そこから北上します。途中爪の国の一部も通過しますが、『最短』です。もうそれしかない」

「……」

 ラスは地図を見る。恐らくレナリアの案は、彼女が翼人族の国へ来た経路だ。知っている道なら、ある程度危険は少ない。

「……奴等は俺達が爪の国を迂回すると踏み、ここへ来た。ばっちり手のひらの上だったんだ」

「私が冷静で無いと?」

「そうじゃない。だが用心するに越したことは無い。……とにかく、街から出よう。買ってないものは……」

「無いよ。さっきラスを待ってる間にわたしが全部買ってきた」

 ラスはリルリィを見て、レナリアを見た。

「ええ。万端です。すぐにでも」


――


 長い長い1日が終わろうとしていた。

「…………」

「ラス? なにそれ」

 馬上には3人。ラスに抱えられるようにリルリィ、後ろにラスとレナリアだ。

 リルリィはラスが手綱を離し、手を組みながら眼を閉じていることに、首を傾げた。

「リルリィ。あなたもしてくれる?」

 レナリアも同じく、手を組んでいた。その方向。その方角には、あの集落がある。

 レナリアは、ラスの背中が震えているのが分かった。それを抑えるように、額を当てた。

「…………っ」

 レナリアも涙が出た。あの優しくしてくれたサロウは、仲良くなったファンは。

 もうこの世界に居ないのだ。

 レナリアの胸には、初めての感情が去来していた。なるほどこれを知れば、『祈らざるを得なくなる』。締め付けられるような感情。無力な自分。突き付けられる現実。

「泣くな」

「!」

 震える背中から、厳しい言葉が放たれた。

「失った命を嘆くのはその日の晩だけだ」

「……! でもっ」

「レナ。俺もあんたを頼るしかなくなったんだ」

「!」

「だから、あんたが女王である内に、なんとしても国へ送り届けなくてはならない。些細な恨みに怒ってる場合じゃないな」

「そんなっ! 些細なんてことは……!」

「……女王?」

「!」

 ふと、リルリィが口を開いた。

「お姉さん、女王さまなの?」

「……ええ。そうよ。言ってなかったわね。……レナリア・イェリスハート。無様で何も出来ない、愚かな王よ」

「…………」

 リルリィは自嘲気味に頷くレナリアをじっと見詰めた。


――


――


「グレン・ガウェイル。上級狩人だとか」

「そうだが、あんたは?」

 とある酒場。人族の奴隷を連れたオーガの男は、テーブルを挟んで灰色のローブを来た男と杯を並べていた。

「狩人とは、報酬次第でなんでも狩るそうだな」

「ああそうだ。で、どうした?」

 ローブの男は、4枚の紙をグレンへ差し出した。

「……人族、か?」

「そうだ。人族の男。だがエルフを11人、獣人族を3人殺している」

 そこへ描かれていたのは、人相書きである。1枚目は黒髪の男。そして2枚目は。

「……そして『竜王』レナリア。現在行方不明扱いだが、我々はその足取りを掴んでいる」

 白い髪に金の角。『五体満足』であった頃のレナリアだった。

「……人狩りか? 竜狩りか?」

「男は殺せ。竜王は生きていれば良い。金貨100枚でどうだ」

「このガキと女は?」

 3枚目。フードを被った赤い髪の少女。4枚目は黒い髪の女性だった。

「我らが『爪の汚点』と、例の『アーテルフェイス』の娘。これらは見付けたらで良いが殺さず捕まえて欲しい。特に赤毛の娘は何があっても決して殺すな」

「なら200枚だ」

「……良いだろう。私は『花の国』に居る。捕まえたら報せろ。報酬を払う」

「前払いで50枚だ」

「……ふん」

 それだけ言い残し、金貨の入った袋を投げ付けてローブの男は去っていった。残ったグレンは、興味を引いた人相書きをまじまじと見ていた。すなわち。

「……あの男、ただ者じゃねえとは思ったが……くっく」

 ラスの方であった。

「久々に気前の良い依頼だ。よぉし。『人狩りグレン』の出番て訳だ」

 グレンは踵を返し、杯を残したまま酒場を後にした。

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