第40話 人族である。

 ドレドが解読した資料によれば、『人間』はウイルス進化のように、魔素に対応し変化した。

 シャラーラの話によれば、『人間』は自身を改造し、魔素の満ちる環境に適応させた。

 どちらが正しいか、などということではない。


 この内。


 『どちらが亜人族で』

 『どちらが魔人族なのか』


 こちらの方が問題である。

 地球からデミアースへやってきた舟は1隻ではない。

 魔人族とは、他の種族と根本的に『違う』種族である。


——


「…………ほたる……」

 煙を上げながら、アスラハが墜落する。最強の雷魔法を三度も受ければ、いくら魔人族とて無事では済まない。もし。

 攻め入った王宮に『輝竜』が王ひとりであれば。

 負けなかっただろう。

 彼は『必ず帰る』と誓った相手の名を呟き、その願いが打ち砕かれた音を脳裏に焼き付けながら、雪の舞う空を裂いて砂利と激突。

 動かなくなった。


——


「——ラスっ!」

 一瞬だった。正に、雷の落ちる速度のように。

 レナリアの変身は空中で瞬く間に解け、両手を大きく広げた。

「——うおっ!」

 そしてラスの胸に飛び込んだ。

「あははっ! ナイスキャッチです」

 数ヶ月振りの『魔法』に、彼女は興奮しているようだった。

 その勢いのままくるくると回り、そして止まった。

「……あれが『虹の国の少女王』の力か」

「や。……まあ、そうですね……」

 頬を掻くレナリアに驚きを隠せないラス。いくら魔道具を使おうと、あの動きは流石に再現できない。結局この女王様は——


 ——自分で解決したのだ。


「……ぐ」

「!」

 アスラハの唸り声がした。ラスはレナリアを優しく振り切り、臥せる魔人の元へ向かう。


——


「終わったな。……アスラハ」

「……ち。……不幸が、いくつもあったな。……シャラーラの登場は予測できなかった」

 アスラハはもう自分では動けない様子だが、意識ははっきりしているように見える。

「……『あれ』で死なねえのかよ」

「魔人はな。……。……いや、貴様などに話す価値は無い」

「そうか」

 ラスは短剣を持ち出した。しゃがみ、アスラハの胸元へ突き付ける。

「最後にな。……てめえが捕らえた人達の居場所を吐いて逝け」

「……ふん。『紫の国』の南方国境砦だ。そこにハーピーのみどもの部下が居る」

「分かった。じゃあな」

 そして、短剣を握る手に力を込める。

「——待て、ラス」

「!」

 だが、制止が掛かった。短剣はそのままに振り返ると、シャラーラがこちらへ歩いてきていた。

「……シャラーラ。そうか、お前も魔人族か」

「今更同種族だからという情など無いの。止めたのは別の理由である」

 シャラーラはアスラハの元まで歩み寄り、しゃがみ込んだ。

「——こやつに『5000年の叡知』など無い」

「!」

「貴様……!」

 彼女の言葉に、アスラハが目を開いて睨んだ。

「恐らくは半年か1年か。そこらだろうの。——『目覚めて』から」

「どういうことだ?」

 続いてシャラーラの赤く大きな瞳は、ラスを捉えた。

「世代を経て『魔素』に適応させるなら、容易であるが。『個人』でそれを行うならば、膨大な時間が掛かる。『ゆっくり慣らしながら沈めば内臓を潰れさせずに深海へ至れる』とは言え、『海溝の底へ至るには』。……それこそ5000年は掛かるだろうて」

