第19話 『人間』
種族ALPHAは、この世界を創った。その後、彼らは消えた。それから永い年月の末、始めに人族が誕生し、それぞれの亜人達が生まれた。
これが現在、最も一般的な創世の解釈である。
――
「種族ALPHAは、どんな外見をしていると思う?」
ドレドが訊ねた。相手はレナリアである。
「……種族によって解釈が違いますね。竜人族は角と尾。エルフは魔石と杖。獣人族は獅子の顔。それぞれ自分達の種族の特徴を持っていると」
朝。再度皆を集めた。ここからが、彼の話したかった本題である。
「見てくれ」
ドレドは壁を差した。赤い『文字』がある。ラスとレナリアは見たことのある文章だった。
【Project:ALPHA】
【We will keep living on this world】
「古代人族の文字ですよね。ある集落でも見ました」
「俺はこれの解読に成功した」
「!」
考古学者のドレドは、世界各地の遺跡を廻っている。人族を追う度に、これがキーワードのように書かれているのだ。
「上の文が『アルファ計画』」
「計画……?」
古代の人族から、ALPHAの事が書かれていた。彼らは創造種を知っているのだ。
「下の文が『我々はこの世界で生きていく』」
「!」
どくんと、心臓が脈を打った。ラスだ。鼓動が速くなる。文字とは、誰かに伝えることを目的としたもの。その『誰か』とは、誰なのか。
「……彼らはこの世界で生きていくために、この世界を創った」
レナリアがふと呟いた。あの時の『魔人族』の言葉を。
「それは?」
ドレドが訊ねる。
「……旅の途中で、魔人族のシャラーラに出会いました。そこで彼女が言っていたのです」
ラスもレナリアを見る。そして思い出す。
「俺もだ。俺のことを『主と匂いが似ている』と言っていた。……奴の主は『気』を使う、とも」
「えっ……?」
「……ふっ」
ドレドは少し驚いて、笑った。
「なんだ、やっぱりそうか。はっはっは……」
「なんだよ」
「……『ALPHA=古代人族』。俺の説さ。大きくは外れてなかったらしい」
「!」
『気』を操れるのは今のところ、人族だけである。そして種族の『匂い』は、魔素の占める割合は大きい。
「だが間違いだった。人族はALPHAじゃない。俺達は世界を創れないしな」
「そりゃ……」
荒唐無稽な妄想である。ALPHAは最も偉大な種族だ。間違っても、魔力を持たない人族と同一には考えられない。
「しかしだ。遺跡のあちこちで『ALPHA信仰』が窺える。その上で、彼らの名を冠した『計画』を立てている。俺はそう考えていた」
「…………?」
「そもそもだ。これら遺跡を、『古代人族の物』と断言できる証拠はなんだ?」
「……壁面などに描かれた人物画が、人族と酷似しているから、ですよね」
「そうだ。さらには、遺跡とその周辺には魔素が無いか、少ない。この遺跡では亜人は長く生活できない。魔法を前提に考えた家具や物の配置もしていない。やはり人族の遺跡なんだ」
リルリィはまだ眠気眼だ。ウェルフェアもつまらなさそうに欠伸をしている。だがレナリアとラスは、真剣にその話を聞いていた。
「『人間』という言葉を聞いたことはあるか?」
「……ニンゲン? なんでしょう。ラスは?」
「無いな。野菜かなにかか?」
「はっは!違う違う。……彼らの文字を解読した俺は、見付かる限りの彼らの文字を読んだ。その中で、彼らが彼ら自身をそう呼んでいるんだ。『人族』ではなく『人間』と」
「……『人間』」
「彼らの文書にはこう書かれている。『アルファ計画』のことだ。いくつもの文章から、彼らの計画を知った」
ドレドは羊皮紙を取り出した。
――
『我々人間にとって、この星の空気は毒である。吸い込むと即座に昏倒し、痙攣の後数時間で死に至る。この悪魔のような気体を「魔素」と名付けた』
『この星の生命は「魔素」を吸い込むことでエネルギーとし、火や風を発生させる。昨日狩った巨大な空を飛ぶ怪物が、どうしてその体重で飛べるのか調べると、「魔素」のエネルギーで身体を浮かせるように風を発生させていた。小説好きな乗組員が「魔物」「魔力」「魔法」と悪戯で名付けた』
『あと数年で、空気中の魔素を除去する装置が稼働できなくなることが分かった。電力が作れなくなっている。魔素以外は本当に理想的な星だが、魔素のせいで様々な弊害が出ている。だがもう一度飛び立つことはできない。我々はこの星でなんとか生きていくしかないのだ』
『他の船との連絡に成功した。魔素をどうにかするのではなく、魔力として使えないか模索する方が良いらしい。「通信魔法」と名付けた』
『乗組員が突如倒れた。原因不明だ。健康状態も良かった。だが彼は死んでしまった。解剖の結果、胃腸内から大量に、消化不足の食料が出てきた。例の魔法を使う怪物の肉だ。食べる際に魔素の反応は無かったが、彼の身体からは魔素の反応があった。一大事である。船内に魔素を入れてしまった』
