第22話 銀竜の話

 パチパチと、火花の散る音がする。ラス達を含め、全員が両手を組んで祈る。

 集落の広場で、負傷者の手当てと同時に犠牲者の『火葬』が行われていた。


――


「本当に、なんとお礼を申し上げて良いか。ありがとうございました」

 首長の男性は深々と頭を下げる。ラスは集落を見回した。

「……半壊、だな」

 川を挟んで一方が壊滅してしまっている。建物も人も、再興には時間が掛かるだろう。10人に満たないが、亜人に襲われるということはこういうことだ。もはや災害なのである。

「この集落の人口は200人ほど。今回の死者が、23人。怪我人が31人。……『たったこれだけの被害』で済んだのは貴方がたのお陰です。……レナリア女王陛下」

「私の姿と名を……」

 首長は片角と尾を失ったレナリアの正体を見破った。

「『竜王』は傷付き、【失神(ブラック・アウト)】と共に虹の国帰国を目指している。……そういう情報が、我らの間では出回っているのです」

「…………」

「ささ、今宵は休まれてくだされ。川を越えたこちら側はまだ被害が少ない」

「何故この集落は襲われた?」

「!」

 ラスは気になっていた。ウェルフェアもだ。谷に隠されたこの集落が、頻繁に襲われているとは思えない。今日いきなり襲われたのだ。この集落には『気の戦士』は居ない。居なくても続けてこれた集落なのだ。

「……ねえリル」

「えっ?」

 ウェルフェアは、リルリィへ確認を取った。この場では、彼女達ふたりにしか分からないことだ。

「『居る』よね。……まだ亜人」

「!」

 魔力を感知する機能は、人族には無い。人族の身体にそもそも魔力は発生しない。空気中の魔素を取り込み、魔力を体内に蓄えるのは亜人だけだ。つまり彼女達が魔力を感知したということは、亜人が近くに居るということである。

「おい! これはどういうことだ!? 集落が……!」

「!」

 不意に、大声がした。


――


「……セシル殿」

「えっ!」

 誰かが言った、『その人物』の名を、レナリアは聞き逃さなかった。

 ざわざとし始める広場。

 そこへやってきたのは、ひとりの女性だった。

「……これは、死者を燃やしているのか? 人族の文化か。……何があったんだ」

 銀色のビロードのような髪は地面すれすれまで伸びている。几帳面に真ん中で分けられた前髪の間から、きりっとした強い視線が覗く。

 両耳の位置の少し上。こめかみの辺りから髪を掻き分けて突起物が生えている。淡い水色の宝石のような、細い棒状の塊。ラスも、ウェルフェアもそれを知っている。レナリアとリルリィの頭部にも付いている『竜角』だ。

 すらりと、身長は高く、体格は細い。黒を基調とした厚手のジャケットを纏っている。その装飾と、肩にあるマーク。それはラスとリルリィには見覚えのあるマークだ。つまり、『虹の国』のマーク。竜の峰の過酷な環境に負けず力強く、しかし綺麗に咲く【レナリアの花】。

 腰の辺り。二股に分かれたジャケットの間から太く長い尻尾が見える。それは第三の脚として地面に着いて身体を支えている、銀色の鱗に覆われた『竜尾』。毛の生えた、柔らかそうな見た目のするウェルフェアの尾とは違っている。

「セシル殿。実はですな……」

「ん? この魔力は竜人か? 私以外にこんなところに……?」

 女性の竜人は鋭い視線で広場を見渡す。首長が説明しようとした所で、リルリィの魔力を感知したようだ。こちらへ目を向ける。

「子供か。……獣人族の匂いもするな。お前達――」

 ずんずんと、こちらへ寄ってくる。その迫力に、リルリィは少し萎縮してしまう。

 それを庇うように、ウェルフェアが前へ出た。

「なにか用。いきなり来て、首長と普通に話してた。この集落はついさっき滅ぼされかけたのに、まさか黙って見てたの?」

「……私達『銀竜』の魔力感知範囲はとても狭い。……が、確かにそれは言い訳だな。世話になっている集落へ食糧を狩ってきてやろうと範囲外まで獲物を追ってしまった。……お前は集落の子ではないな。人の顔だが獣人の匂いがする。何者だ? 後ろは……『地竜』の子か。何故こんな所に居る?」

「……っ」

 女性は力強い視線を緩めることなくウェルフェアを捉える。その真っ直ぐな視線に、ウェルフェアもたじろいでしまう。

「『俺達は』。旅をしている」

「!」

 さらにラスが、ウェルフェアの前に立った。女性はぐるりと視線を彼に向ける。

「ここへ来た時、集落はエルフに襲われていた。そいつらは全員殺した」

「……エルフを全員殺した? 人族のお前がか?」

「そうだ。不思議か? 『たかが奴隷が、亜人族様を殺せる』のが」

 ラスは怯むことなく言い返す。

「……いや。堕ちて我欲にまみれた下劣な者達が人族を襲い、しかし人族の綿密な連携と不意打ちで返り討ちに遭う話は少なからずある。だが『私』を前に怯まない人族はさすがに初めてだ。名乗りを許そう」

