第11話 急転

「ジェラ家は、虹の国でも貴族家。5年前、末娘が行方不明になったと聞いたけど、鉄の国に居たのね」

 次の日。

 レナリアは改めて、ラスの持ち帰った情報を整理していた。ここは宿。布団とテーブルが用意されただけの簡素な所だ。レナリアはテーブルで、ラスに買ってきてもらったノートになにやら書き物をしている。ラスは布団で横になっており、リルリィはその隣でじっと座っていた。

「……へぇ」

「理由は分からないけど、虹の国と鉄の国は隣国だから、そんなにおかしくは無いわ」

 地図を見ると、流石世界最大面積というべきか、鉄の国の領地は遥か北の虹の国とも隣接していた。

「……ラス、大丈夫?」

 リルリィは自分の傷より、ラスを心配していた。彼も、虎に突進された傷がある。

「……5年も、ひとりで頑張ってたんだな」

 ラスはリルリィの頭を撫でた。リルリィは気持ち良さそうに尻尾を振っている。

「……随分モテますね」

 レナリアがじとりと見た。

「懐かれたと言ってくれ。大体ファンは例外だろ。取り替え子なだけだ」

「シャラーラやザクロさんは?」

「あのなあお前。なんでもかんでもそんな発想してるって、虹の国で広めてやろうか」

「……ええ。私の生存報告になるわ」

「真面目に答えるなよ……」


――


「こえを聞いて貰えたの。ラスは、わたしが人だって分かってくれた。だから好き」

 リルリィはこの5年の話をしようとはしない。あまり覚えても無いらしい。だが、過酷だったことは容易に想像できる。それこそ変身魔法を使って、解く隙も無いほどに。

「お姉さんは、なんで詳しいの?」

「……私も、竜人だからよ」

 レナリアは少し服をはだけさせ、片方の角と鱗を見せた。リルリィと比べると痛々しい光景だが、証明にはなったようだ。

「……大丈夫? いたくない?」

 リルリィはおろおろとレナリアへ近寄る。

「痛みはもう大丈夫。ありがとう。……でも、もう魔法も使えないし、歩けないの」

「……かわいそう」

「……優しい子ね。あなたこそ、目は痛まない?」

 片角を折られ尻尾を切断され、鱗を数枚剥がされた竜人の女王レナリア。

 そして、左目を失った竜の子、リルリィ。

 戦場かと思うほど悲惨な光景だ。だが、本人達はそうは思っていない。

「いたいけど、ラスとお姉さんを見ると我慢できちゃった」

「……ありがとう」


――


「リルリィは、これからどうする?」

「え?」

「俺達は、虹の国へ行く事を目的にしている。その為に、この街で準備を整えるつもりだ」

「……わたしも行く。帰りたいよ。おうちに」

「分かった」

「えへへ」

 リルリィは嬉しそうに、寝転がるラスへ飛び込んだ。

「うおっ」

 角と尻尾はあるが、小さな女の子だ。こんな子が、あの巨大な竜に変身し、何人もの狩人を蹴散らしていた。

 竜人という種族の凄さの片鱗を見た。こんな子供でも、危険な狩猟区でひとりで生活できるのだ。

 やはり竜人族とは、他の亜人とは別格なのだと理解した。

「当面は金か」

「ええ。資金ができたら次の砦へ向かう。それを繰り返し、虹の国へ。ラスならどんなモンスターでも狩れる。でしょう?」


――


「いや、もう国を出た方が良い」

「何故?」

 場所を移して、ザクロの酒場。ザクロはラスへ給仕がてら、そう言った。

「前に言ったろ。『趣味悪い』方のオーガが、この街に来る。人族好きで有名な奴だ」

「……ほう」

「この街にも、奴隷市場はある。あたしは行かないけどな。でも普通だよ。ドワーフ達の工房じゃ、奴隷が主要な労働力だ。あたしは見たこと無いけどな」

 と、ザクロは念押しした。

「奴隷市場、ですか」

 ラスの横に座るレナリアが神妙に呟いた。今日は狩りには行かない。この酒場は安全と判断し、情報収集のために彼女も来ていた。

 リルリィはお留守番である。

「東の区画さ。この街も広いからね。そっちの方には行かないことをおすすめするよ」

 と、そこへ新たなお客が来店した。ザクロは「ま、今日くらいは寛いでってよ」と言ってテーブルを去った。

「この国の法律は、人族を守らない」

 ぽつりと、門番の言葉を思い出したラス。

「人拐いってことですかね。気を付けないと」

 レナリアは、持ってきたノートにメモをする。

「ああ。特にあんたは足が……」

 ラスはレナリアの背後に立つ影を見た。大柄なオーガとドワーフのふたり組だった。

 ドワーフ。正式には鎚人族。男女共に立派な髭を蓄え、横に大きい身体、強靭な腕力を持つ種族。

 彼らは火と水、そして風の魔法を得意とする。その繊細な魔法から作り出される至高の武具が、オーガの手によって操られる。彼らは共存することで最強の戦闘能力を発揮するのだ。