『「魔素」によるパンデミックから10日。倒れる者と、平気な者に分かれた。理由は分からない。だが平気な者は、スーツを着ずに外へ出た。我々は取り残されてしまった』
『「魔素」を取り込んだ人間には、身体が変化を起こした者が居た。彼らは「魔物」達の使う「魔法」を、装置を用いずに使うことに成功した』
『やがて、「魔法」を扱える者達とそうでない者達で分かれ、争いになった。人間の姿を残す者は魔法が使えない。専用の施設も機材も無いため、詳しく調べることもできない。だが人類という視点で見れば、我々は進化に成功し、新たな姿と力を得た。私個人が取り残され朽ちていくのは不本意だが、結果的に「アルファ計画」は成功したと言えるだろう。彼らはこの星で、これから新たな歴史を歩んでいく。「創世記」に立ち会えた事を神に感謝して、私も神の元へ旅立とうと思う。――ミルコ・レイピア』
――
「――これが、全貌だ。俺の解読が正しければな」
「…………!」
リルリィとウェルフェアは眠ってしまっていた。レナリアは開いた口が塞がらないといった表情である。
「『星』『船』『電力』『神』。不可解な単語はいくつかあるが……九種族の誕生について『人族起源説』はこれでより信憑性を増した。と、考えられる。魔素に適合できず遺跡に取り残された者を『人間』。適合できたが身体の変化が無く魔法を扱えない者を『人族』。魔法を得た者を『亜人族』。これで間違いないと思う。……竜王の見解は?」
顎に手をやり、考える。もしこれが本当ならば、世間の人族を見る目は一気に変わる。
「……『星』とは、この大地のことです。夜空に浮かぶ星々のひとつがここ。彼らは『この星』と言っていた。『船』を使い、この星までやってきたのでしょう。魔力ではなく『電力』で動く船で」
「そうなるな。『人間』は魔力を持たず『電力』を持っていた。……俺はこの『人間』こそが、俺達の言う『種族ALPHA』じゃないかと思ってる」
「……世界を創ったのではなく、元々あった星に適応させる。この星で暮らせるようにする計画を『アルファ計画』と」
「そう。遺跡の文献には、アルファを『種族』として扱っている物は無かった。何かの理由でこの大地にやってきた彼らが、生きるための計画。それがアルファなんだ。シエラ」
「はい」
ふとシエラを見た。彼女は水を汲んできた所だった。
「翼人族には『神』の伝承があったよな」
「ええ。『終世主』ですね。全知全能の王の王。何をしても、全て見られている。白い翼を持つハーピーを大量に従えた『翼の無い老人』。角も尾も無い人物として描かれています」
「その実在は分からないが、『人間』達も『神』を知っている。種族間の争いとは無縁だった翼人族だからこそ、彼らの文化が残されているのかもな」
「……ふむ。そうなのでしょうか」
シエラはドレドの話に興味は薄かった。元より自己主張は強い方ではない。ヒューリとウェルフェアさえ居れば、彼女の世界は完結しているのだ。
――
――
結局この遺跡には2日滞在した。ドレドはまだ話し足りない様子だったが、のんびりしている訳にもいかない。シエラとウェルフェアのことは置いておいて、ALPHAの話は正直【革命】には関係無い。
「俺はここから動けない。置いていってくれ。なに、釣りも得意だし食べられる植物の知識もある。革命が成功してから迎えに来てもらえればそれで良い。それよりヒューリとフライトを探してやれよ」
「……かしこまりました。お気を付けて」
シエラは少し躊躇ったが、ここでドレドの回復を待つよりはラスに付いて『虹の国』を目指した方が良いと判断した。
「じゃ、治癒魔法掛けるよ」
リルリィがちょこんと、前へ出た。だが。
「止めてくれ」
ドレドは拒否した。
「なんで? 痛くないよ?」
「創世の話は別にしても、俺も亜人に家族を殺されてる。『魔法』は感情が許さないんだ。何故か拒否反応を起こす。ああ、別に君が嫌いな訳じゃない。申し出は本当にありがたい。だけど、俺に魔法は使わないで欲しい」
「…………わかった」
リルリィはしょぼんとして項垂れた。くすりと笑ったラスが、彼女の手を引いた。
「大丈夫だ。そんなに人族はやわじゃない。行こう」
「……うん」
「ドレド」
「なんだ?」
「あんたの話は面白かったし、楽しかった。変かもしれないが、わくわくした。必ず迎えに来る。死ぬなよ」
「……おう。今度は酒でも呑みながら語らせてくれ。ヒューリによろしくな」
――
「私は、ヒューリ様を探そうと思います」
シエラが言った。彼女にとっては、それが一番の目的だ。
「……ああ。そもそも共に行動する必要も無いしな。俺はてっきり、その『ブラック・アウト』に誘われるかと思ってたが」