「ラスだ」

「そうか、ラス。……私は『虹の国』竜人騎士団所属の『銀竜』セシル・スノーバレット。我が国民と、集落を救ってくれて感謝する」

 セシルは名乗ってから、ペコリと頭を下げた。

「旅と言ったな。人族としては珍しい」

「護衛だよ。お前達の『王』のな」

「はっ?」

 ラスの隣に立つ。その人物。セシルは初め、ただの人族の少女だと思っていた。何せ魔力を感じない。脚の間から尻尾も見えない。怪我人らしく、杖を突いている。人族の怪我人は珍しくない。彼らに治癒魔法が無いのだから。

「セシル。貴女は相変わらずですね」

「!」

 呟いた。その声。忘れる【訳が無い】声。

 フードを取った。白金に揺れる、肩まで伸ばした髪。頭部の左側にある黄金の『竜角』。白い肌。虹色の瞳。自分を見て、少しだけ安堵したように笑ってみせる儚い表情。

 この国の象徴。

「レナ、リア……様…………?」

 喪ったと思っていた、この国の希望。『虹の花』『第7代国王』『竜王』『虹の国の少女王』。

「な……んで」

 セシルは固まり、膝から崩れ落ちた。その蒼い瞳には、死んだ筈の王が映し出されている。

 『輝竜』レナリア・イェリスハート。既に魔力も威厳も無く、彼女は弱々しく微笑んだ。

「集落のことも。今日のことも。貴女のことも。私達のことも。……これからのことも。まずは落ち着いて話し合いましょう。言いたいこと、聞きたいことはどちらも山程あります。ですがまずは負傷者の治療を。……首長さん、場所を用意して頂けますか?」

「…………!」

「ええ、勿論。今用意させております」

 場を収めたレナリアを見て、ラスはにやりとして頷いた。


――


 治癒魔法の使い手は、3人。リルリィ、ウェルフェア、セシルだ。3人は、怪我人が集められた大きな建物にて、集落の人達の治療を行っていた。

「重傷者は優先して私に回せ。お前は軽傷者と、もうひとりは診断だ。外傷が目立つが、エルフは毒の魔法も使う。解毒専門の魔法は?」

「……一応、レナさまに教わってるよ」

「私も。シエラのお陰で『そんな魔法』ばっかり得意だよ」

「良し。30人は決して少なくない。だが人族の身体は弱い。今夜中に全員治し切るぞ」

 セシルの指揮の下、ふたりが忙しく動く。

「ねえ、ラスは? ラスも大怪我だよ」

 リルリィが訊ねた。それにはウェルフェアが答える。

「『後で良い』ってさ。別の建物に居るよ。レナ様と一緒に」

「……そっか」

「……なあ、レナリア様はあの男と――」

「話は後でしょ? 魔法、止まってるよ」

「っ!」

 セシルは気になっていた。『レナリアの』『ラスを見る視線と表情』を。ウェルフェアも当然気付いている。ポーカーフェイスが必須スキルの政治家である筈のレナリアだが、これに関しては『分かりやすい』のだ。


――


 次の日は、皆寝て過ごした。治療魔法の使い過ぎで消耗した3人はその日1日動けなかった。ラスもその傷の深さから動けない。レナリアはその間、ずっとラスの看病をしていた。