「……あ?」

 ラスはふたりを睨んだ。およそ弱者とは思えない威圧感を放つ。何故ならふたり組は、レナリアを凝視していたからだ。

「……相席良いかい? お嬢さん」

 オーガがラスを無視してレナリアへ話し掛けた。対してレナリアは、きょろきょろと辺りを見た。

「……まだお昼で、テーブルは空いてますけど」

「かかっ! そういう意味で言ったんじゃないぜ!おぼこい姉ちゃんだ!」

 きょとんとしたレナリアに、ドワーフの男が笑い声を挙げた。

「あんたと呑みてえから誘ったのさ。別嬪さん」

「勿論承知の上で、他のテーブルを勧めたのです」

「ちっ」

 ラスはややこしいことになる前に、ふたりを気絶させようとしたが。

「(駄目よ。力は隠しておかなきゃ)」

 レナリアはそれを察し、眼で訴え、制した。

「気の強い女は良い。弱い人族なら尚更いじらしいな」

「光栄ですが、もう出る所なの。行きましょうラス」

「……ああ」

 ラスは立ち上がり、レナリアの手を取ろうとして。

 伸びたレナリアの細い腕は、オーガのごつごつした手に握られた。

「……ちょ。なんですか」

「行くとこあるんだろ? 送るよ。さあ」

 オーガはレナリアの手を引いて立たせようとするが、レナリアの足は動かない。掴まれた腕を振りほどこうとして、椅子から落ちてしまった。

「きゃっ!」

「おいおい大丈夫か? 酔ってんなら、介抱してやるよ。なあ」

「離してください」

 レナリアは尚も、怒りを募らせるラスを眼で制する。この場で騒ぎは起こせない。ザクロの手前もある。

「どうかお引き取りください。私はあなた達との時間は作れません。諦めてください」

「……」

 オーガは、ドワーフとアイコンタクトを取った。何故か分からないが、この女は怪我か何かで足が悪いのだ。

「嫌だね」

「かかっ。そもそも人族が、ワシらに拒否権などあるものか」

「ちょ……! 嫌!」

 オーガが強引にレナリアを担ぎ上げた所で。

「おい」

 ラスが男の肩に手をやった。

「……あ?」

 レナリアはラスを見ていた。その目はもう、ラスを止める眼では無かった。

 助けを求めていた。

「その辺にしとけ好色オニ野郎。角折んぞてめえ」

「んだと奴隷風情が」

 と、初めてオーガが、ラスに気を向けた。

「!」

 瞬間。

「ぐおおっ!」

 オーガが、背後に向かって回転するように倒れ、後頭部から地面に激突した。

「はぁ!?」

「きゃっ」

 レナリアは勢いでオーガから離れ、ラスの腕の中へ着地する。

 ドワーフの驚愕を無視し、倒れたオーガの顔面を、力一杯踏みつける。

「うおっ!」

 人族の攻撃など効かないだろうが……そこでラスはオーガを『秘密兵器』によって気絶させた。

「……帰るぞレナ。雲行き怪しくなってきた」

「え、ええ……」

「おおおお~」

「?」

 いつの間にか、他の客の注目を浴びていた。彼らはラスに対し、称賛の拍手を送っていた。

「すげえな、人族が軽々とオーガを倒したぞ」

「いや弱すぎだろあのオーガ」

「……また『投げた』。……なんだあの技」


――


 だが。

「貴様、ただで帰れると思うな!」

 残ったドワーフが、ラスへ向かう。単純な筋力と体重なら、オーガより上の種族だ。戦いは好まないと言え、ただ突進するだけで簡単に人族など殺せる。

「……ヒゲ肉野郎が」

 結果は同じだった。ただ単純に向かってくるだけの『肉』。

 ラスの敵では無い。秘密兵器を使わずとも、気の操作のみであしらい、倒した。

「おおっ!」

「よっ!」

 沸く酒場。ラスはやれやれと代金をザクロへ渡した。

「勘弁してくれ。息を潜めたいんだ」

「あはは。本当に強いな、ラス。でも尚更なんで虎に負けたんだ?」

「言わねえよ」

「言えよー」


――


「もう街を出ましょう」

「ああ」

 レナリアを馬に乗せ、宿まで走るラス。

「『強い人族が居る』なんて噂が出ると危険だわ」

「さらに『竜人連れ』と来た。敵が優秀じゃなくてもあんたまで辿り着かれるな」

「ええ。少なくとも爪の国……獣人族にはあなたの『秘密兵器』はバレている」

「シャラーラのせいでな」