「私の勘ですが。ヒューリ様とラス殿は恐らく対立してしまうように思えます。ですが【革命】の時は、私とウェルフェア殿の名をお使いください。その為の『会』だったということで」
「……ふむ」
ラスは今後の方針を考えた。基本的には変わらない。虹の国へ行き、そこからはレナリアの仕事だ。だが国で獣人族の反乱が起きているなら、これを鎮圧しなければならない。『人族は強く、虹の国の役に立った』功績を得られれば、成功する確率は高くなる。
「私は、もう少しラス達と居て良い?」
「!」
飛び立とうとするシエラに、ウェルフェアは足を止めた。シエラも少し驚いている。ヒューリにあんなに懐いていたというのに。
「どうせ多分、『虹の国』で会えるよ。そこが目的地だし。なら私は、ラスと一緒に居た方が良い。ヒューリは多分、私を『証』としては使わないと思うし」
自分の、やるべきこと。ドレドの話を鵜呑みにした訳ではないが、自分にしかできないことだ。『必要とされる』ことは、彼女の心を動かした。
「私はこんな見た目だけど、人族のつもり。種族全体のことを考えたら、そうした方が良いと思う。……駄目かな」
ウェルフェアは初めは、亜人に恨みを持った子供だった。ヒューリの『怒り』を見て、心が晴れた。
だが考えたのだ。自分のことだけではなく、皆のことを。両親のことは知らないが、恐らく『それ』を、彼らも思ったのではないかと、考えるようになったのだ。何故自分が生まれたのか。それをずっと。
「……かしこまりました。では『虹の国』で再会しましょう。お気を付けて」
「シエラもね。今までありがとう」
ずっと、母代わりだったシエラ。国が滅んでも一緒に居た家族。今初めて、ヒューリともシエラとも離れることになる。
「ではラス殿。『私の愛しい娘』を。どうぞよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げた。ラスは頭を掻いてしまった。
「……なんか変な感じだな。別に娶る訳でもねえし」
「そうだよ。魔法使えるんだから、ラスより強いよ私」
「ふふ。……ではこれで」
初めから最後まで、微笑を崩さなかった。シエラは大きな翼を広げて、飛び立った。
「……あっという間に見えなくなった。やっぱ魔法は凄えなあ」
「ふふ」
「レナ?」
少年のような目で空を見るラスに、つい笑ってしまった。最初は魔法を憎んでいたのに、今ではこうだ。亜人が人族を知るだけではない。彼も亜人を認めてきている。お互い歩み寄れているのだ。それが嬉しかった。
「そういや、ウェルフェアは魔法使えるんだな」
「まあね。あんまり上手く無いけど」
ウェルフェアはフードを脱いで、駆け出した。あっという間に木に登り、ジャンプして飛び降りる。その手には果実が握られていた。
「……へぇ」
「人族にはできない身のこなしですね」
続いて、果実を貰おうと近付いたリルリィの手を取った。
「ぎゃっ!」
「!」
瞬間、リルリィの身体は反転してお尻から地面に落ちた。
「……ほう……」
ラスは感嘆した。レナリアはまた目を丸くした。
「……『キ』じゃないですか」
「うん。私はどっちも使える。シエラに魔法を。ヒューリに気を習ってたから。……こっちも修行中だけど」
ラスより強い。
それはあながち間違いでは無いのだ。
「いてててててて」
「あっ。……ごめん」
――
「この山を下りると、大きな湖があります。『魚人族』のテリトリーですが、湖に近付かなければ心配ありません。彼らは多少なら活動できますが、基本的に陸で生活はできません」
「魚人族(マーマン)ね。奴隷文化の無い種族で有名だ」
「そうなの?」
坂道を下っていく。レナリアはまだ杖に頼らなければならないため、馬に乗っている。リルリィとウェルフェアが周囲を警戒してくれているため、比較的安全に進んでいる。
「人族は水の中では生きていけない。奴隷にしようが無いのさ。まあ奴等のストレス発散に付き合わされた人族の話はよく聞くが。……基本的には関わりは無い。翼人族と同じようなもんだな」
「つまるところ、人族を毛嫌いして蔑んでいるのは獣人族、エルフ、ドワーフ、オーガと……竜人族が主体です。オーガとドワーフは『鉄の国』での狩猟で手一杯とすると、獣人族、エルフ、竜人族。『虹の国』にはこの3つの種族が最も多いのです」
反乱を起こしたのが獣人族となれば、『爪の国』の息が掛かっていると考えられる。彼らは虹の国民でありながら、獣王に従っているのだ。
「とにかく、湖は迂回して行きましょう。それを越えると、ようやく麓まで辿り着きます」
「……麓」
ラスとレナリアと、リルリィとウェルフェア。人族がひとり、竜人族がふたり。そして、人族と獣人族の混血児がひとり。4人で『虹の国』を目指す。
「ええ。……『竜の峰』の麓へ」
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