「……さて」

 その日の、夜である。

 ラスの居る部屋に、皆が集まった。彼の治療はリルリィが手を挙げて主張した。この場にはレナリアとウェルフェアとセシル。そして首長が居る。

「……私達の話は以上です」

「レナリア様っ! よくぞご無事で!!」

「え、ええ。ありがとうセシル」

 セシルは再度、レナリアへひれ伏した。蒼の瞳に涙を浮かべながら頭を床に叩き付ける。

「ラス。君に多大なる感謝をさせてくれ。よく、人族の君が、我が女王を救ってくれた。さらに、ここまでの護衛も。本来なら我々の仕事だった。本当に頭が上がらない」

 そして顔を上げ、横たわるラスへ向く。

「止してくれ。あんたの為じゃない。俺は『人族解放』の為にレナを利用しようとしただけだ」

「だが結果、我々『虹の民』は希望を失わずに済んだ。心から礼を言う」

 レナリアを見てから、セシルの表情は柔和になった。周囲を威圧するような雰囲気は、今は無い。ただ主の存命を喜ぶひとりの騎士だった。

「リルリィ」

「!」

 続いて、リルリィを見た。彼女ももうセシルに怯えてはいない。一晩中一緒に働いた仲である。

「大丈夫。ジェラ家は無事だ。反乱の種は南東部まで届いていない。今はまだ、騒がしいのは『竜の峰』周辺だけだ」

「……分かった」

 リルリィは頷いた。一先ずは安心である。だがそうなれば、ますます『竜の峰』で起きていることが気になる。

「……貴女にも、無礼を働いたようだ。『爪の姫』」

「!」

 レナリアは、全てを話した。セシルはそれほど信頼できる相手なのだと皆理解した。ウェルフェアの出自に関しても。

「別に、私は獣人族嫌いだから。継承権も無いし。ただの『人族』のつもり」

「……そうか」

 姫と言われて、少しだけ反応したウェルフェア。昨日とは別の理由で、セシルから目を逸らす。

 セシルは姿勢を正した。

「――あのエルフは、恐らく『魔法騎士団』の元一員でしょう。峰から離れ、逆賊として各地で暴れ回っています。もう燃やしてしまったようですが、そのローブには紋章があった筈」

「ええ。だから驚いたわ。うちの騎士じゃない。それがどうして人族の集落を襲うのよ」

「竜人に対する反乱で、彼らは職を失いました。政府はレナリア様の『死亡』を公表し、それを切っ掛けに獣人族とエルフが蜂起したのです」

「まさか……!」

「はい。奴らは全て計画していたのです。『羽の国』の件も、大森林での襲撃も。……首謀者は『アスラハ』という男。種族はエルフでも獣人族でもなく」

 首謀者。勿論だがその名を聞いたことは無い。だがここまでの出来事が『個人』による犯行だとは到底思えない。

「――『魔人族』」

「!」

 だが、それが【出来得る】とすれば。

「そんな、そんな名前の魔人族は確認されていません」

 世界に、魔人族は6人。それが常識である。だが未確認の魔人が居る可能性は勿論ある。虹の国も、世界の全てを把握している訳ではない。

「仰る通り。約【50年振り】に新しく確認された魔人族。それがアスラハです」

「!」

「……確か、シャラーラが50年前じゃなかったか?」

 ラスが呟いた。あの魔人族を思い出す。金の瞳、紫の髪、褐色の肌、身体中の紋様。異様な姿の魔人族を。

「ええ。彼女以来の発見です。……奴は都中の『竜人以外』の国民を扇動し、反乱を起こした。それが約1ヶ月前」

「ちょっと待って」

「!」

 口を挟んだのは、ウェルフェアだ。

「『羽の国』の件は獣人族が私を狙ったからだよ。そこに魔人族は関係無いでしょ」

「煽られただけです。アスラハ貴女を狙っている」

「えっ」

「奴の狙いは竜の峰の最高峰、『雲海の岬』。そこに至る為にこの国を落とそうとし、そこから先の計画の為に、ウェルフェア殿を必要としている」

「……なんで?」

「そこまでは分かりませんが……奴は【新世主】になるという言葉を使用していました」

「……【新世主】? シエラの言う、終世主じゃなくて?」

「とにかく、政府は徹底抗戦。今はまだ騎士団により竜の峰は守られていますが、次にいつアスラハが仕掛けてくるか分かりません。都は緊張と混乱状態にあります」

「……政府は、竜人族以外の者を解雇したのね」

「その通りです。愚かな選択だと思いますが、その政府の命令で私はここへ派遣されました。人族を……『保護』するようにと」

「何故?」

「アスラハは人族の男性を捕らえ、奴らの根城へ連れ去ります。……恐らくですが、『ウェルフェア殿を造ろうと』しているのだと」

「!」

 ウェルフェアの持つ特徴。それは両親の種族が違い、その子である彼女にはそれぞれの種族の特徴が現れているという点である。つまりアスラハは、人族の男性と『亜人の女性』を捕まえ、無理矢理――

「反吐が出るな。分かりやすいクソ野郎な訳だ。魔人族全体が敵なのか?」

 ラスは、シャラーラが友好的だったのを思い出す。だが。

 彼女は彼に。それも思い出している。

「他の魔人族の報告は今のところありません。アスラハ個人での犯行とされています」


――


 新聞では知り得ない、『虹の国』の現状。セシルの口から語られた首謀者の名。

「……取り敢えず、話はこれくらいですかな」

「居たのか、首長」

「……ええまあ。皆様お疲れでしょう。多少の宴の用意があります。まずは疲れを癒してくださいませ」

「助かる。さあレナリア様。皆。堅苦しい話はもう良いだろう。無事と再会を祝い、呑もうじゃないか」

「わーい! お腹ペコペコ」

「ちゃんと牛乳で割ってね」

「……えっ」

 わいわいと騒ぎながら、部屋を後にする。レナリアは、残されたラスを振り返る。

「……楽しんで来いよ。まさか酒呑めないのか?」

「そっ。呑めますとも!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る