 急いで戻ると、宿の入り口でなにやら揉めているのを見付けた。

「……?」

 居るのはオーガ、獣人族。そして……。

「嫌、はなしてっ!」

「大人しくしろガキ」

 オーガに捕まるリルリィだった。

「……さっきも見たな。オーガに抱えられる竜人」

「馬鹿言ってないでっ!」

 レナリアが叫んだ。


――


「ラスーっ!」

「あぁ!?」

 リルリィがこちらに気付き、助けを求める声を挙げた。オーガは何事かと睨む。

「鬼ロリコン野郎が」

「っ!」

 途端にオーガは目を回し、糸が切れた人形のように倒れる。力が抜けて離されたリルリィは、バランスよく着地した。

「(……改めて、無敵よね、この人)」

 レナリアが馬の上から感心する。この秘密兵器の存在を知れば、誰が人族を馬鹿にできようか。

「ラス……っ!」

 ラスの元へ駆け寄ろうとしたが、その足は宙に浮いて空を掻くだけだった。

「……さて、ここからだ」

 そう呟いたのは、犬の耳を生やした獣人族の男。彼はリルリィの首根っこを掴み、その動きを制していた。

「その子を離せ、変態犬野郎」

「口が悪いな家畜民族」

 その獣人族の男は、やけに落ち着いた雰囲気を持っていた。そして、何故かアイマスクで目隠しをしている。その下には獣人族の正装であるスーツ。そんな男が小さな女の子を捕まえている。確かに変態にも見える様子だった。

「……ちっ!」

「?」

 犬耳の男は気絶しない。レナリアは不思議に思った。

「やはりか。興味深いものだな。『キ』というのか」

「うるせえ!」

 ラスは秘密兵器が効かないと、強引に距離を詰める。しかし身体能力では人族は獣人族に勝てる筈は無い。男は暴れるリルリィを掴みながらも回避する。

「ラスっ!」

 リルリィは叫ぶが、ラスは憎々しげに男を睨むのみ。

「『視線誘導』。そして『催眠術』。……どちらの術も恐らく世界最高レベルまで研ぎ澄まされている。『キ』には他にも技があるのか? 我らの仲間を殺した技は?」

「!」

 薄々気付いてはいたが、これではっきりした。この男は、爪の国からの追っ手だ。

 だがそれよりも。

「……催眠、術?」

「ちっ!」

 ラスは舌打ちした。睨むは男のアイマスク。

 ……『秘密兵器』のタネが、バレてしまった。冷や汗が垂れる。

「当たりか。しかし凄いな。そんな薄弱な、失われた技を駆使してこうも簡単にオーガを下すのは」

「……何の用だ犬畜生野郎。報復か?」

「何を言う。報復ならもう終わっている」

「は?」

「…………まさか!」

 男の言葉にレナリアは考えが至り、口をつぐんだ。

「あの草原の家畜は根絶やしにした。2日前のことだ」

「……!!」

 瞬時にラスの瞳孔が開く。全身の毛が逆立つ。レナリアは恐怖した。ただの人族に。

「……!」

 故郷を滅ぼしたと、犬耳の男は語った。もうあの集落は存在しない。サロウもファンも死んだ。彼らの知らないところで、知らぬ内に。

「……リルリィ」

「……えっ?」

 ラスはぼそりと呟いた。眼を閉じた相手に催眠術は通用しない。視覚を失うが、恐らく獣人族特有の鋭い五感で補っているのだろう。なるほどそうされれば、彼らは人族にとって天敵と言える。

「『やれ』」

「……でも、街が」

 リルリィは躊躇する。彼女は賢い。ラスの命令を聞けばどうなるか想像できる。

「ちょっ……ラス! それは……」

 レナリアも止める。しかし、ラスの怒りは最早【そんなもの】ではない。

 何より、彼は怒ると冷静さを失う。

「大丈夫だ。『やってくれ』」

「……わ、分かった」

 リルリィは頷いた。どうなろうと、ラスを信じる……それは、幼いが故の信頼だった。

「ラス待って――!」


――


 遅かった。リルリィの翡翠の角が、淡く光る。獣人族の男が魔力に気付き、構えるが。

「アアアアアアア!!」

「なん……だとっ!」

 彼女の身体はみるみる変貌する。男の手を離れ、巨大化する。それに伴い壊れる宿。傾く建物、ヒビが入る石の床。

 戦闘種族オーガを数人病院送りにした隻眼の恐竜が、再び現れた。

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