「……? 意味が分からねえ」

「まあ、後でゆっくり説明してやる。……アスラハ」

「……はぁ。……なんだ」

「『朝霧ほたる』はもう生きてはおらぬ。例え地球に還ったとして、汝を待ち受けるのは生命の無くなった不毛の大地のみだ」

「……!!」

 シャラーラは、それを言いに来た。しかしそれを発破材に、アスラハは『飛び上がった』。


——


「アスラハっ!」

 よろよろと、フラフラと。しかし、その青色の瞳と放つ『気』が、臨戦態勢を取っていた。

「そんな……わけ、ない! だろ! ……ほたるは! ……あいつは!」

「…………」

 ふぅ、と。シャラーラが息をついた。

「【俺】を待ってるんだ!」

 彼はもう。

「やれやれ。『話にならぬ』。……止めて悪かったの、ラス」

「——ああ」

「がはっ! ちっ! 魔力が。……だが目的だけは、達成させてもらうぞ!」

 その瞳で、最も効率良く『殺せる』命を見付けた。

「!」

「リルっ!」

 無防備に眠るリルリィである。アスラハは彼女の首根っこを掴まえ、叫んだ。

「降伏しろ! 『汚点』を連れてこい! 『装置』を寄越せ! さもなくば——!」

 崩壊している。

 彼の精神では、『5000年』という悠久の時間に耐えられなかったのだ。唯一支えにしていた『待ち人』の不在を突き付けられ、一気に瓦解した。


「——もう、眠れ」


「!」

 がくりと。糸の切れた人形のように。

 ラスの催眠術により、アスラハは失神ブラックアウトした。


 と同時に、駆け出した。この『危ない』男は皆の為に殺さなければならない。ぎらりと刃が光る。

「待って!」

 今度は。

「レナ」

 レナリアが止めた。

 アスラハとリルリィがどさりと倒れた。ラスはリルリィを抱き上げて、レナリアへ振り向く。

「彼にはまだ、話があります。拘束してください」

「……あのなレナ。こいつは『あらゆる魔法を使う魔人』で、『危険思想を持つ男』だ。何が駄目って、『こいつを拘束できる縄も無ければ閉じ込めていられる牢屋も無い』ことだ。殺さねえといけねえ」

「大丈夫よ。ねえシャラーラ」

「!」

 どきりとした。

「わっはっは。やつがれに、こ奴の監視をしろと言うのか」

 それは。

「出来るわよね?」

「ならば『取引』だ。賢しい竜の王よ」

「レナっ!」

 以前、彼女を『鱗を剥ぎ取った拷問した』ものだ。

「シャラーラ!」

「……ふむ」

 腕を組み、考える。シャラーラはあっと、何か閃いた表情を作った。

「その『魔道具』にしようの。それで引き受けてやろう。アスラハの無力化と監視を」

「ラス」

「……!」

 レナリアが彼を見た。真っ直ぐに。彼は溜め息を吐いてから、『輝竜刀』をシャラーラへ渡した。

「わっはっは。気前の良い『クリスマスプレゼント』であるの」

「知らねえぞ」

「大丈夫。……お願いします、シャラーラ」

「任せよ。二度と魔法を扱わせはせぬ」

 シャラーラは陽気にそれを受け取り、アスラハの首根っこを掴んで持ち上げた。


——


「——終わったか」

「!」

 あと、ひとつ。

 この『雲海の岬』で解決していない問題がある。

「……やるか。ルクスタシア」

 ラスがレナリアへ、リルリィを引き渡した。そして短剣を構え、戦闘態勢を取る。

「……ふん。人族が」

 瓦礫から出てきたルクスタシアは、彼ら一行を見る。先頭はラスだ。『亜人の先に、人族である彼が居る』。

「いいえ。待ってラス。彼は……敵じゃない」

「は?」

「…………」

 ルクスタシアは頭を掻き、手を広げて降伏を示した。

 人族ひとり……はおろか。

 魔人族と竜人族が味方に付き、さらに『一瞬だけ変身できる竜王』まで付いている。

 この世に、この一団に対抗できる者は存在しないと、彼は考えた。

「……あんな無茶な理論で立ち塞がってむきになって。大丈夫よ。ライルなら、もう一度話せば。あの子は賢いから、分かってくれる。……貴方の話も聞かせてね? ルクスタシア」

「…………ふんっ」

 目も合わせず、ずっと頭を掻いていた。ルクスタシアの本心は——

 女王にはお見通しだった。


——


——


「はぁ——! がっ! はぁ——っ! ふぅぅー!」

 意識ははっきりとしている。

 だが身体が動かない。息はとうに切れている。全身を使って空気を吸うが、それでは追い付かない。

「ぐっ!」

 血を吐いた。限界など、達してからの方が長く戦闘していた。

 だが。

「——本当に、よくやったよ。お前は。間違いなく英雄のひとりだ」

 終わった。

「……はぁっ! はぁっ! ……ちっ」

 セシルに抱えられて。

 ヒューリは見た。自分が『殺した』魔物の『山』を。

「魔物の群れ、全滅確認! 戦闘終了です!」

「ああ。避難所に報せてやろう。……我々の都市は『人族』に護られた、と」

 広がる凄惨な光景。町中に、魔物の肉片や血が散らばっている。

 有言実行。ヒューリは魔物を狩り尽くした。


——


——


 『虹の国』の民には、こう伝えられた。


①『少女王レナリア・イェリスハート』の無事が確認された。暫定の竜王ライルと交替し、再び王座に就くこととなる。


②同盟を破り、進軍してきた『爪の国』に勝利し、獣王を拘束。大森林での『少女王暗殺容疑』の捜査も含めて今後、『爪の国』は『虹の国』の管理下に置かれることとなる。


③上記に伴い、前王ライルの行った政策を一部撤回する声明がなされた。主に、不当に解雇された政府・軍の要職者を呼び戻す考えを表明した。


④『羽の国』招致から仕組まれていた一連の事件について、真犯人『武の器のアスラハ』を討伐した。詳細は後日、紙面にて語られる。


⑤行方不明となっている国民の救出や、倒壊した住居などの補償についても目処が立っている。後日、竜人騎士団から説明される。


⑥『少女王』救出と護衛、『彩京』や『竜の峰』麓での戦闘を始めとする、事件解決の要となった、功労者の多くが——



——『人族』である。

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