第39話 エクロール!
気が付けば、雪がちらちらと降り始めていた。
「ラス……!」
無力。
分かっていたことだ。分かりきっていた。自分は、何もできやしないと。
ただ見ているだけ。『竜王』の名が聞いて呆れる。
【祈り】とは、何かを『願い』『請う』こと。
命を繋ぐ為の食事の前に。命を失った仲間の為に。誰かの無事を願う時に。……確かラスは、そう言っていた。
レナリアは無意識に手を組んでいた。自分では何ひとつ助けにはなれない。祈ることしかできない。
彼の無事を。勝利を。
「……【レナ嬢】」
「!」
不意に、隣から声がした。彼女のことを『そう』呼ぶ者など、世界にひとりしか居ない。
「ルクスタシア……!」
灰色の髪、黒い角、黒い鱗。『虹の国』宰相、『仙竜』ルクスタシア・アンドレオである。
「…………」
未だ意識の戻らないリルリィを抱き抱えながら、警戒心を見せるレナリア。よって『敵意の無い』ルクスタシアはそれ以上彼女達に近付けなかった。
「……あれは何だ? レナ嬢」
「……え」
彼がしたかったのは、ただ『確認』だった。
「<カロル>」
「!」
そして、凍えるレナリアとリルリィへ『熱魔法』を掛けた。
レナリアも驚いて彼を見る。
「人族が。……説明不要な『最弱種族の男』が、『魔人族』と渡り合っている。この光景は、私の理解を超えている」
「…………」
レナリアは彼の様子をよく観察する。彼は物知りだ。長く生きているだけあって、様々なことを教えてくれた。『虹の国』建国にも立ち会ったという、『大戦乱時代』の生き残り。それからずっと、この国のことを思って行動してくれている。
「人族の三大特徴」
つまり敵ではない。
「『怯え』『逃げ』『魔無し』」
ルクスタシアは即答した。亜人の一般正当率90パーセントの常識問題だ。
レナリアの虹色の瞳に。
ラスが映る。
必死に戦っている彼が。
「今の彼には、その全てが当てはまらない。それだけよ」
「…………」
恐怖より怒りが勝ち。
即死魔法の嵐に一歩も退かず。
世界最強の『魔道具』を振るう。
「貴方がもし彼と旅していたなら、きっと毎日驚いて、驚き疲れているわね」
「!」
——
「……あぁっ!!」
だん、と。
勇み足を踏み出す。彼は退かない。相手の間合いの中に入れば、魔法は当たらない。
その『一歩』を可能にする勇気を、彼は持っている。
「…………」
出し惜しみは一切無い。全ての攻撃が必殺を狙う『雷魔法』。幾度も岬に、雷鳴が轟く。だがそれでも、あと少しだけ、アスラハには届かない。
「『人族』など、飛んで死角から体当たりでもすれば——」
「ぐっ!」
自由に、蜻蛉のような空中機動をするアスラハ。背後から蹴り飛ばされ、ラスはバランスを崩す。
「すぐに動きが止まる。これで終わりだ」
アスラハの左手には、鎌鼬が渦巻いていた。当たれば全身がずたずたに引き裂かれる非情の魔法だ。
「——っ!」
ラスの歯軋りとほぼ同時に。
「<エクロール>」
黒い影がアスラハへと突撃した。
「なっ——!」
そのまま影は、アスラハを連れて宮殿へ突っ込んだ。
「…………ルクスタシアかっ!?」
ラスは即座に立ち上がり、宮殿へ向かう。何故助けてくれたのか?
「クルルルルルルルァッ!!」
何重にも重なったような呻き声がした。土煙が晴れると、『漆黒のドラゴン』がそこに居た。
甲冑のような、瓦屋根のような鱗に包まれた闇色の竜。リルリィの『翡翠』より禍々しく、しかし体格は小さい。犀や象ほどの大きさだろうか。
「!」
その、月蝕のような瞳は。
ラスを凝視していた。
「……クルルァオっ!」
『催促』していた。
「……分かった!」
今だ、と。
逃げ場の無い瓦礫の山へ向けて。
「ぅおらぁ!」
ラスの刀から紫電が奔った。
——
一擊。
大爆発と共に、『真上』に飛び出した。
「がはぁっ!! はぁー! くそぉ!」
アスラハは負傷していた。肩や腕から血を流す。
「……オラぁ!」
「!」
ラスは敵に対して『容赦が無い』。さらに追撃をと、刀を全力で振るう。
「……!」
しかし。
『振る』だけに終わった。
「魔力切れだなっ!!」
安堵し叫ぶアスラハ。先程のルクスタシアの一撃は効いたが、所詮不意打ちだ。警戒していればもう食らわない。寧ろ、全てを警戒すれば魔人に敵など。
「馬鹿な奴じゃ」
逆に。
「!」
警戒の『外』からの攻撃は、いくら魔人と言えども防ぎようが無い。
「……貴……様……っ……!」
魔力リンクと言う。特別な魔法がある。他者と自分を魔力によって『連結』し、共有するというもの。片方が魔力切れになっても、もう片方から供給されればまた魔法を使えるようになるというもの。魔人族は、『出会った同族全てとリンクを繋いできた』。
『それ』を全て断ち切った『後』で、彼女が手に入れたものがある。つまり、誰にも気付かれずに入手したものが。
「ふふん。少し灸を据えてやろう」
それは『レナリアの』——『竜鱗』。あの時取引で手に入れた、『【魔力発電】装置』。
——
——
「さて。やつがれはもう往かねばならぬ」
「……そうか」
「楽しかったぞドレドよ。また会おう」
ドレドの居る遺跡で、数日滞在し。それからゆっくり向かえば。
【丁度この時間に、この場所へ間に合う】。
——
——
「ぐぅぁぁあぁぁぁああっっ!!」
二擊。
無防備なアスラハの白い肌に、高圧電流を流される。全身は痺れ、激痛が襲い掛かる。気を失うほどの衝撃が畳み掛けてくる。
「あああああっ!」
「ぬ!」
だがアスラハは。
それを魔力によって『相殺』した。
球状に拡げた魔力の渦が、壁となってあらゆる攻撃を阻む。シャラーラは一度退き、地面へ着地した。
「——『結界』か。二度見てもう模倣するとは」
ルクスタシアはもう変身を解いていた。多彩な魔法を操る者相手には、的は大きければ不利になる。奇襲のみの変身であった。
「だが動けぬ筈。——イェリスハートの娘っ!」
「!」
その隣に着地し、振り向いて声を挙げたのはシャラーラ。淡い紅の光る髪を揺らす褐色肌の少女。だが魔人族であり、膨大な魔法知識と魔力を持つ者。
「あ……あなた……!」
彼女を見て、驚愕した様子のレナリア。ラスも動きが止まっている。
「——【授業の続き】だ」
「!?」
シャラーラはするりとレナリアの元へ駆け付け、左側の竜角を——
「ちょっ!! …………?」
優しく撫でた。
「人体は、魔素で構成している訳ではない。ここまで、あの時話したな」
「……え……ええ」
「だが何事にも……『例外』はある」
それは、竜人族がしてしまいがちな間違いから。
「不思議に思わん筈は無い。『魔法』により『巨大化する』など。いくら『魔法という名』でも、『中世ヨーロッパで恐れられたモノ』でも無ければ『ジャパニメーションに出てくる不思議パワー』でも、無い」
「……なんの、こと?」
レナリアは恐る恐る訊ねる。
「汝らの『変身魔法』はの。……『魔力によって擬似的にドラゴンの肉体を再現している』ものだ」
「!」
遂に、シャラーラがレナリアの角を握った。
「いっ!」
「楽にしろ。今からやつがれと汝で『魔力リンク』を繋ぐ。魔力を、分け与えてやろう」
「……!? そんなこと……っ!」
慌てるレナリアは、次第に抵抗しなくなった。
「……!」
身体に、『魔力が満ちる感覚』が。
蘇った。
片角になると、魔素を制御できない筈だ。取り込んだ感覚すら無くなる筈だ。余分を逃がす尾も無い。魔法など、使おうとした時点で自殺行為となる。
だが。
「…………これはっ!」
「汝らは魔力で、肉体を創る種族だった。……さあ叫べ」
「……へっ」
シャラーラ白い歯を剥き出しにしていた。
「叫べっ!」
「…………!」
勢い。それに乗せられて。少しの期待感と高揚感を持って。レナリアは大きく口を開いた。
——
「——<エクロール>っっ!!」
——
舞い散る粉雪のひと粒ひと粒が、金色に染まって煌めいた。
彼女の『魔力』が。目に見えるほど高濃度の『魔素』が、周囲の雪を、砂利をきらきらと反射させる。
一瞬、世界が停まった感覚に襲われた。この場の全員だ。その目は彼女を捉えて離さない。
神々しくて。
あり得なくて。
二度と見られない物だから。
「……レナ?」
雲を掻き分けた正午の陽射しに照らされ、彼女自身が発光しているように見える。
「……馬鹿な……」
宝石のような爪で、踏みしめる。
「……わっはっは」
輝竜。その名に偽り無し。
「キュォォオオオオオオ——!」
透き通る珠のような甲声が響いた。
——
三擊。
皆が姿を全て確認する前に、『虹色に輝く白金色の竜の形をした芸術作品』は。
「……——!!」
アスラハの結界を秒速20万メートルで貫き、彼に10億ボルトの電擊を叩き付けた。
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